第百七十五話 隠し通路を封じろ! 対峙する盗賊団と騎士隊
獅子王の牙と対決する事になったヴリトラ達は盗賊達が使用する隠し通路を使えなくする為にニーズヘッグ特製の催涙ガス散布装置クロロスプレッシャーを使う事にした。隠し通路内に噴出された催涙ガスで盗賊達を隠し通路から燻り出すという作戦、ヴリトラ達はその作戦の成功に賭ける。
クロロスプレッシャーを起動させた後、ニーズヘッグ達は盗賊達の砦へ向かい、砦内を隈無く調べる。幸い盗賊は全員出て言った為、戦闘は起こらず探索はスムーズに進み、彼等が獅子王の牙の事が少しずつ分かって来た。
「成る程、武器や持ち物からして奴等はそれ程手強い奴等ではなさそうだな・・・」
「ええ、全部町の武器屋とかで安く手に入る物ばかり。盗賊のくせに金目の物も全く無い、つまり奴等に資金力は無いって事ね」
砦の倉庫にやって来たニーズヘッグとジルニトラは中にある武器や防具、そして代えの衣服が全て安物である事を知り、獅子王の牙が大きな力を持っていない事を理解する。
「装備品の量と隠し通路の前で確認した奴等の人数からして、ざっと二十人から三十人ってところだろう」
「それくらいならゴブリンとオーク達を相手にしながらも何とかできると思うんだけどねぇ・・・」
「それは俺達の力で測った場合だろう?この世界の騎士達ではそれが厄介な状態なんだよ」
「フ~ン、それだけあたし達の世界とこの世界は違うって事ね」
自分達の世界とファムステミリアの違いを理解し腕を組みながら納得するジルニトラ。二人がそんな話をしていると倉庫にラランがやって来た。
「・・・ニーズヘッグ、ジルニトラ、ちょっと来て」
「ん?どうした?」
「・・・いい物を見つけた」
ラランが何を見つけたのか気になる二人は倉庫を後にしてラランの後をついて行く。三人は砦にある部屋の中で一番広い部屋にやって来た。そこは盗賊の頭とフード付きマントの女性がいた部屋で、部屋の真ん中には大きな木製のテーブルが置かれてあり、その周りを数人の白銀剣士隊の兵士が立っている。テーブルの前では白銀剣士隊の騎士がテーブルの上に広げられている大きな羊皮紙を眺めており、ニーズヘッグ達は部屋に来るとフッと彼等の方を向いた。
「来たか、これを見てみろ」
男性騎士に呼ばれてテーブルの上の羊皮紙を見ると、そこには何処かの案内図の様な絵が描かれてあり、その上に細かい文字がビッシリと書かれてある。
羊皮紙に描かれてある絵を見たニーズヘッグとジルニトラは不思議そうにそれを見下した。
「・・・これは何だ?」
「岩山の全体図だ。恐らく盗賊達が情報を集める為に使っていたのだろう」
「全体図か・・・にしても随分の簡単な作りだな?何処に何があるのかとか全然書かれてないぞ?」
「そうね、あるのは道だけよ」
ジルニトラの言うとおり、全体図には岩山の何処に何があるのとかは書かれておらず、ただ道だけが細かく描かれたあった。しかもその道も岩山の外に通じている道や一気に山の頂上に繋がっている道など単純でいい加減なものばかり描かれてある。とても情報を得るのに役立つとは思えない。ニーズヘッグとジルニトラは全体図を見てすぐにその事に気付いた。
「随分と滅茶苦茶な道になってるなぁ、これなんか真っ直ぐ岩山の西側にある森に繋がってるじゃないか」
「どうしてこんな道が描かれてるのかしら?まるで存在しない道を作って後で描き加えたみたいね」
「確かにな・・・・・・ん?存在しない道?」
ジルニトラの言葉にニーズヘッグは何かに気付く。ニーズヘッグはもう一度地図を見て盗賊達が入った隠し通路の入口のある場所を思い出し、全体図に描かれてある道を指でなぞりながら道がどうなっているのかを調べる。そして一つの答えに辿り着いた。
「・・・成る程、そういう事か」
「ん?どうしたの?」
「ちょっと考えれば分かる事だった」
「だから何が?」
「・・・これは盗賊達が使っている隠し通路を現していたんだ」
「・・・隠し通路の?」
ラランが全体図を見ながら訊ねるとニーズヘッグは岩山の西側に繋がっている道を指差す。
「此処がさっき盗賊達が岩山に入る時に使った隠し通路の入口だ。此処から奴等は道を通って岩山のあちこちに移動していたんだ」
「そうだったのね・・・それにしても、これで見ると複雑な作りの隠し通路ね?道を知らない人間が入ったら間違いなく迷うわよ」
「ああ、隠し通路に入らない方がいいというヴリトラの考えは正しかった」
作戦開始前にヴリトラの言った言葉を思い出して納得するニーズヘッグは頷く。全体図を見ながらニーズヘッグが小型無線機のスイッチを入れてヴリトラ達に連絡を入れる。
「こちらニーズヘッグ。皆、聞こえるか?」
「こちらヴリトラ、どうしたんだ?」
呼びかけに答えたヴリトラの声が聞こえ、ニーズヘッグとジルニトラはテーブルの上の羊皮紙を見下ろす。
「今、盗賊達の砦にいるんだが、そこで奴等が使っている隠し通路の描かれた岩山の全体図を見つけた」
「隠し通路が描かれた?」
「ああ、大きさや何処に繋がっているのかがハッキリと分かる」
「そりゃあいいもんを見つけたな」
小型通信機から聞こえてくるジャバウォックの声を聞いてニーズヘッグとジルニトラは小さく笑う。そして二人は隠し通路の出口が何処にあり、何処に繋がっているのかを調べ始める。
「それじゃあ、隠し通路の出口の場所を伝えるからよく聞いてくれ?・・・まず、ヴリトラ達のいる鉱石洞窟から一番近くにあるのは鉱石洞窟から北西に少し行った所にある」
「どの辺りなんだ?」
「この全体図では正確な位置は分からないな。だけど、近くにあるのは間違いない」
「そうか。分かった、調べてみる」
ヴリトラは隠し通路の入口の位置を聞いて返事をする。続いてニーズヘッグはジャバウォック達のいる東側の方を調べた。
「ジャバウォック、お前達は今何処にいる?」
「今は東側にある広場の前にいるぜ」
「広場か・・・他に何か近くにないか?」
「近くにか?・・・・・・ん?ありゃあ枯れ川だな」
「枯れ川?」
「ああ、水一滴無い石と砂だけの川だ」
ジャバウォックの話を聞いたニーズヘッグとジルニトラは岩山の全体図を見ながら川を探す。そして、それらしい場所を見つけた。
「あった此処だな」
「ええ、東側にある川はこれだけみたいだし、間違いないでしょう」
「・・・その枯れ川の近くに隠し通路の入口がある」
ラランが全体図に描かれたある川の近くに通じている隠し通路を指差す。ニーズヘッグとジルニトラもラランが指差している場所に注目した。
「・・・入口は川を挟んでいる二つの大きな岩の左の岩にあるって書いてある」
「なら、そこから盗賊どもが外に出てくる可能性があるな・・・ジャバウォック、お前達のいる枯れ川に川を挟む二つの大きな岩はないか?」
「岩か?ちょっと待ってくれ・・・・・・あるぜ、川を左右から挟む様に大きな岩が二つな」
「その二つの内の左側の岩の隠し通路の入口があるはずだ。調べてみてくれ」
「分かった・・・ところで、左側ってどっちから見た場合の左側なんだ?」
「え?・・・・・・まぁ、どちらかなのは間違いないんだ。両方調べてみろよ」
「分からねぇんだな・・・」
小型無線機からジャバウォックの呆れる様な声が聞こえてニーズヘッグとジルニトラは苦笑いをし、ラランは無表情のまま彼等の会話を聞いていた。
「と、とにかく、入口を見つけたらクロロスプレッシャーを使ってお前も催涙ガスを隠し通路に流し込んでくれ」
「了解だ」
「ヴリトラ、俺達はもう少し此処を調べてから岩山へ向かう。それまではお前達で盗賊どもの相手をしててくれ」
「了解。まぁ、お前達が来る頃には終わってると思うけどな」
「油断するなよ?」
「分かってるよ。じゃあ、各自、十分用心して戦え」
「「「「「「了解!」」」」」」
ヴリトラの言葉を聞き、七竜将は一斉に小型通信機のスイッチを切る。ニーズヘッグ達も全体図の描かれた羊皮紙を丸めて砦の探索を始めるのだった。
その頃、ヴリトラ達のチームはニーズヘッグから教えられた鉱石洞窟から北西方向にある隠し通路の入口を探し始めていた。凸凹した道を通りながら北西に向かって歩いているとヴリトラ達は別の広い平地に出て周囲を警戒しながら先へ進んで行く。
「ヴリトラ、本当にこっちであってるの?」
「北西は行けそうな道は二つあったけど、一つは俺達がさっき盗賊と遭遇した場所へ出るからもう一つの道しかないだろう?一つの入口の近くに別の入口を作る必要は無い、だからこっちの道に入口があるはずだ」
「まぁ、確かにそうも考えられるけど・・・」
隠し通路の入口が何処にあるのか、会話をしながらヴリトラとリンドブルムは歩いている。
「ヴリトラ、洞窟を守る部隊なのだが、私達四人の内だけか一人が残った方がよかったのではないか?」
ラピュスは鉱石洞窟の守備部隊に主戦力となる自分達の誰かを入れておくべきではないかと少し不安そうな顔でヴリトラに訊ねた。入口を捜索する部隊にはヴリトラ、ラピュス、リンドブルム、ジージルの四人と懲罰遊撃隊の騎士二人に白銀剣士隊の兵士数人となっている。デガルベル鉱石がある洞窟か主力の四人がいない事にラピュスは心配していたのだ。するとヴリトラは足を止めてゆっくりとラピュスの方を向いた。
「心配ないさ。あの洞窟から一番近くにある出入口は俺達が今向かっている北西にあるものなんだ。奴等だって俺達と戦うよりも先にデガルベル鉱石を確保したはずだから最も近い出入口から出てこようとするはずだ」
「だからそこで奴等を待ち伏せして、倒した後にすぐ戻ればいいんだよ」
ヴリトラの続いてリンドブルムも「大丈夫」と言いうように笑顔でラピュスに言った。二人の余裕の態度を見たラピュスも不思議と大丈夫だと思うようになり表情が和らいでいく。ジージルはいまいち安心できずに腕を組みながら難しい顔をしている。
「それに、そろそろクロロスプレッシャーの効果が出て来るはずだしな」
「さっきの催涙ガスという物か?」
「一体何なのよそれ?詳しく教えなさいよ」
未だに催涙ガスがどんなものなのか分からないラピュスとジージルはヴリトラに催涙ガスが何なのかを訊ねる。だが、ヴリトラはニッと笑うだけで教えてくれなかったのだった。
ヴリトラ達がそんな会話をしていると、平地の端にある岩壁の前にある大きな岩の後ろに隠されている穴の中から数人の男の小さな声がする。そこは人が縦一列になって通れるくらいの広さの通路で、その通路の中をランプを持った盗賊の頭と十数人の盗賊達が歩いていた。
「もうすぐ洞窟の近くの出入口に出る。気を引き締めろ!」
「「「「「ヘイ!」」」」」
頭の言葉に彼の後ろの続く盗賊達は一斉に返事をする。
「いいか?まず半分がこの先の出入口から出て奴等の注意を引く、その後に俺と残りの奴等で別の出入口から外に出て奴等の背後に回り挟み撃ちにする。奴等はきっと洞窟の前に陣取っているはずだ、反撃される前に取り囲んで片づけるぞ!」
「お頭、東側にいる敵がこっちに来て合流する可能性はあるんでしょうか?」
「ねぇに決まってるだろ?ここから東側までどれだけの距離があると思ってるんだ?全力で走って来ても一時間は掛かる。その間に全部終わっちまうよ!」
「そ、そうですよね・・・」
少し不安そうな顔を見せていた盗賊は頭の言葉を聞いて安心の表情を浮かべた。やがて盗賊達は外へ繋がる出入口の前に到着する。目の前にはただの岩の壁しかないがそれは岩で穴が隠されている為、盗賊達は何時でも岩を動かして外に出られる態勢だった。
「よぉし、まずはここから半分が外に出て洞窟の方へ行け。俺達はもう一つ先にある出入口から外に出る。できるだけ時間を稼げよ?」
「ハイ・・・でも、あの七竜将とか言う変な傭兵もいるんですよ?大丈夫なんですかね?」
「バカ言うんじゃねぇ!それでも最強の盗賊、獅子王の牙の一員か貴様は!?」
「す、すみません・・・」
「いいか、俺達がその七竜将に勝てばこの国で俺達の名を知らねぇ奴はいなくなる。更にデガルベル鉱石も手に入れれば俺達に敵はいねぇ、絶対に奴等を潰すぞ!」
「ハ、ハイ!」
弱気な盗賊に喝を入れる頭。その会話を後ろにいた大勢の盗賊達も黙って聞いていた。すると、最後尾にいた盗賊が何かに気付いてフッと後ろを向く。目を凝らして自分達が通って来た暗い道を見ると、奥から白い煙が近づいて来る。それに気づいて盗賊は驚いて先頭にいる頭に慌てて声を掛けた。
「お、お頭!後ろから何か白い煙が近づいてきます!」
「何?煙だと?」
「ハ、ハイ!どんどんこっちに近づいて・・・エホッ!ゲホッ!」
煙に飲まれた最後尾の盗賊は咳で喋れなくなり、他の盗賊達も咳と涙に襲われて混乱し始める。そう、これはニーズヘッグ達のクロロスプレッシャーから噴出された催涙ガスだったのだ。
「な、何だよ、この煙は!?」
「ゴホッ!ゴホッ!め、目に沁みるぜ!」
「どうなってるんだよ、こりゃあ!?」
なぜ隠し通路内に煙が充満しているのか理解できない盗賊達は狭い通路内で騒ぎ出す。それを見た頭はとにかく仲間を落ち着かせようとした。
「落ち着け、野郎ども!急いで外に出るぞ!」
頭に言われて盗賊達は急いで入口を塞いで入り岩を動かして隠し通路の外に出ようとする。中が空洞になり軽くなっている岩を二人掛かりで動かし、盗賊達は一斉に外へ出た。
盗賊達が隠し通路から出てくると、隠し通路の前にいたヴリトラ達は突然現れた盗賊達に驚き一斉に彼等の方を向く。
「な、何よアイツ等!?」
突然の盗賊の登場に驚くジージル。ラピュスや他の騎士達も目を丸くして驚いている。だが、ヴリトラとリンドブルムはそれ程驚かなかった。
「もしかして、獅子王の牙じゃないの?」
「あんな所に隠し通路の入口があったとはな」
「それに穴から出てくる白い煙、間違いなくニーズヘッグ達の催涙ガスだね」
「ああ、燻り出し作戦成功だ」
盗賊達を隠し通路から燻り出す事に成功し、ヴリトラとリンドブルムはニッと笑みを浮かべる。そして隠し通路から飛び出て来た盗賊達も自分達を見ているヴリトラの存在に気付いて一斉に驚く。
「な、何だお前達は!?」
「何だって、アンタ達に宣戦布告した者だけど?」
ヴリトラは小首を傾げながら言うと頭はハッとして腰に納めてある剣を抜いた。
「つ、つまり、お前が七竜将の一人って事か!?」
「ピンポーン、正解」
「まっ、この状況じゃあ、そう考えるのが普通だよね?」
ヴリトラの隣で盗賊達を小馬鹿にする様な発言をするリンドブルム。その後ろではラピュス達がそれぞれ自分達の武器を手に取り、何時でも戦える態勢に入っていた。そして盗賊達も武器を取ってヴリトラ達を睨みつける。
「しかし、ここまで作戦通りに事が運ぶと逆に怖いぜ・・・」
「うん、僕達が催涙ガスで盗賊達を隠し通路から出して、僕達が予想した所に現れるんだからね」
「何を言ってるんだ?・・・・・・ッ!まさか、あの白い煙はお前達の仕業か!?」
「ああ、アンタ達が砦を出た後に仲間があれを隠し通路に流し込んでくれたんだ」
「安心してください、毒じゃありませんから。もっともしばらくの間、咳と涙が止まらないでしょうけど」
リンドブルムの言葉通り、盗賊達は咳と涙で表情がグチャグチャになっていた。そんな盗賊達を見てラピュス達は催涙ガスがとんでもない物だという事を理解する。
「こ、こんな姑息な手を使いやがって!正々堂々と戦いやがれ!」
「ちょっと待ってくださいよ。ラピュス達はともかく、僕とヴリトラは騎士じゃありません。傭兵ですよ?目的の為ならどんな手でも使う存在です」
「そもそも、お前達だって隠し通路から奇襲を仕掛けてこようとしてたんだろう?お互い様じゃねぇか」
「確かにそうね」
ヴリトラとリンドブルムが話しているとジージルが構えている弓矢を下ろしながら笑って話に参加する。
「と言うよりも、盗賊が相手に正々堂々と戦えって言う事次第おかしいと思うわよ?姑息な盗賊が都合のいい時だけ相手に姑息だなんて・・・プッ!笑っちゃうわよねぇ~」
「な、何だとぉ、このガキがぁ!」
「あぁ?誰がガキですってぇ~?」
互いに相手に挑発されて頭に血が上るジージルと頭。そんな二人の事を気にせずにヴリトラとリンドブルムも森羅とライトソドムを抜いて戦闘態勢に入った。
「言葉をぶつけ合うのはこれぐらいにして、そろそろ剣をぶつけ合わないか?アンタ達も俺達を倒して早くデガルベル鉱石を手に入れたいだろうし」
「当たり前だ。お前等がどれだけの力を持ってるかは知らねぇが、俺達獅子王の牙の敵じゃねぇって事をその体に教えてやる!」
(・・・うわぁ、やられ役が言うお決まりの台詞・・・)
頭の言葉を聞いてヴリトラは心の中で呟く。ヴリトラ達と盗賊達が互いに武器を構えて相手をジッと睨みつける。そして双方は相手に向かった走り出し、戦闘が開始されるのだった。
遂に獅子王の牙との直接対決が始まった。欲の為に戦う盗賊達と国の為に戦うヴリトラ達、デガルベル鉱石を巡って今度は人間同士の争いが始まる。