第百五十六話 巨漢傭兵の過去 家族と言う名の絆
セメリト王との謁見でブラッド・レクイエム社の事を話した後、ヴリトラ達は改めてセメリト王国と協力しブラッド・レクイエム社の討伐と調査をする事を承諾する。まだ周りの者達から若干疑われている様子だったが、ヴリトラ達は気にする事なく王城で体を休めるのだった。
王城の客室の窓から外の景色を眺めているヴリトラ。外はもう暗くなり、空には星が広がり、街は明るく騒いでいる住民達の声が微かに聞こえた。
「城から見下ろす街っていうのも悪くないな」
窓から明るい町全体を見回して呟くヴリトラ。背筋を伸ばして今日一日の疲れを取ろうと体を軽く動かす。
「そう言えば、皆は街に行ったり城の中を見物に行ったりとかしてるってニーズヘッグが言ってたな・・・俺も後で街に行ってみるか」
セメリトの首都がどんな町なのか気になり他の七竜将や懲罰遊撃隊の騎士達は街へ出かけて行った事を思い出したヴリトラは自分も町へ行こうと壁に立て掛けてある森羅を取ろうとした。その時、扉をノックする音が部屋に響き、ヴリトラはピタリと手を止める。
「ハイハイ、どちら様?」
「私だ、ラピュスだ」
「ラピュスか、入ってくれ」
突然訪問して来たラピュスに意外な顔を見せるヴリトラはラピュスは部屋へ通した。ラピュスは丸めた羊皮紙を持ってヴリトラの方へ歩いて行き、ヴリトラもその羊皮紙に気付いてラピュスの方へ歩いて行く。
「どうしたんだよ?」
「明日の事で確認しておきたい事があってな」
「確認?」
ラピュスが持っていた羊皮紙を小さな机の上に広げてヴリトラに見せる。羊皮紙には細かい字がビッシリと書かれたあり、それを見てヴリトラは目を細くした。
「これは?」
「この数日の間に任務でレイグリーザを出ているセメリト王国の騎士隊の一覧だ。他にも明日から任務で町を出る騎士隊の事も書いてある。カイネリア殿に頼んで調べて貰ったんだ」
「そうか・・・それにしても結構な数だなぁ」
ヴリトラは羊皮紙に書いてある騎士隊のリストを見て目を丸くした。その羊皮紙には町を出ている隊、明日から町を出る隊、合計十一の隊の名前が書かれたあったのだ。
「ブラッド・レクイエムは任務から帰還する騎士隊や任務に向かう途中の騎士隊を襲って騎士達を連れ去っているとカイネリア殿から聞いた。奴等はきっとここに書かれている部隊を襲撃するはずだ」
「うむ、確かにそれは考えられるな・・・だけど、奴等がどの部隊を襲うか分からない以上、対策の立てようがない」
「私達が別れて各騎士隊を守るというのはできないのか?」
「無理だ。奴等の機械鎧兵士とまともに戦えるのは俺達七竜将以外にはお前ぐらいだ。ラランとアリサも実力はいいところだ、それでも一人で機械鎧兵士と戦うのは危険すぎる。他の騎士達じゃあ例え銃器を使っていてもまともに戦う事もできない」
「そうか・・・」
「それに、今日遭遇した部隊は一般兵が八人という小さな部隊だったが、他の部隊はどんな編成になっているか分からない。相手がどれだけの戦力かも分からないんじゃ、こちらの戦力を分けるのはやめた方がいいな」
「ならどうすればいいんだ?」
騎士達をブラッド・レクイエム社から守る良い方法が無いかと考えるラピュス。ヴリトラも羊皮紙を見ながら作戦を考えている。
「きっと奴等は仲間が倒された事に気付いて更に部隊を強化するはずだ。それと同時に俺達がこの国にいる事にも気付く。奴等に俺達の居場所を知られると色んな事をして来るはずだ」
「ならどうするんだ?」
「・・・とりあえず、今首都から出ている騎士達には近くの町や村でジッとしててもらうしかないな。ブラッド・レクイエムも人が大勢いる中で騎士達を襲うなんて事はしないだろう」
「そういう事なら、カイネリア殿に話して各部隊にその事を伝えて貰おう」
「それがいい・・・と言っても、騎士達が大人しくしてくれるかどうかも不安だがな・・・」
未知の敵に狙われているなどと聞かされてセメリト王国の騎士達が言うとおりにしてくれるのか心配しながらヴリトラは頭をポリポリと掻く。騎士にも騎士の誇りと正義がある、自分達の国で大勢の騎士達を襲う輩がいる知ってて騎士達が黙ってジッとしているとも考え難いのも事実だ。ヴリトラは心の中で騎士達が無茶をしないでほしいと願っていた。
任務で外に出ている騎士達の方を何とかなりそうだと考えて一先ず安心した様子を見せるラピュス。だがまだ明日から任務で外に出る騎士隊の事が残っていた。
「ヴリトラ、明日以降任務に出る騎士隊の方はどうするんだ?」
「・・・・・・任務で動く隊は全部で幾つあるんだ?」
「全部で三つだ。明日に二つ、明後日に一つの部隊が任務でレイグリーザを出発するらしい」
「三つの部隊か・・・それなら明日は隊を二つに分けてそれぞれの部隊の警護に付いた方がいいな」
「そうだな。幸いどちらの任務も一日で終わり首都に戻って来れる簡単な任務のようだし、明後日のもう一つの部隊もちゃんと警護に付けそうだ」
「それじゃあ、どうやって部隊を分けるかは皆が戻って来てから決めるか」
明日の予定と部隊を分ける事を決めたヴリトラとラピュスは話を終わらせた。ヴリトラは森羅を手に取り、ラピュスも持って来た羊皮紙を丸めて懐に納める。
「ラピュス、俺はこれから街へ行くけどお前も行くか?」
「いや、私はこの事をカイネリア殿に報告しないといけないからな」
「そっか、なら報告を済ませた後に一緒に行こうぜ」
「え?」
「終わるまで此処で待ってるから行って来いよ」
「あ、ああ・・・」
外出を誘われたラピュスは少し驚いた様子でヴリトラを見ながら頷く。ヴリトラはニッと笑いながらラピュスを見ており、そんなヴリトラの顔を見たラピュスはほんの少し頬を赤く染めてヴリトラから顔を背けた。
「どうした?」
「い、いや、何でもない。と、とりあえず私はカイネリア殿のところへ行って来る」
「ああ」
ラピュスはヴリトラの顔を見られない様に扉の方へ歩いて行く。すると、ラピュスはある事を思い出し、ふと顔を上げて立ち止まった。表情を戻すとゆっくりと振り返りヴリトラの方を見る。
「そう言えば、此処に来る途中ジャバウォックと会ったのだが、何だか浮かない顔をしていたぞ?」
「ジャバウォックが?・・・確かにレイグリーザに来た時も様子が変だったなぁ・・・」
「カイネリア殿とハーパー殿と会ってから上の空になっている時が何度かあった」
「あの二人と会って・・・・・・もしかして・・・」
「ん?何か心当たりがあるのか?」
「ああ、多分アイツ、昔の事を思い出してるんだろうな」
「ジャバウォックが昔の事を?」
ジャバウォックの過去が関係していると聞いてラピュスはヴリトラの方を向いて訊き返す。ヴリトラは窓の方へ歩いて行き、街を見下ろしながら何処か寂しそうな表情を見せた。
「・・・ジャバウォックは七竜将に入る前にオーストラリアという国の陸軍に所属していた。とても優秀で仲間からの信頼も厚かったらしい」
低い声でジャバウォックの過去を話し出すヴリトラの背中をラピュスは見つめながら黙って話を聞く。ヴリトラは街から機械鎧の自分の左手に視線を移し、金属の左手を見ながら話を続ける。
「だけどある日、オーストラリアの小さな町で過激な犯罪組織が暴れ出してな、ジャバウォックの所属していた部隊がその現場に向かったんだ。何とか犯罪組織の連中を鎮圧する事はできたが、奴等は住宅街に大量の時限爆弾を仕掛けたと言って、それを聞いたジャバウォック達の部隊は急いで現場に向かった。だけどタイミングが悪く、その住宅街に着いて瞬間に時限爆弾が爆発してしまったんだ」
「何だって・・・」
「住宅街は半壊、住んでいた人も殆どが死んだらしい。そしてアイツも右腕と仲間を大勢失った・・・」
「それじゃあ、ジャバウォックの右腕の機械鎧は・・・」
「ああ、その時に失った右腕を補う為に付けたんだ」
ジャバウォックが右腕を失った原因を聞かされてラピュスは気の毒そうに俯く。ヴリトラは溜め息をつき、ラピュスの方を向いた。
「だけど、アイツの悲劇はそれだけじゃなかった・・・」
「え?」
「不幸にも、その爆発が起きた住宅街はジャバウォックの家の近くだったんだ」
「ジャバウォックの家が・・・?」
何か嫌な予感がするラピュスは声を若干震わせながらヴリトラに訊ねる。ヴリトラは沈んだ表情でゆっくりと頷く。
「大規模な爆発でジャバウォックの住んでいた家も吹き飛ばされ・・・アイツは奥さんと二人の子供を亡くしてしまったんだ・・・」
「!」
家族を亡くしてしまった、ジャバウォックの悲しい過去を聞かされたラピュスは衝撃を受けて表情を急変させる。
「ジャバウォックは自分の守るべきものを守れなかった事で深く悲しんだ。だけど、自分は軍でも責任のある立場にあった為、それを自分に言い聞かせて悲しみを押し殺した。だけど、右腕を失った者は必要ないと軍のお偉いさんはジャバウォックを閑職に追い込んだ。軍人としての生き方しか知らないアイツにとって、それは生き地獄でしかなかった。家族を失った悲しみを少しでも忘れようと仕事に取り組もうとしていたのにそれさえできなくなって失意の中にあったジャバウォックに俺とリブルは出会ったんだ」
「それでジャバウォックは七竜将に?」
「ああ、当時オーストラリアではまだ機械鎧は使われていなかったんだ。俺はジャバウォックに仲間にならないかと誘って機械鎧の事を話した。アイツは言ったよ、『もう俺には生きる希望が無くなった。もし新しく生きる希望を持てるなら、お前みたいなガキの部下にでもなってやる』、てな」
ジャバウォックから言われた言葉を口にしたヴリトラは最後に苦笑いを見せた。
「そんな事があったんだな・・・ヴリトラ、どうしてお前はジャバウォックを仲間に誘ったんだ?」
「・・・アイツも俺やリブルの様に全てを失ってしまった人間だから、かな?自分と同じ生き方をしてきた奴を見ると、なぜか自分の事の様に感じられて助けずにいられなくなっちまうんだ・・・」
「他の七竜将も同じ様な経験を・・・?」
「ああ、皆大切な物を失った存在だ。俺は家族を殺されてずっと孤独だった。だから俺にとってリブル達は家族の様なものなんだよ・・・」
微笑みながら何処か寂しそうな声を出すヴリトラを見たラピュスはゆっくりと近づき、ヴリトラはを抱き寄せた。
「お、おい、ラピュス?」
「・・・お前は優しい奴だな」
「な、何だよ急に・・・」
「人の辛さを自分の辛さとして感じるなんて普通の人間にできるような事じゃない。これからもその優しさを忘れないでいてくれ」
まるで母親の様に優しく温かい声で語りかけるラピュス。そんなラピュスの声を聞いたヴリトラは懐かしい感じがしたのか静かに目を閉じる。そんな時、突然入口のドアが開いてジルニトラが顔をひょっこりと顔を出した。
「ヴリトラ、一人で部屋にいないで町・・・にっ!?」
「「!」」
部屋のど真ん中で抱き合う二人の姿にジルニトラは目を丸くして固まる。ヴリトラとラピュスも自分達の状況と部屋に入って来たジルニトラに驚き顔を赤くした。
「あ、い、いやっ!こ、これは何と言うか・・・」
ラピュスは慌ててヴリトラから離れ、赤い顔をしてジルニトラに説明しようとする。
「・・・一人じゃなかったのね。ゴメンね?邪魔しちゃって・・・」
「ち、違う!別にそういう訳じゃ・・・」
「じゃあ、あとは二人でねぇ~」
恥ずかしそうに苦笑いをしながら扉を閉めるジルニトラ。それを見てラピュスは更に顔を赤くする。
「うわあぁ~!ちょっと待ってぇ!違うのよぉ~~!」
ジルニトラに誤解されたまま去られてしまい、ラピュスは久しぶりに女口調になりジルニトラを追いかけた。部屋に一人残されたヴリトラはポツンと開きっぱなしの扉を見ている。
「・・・そこまで取り乱さなくても」
ラピュスの反応にヴリトラは少しショックを受けたように目を細くして呟くのだった。
その頃、レイグリーザの城下町では大勢の人が出店などを回ったり、酒場ではしゃいでいるなどして盛り上がっていた。その賑やかな町の中をジャバウォックは一人で見回っている。
「ティムタームの町も夜には賑やかになるが、この町程ではなかったな」
「お~い!」
背後から声が聞こえて振り返るジャバウォック。遠くから人ごみの間を走って来るリンドブルムが手を振る姿を見つけ、その後ろをラランとアリサがついて走って来る姿もあった。
「リブル、お前達も町を回ってたのか?」
「うん、この町にはティムタームじゃ買えない物が沢山あったからついつい見て回っちゃった。その時同じように買い物をしているラランとアリサを見つけてね」」
「それで一緒にいたって事か」
「・・・うん」
「ジャバウォックさんはどうして此処に?」
「ちょっと散歩だ。あと、美味そうな物があれば買って食ってみようって思ってな」
お互いに街に来た理由を話し合っていると、リンドブルム達の近くを一人の女の子が走っていた。するとその女の子はつまづいてその場に倒れてしまう。
「う、うう・・・」
転んで泣きそうになる女の子を見てリンドブルム達が女の子に声を掛けようとすると、ジャバウォックがリンドブルム達よりも早く女の子に近づいて手を差し伸べる。女の子は屈んで自分に手を伸ばすジャバウォックに気付いて顔を上げた。
「大丈夫か?」
大きな体のジャバウォックに最初は少し怯えた様子を見せていた少女だったが、ジャバウォックが微笑んでいる顔を見て女の子は不思議そうな表情を見せてジャバウォックの手を借りゆっくりと立ち上がる。
「人が多いからあまりはしゃがないようにしなよ?また転んじまうから」
「・・・うん。ありがとう、おじさん」
女の子は最後に笑顔を見せてジャバウォックに手を振りながら去って行った。そんな女の子の姿を見て微笑むジャバウォックを見たラランとアリサは意外そうな顔を見せている。だが、リンドブルムだけは無表情でジャバウォックを見上げていた。
「・・・ジャバウォック、大丈夫?」
「ん?大丈夫って何がだよ?」
「さっきの女の子を見て、昔を思い出してたんじゃないの?」
「・・・・・・」
無表情ではあるが真面目そうな口調で話し掛けて来るリンドブルムを見てジャバウォックは黙り込む。
「カイネリアさんとハーパーさんを見てからどうも様子がおかしいと思ってたんだけど、やっぱり・・・」
「・・・フゥ、お見通しか。お前の言うとおり、家族の事を少し思い出してたよ」
「家族?ジャバウォックさんってご家族がいたんですか?」
二人の話を聞いてアリサは驚き話に加わって来る。ラランも驚きの表情を見せてリンドブルムとジャバウォックを見ていた。
「まぁな。だけど、皆死んじまった。もし生きていれば俺の子もさっきの女の子ぐらいの歳になってただろうな・・・」
「えっ?・・・な、亡くなってるんですか?す、すみません!私、余計な事を・・・」
「いいさ、知らなかったんだからな」
「は、はぁ・・・?」
気分を悪くした様子も見せずに笑うジャバウォックにアリサは少し複雑な気分になった。
「俺は家族を失い、戦士として戦う事もできなくなった時にヴリトラとリブルに出会って七竜将に入った。七竜将のメンバーは皆家族や大切な物を失ってしまった者ばかり、俺達七竜将にとっては同じ七竜将の仲間がもう一つの家族なんだ」
「ジャバウォック・・・」
「俺はもう二度と家族を失わない。妻と子供達を守る事ができなかった分、俺は仲間達を守る。それが俺のできるせめてもの償いなんだ・・・」
自分が守る事のできなかったものを今度こそ守ってみせる、ジャバウォックは過去にとらわれず前を向いて歩いて行く事を誓い今日まで戦ってきた。それを知っているリンドブルムも同じ気持ちを持ち微笑を浮かべる。ラランとアリサは七竜将の関係が仲間であり家族である事を知って少し驚いているようだ。
「ララン、アリサ、お前等は同じ騎士団の仲間をどう思ってる?」
「・・・楽しい時や悲しい時を一緒過ごしてきた仲間以上の仲間」
「ええ、それこそジャバウォックさんの言ったように家族の様な関係です」
「なら、その気持ちを大切にしろよ?」
ジャバウォックは姫騎士二人に笑いながらそう言う。リンドブルムもラランとアリサを見つめてニッと笑っていた。ラランとアリサは二人の傭兵から仲間を家族として見る絆の強さを学び、心が強くなったような気がした。
ブラッド・レクイエム社との戦いを前にジャバウォックの過去が明かされ、それを聞いたラピュス、ララン、アリサの三人は七竜将の絆の強さを改めて知った。そして、自分達も仲間を大切にし、守り抜こうという強く意識するのだった。