第百五十三話 首都へ向かう騎士達 荒野に現れた襲撃者
セメリト王国の国境を越えてアローブの町にいるセメリト王国騎士団のカイネリアと出会ったヴリトラ達。だがカイネリア達は七竜将の事をいまいち信じておらず、疑いの心を持っている。そんな複雑な関係の中でヴリトラ達はセメリト王国の首都へ向かう事となった。
アローブに着いた日の翌朝、サザリバ大河と正反対の場所にある村の入口前にヴリトラ達とカイネリアの率いるセメリト騎士隊が集まっていた。カイネリア達は自分達の隣で荷物のチェックをしている七竜将とそれを手伝う懲罰遊撃隊を自分達の馬の手入れをしながら見ている。村の中では住民達が昨日突然やって来たヴリトラ達は遠くから眺めている。まだヴリトラ達の事が気になっているようだ。
「よし、これで全部積み終えたな。食料や水もこの町で買えるだけ買った、問題ないだろう」
「ああ、これなら少なくとも三日は持つ」
昨日の内に町で買った食料や水、そして使えそうな物資をバンに積み終えたジャバウォックとニーズヘッグ。ジープの方でもリンドブルムがラランと一緒に小さな革製の袋をジープに積んでいる姿がある。
「よいっしょっと!・・・フゥ、これで終わりだね」
「・・・もう荷物は無い?」
「うん、残りは全部バンの方に積んだし」
「・・・そう」
「悪いね、ララン?わざわざ荷物を積むの手伝ってもらっちゃって」
「・・・別にいい、暇だったから」
ラランは自分の持っていた袋をジープの荷台に乗せると手をパンパンと払う。常に無表情で何を考えているのか分かり難いラランだが、リンドブルムはそんなラランを見て微笑む。彼にはラランの真面目で優しい心が理解できた。
「・・・何?」
「ううん、何でもないよ」
「?」
自分を見て微笑んでいるリンドブルムを見て訊ねるララン。リンドブルムは笑ったまま顔を横に振り、ラランは不思議そうに小首を傾げた。
一方、ヴリトラとラピュスはアローブの町で手に入れたセメリト王国の地図を広げて自分達の現在地を確認していた。
「今俺達がいるのが此処だな」
「ああ、このアローブの町から北北東の位置にあるこの大きな町がカイネリア殿の言っていた首都の『レイグリーザ』だ」
「・・・よく見ると、首都の近くには幾つかの砦があるんだな?」
「ああ、レイグリーザの周りには多くの丘があり周囲から町を見下ろす事ができるようになっている。敵が攻めて来た時に丘に上がられてはすぐに取り囲まれてしまう危険性があるから砦を建てて周囲を警戒しているらしい」
ヴリトラとラピュスが地図を見て目的地である首都の周囲を確認しながら話をする。そこへカイネリアが近づいて来て二人に声を掛けた。
「そろそろ準備は終わりましたか?こちらは何時でも出発できるのだが」
「おっと、失礼。こっちも何時でも行けますよ」
「・・・では、早速出発しよう」
「ハイ」
真面目な表情で出発を伝えるカイネリアをヴリトラは小さく笑いながら頷く。
「ところで、カイネリア殿。聞きたい事があるのですが・・・」
「何です?」
「最近起きている騎士隊の襲撃事件はどの辺りで起きているのですか?」
「どうしてそんな事を?」
「私達がこれから戦う相手がどんな行動をしているのか今の内に知っておきたいのです」
ラピュスの話を聞いたカイネリアはしばらく黙っていたが、ヴリトラの持っている地図を覗いて指を差し説明を始めた。
「今までに起きた襲撃事件は全部で五つ。一つは首都から南東に5K離れた所にあるこの林の中です。任務を終えた一個小隊が襲撃されて全滅、兵士の遺体だけが転がっていた」
「騎士の姿は何処にも?」
「ええ、林の隅々まで探したのですが何処にも・・・」
情報通り騎士の姿だけが見つからず、騎士隊が全滅されられた事を聞いてラピュスは表情を鋭くする。地図を持っているヴリトラや周りにいるリンドブルム達もカイネリアの話を黙って聞いていた。
「二つ目はその林から西に僅か2K行った所にある平原、此処でも二個小隊が全滅させられた。勿論騎士の姿は無い。三つ目は首都から西に6K行った所にある村の近くだった」
「二つの襲撃地点からかなり離れた所ですね?」
ヴリトラは三つ目の襲撃地点が一つ目と二つ目の場所から離れた所にある事に気付いてカイネリアに訊ねる。カイネリアはヴリトラの方を見て軽く頷く。
「そう、我々も敵の考えや攻撃するパターンが掴めずに困っているのだ」
「・・・やっぱりこの部隊も全滅させられて?」
「いや、一人だけ生き延びた兵士がいた。その者の話によると、敵は見た事のない姿と武器で突然襲撃した来たらしい。こちらの攻撃を軽々とかわし、手も足も出ずやられたとか」
「見た事のない武器・・・?」
「話では遠くにいる敵を一瞬で倒してしまう変わった武器だとか」
カイネリアは表情を鋭くして生き残った兵士の話を思い出しながらヴリトラ達に伝えて行く。それを聞いたヴリトラ達や確信した、やはり騎士隊を襲撃したのはブラッド・レクイエム社だと。
「ヴリトラ、やはり敵はブラッド・レクイエムだったようだな?」
「ああ・・・」
ヴリトラの隣にいたラピュスが小声で話し掛け、それを聞いたヴリトラも頷く。リンドブルム達も近くにいる仲間達を見て表情を鋭くした。
「でも、一体なぜ彼等は騎士達を連れ去っているんだ?」
「さぁな?それは直接奴等に聞けばいい・・・」
「・・・ん?何か言ったか?」
カイネリアが小声で会話をしている二人の声を聞いて振り返り尋ねた。
「いや、何でありません」
「・・・ならいいのだが」
一応納得したのかカイネリアは地図を見直して説明を続ける。
ヴリトラ達の会話を少し離れた位置で聞いていたリンドブルムとラランはジッと三人を見ており、その後ろにはジルニトラとファフニールの姿もある。
「やっぱりブラッド・レクイエムの仕業だったんだね」
「ええ、予感的中だったわ」
腕を組みながらリンドブルムに同意するジルニトラ。ラランは黙って自分の手を強く握り、緊張感とブラッド・レクイエム社に対する怒りを露わにした。
「・・・罪の無い騎士達を襲うなんて、許せない」
「うん!・・・でも、どうしてブラッド・レクイエムは騎士の人達を連れ去るんだろう?」
ラピュスと同じ事を考えていたファフニールがリンドブルム達をチラッと見ながらブラッド・レクイエム社の動機を考える。
「分からない。だけど、前にも一度似た様な事件が起きたわ。覚えてる?」
ジルニトラが過去に同じ事件が起きたと言い、それを聞いてリンドブルム達は考え始めた。そして、以前にティムタームで開催された武術大会でジークフリートが黄金近衛隊の姫騎士であるビビットを殺害してその遺体を持ち去ったという事件を思い出す。
「そう言えば、ジークフリートが姫騎士のお姉さんを一人連れ去ったって・・・」
「そう、その時あたしはヴリトラ達と一緒にジークフリートを追いかけて遺体を取り戻そうとしたんだけど、奴等の親衛隊に邪魔されてね。結局逃げられちゃったのよ・・・」
「・・・アイツ等、遺体を盗んで何かをしようとしている?」」
「かもしれない。でも・・・」
なぜブラッド・レクイエム社がビビットの遺体を盗み、今回の事件で騎士達を襲撃し連れ去ったのか、その理由が変わらずにジルニトラは頭を悩ませる。
「皆ぁ、出発するぞ~!」
ヴリトラの声を聞いたリンドブル達はそれぞれ馬や自動車に乗る。ジルニトラも考えるのをやめてバンに乗り込み、それを確認したヴリトラ、ラピュス、カイネリアもそれぞれジープや馬に乗り込んだ。全員が乗るとカイネリアの部隊を先頭にヴリトラ達は首都に向かって出発した。
「ヴリトラ、首都まではどのくらい掛かるんだ?」
「カイネリアの話によると、レイグリーザまでの距離はざっと10K、途中にある村や町でちょくちょく休憩を入れると約二時間半は掛かるってさ」
ジープを運転するジャバウォックが助手席のヴリトラに訊ねるとヴリトラは前を向いたまま距離と時間を話す。ハンドルを握りながらジャバウォックは溜め息をついた。
「ハァ・・・また長い道のりが続くのかよ・・・」
「今そんな事を言ってていいのか・・・?」
後部座席でオロチが腕を組みながらジャバウォックに声を掛ける。ヴリトラは後ろを向き、ジャバウォックもバックミラーを覗いてオロチに視線を向けた。
「仕事が終わった後、帰りも国境を越えてティムタームまでの長い道を戻らないといけないんだぞ?今此処でぶつくさ言ってたら後がキツイ・・・」
「そ、そうだった・・・」
オロチの言葉にジャバウォックとヴリトラは青ざめてアローブに来るまでに通った道のりを思い出す。セメリト王国での仕事が終わった後にはまた30K以上の道を戻らないといけないと考えて二人がガクッと首を落した。
「その事を考えると、たかが10Kの道のりで文句など言ってられないと思うが・・・?」
「「ごもっともです」」
正論を言うオロチにヴリトラとジャバウォックは声を揃えて返事をする。
アローブを出発してから三十分が経ち、ヴリトラ達は辺りを一望できる高台の上にやって来た。辺りは見渡す限りの荒野になっており、草木などは全く生えていない土と岩だけしかない。高台からラピュスとカイネリアが馬に乗ったまま周囲を見回して状況と方角の確認をしている。ヴリトラ達は二人の後ろで自動車か馬から降りて体を休めていた。
「このまま真っ直ぐ北に向かえば荒野を抜ける。距離は約2K、荒野を抜けた後にまた休息を取りましょう」
「そうですね。次第に気温も上がってきましたし、無理をすると熱中症になってしまう危険性もあります」
カイネリアとラピュスは振り返り、休んでいるヴリトラ達を見た。七竜将は平気な様子だが、ララン達は騎士は少し疲労の表情を見せている。殆んどの騎士達が汗を掻き、木製の水筒の中に入っている水を飲んでいた。
「皆、暑くて喉が渇くのは分かるが、あまり水を飲み過ぎるとあとで大変だぞ?水は大事に使え!」
水を飲んでいる騎士達にカイネリアは忠告をし、それを聞いたカイネリアの部下の騎士達は言われたとおり水筒をしまって水を節約する。勿論、七竜将や懲罰遊撃隊も同じように水を切詰めていた。
皆が水分補給をやめて体を休めていると、ヴリトラがラピュスとカイネリアの下へ歩いて行き、周囲を見回す。
「まだ結構距離があるなぁ」
「ああ、2K程あるらしい。次の休憩はこの荒野を抜けてから取ることになった」
隣に来たヴリトラにカイネリアと相談した事を話すラピュス。それを聞いたヴリトラは持っていた小型の双眼鏡を覗き遠くを確認した。そんなヴリトラの行動を見たカイネリアは不思議そうな顔を見せる。
「ラピュス殿、彼は一体何をしているのです?」
「双眼鏡で遠くの状況を確認しているんですよ」
「ソウガンキョウ?」
「一種の遠眼鏡です」
「遠眼鏡、それが・・・」
ラピュスの説明を聞いてもいまいち理解できずに難しい顔を見せるカイネリア。そんな彼女をラピュスは小さく笑って見ている。そんな時、双眼鏡で遠くを見ていたヴリトラが何かを見つけたのか双眼鏡を目を見張った。
「んん?」
「どうした?」
突然声を出したヴリトラにラピュスが訊ねるとヴリトラは返事をせずに双眼鏡の倍率を上げて再び双眼鏡を覗き込む。そしてヴリトラは遠くで荒野を馬に乗って走っている騎士達の姿を見る。
「どうしたんだ、ヴリトラ?」
「・・・遠くで馬に乗った騎士達が走ってる」
「騎士?」
「ああ、カイネリアと同じマントを羽織っているから、セメリト王国の騎士だろう」
ラピュスとカイネリアはヴリトラの言葉に反応し、すぐにヴリトラの見ている方角を見た。しかし、双眼鏡でようやく確認できた程の距離にいる騎士達を肉眼で見る事ができるはずない。
「・・・何処にもいないではないか」
「いや、確かにいる。しかも何かから逃げている様に見えるな」
双眼鏡を覗き込むながら話すヴリトラにカイネリアは信じられない様な表情を見せる。だが、ラピュスはヴリトラを真剣な表情で見つめていた。
「逃げているって、一体何の追われてるんだ?」
「ちょっと待ってくれ・・・」
ヴリトラは双眼鏡で騎士達が何に追われているのかを確認する。そして、騎士達を追っている物の姿を見てヴリトラは驚いた。その騎士達を追っているのは二台の黒いジープに乗ったBL兵達だったのだ。
「・・・ッ!奴等だ!」
「何っ?」
ヴリトラの驚きの表情と「奴等」という言葉にラピュスとリンドブルム達は一斉に反応する。ヴリトラの反応を見てラピュス達には騎士達を追っている存在がブラッド・レクイエム社だと察したのだ。
「このままじゃマズイ!助けに行くぞ!」
「おう!」
「了解!」
ジャバウォックとニーズヘッグが返事をしてジープとバンの運転席に乗り込んだ。ララン達も急いで馬に乗って準備を始める。
「オロチ、お前はリンドブルムと先に言ってくれ!俺達もすぐに追いかける!」
「分かった。乗れ、リンドブルム・・・」
「うん!」
オロチはリンドブルムに声を掛けて姿勢を低くし、リンドブルムはオロチにおぶさった。オロチは斬月を肩に担いで姿勢を直し、両足の機械鎧のジェットブースターを起動させる。オロチはリンドブルムを担いだまま浮き上がり、ヴリトラ達を見下ろす。初めて機械鎧を目にしたカイネリア達セメリト騎士隊は驚きのあまり表情を固めてオロチを見上げていた。
「北東の方角だ。距離は1K、二台のジープに追われている。機械鎧兵士は確認できただけでも八人だ。まだ何処かに隠れているかもしれないから注意しろ!」
「了解・・・」
ヴリトラから情報と忠告を聞いたオロチはジェットブースターの出力を上げて騎士達のいる方角へ飛んで行く。ヴリトラもそれを確認してからすぐにジープの方へ走って行き助手席に乗り込んだ。
「ラピュス、俺達は先に行くからお前達も後から来てくれ!」
「分かった!」
「途中で敵の別働隊と遭遇する可能性もあるから気を付けろ!・・・ニーズヘッグ、念の為にお前達は俺とジャバウォックが行って少し経ってから動いてくれ」
ヴリトラが他の敵との戦闘も考えてニーズヘッグ達に遅れて出発する様に伝える。それを聞いたニーズヘッグは頷き、乗り込んだジルニトラとファフニールも助手席と後部座席からヴリトラを見た。
「よし、出せ!」
合図を聞いてジャバウォックはジープを走らせて高台を下りて行き荒野へと向かう。素早く動くヴリトラを見てラピュスもララン達に指示を出す。そこへ目を見張って驚いていたカイネリアがラピュスの声を掛けた。
「・・・ラピュス殿、さっきのは一体・・・?」
カイネリアに呼ばれてラピュスは振り返り静かに口を動かす。
「彼等は、貴方がたの仲間を奴等から守る最強の傭兵隊です」
ラピュスはそう伝えるとララン達への指示に戻る。まったく理解できないカイネリアはまばたきをしながら高台から荒野の方を向き、飛んで行ったオロチとリンドブルムを見つめた。
アローブを出発したヴリトラ達。だが、途中の荒野でブラッド・レクイエム社に追われているセメリト王国の騎士隊を見つけて七竜将は助けに向かう。同盟国に足を踏み入れていきなりの戦闘、一体どうなるのか。