第百五十一話 アローブへ出発! 炎天下での思いやり
同盟国のセメリト王国の事件を解決する為に救援部隊としてセメリト王国に向かう事となったヴリトラ達七竜将とラピュス達懲罰遊撃隊。この時の彼等はセメリト王国騎士隊の襲撃犯がブラッド・レクイエム社と確信しており、大きな緊張感を抱いていた。
早朝、ティムタームの正門前には七竜将と懲罰遊撃隊が集まっていた。七竜将はジープとバンに乗り、懲罰遊撃隊は馬に乗って何時でも出発できる状態になっている。
「全員揃ったか?」
「ああ、何時でも行ける」
ジープの助手席から隣で馬に乗っているラピュスに状況を訊ねるヴリトラ。ジープの運転席にはジャバウォック、後部座席にはオロチが乗っており、バンには運転席にニーズヘッグ、助手席にジルニトラ、後部座席にはリンドブルムとファフニールが乗っている。ヴリトラも仲間達の状態を確認してラピュスの方を向き、問題ないと頷く。
「・・・出発だぁ!」
ラピュスが後ろを向いてララン達に大きな声で出発を伝える。ラピュスが馬を歩かせるとラランとアリサの乗っている馬もそれに続き、三人の馬が歩き始めたのを見てジャバウォックもジープを走らせる。バンのその後に続いて最後に懲罰遊撃隊も馬を歩かせて後をついて行く。吊り橋を渡り、番兵に挨拶をしたヴリトラ達はセメリト王国国境の町であるアローブへ向かって出発した。
ティムタームを出発した一同は東へゆっくりと向かう。馬や自動車を全力で走らせれば早く到着するのだが、それだと馬達がすぐに疲れてしまい、自動車の燃料消費も激しくなる為、いざという時以外には走らないようにしているのだ。
「町を出てからもう三十分か。ラピュス、アローブまではどの位掛かるんだ?」
「ティムタームからセメリトの国境までは約30Kと言ったところだ。このまま進めば早くても今日の夕方頃には着くだろう」
「そうか。だけど、もう三十分も歩きっぱなしだ。そろそろ馬達を休ませてやったらどうだ?」
ヴリトラは後ろを向いて騎士を乗せている馬達を見た。自分達は自動車や馬に乗っているだけだから疲れを感じない。騎士達を乗せて歩いている馬には休息を与える必要がある。それを聞いてラピュスも自分の乗っている馬を優しく擦った。
「そうだな。確かこの先に川があったはずだ、そこで少し休憩しよう」
ラピュスが馬達を休ませるのと同時に道の確認をする為に休憩を取る事に同意し、後ろにいるラランとアリサの方を向いて頷く。二人も微笑み、馬の速度を落として後ろにいる仲間の騎士達に合流すると休憩する事を伝えた。しばらくしてラピュスの言っていた川に着き、馬達に川の水を飲ませたり木陰に移動させて休ませる。騎士達も馬を下りて体を休めており、ラピュス達はヴリトラ達と道のり今後の確認をしていた。
「今私達はこの辺りに来ている。此処から真っ直ぐ道なりに進んで2K先にある分かれ道を右に進みその先の川を越えれば小さな村に着く。次の休憩はそこで取る事にしよう」
ジープのボンネットの上で地図を広げながら道を指でなぞるラピュス。ヴリトラ達も地図を囲みながら今後の道のりを確認していた」
「此処からその村までは3Kってところか・・・この暑さだからこまめに休息を取った方がいいかもしれないぞ?」
「ああ、馬だけじゃなく、俺達も暑さで倒れちまうかもしれねぇ」
ヴリトラとジャバウォックが木陰から出て眩しい太陽を見上げる。日の光で目が眩み片手で光を防ぐ。
「それにしても熱いなぁ。まだ午前中だって言うのにこの暑さ、たまんねぇよ・・・」
「確かに今日は今年の夏で最も暑く感じられますね」
とてつもない暑さに表情を歪めるヴリトラの後ろでアリサが汗を拭って同意する。周りでもラピュス達が汗を垂らしながら木陰で上を見上げていた。葉と葉の隙間から漏れる日の光がラピュス達を照らして日の強さと暑さを表している。
「こんな暑い中をまだ進まないといけないなんて、僕達も今の内にしっかり水分補給をしておかないと・・・」
「そうね。でも補給するのは水分だけじゃダメよ?」
「分かってるって」
ジルニトラの注意を聞いて笑いながら頷くリンドブルムはバンの中から空のペットボトルを取り出して川の水を汲みに行く。幸い目の前にある川の水は綺麗で飲んでも体には影響の無さそうな物だった。
「・・・水以外に取らないといけない物?」
「栄養じゃないかしら?」
ラランとアリサがリンドブルムとジルニトラの話を聞いて何を補給する事が大事なのか話し合う。ラランは大量の汗を掻きながら木陰から出て周囲に誰かいないかを見回す。
「・・・私達以外に人はいない。この暑さだから誰も外に出たがらないのかも・・・」
異常な暑さに誰も外に出ようとしないと考えて周囲を見回し続けるララン。すると、突然頭がクラクラしだし、ラランは頭を手で押さえる。
「・・・あ、あれ?」
突如頭がボーっとしだし、自分に何が起きたのか上手く理解できないラランはフラフラし始める。
「ララン、どうした?」
ラピュスはラランの異変に気付いて声を掛け、周りにいるヴリトラ達も一斉にラランの方を向いた。そして、遂にラランは後ろに向かって倒れる。それを見たヴリトラは咄嗟にラランを背中から受け止めて彼女の表情を窺う。ラランは大量の汗を掻き顔も若干赤くなっていた。
「いかん、熱中症だ。ジル!」
「ん?」
ヴリトラに呼ばれたジルニトラはふと倒れているラランを見て表情を変えると早足でラランに近づき容体を確認した。
「・・・大丈夫よ、そんなに酷くないわ。とりあえずラランを木の近くで横にさせて」
ジルニトラはヴリトラにラランを寝かせるよう指示を出し、ヴリトラも言われたとおりに行動した。騎士達もラランの異変に気付いて様子を見に集まって来る。しばらくしてラランは落ち着いたのか少しずつ汗も引いていった。
「ジル、ラランは大丈夫なのか?」
「心配ないわ、熱中症でも軽いものよ。すぐに良くなるわ」
「そうか・・・」
ラランが大丈夫な事を気かされてホッと一安心するラピュス。隣にいるアリサや周りの騎士達も安心した様子を見せる。ジルニトラはハンカチでラランの汗を拭きながらうちわでラランを扇ぐ。そこへリンドブルムが水の入った500mlのペットボトルを持ってやって来た。
「ジル、水持って来たよ」
「ありがとう。ララン、起きれる?」
ジルニトラが横になっているラランに声を掛けるとラランはゆっくりと目を開けて起き上がった。
「・・・大丈夫」
「じゃあ水を飲んで少しでも水分を取って」
ラランはリンドブルムの持って来たペットボトルを受け取り中の水を飲んだ。するとラランが何かに反応してペットボトルを見つめる。
「・・・この水、ちょっと変な味がする」
「塩を入れたんだよ」
「・・・塩?」
リンドブルムの方を向いて小首を傾げるララン。
「人間は体内の熱を出す為に汗を掻く。体の水分が無くなれば汗を掻けずに熱は体内に溜り続ける。だから暑い日には水分を多めに取らないといけない・・・」
「でも、汗を掻くと水分と一緒に塩分も一緒に出ちゃうんだ。塩分が無くなると体に色んな症状が出やすくなって危ないんだよ?」
オロチとファフニールがラランを見ながら水に潮が入っている理由を説明する。それを聞いたラランやラピュス達は意外そうな顔で聞いていた。
「それに水ばかりを飲んでいると血液が薄くなって体が水を欲しがらなくなるの。そうなると汗を掻かなくなり体から熱が放出できなくなって熱中症になっちゃうって訳よ」
「だからこんな猛暑の時は水分だけでなく塩分も取る事が大切なのだ・・・」
「もしかして、さっきジルさんがリブルさんに言っていたのはその事だったんですか?」
「ピンポーン!」
アリサの答えにジルニトラは笑いながら答える。暑い日に水分と塩分の両方を取る事の大切さを知ったラピュス達は自分達の知らない医学的知識を知る七竜将に感服したのか驚きの表情を見せた。
ラランはペットボトルの中の水を全部飲みきり、空になったペットボトルをリンドブルムに手渡す。
「・・・ありがとう」
「大丈夫?水分補給をしたからと言って気を抜いちゃダメだよ?」
「・・・分かった」
ラランは木にもたれて体を休め、それを見てヴリトラとラピュスの安心の笑顔を見せる。
「・・・こりゃあ、日差しが弱くなってから出発した方がいいかもしれねぇな」
「ああ、また誰かが倒れたら大変だ」
二人は空を見上げて日差しが弱くなってから出発する事にし、もう少し休息を取ることにした。
それから三十分後、太陽に雲が掛かり日差しが弱くなり、涼しげな風が吹いてヴリトラは木陰から空を見上げる。
「よし、だいぶ気温が下がって来たし、出発しようぜ」
「分かった。皆、そろそろ出発するぞ。馬に乗れ!」
ラピュスが休んでいる騎士達に出発を知らせると騎士達は一斉に立ち上がり馬達に乗って行く。ヴリトラ達もそれぞれジープやバンに乗り込んでエンジンを掛ける。
「これでよし・・・ララン、気分はどうだ?」
ジープの助手席に乗ったヴリトラは馬に乗っているラランに調子を尋ねるとラランはいつも通りの無表情を向けて来た。
「・・・大丈夫」
「そうか。だけど無理はするなよ?もしまた調子が悪くなったらすぐに知らせろ」
「・・・うん」
ヴリトラの忠告を聞いたラランは頷き、その様子を見ていたラピュスとアリサも心配そうな顔を見せている。
「隊長、ララン、大丈夫でしょうか?あの子は姫騎士と言えどまだ子供です。あまり無茶をすると体が持ちません」
「分かっている。その時はヴリトラが自動車にラランを乗せて行くと言っていた」
ラランの体の状態を心配しているラピュスは既にヴリトラと相談しており、もしまた倒れるよな事があれば自動車に乗せて村まで運ぶという事になっていた。
「でも、それなら最初から車に乗せて村に向かった方が・・・」
「私も最初にそう言ったが、ラランはああ見えてかなり頑固だからな。大丈夫と言って聞かないんだ」
「ハァ、成る程・・・」
ラランの事をよく知っているラピュスとアリサは複雑そうな顔でラランを見つめた。ラランは幼い割に頑固な一面があり、大人相手にも怯む事無く正面からぶつかる事もある。その為同じ騎士隊の仲間達からも信頼されているのだ。だが、ラピュスとラランはその頑固さが却ってラランの体に無理をさせているのではないとか心配していた。
「それじゃあ、出発するか」
「・・・ああ」
ヴリトラに声を掛けられたラピュスは少し低い声を出して馬を進ませる。ラランとアリサもそれに続き七竜将と騎士達も出発した。
再出発をしてから二十分、ラピュスが行っていた分かれ道に着きヴリトラ達は右の道を進む。その間、涼しい風が吹いており、ヴリトラ達は少しの間暑さから解放されていた。しかし、それから更に十五分後、風はふと止んでしまい、再びヴリトラ達を暑さが襲う。
「くっそ~、また暑くなってきたなぁ。皆、大丈夫か?」
「なんとかな・・・」
「ああ、大丈夫だ」
ヴリトラがラピュス達に訊ねるとラピュスは汗を拭いながら頷き、ジャバウォックも手で扇ぎながら返事をする。オロチは殆ど暑さを感じていないのか目を閉じたままだった。ヴリトラはバンに乗っているリンドブルム達の事も気になり小型通信機で連絡を入れる。しばらく呼び出し音が鳴っていると応答した時の音が聞こえた。
「こちらヴリトラ、聞こえるか?」
「こちらリンドブルム、聞こえてるよ」
「リブル、また気温が上がってきたけど、そっちは大丈夫か?」
応答したリンドブルムに状況を訊ねると小型無線機からリンドブルムのしんどそうな声が聞こえてくる。
「酷いもんだよ、窓を全開にしているのに風が来ないからなかなか気温が下がらないんだ。皆凄い汗を掻いてるよ」
「そうか、こっちも似た様なもんだ」
「でも、そっちはまだいいんじゃないの?ジープは天井や窓ガラスが無いから風が当たりやすいし」
「そうでもないぞ?風がある時はいいけどそれ以外の時は太陽の日が直に当ってメチャクチャ暑苦しい・・・」
ヴリトラとリンドブルはジープとバンの長所短所を話しながら相手の状態を確認する。互いにどちらも暑さに襲われて気分が優れない事を知って浮かない顔になっていた。
「でも、もうそろそろ村に着く頃でしょう?だったらもう少し頑張ろう」
「・・・確かにそうだな。文句を言ったって暑さが退く訳じゃねぇし・・・」
「そうそう」
「だけど、俺達の目的地はセメリト国境の町アローブだ。村には休憩を兼ねて物資の調達をする為に寄るだけだから、だが気は抜けねぇぞ?」
「分かってるよ、じゃあまた後で」
軽く返事をした後にリンドブルムは通信を切り、ヴリトラもスイッチを切ってから前を向き椅子にもたれる。
「リブル達もかなり熱がってるみたいだな?」
「ああ、こっちと大して変わらないみたいだ」
隣で問いかけてくるラピュスの方を向いて答えるヴリトラはフェイスタオルで顔の汗を拭き、それを馬の上に乗るラピュスに投げ渡す。
「お前も凄い汗だぞ?顔ぐらい拭いておけ、気持ち悪いだろう?
「いや、これぐらい平気だ。それに暑い日に汗を掻くのは当然の事、服が汗まみれになっても気にしない」
「おいおい、その発言は女としてどうかと思うぜ?ラピュス・・・」
運転席でラピュスをジト目で見ながら声を掛けるジャバウォック。
「私は女ではあるが騎士でもあるのだ。戦場で汗がどうこう言う騎士など存在しない」
「あっそ・・・・・・ところでラピュス?」
「ん?何だ?」
名を呼ばれてヴリトラの方を向くラピュス。ヴリトラは椅子にもたれたままラピュスをジーっと見上げている。
「・・・ここからしか見えないんだけどよ・・・お前、脇汗酷いぞ?」
「・・・え?」
ヴリトラに言われたふと自分の右脇を見るラピュス。確かに脇にシミが出来ており、それを目にしたラピュスは思わず頬を赤くして脇を閉める。
「あれぇ?汗がどうこう言う騎士なんかいないんじゃなかったかぁ?」
「わ、私は別に何も言っていない!」
「あっそ、フフフ」
恥ずかしがるラピュスを見て思わず笑うヴリトラ。ラピュスは顔を赤くしたままヴリトラをジッと睨む。
「そう怖い顔すんなよ、美人が台無しだぞ?」
「う、うるさい!」
ニヤニヤ笑い続けるヴリトラにソッポ向くラピュス。そんな二人の会話を見ていたララン達は暑さの事などスッカリ忘れて二人の言い合いを眺めている。それから数十分後にヴリトラ達は村に到着し、しばしの休息を取るのだった。
炎天下の中、セメリト国境へ向かうヴリトラ達。互いに相手を心配し、思いやる気持ちが彼等の力の一つであるのだ。そしてそれがブラッド・レクイエム社に対抗する為の力でもある。