第百四十三話 シャーリアの正体 冷酷な蛇女
ファンストの自宅に突入し、七竜将反乱の一件がファンストによって仕組まれた事を追及するヴリトラ達。ファンストはヴリトラの言葉に自ら真相を口にし墓穴を掘ってしまう。ヴリトラ達はファンストを追い詰めてようやく事件が解決したかと考えていたが、その直後に突然グリンピスの森で戦った姫騎士シャーリアが現れ、ヴリトラ達は驚きの表情を浮かべるのだった。
ヴリトラ達がファンストを問い詰めている頃、ニーズヘッグ達は倉庫の周辺を探索し続けてラピュス達の家族を探していた。しかし、人質どころか手掛かりすらみつからず探索ははかどらずにいる。
「この倉庫にもいないわねぇ?」
「一体何処にいるんでしょう?」
倉庫を調べ終えたジルニトラとアリサが倉庫から出てくる。既に倉庫の殆どを調べ終えており、近くにある小屋などの中も隅々まで見たが誰もいなかった。他の倉庫でもニーズヘッグやファフニールが他の倉庫の中を調べているみたいだが、結果は同じで誰も見つけられない。
「・・・もしかしたら、この辺りの倉庫にはいないんじゃないでしょうか?」
「う~ん、でも他に人が近寄らず大勢の人を隠せるような場所なんかないでしょう?」
「確かに、そうですけど・・・・・・あっ、もしかして裏をかいたのかもしれませんよ?」
「それって、こんな倉庫の様な所じゃなくて人が大勢来そうな所に隠してるかもしれないって事?」
「・・・多分、ですけど」
苦笑いをするアリサを見てジルニトラは腕を組みながら一理あるなと考え込む。真面目に考えるジルニトラをアリサは黙って見つめている。すると、遠くから自分達の方に駆け寄って来るニーズヘッグとファフニールの姿を見つけた。
「ニーズヘッグさん、ファフニールさん、そっちはどうでした?」
「いや、誰もいない。それどころか誰かが出入りした痕跡すらなかった」
「もしかしたらここ数日の間、誰もこの倉庫に来ていないのかもしれません」
「実は私もここにはいないんじゃないかってジルニトラさんと話していたんです」
「そうか・・・」
誰も倉庫にいないと考えて難しい顔をするニーズヘッグ、アリサ、ファフニールの三人。その三人の隣でジルニトラは腕を組んだまま考え込んでいる。
「・・・ねぇアリサ、此処以外に倉庫が沢山ある場所ってないの?」
「いいえ、この町で此処よりも多くの倉庫がある場所はありません。それ以前に倉庫はこの辺りにしかないですから・・・」
「じゃあ、倉庫みたいに沢山の物資を保管できる場所とかは?」
「そうですね・・・・・・騎士団が使う武器を保管しておく所なら此処から北西の位置にあります」
アリサが北西の方を指差して武器保管所の事をジルニトラ達に話す。それを聞いた三人は互いの顔を見合って頷き、そこへ向かう事を決める。すると、遠くから一人の男性騎士が大きな声を上げてアリサを呼んだ。
「隊長!ちょっとこれを見てください!」
「え?」
突然呼ばれたアリサは不思議そうな顔で男性騎士の方を向く。もしかして、人質がいたのか考えたアリサは早歩きで男性騎士のところへ向かう。ニーズヘッグ達も気になりアリサの後を追う。
四人が男性騎士の下へやって来ると、そこは倉庫から少し離れた所にある下水路の入口があった。その入口の隣には下水を地下へ流す為の水溜め場があり、その周りを大勢の騎士達が囲む様に立っている。
「一体どうしたの?」
アリサが自分を呼んだ男性騎士に訊ねると、男性騎士は何やら暗い表情で水溜め場の方を向き指差した。
「・・・あれです」
低い声を出す男性騎士を見た後に水溜め場に視線を変える四人。すると、水溜め場に何かがぷかぷかと浮いているのを見つけてニーズヘッグ達は目を凝らす。やがてその浮いている物がゆっくりと動きだし、それを見た四人の顔に緊張が走った。
「あ、あれって・・・!」
「まさか・・・」
ジルニトラとアリサは驚きながら浮いている物を見つめ続け、ニーズヘッグとファフニールも浮いている物を見て微量の汗を流す。それからニーズヘッグ達はその浮いている物を急いで引き上げてそれを細かく調べ始めるた。
その頃、ファンストの屋敷ではヴリトラ達がエントランスで突然現れたシャーリアを驚きの表情で見つめている。シャーリアは両手を腰に当てながらヴリトラ達を見て笑っていた。
「フフフフ♪」
「・・・どういう事だよ、これは?」
ヴリトラは目の前に立っている姫騎士をジッと見つめながら森羅をゆっくりと構える。
「何でお前が此処にいるんだ?」
「ん?何でって?」
「俺達はお前達白銀剣士隊をグリンピスの森の外にある木に縛り付けて来たんだぞ?しかもお前達の足となる馬は全部俺達が連れて行ったんだ。俺達だって車と馬を使い一日がかりティムタームに戻って来たのに、どうして此処にいる?馬を使わずに足で戻って来るとなると最低でも二、三日は掛かるだぞ」
そう、ヴリトラはどうしてシャーリアがティムタームに来ているのかを疑問に思っていたのだ。自分達よりも遅くティムタームに戻るはずのシャーリアが自分達とほぼ同じ早さで町に戻って来ている。それがどうしも理解できないのだ。勿論ラピュスやジャバウォックも同じだった。二人は驚きの表情でシャーリアを見つめて彼女と周りの警備兵達を警戒する。
「フフ、それは秘密よ。折角だからさっきみたいに推理してみたら?」
シャーリアが笑いながらヴリトラに推理する事を勧める。そんなシャーリアを見てラピュスは違和感を感じていた。
(何だ?シャーリアの態度がグリンピスの森で会った時と随分違うな・・・)
目の前にいる姫騎士の態度が前に会った時と違う事に気付いたラピュスは眉をひそめてシャーリアを見つめている。
シャーリアの突然の登場に警備兵達は驚きながらシャーリアを見つめているがファンストは助かったと言いたそうに安心の笑みを浮かべた。
「おおぉ、シャーリア!よく戻って来た、さっさとこの下賤な輩を処刑してしまえ!」
「フフフ、言われなくても」
「「「!」」」
ファンストの指示を受けて不敵な笑みを浮かべたシャーリアにヴリトラ、ラピュス、ジャバウォックは警戒心を強くする。勿論三人の後ろにいる四人の騎士達も騎士剣や銃器を構えて何時でも戦えるようにした。そんな時、ヴリトラとジャバウォックの小型無線機からコール音が鳴り、それを聞いた二人は小型無線機のスイッチを入れる。
「こちらニーズヘッグ。ヴリトラ、聞こえるか?」
「ニーズヘッグか、見つかったのか?」
ニーズヘッグから通信があったと知り、ラピュス達が一斉にヴリトラの方を向く。一方でファンスト達は突然ヴリトラが独り言を喋り出した事に一瞬驚き彼をジッと見つめる。だが、シャーリアだけは不敵な笑みを浮かべたままだった。
「いや、人質はまだだが・・・」
「なら後でかけ直してくれ。今ちょっと面倒な状況なんだ」
「・・・まさか敵に囲まれたのか?」
「それもあるが、グリンピスの森で会ったあの姫騎士がなぜか俺達に追いついた今目の前にいるんだよ」
「何ぃ!?」
シャーリアが目の前にいる事を聞かされたニーズヘッグは驚いた。ヴリトラとジャバウォックはニーズヘッグの予想外の驚きに不思議そうな顔で耳の小型通信機に視線を向ける。しばらく沈黙となった後、再びニーズヘッグの声が聞こえて来た。
「・・・ヴリトラよく聞け。今のお前達の前にいるのは姫騎士シャーリアじゃない!」
「・・・はあぁ!?」
ニーズヘッグの言葉にヴリトラは思わず声を出す。ジャバウォックも声は出さずに驚きの表情を浮かべている。通信の内容が聞こえないラピュス達は不思議そうに二人の顔を見つめていた。
「どういう事だよ?」
「・・・・・・実は、今俺達の前にそのシャーリアの遺体がある」
「・・・何?」
シャーリアの遺体がある、上手く話が理解できないヴリトラは訊き返した。
「倉庫を調べていた連れていた騎士が近くにある下水路の入口の水溜め場に浮いている遺体を発見したんだ、しかも全裸のな。引き上げて調べてみたらその遺体はグリンピスの森で戦ったシャーリアと同じ顔をしてやがったんだ。額を一発で撃ち抜かれている。ジルニトラの調べでは水のせいで体がふやけてて詳しい事は分からないが少なくとも死後四日は経ってるらしい。騎士達の話では四日前は自分達が白銀剣士隊と一緒に俺達の討伐の為にティムタームを出発した日だったようだ!」
「それって・・・」
「もしこの遺体が本物のシャーリアだったら彼女は討伐に向かう当日に殺されたって事だ。しかも、銃器を使う奴、俺達と同じ世界の人間にな!」
ヴリトラはニーズヘッグの話を聞いて目の前で笑っている「シャーリアの姿をした人物」をジッと睨み付ける。ジャバウォックも同じように彼女を睨みつけており、ラピュスは突然怖い顔になった二人を見て少し驚いてしまう。
「・・・お前、誰だ?」
「え?」
ヴリトラが突然シャーリアに向かって誰だと訊ねた事にラピュスは不思議そうな顔で思わず声を出す。
「今仲間から連絡が入ってな、倉庫の近くの下水路の入口でお前の遺体を発見したそうだ?」
「何だって!?」
シャーリアの遺体が発見された事を聞いたラピュス達は驚きてヴリトラやシャーリアを一斉に見る。周りから見られている事を気にもせずにヴリトラは話を進めた。
「だとするとおかしいな?四日前に誰かに射殺され死体として発見されたお前がなぜ此処にいるんだ?しかも遥か遠くから俺達よりも遅れて町へ向かったはずなのに俺達とほぼ同じタイミングでティムタームに戻って来ている・・・その全てが普通では考えられない事ばかりだ」
ヴリトラの説明を聞いてラピュス達はシャーリアを見つめ、彼女の周りにいた警備兵達も不気味さを感じて離れていく。シャーリアは俯いたまま黙り込んでいる。
「だけど、それら全てを可能にする事のできる存在がいる・・・遺体が発見された以上、もう正体を隠す必要も無い・・・いい加減に素顔を見せたらどうだ?」
声に力を入れて威嚇する様に言うヴリトラ。するとさっきまで黙り込んでいたシャーリアが俯いたままクスクスと笑い出した。
「フ、フフフフ、アハハハハハ!なぁ~んだ、もう見つかっちゃたの。できるだけ目立たない場所に隠したつもりだったのに・・・プッ!」
笑い出したと思ったら今度は口から何かを吐き捨てるシャーリア。ヴリトラはシャーリアが吐き捨てた物を見て目元をピクリとは反応させる。それは豆まきの豆程の大きさの黒い小さな機械だった。
「あれは最新型の超小型ボイスチェンジャー・・・」
機械の正体を知ったヴリトラはフッとシャーリア方を向いた。シャーリアは頭に乗っている竜の翼のティアラを捨ててクリーム色の長髪を広げながらヴリトラ達を見つめる。
「あの女を殺した後にわざわざ着ていた鎧まで奪って、髪も染めて変装用マスクまで付けたのに全部無駄になっちゃったわ」
「こ、声が変わった!?」
「アイツが口に入れてた機械で声を変えてたんだよ。恐らく本物のシャーリアを殺す直前に彼女の声を録音して調整したんだろう・・・」
シャーリアの声が変わった事に驚くラピュスにヴリトラはボイスチェンジャーの事を説明する。ジャバウォックや騎士達も警戒心を解かずシャーリアを見つめていた。警備兵達は目の前にいるシャーリアが偽物で本物を殺害した張本人だと知り、恐怖を感じながらも槍先をシャーリアに向けて構えていた。
周りの事を気にせずにシャーリアは右手で自分の左を頬を掴むと勢いよく引っ張った。するとシャーリアの顔がはがれてその下から別の若い女性の顔が現れた。女性は持っていたシャーリアの顔のマスクを捨てると再びヴリトラ達を見てニッコリと笑う。
「どう?私の素顔もキュートでしょう?」
「チッ!顔や声を変える事ができるなんて、やっぱりブラッド・レクイエムか!」
「そのとおり」
舌打ちをして女性を睨むヴリトラは森羅を強く握る。女性は睨まれているにもかかわらず笑顔のまま頷き、その後ゆっくりと頭を下げた。
「改めて自己紹介といくわね?私はブラッド・レクイエム社、女王直属機械鎧兵士部隊所属、『メリュジーヌ』よ」
「メリュジーヌ?フランスの伝承に登場する蛇女か?」
「フッ、私のコードネームなんてどうでもいいでしょう?」
「ハッ、確かにそうだな。問題は別にある・・・」
メリュジーヌを名乗る女性機械鎧兵士を見ながらジャバウォックが話を変える。ヴリトラとラピュス達もブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士がティムターム元老院と繋がっている事の方が気になっているらしくコードネームの事など気にしていなかった。
「まず最初に、どうしてブラッド・レクイエムのお前が此処にいるんだ?なぜ元老院の姫騎士に化けた?」
ジャバウォックがメリュジーヌに質問すると、メリュジーヌは笑いながら自分の両手を見つめる。
「そうねぇ?・・・とりあえず、私が此処にいる理由なんだけど、私は女王の命令でティタームにやって来たの」
「クイーン?」
「私達ブラッド・レクイエムの頂点に立つお方、言わば社長よ。その方から言われたの、ジークフリートが幹部クラスの機械鎧兵士を必要としているから行けってね」
「ジークフリートが?」
ヴリトラは以前に何度か対峙したブラッド・レクイエム社の機械鎧兵士部隊の司令官である黒騎士の事を思い出して思わず聞き返す。ラピュスも驚いて目を見張りメリュジーヌを見つめた。
「何でも、そこの元老院のジジイが七竜将を消したがってるから手を貸す為に戦力を送ってほしいって連絡して来たらしくてねぇ。それで私が選ばれたって訳よ」
「何だと・・・?」
「元老院がブラッド・レクイエムに・・・?」
ヴリトラとラピュスは低い声を出しながら離れた所にいるファンストを睨み付けた。ファンストは二人に睨まれて思わずビクつく。ヴリトラとラピュスが怒るのも無理はない。散々七竜将やブラッド・レクイエム社を危険な存在だと罵って来たファンストがその罵った、しかも自分達を何度も襲って来た相手の力を借りて七竜将を始末しようとしていたのだから。この心変わりはある意味で王国に対する大きな裏切りでもあった。二人だけではない、ジャバウォックや第三遊撃隊の騎士達、そして屋敷を警備していた兵士達も軽蔑する様な目でファンストを見つめている。
メリュジーヌはファンストを冷たい目で見ているヴリトラ達の事を気にする事無く話を続けた。
「流石に王国全てを敵に回したのだから、この十数日という短い期間の間に七竜将を始末してくれるとジークフリートは考えてたらしいけど、元老院のどんくささに遂に彼も痺れを切らせたのか私をスパイとして今度の討伐部隊に忍び込ませたのよ。それで私と丁度いい体型の姫騎士さんがいたから彼女に成りすましてアンタ達の前に現れたって訳。まったく、普段と違う性格や口調を演じるのは苦労したわ」
「その姫騎士がシャーリアって訳か・・・だけど、どうしてグリンピスの森で俺達を殺そうとしなかった?お前の目的が俺達を殺す事ならあの時でもできたはずだろう?」
ヴリトラがメリュジーヌにグリンピスの森で襲って来ずに潔く投降した理由を訊ねるとメリュジーヌは肩をすくめて答える。
「いくら私でも一度に七竜将を全員相手にする程バカじゃないわよ。アンタ達がティムタームに戻るという話を聞いて町でバラバラになったところを攻撃しようと考えただけ。それに、白銀剣士隊の連中に私の正体を知られるのは都合が悪いから」
「!?」
メリュジーヌの話を聞いてラピュスはふとある事に気付く。そして、ジッとメリュジーヌを睨み、微量の汗を垂らしながら口を動かした。
「・・・そう言えば、一緒にいた白銀剣士隊はどうした?お前が拘束を解いて此処に戻って来たという事は当然彼等も・・・」
「拘束を解いて自由にしたと思う?」
「え?」
メリュジーヌが興味の無さそうな顔と声でラピュスに言い、それを聞いたラピュスは思わず声を漏らす。
「言ったでしょう?私の正体を知られると都合が悪いって?拘束していたロープを解くために機械鎧の内蔵兵器を使ったから、私が機械鎧兵士だって事はあのトーマスって騎士にバレたわ」
「・・・お前、まさか!」
ラピュスが嫌な予感をさせながらメリュジーヌを睨む。そしてメリュジーヌはラピュスを見ながらニッコリと笑った。
「ええ、皆殺しにしてきたわ♪」
「「「!!?」」」
白銀剣士隊を皆殺しにした、その言葉を聞いたラピュス、ヴリトラ、ジャバウォックは表情を固める。騎士達や警備兵達も驚き声を漏らし始めた。
「身動きのできない相手を殺していくって言うのは気が退けたけど、状況が状況だったからね?ちゃっちゃと殺して此処に戻って来たのよ。仲間達が用意してくれた車に乗ってね?」
「・・・お前は数日とはいえ彼等と共に行動していたのだろう?彼等を手に掛けて心が痛まなかったのか?」
「全然?」
「彼等にだって家族や恋人がいるのだぞ?」
「それじゃあ、寂しくならない様にアンタ達を始末したらその人達も殺しに行かなきゃね?」
笑顔で冷酷な事を平気で口にするメリュジーヌにラピュスは遂に我慢の限界が来た。騎士剣を強く握りメリュジーヌを睨み付ける。
「・・・この魔女がぁーーっ!!」
今まで見た事のないラピュスの怒りの表情にヴリトラとジャバウォックは一瞬驚く。勿論遊撃隊の騎士達や警備兵達も同じように驚いていた。だが、メリュジーヌだけは笑ってラピュスを見つめている。ラピュスは騎士剣を両手で握りながらメリュジーヌに向かって走り出した。
ヴリトラ達の前に現れたシャーリアは本物のシャーリアを殺害して成りすましていたブラッド・レクイエム社の幹部メリュジーヌだった。シャーリアだけでなく白銀剣士隊までも皆殺しにした冷酷さにラピュスの怒りは爆発させる。