第百四十話 ティムタームへの帰還 反撃作戦の始まり
ガズンと別れてグリンピスの森を後にしたヴリトラ達はラピュス達の家族の救出と自分達の無実を証明する為にティムタームへ向かう。時間が無い為、一行は戻る途中に見つけた町や村には殆ど立ち寄らず真っ直ぐティムタームを目指すのだった。
グリンピスの森を出発してから丸一日が立ち、ヴリトラ達はようやくティムタームの前にある小さな林の前に到着する。辺りは既に暗くなり、林に入ってからヴリトラ達はどの様に町へ入るのか、町に入った後にどう行動するのかを話し合い作戦を立てていた。
「・・・門の前に番兵が三人、町を囲む防壁の上には此処から確認できるだけでも八人か・・・」
林の木の上から双眼鏡を覗き込んで兵士の数を確認するオロチ。夜中で周りは暗くなっているが、双眼鏡に付いている暗視装置のおかげで夜にもかかわらず昼間の様に明るく見える。
「・・・一度戻るか・・・」
人数を確認したオロチは枝から枝へ跳び移って地上へ降りて行き、地上に降り立つと林の奥へ走り出す。しばらく進むと、林の奥でヴリトラ達が集まり、ランプの灯りを頼りにティムタームの地図を見ながら作戦会議をしている姿があった。
「戻ったぞ・・・」
「お疲れ、どうだった?」
周りの者達が一斉にオロチの方を向き、ヴリトラが町がどんな様子だったかを尋ねる。オロチは手に持っている双眼鏡を見ながら町の状況を説明し始める。
「門の前にいる番兵と防壁の上から周囲を警戒する兵士が確認できただけでも八人、その全てが弓兵だ。そして半分以上が門の前にいる者を射抜ける位置にいる・・・」
「厄介だな。門の前に出れば番兵によって知らされて弓兵に狙い撃ちにされるのは明白だ」
「ノックしても開けてくれるとは思えないしね」
オロチの話を聞き、入口である門の前に出るのは危険と判断したヴリトラとリンドブルム。周りでもラピュス達が同感というように頷く。
「他に町への入口は無いの?ホラ、前にジークフリートが町から逃げる時に使った地下水路とか?」
「ダメだ。あの事件の後、王国は門以外の出入口を全て封鎖した。町に入るには正面から門を通るしかない」
他の入口の事を訊ねるリンドブルムにラピュスは現在の町へ入る方法を話す。それを聞いたリンドブルムは残念そうな顔で俯いた。
「それじゃあ、グリンピスの森の時の様に変装して町へ入るっていうのは?」
今度はジルニトラはトーマス達に奇襲を仕掛けた時の様に変装して町へ入るという方法を進言した。だが、ラピュスはジルニトラの方を向き顔を横に振る。
「無理だ。お前達と最初に会った日に盗賊団クレイジーファングが町に侵入しただろう?あの日から顔を隠している者の顔をチェックするようにしているんだ」
「そう・・・」
変装して入る事も無理、ジルニトラもガッカリして溜め息を吐いた。
「八方塞だね?」
「壁を越えようにもあの高さだ、俺達機械鎧兵士でも無理だろうしな」
潜入方法が思いつかばずに困り果てるファフニールとジャバウォック。ラランやアリサ達第三遊撃隊の騎士達も困り顔を見せている。
「何かいい手は無いか?ニーズヘッグ?」
ジャバウォックが七竜将の参謀とも言えるニーズヘッグに訊ねる。ニーズヘッグは地図を見ながら町の何処に何があるのかを確認していた。
「・・・町への潜入方法ならいいのがある」
「本当か?」
「何それ?」
ジャバウォックとリンドブルムが訪ねるとニーズヘッグは顔を上げて二人の方を向く。
「簡単な事だ。変装も別のルートから潜入するのもダメなら姿を隠して潜入すればいいだけだ」
「姿を隠す?」
ニーズヘッグがいい手があると言って口にしたのは姿を隠すという予想外の答え。それを聞いたリンドブルムは思わず聞き返し、ヴリトラ達もまばたきをしながら呆然とニーズヘッグを見ている。
「そうだ、荷物を積む為の荷車の中に隠れるんだよ。それを特務隊として出撃したラピュス達が運んで一緒に潜入するんだ」
「成る程な。ラピュス達なら顔を確認されているから怪しまれる事もないし運んでいる荷物も不審に思われないって事か」
「単純な方法だけど、確かにそれなら行けそうだね」
ヴリトラとリンドブルムがニーズヘッグの説明を聞いて納得し、ジャバウォック達もそれが一番安全な方法だと考えて話を聞いている。だがそこへラランが無表情で、アリサが複雑そうな顔で会話に入ってきた。
「・・・それ、無理」
「ハイ、私もそう思います」
「え?どうして?」
突然ニーズヘッグの作戦は無理だと言い出す二人の方を見てファフニールが訊き返す。アリサは町の方を向いて複雑そうな顔のまま説明した。
「実は顔を隠している人をチャックすると決まった日から荷台などに積まれている荷物も確認する様になったんです。だから荷台に隠れていても見つかってしまう可能性が高いんです・・・」
「・・・違う、絶対に見つかる」
アリサの言葉の一部を訂正するララン。二人の話を聞いて荷台に隠れる事も不可能と知ったヴリトラ達は完全に手詰まりになってしまった。だがニーズヘッグは二人の話を聞いても表情を変える事なく真面目な顔で二人の方を見る。
「そんな事は百も承知だ」
「え?」
「どういう事だ・・・?」
荷物が確認される事も知っててその作戦を上げたニーズヘッグにアリサとオロチは訊き返した。
「荷物を確認されずに町へ入る方法がある」
「何だってぇ?」
「そんな事ができるのか?」
「どんなどんな?」
驚きながらニーズヘッグに訊ねるジャバウォック、ラピュス、ファフニールの三人。ヴリトラ達も少し驚いているような顔でニーズヘッグを見ていた。ニーズヘッグ自身も小さく笑ってヴリトラ達の方を見つている。その後、ニーズヘッグから詳しい話を聞いたヴリトラ達はティムタームへ潜入する為の準備に取り掛かり、準備が終るとティムタームへ向かう為に林を出たのだった。
ティムタームの入口の門の前では上がっている吊り橋の前で三人の番兵が見張りをしている。三人の内二人は橋の前に立ち、もう一人は少し離れた所にある小屋の中で何かを記録しているのか羽ペンを動かしていた。
「ふぁあ~~っ。眠てぇなぁ・・・」
「シャキッとしろ」
「んな事言ってもよぉ、眠たいんだからしょうがねぇだろう?」
「何言ってるんだ、まだ十一時前だぞ?」
吊り橋の前に立ち、眠たそうにしている兵士を見ながら隣にいるもう一人の兵士が懐中時計を取り出して時間を見せる。時計を見て眠たそうにしていた兵士がめんどくさそうな顔になり持っている槍で地面を軽く叩いた。
「ケッ、こんな時間には誰も町に来ねぇよ。わざわざ警備なんかする必要もねぇのに・・・」
「バカ!例え誰も来なくてもこっちに誰かいないと町の外で何が起きているのかを町へ知らせる奴がいなくなるだろう。敵が攻めて来た時はどうするつもりなんだ?」
「そりゃそうだけどよぉ・・・」
話をし合う二人の兵士。すると、小屋の中で記録をしていた兵士が目の前の小窓から外を見て何かを見つけて外にいる二人の声を掛けた。
「おい!誰か来たぞぉ~?」
「「!」」
声を聞いてハッとした二人の兵士は前を向き、馬に乗って吊り橋へ近づいて来る団体を見つけた。暗くてよく見えないが、団体が近づいて来ると近くにある松明の灯りで次第に先頭の顔が見えてくる。そして先頭の馬に乗っている特務隊の格好をしたラピュスの顔を確認した。
「あれは、フォーネ殿だ」
「確か、白銀剣士隊と一緒に七竜将の討伐に向かったんだったよな?」
「ああ・・・戻って来たって事は・・・七竜将を仕留めたって事になるな・・・」
ラピュスに聞こえない様に小声では話をする兵士達。小屋の中にいた兵士も槍を持って外に出て二人と合流する。
しばらくしてラピュスと彼女と同じように特務隊の格好をした第三遊撃隊の騎士達が馬に乗って近づいて来る。真ん中には布を被せてある荷車を引いている馬がおり、そのの後ろにはもう一台の荷車を引いている馬がいた。馬に乗っている男性騎士がチラチラと荷車を見ており、その隣で馬に乗っている女性騎士が小声で男性騎士に声を掛ける。
「ちょっと、そんなにチラチラと見てたら怪しまれるわ。自然な態度を取りなさい!」
「分かってるよ。だけど、上手く行くか不安なんだよ・・・」
「上手く行くかは私達次第よ」
心配そうな顔をする男性騎士と堂々としている女性騎士。荷車には七竜将とララン、アリサの二人の姫騎士がギュウギュウに詰め込まれる様に隠れており、その上に小さな荷物を幾つか乗せ、更に上から布を被せて姿を隠しているのだ。故にヴリトラ達もバレないように体を動かさずじっとしている。
ラピュスは兵士達の前に来ると馬を止めて停止する。その後ろをついて来ている騎士達も一斉に止まった。兵士の一人が馬に乗ったラピュスの隣にやって来て彼女を見上げる。
「ラピュス・フォーネ、元老院の七竜将討伐の命を終えて帰還した」
「ご苦労様です、通行証をお見せ頂きたい」
ラピュスから通行証を受け取った兵士は名前と番号を確認する。その間、チラッとラピュスの後ろにいる騎士達を見て真面目な顔を見せた。
「そう言えば、一緒に町を出た元老院の白銀剣士隊の方々はどうされたのですか?」
「・・・彼等は皆やられてしまった」
「何と・・・」
ラピュスの話を聞いて兵士は驚きラピュスの顔を見上げる。
「七竜将は手強かった。何とか倒す事はできたが白銀剣士隊は全滅し、私達も運よく生き残る事ができたのだ・・・」
「・・・そうでしたか」
兵士は通行証をラピュスに返すと荷車の方へ近づいて行き、残りの二人もラピュス達の下へ歩いて来て荷車を見つめる。
「ところで、この荷車に積まれている荷物は何ですか?町を出る時にはこんな荷車は有りませんでしたが・・・」
「・・・ああ。これは戦死した白銀剣士隊の遺体を乗せてるのだ。国の為に尽くして戦死した騎士達の亡骸をそのままにしてく事などできなかったからな、こうして持ち帰って来たのだ」
「成る程・・・・・・念の為に確認させてもらいます・・・」
兵士がそう言って荷台に被せてある布に手を差し伸べると、荷車を引いている馬に乗った男性騎士が兵士の方を向いた。
「・・・み、見ないほうがいいぞ?酷過ぎてとても見れた物じゃない」
「え?」
「我々も、遺体を荷車に積む時に何度も見ているが、その酷い状態に作業をしている者がその度に気分を悪くした。遺体を見てからしばらくは何も喉を通らず、嘔吐した者もいる・・・」
「そ、そんなに酷いのですか?」
男性騎士の話を聞いた兵士達は話の内容から荷車に積まれていると思い込んでいるありもしない遺体の状態を聞いて引いてしまう。兵士達の態度を見た男性騎士の隣の女性騎士が更にダメ押しをする。
「私も見たけど、あれは一度見たら簡単には忘れられないわね。・・・それでも確認すると言うのなら、別に構わないけど私達に見えない様にしてね?」
女性騎士が兵士にそう告げると周りにいる騎士達は一斉に荷車から目を逸らした。その騎士達の行動に三人の兵士は遺体がかなり悍ましい状態だと直感して顔から血の気が引いて行く。兵士がラピュスの方を向いて一度咳き込むと苦笑いを見せる。
「ま、まぁ・・・戦死した騎士達の遺体を眺めるなどは礼儀知らずのやる事。直ぐに橋を下ろさせるから町へ行ってください」
「いいのか?荷物をしっかり確認すると言う決まりになったはずだが?」
「い、いい!いいから行ってください!」
ラピュスの言葉に兵士は慌てながら吊り橋を下ろしに小屋へ向かう。小屋の中で吊り橋を下ろす作業を進める兵士を見ながらラピュスは小さく笑っていた。しばらくすると吊り橋が下りて町へ入れるようになった。吊り橋が完全に下り切るとラピュスは馬を歩かせて釣り橋を渡り、他の騎士達もそれに続いて町へと入って行った。三人の兵士達は町へ入って行くラピュス達の後ろ姿を青ざめたまま見つけている。
吊り橋を通り、門を潜って町に入ったラピュス達は門から200m離れた所で裏路地に入り周りに誰もいない事を確認しながら馬を止めて全員降りた。ラピュスは馬から降りると荷車に近づいてそっと声を掛ける。
「・・・いいぞ?」
ラピュスが声を掛けると荷車に掛けてある布がめくれて隠れていたヴリトラ達が起き上がった。それと同時に横になっていた彼等の上に置かれていた小さな木箱や武器なども荷車から落ちて音を立てる。
「ふぅ~、しんどかったぜぇ~」
「ホントホント」
「お、おい!あまり音を立てたり大きな声を出すな」
窮屈な荷車の中から解放されたヴリトラとリンドブルムが声を出すとラピュスは慌てて二人と止める。二人が荷車から降りるとそれに続いてジャバウォック、ニーズヘッグ、ラランも続けており、もう一つの荷車からもジルニトラ達が静かに降りていた。
「なんとか上手く行ったな?」
「・・・でもどうして調べられなかったの?」
肩を回しているジャバウォックの隣でラランがなぜ兵士達が荷車を調べなかったのか尋ねるとニーズヘッグがラランを見下ろしながら説明する。
「兵士達に見るのも恐ろしいくらい酷い状態の遺体が積んであるって言ったからさ。白銀剣士隊ですら勝てなかった強大な敵によってズタズタにされた遺体、見た奴は食欲を無くして吐いてしまう程のもの。そんなものを見るかと言われて見たがる奴なんていやしない、荷物を確認される前に確認する気を失わせるという心理的作戦だ」
「・・・思い込ませただけ?」
「そういう事だ。単純だが上手く行けば騒ぎにならずスムーズに事が進む」
相手の心理状態を考えたニーズヘッグの作戦にラランは意外そうな顔で驚いていた。ラピュスやアリサ達も騒ぎを起こさずに町へ潜入できた事に驚いている様子だ。
裏路地に入って数分後、装備品や武器のチェックし終えたヴリトラ達は周囲を警戒しながら次の行動を再確認し始めた。
「よし、それじゃあここからは手筈通三つに分かれて行動するぞ?俺とラピュス、ジャバウォックは遊撃隊を何人か連れて元老院のファンストの屋敷に向かう。アイツを直接問い詰めて全てを白状させてやるさ」
「無茶はしないでくださいね?ファンスト公が住んでいるのは上級貴族だけが出入りする事が許される住宅街、警部は厳しく、不審な物を見つけると直ぐに街中に広がって警備兵が集まってきますから」
「分かった、肝に銘じとくよ」
アリサの忠告を聞いて頷くヴリトラ。ラピュスとジャバウォックもアリサの方を向いて真面目な顔をしている。
「俺とジルニトラ、ファフニール、アリサは残りの遊撃隊を連れてラピュス達の家族が軟禁されている場所を探し出す」
「ああ、もしファンストの奴が軟禁場所の事を吐いたらすぐに連絡するぜ」
「頼んだぞ」
ヴリトラの方を向きニーズヘッグは頷きながら答える。
「それじゃあ、残った僕とラランとオロチはお城へ行くね?」
「頼むぜ?お前達の役割がこの作戦で一番重要な事だ。もしお前達が失敗すれば俺達はお終いだからな」
「プレッシャー掛けないでよぉ~」
ヴリトラの方を向いてリンドブルムは困り顔になる。周りでそんなリンドブルムを見ていたラピュス達は小さく笑っていた。
「・・・皆、この作戦が上手く行けば俺達は全員助かる。だが、失敗すれば俺達は全員王国に反旗を翻した反逆者として処刑されちまう。必ず成功させるぞ?」
「「「「「おうっ!」」」」」
ラピュス達はヴリトラの方を向き力強い声で返事をする。それを見たヴリトラも笑って頷き返した。
「OK、作戦開始!」
その言葉を合図にヴリトラ達は一斉に散開した。裏路地に集まっていた傭兵と騎士達は自分達の役割を全うする為に走り出す。今まさにヴリトラ達の元老院に対する反撃作戦が決行されたのだった。
無事にティムタームに戻って来たヴリトラ達。彼等は自分達の大切な物を取り戻す為に町中に広がる。だが、元老院がヴリトラ達の事に気付くのも時間の問題。この僅かな時間にヴリトラ達はどう反撃するのだろうか。