第十三話 噴水前の決闘! ヴリトラVSクリスティア
「まったく、何を考えてるんだ!」
酒場マリアーナの中でラピュスはテーブルを力一杯叩きながら目の前で椅子に座っているヴリトラを怒鳴りつける。周りではニーズヘッグ達や拠点探しから戻って来たリンドブルム達が集まってヴリトラとラピュスを見ている。
拠点探しに行っていたリンドブルム達は先に酒場に戻って怒っているラピュスを見て最初は驚いていたが、ニーズヘッグから事情を聞きラピュスが怒る理由を知るとすぐに呆れ顔になった。
「あの状況じゃ仕方ねぇだろう?」
「仕方がないって、少しは状況と立場を考えてから行動しろ!」
「俺、ああいう高飛車な女って嫌いなんだよね」
「そんな事を話してるんじゃない!」
なかなか話しが噛み合わない事にラピュスは次第に苛立ちを見せる。そんなラピュスを見てアリサが苦笑いをしながら宥めに入った。
「まぁまぁ、ヴリトラさんも隊長の事を思ってやった事ですし、大目に見てあげましょうよ?」
「むぅ・・・確かにそうだが・・・」
アリサの説得で少しだけ表情を和らげるラピュス。少しだけ落ち着いたラピュスを見て周りのリンドブルム達もこれで話しが進められると安心する。
「ついでだよ、ついで」
「んぐっ!」
耳の穴を小指で穿りながら言うヴリトラの言葉にラピュスは再びヴリトラを見て表情を険しくした。折角の行為が無駄になってしまい、アリサはガクッと肩を落とし、リンドブルム達も呆れて溜め息をつく。
このままではいつまで経っても話しが進まないと考え、ジャバウォックが強引に話の方向を変えた。
「それで?明日の正午にこの町の中央にある噴水でそのクリスティアっていう姫騎士さんと決闘をすることになったんだな?」
「・・・リーザムの噴水」
ジャバウォックの足元で決闘の場所である噴水の名を呟くララン。
リンドブルムは椅子に座り、テーブルの上に置かれている飲み物の入ったコップを手に取り、中身を飲むとヴリトラの方を向いて困ったような声を出す。
「それにしても、ヴリトラの気に入らない奴を挑発して怒らせるっていう癖はなんとかした方がいいよ?」
「あら、あたしもヴリトラと同じで気に入らない奴にはお構いなく突っかかるわよ?」
ヴリトラを注意するリンドブルムを見て椅子に座っているジルニトラはヴリトラの考え方に同意する。その隣にはファフニールが頷きながら立っていた。彼女も同じ考えのようだ。ヴリトラ達が集まっているテーブルから少し離れた所ではオロチが壁にもたれながらジッとヴリトラ達の会話を見ている。
「お前達の考えはどうでもいいとして。内務事務官の娘である姫騎士を怒らせたのだ、何か良からぬ方法で仕返しをしてくるのではないのか・・・?」
クリスティアが次にどんな行動を取るか考えるオロチの方を向いて考え込むリンドブルム達。そんな彼等を見てヴリトラは肩を鳴らした。
「その事なら心配ねぇよ」
「どうしてそんな事が分かるの?」
リンドブルムがヴリトラに尋ねるとヴリトラは立ち上がり、リンドブルム達に背を向けながら静かに歩き出す。少し歩くとヴリトラは立ち止まって振り返り、リンドブルム達を見る。そこにあったヴリトラの顔には余裕の表情が見られた。
「アイツの騎士としてのプライドはかなり高いはずだ。そうだよな?ラピュス」
「ん?・・・あ、ああ。クリスティアは自分の家であるママレート家の名誉や自分の騎士としての生き方に誇りを持っている。その誇りの高さは私も認める程だ」
「そんな誇り高い姫騎士様が自分の事を卑怯者や騎士失格とまで言われて、姑息な手を使うと思うか?その名誉と誇りに賭けて必ず騎士としての戦い方をする筈だ」
「成る程な、自分を卑怯と言った男を相手に卑怯な手を使ったら、それこそ誇りを捨て、相手の言った事を認めた事になる」
ヴリトラの説明を聞いたニーズヘッグは更に細かく、分かりやすく説明をする。ヴリトラはニーズヘッグの見て頷き、周りのいるラピュス達を見回しながら話しを続けた。
「アイツは俺を『騎士』として倒したいはずだ。騎士として自分を馬鹿にした傭兵である俺を倒して俺を見返す、そう考えている筈だよ」
「どんなに相手を見下しいる女でも騎士としてのプライドは持っていたって訳ね」
つまらないところだけはこだわっている、クリスティアの事をそう考えながらジルニトラは頬杖を突きながら納得する。クリスティアは代々騎士を務めてきたママレート家の次期当主となる存在だ。騎士としての誇りは父やその前の代から受け継ぎ、騎士として生きる自分にも誇りを持っていた。そんなクリスティアの性格を考えたヴリトラはその誇りに傷をつける発言をして挑発したのだ。
クリスティアをわざと挑発したヴリトラの真意を知ったラピュス達は意外な顔を見せてヴリトラを見つめる。そんな中、ニーズヘッグはヴリトラの顔を見て小さく笑う。
「フッ、成る程な。ヴリトラ、お前、あの時クリスティアが父親に俺達の事を報告すると言った時にクリスティアを挑発したが、それは父親に俺達の事を報告させないためだったんだろう?」
「ハハハ。流石ニーズヘッグ、鋭いな?」
ニーズヘッグの方を向いて笑うヴリトラ。周りではラピュスやリンドブルム達が上手く話しを飲み込めずに小首を傾げる。へニーズヘッグはリンドブルム達に分かりやすく説明を始める。
「もし、あの時クリスティアは俺達の事を父親の報告していたら、俺達のこの町での活動は出来なくなる。そしてラピュスの家も危なくなっていたかもしれない、それを防ぐ為にヴリトラはクリスティアを挑発して意識を自分に向けさせるたんだ」
「ああ、アイツの怒りを俺達全員から俺一人に向けさせるためにアイツのプライドを刺激したんだよ。中身に薄っぺらい人間ほど、無駄にプライドが厚いからな。アイツは必ず食い付いてくると思ってた」
自分達の活動とラピュスの家の事を守る為に自分にクリスティアの怒りを向けさせた。それを聞かされたラピュス達姫騎士は驚き、七竜将はヴリトラの真意を知って小さく笑う。常に先を読んで行動しているヴリトラにラピュスは更に驚いていた。
「そこまで考えて、お前は・・・」
「まぁ、ラピュスの家の事はついでだっていうのも事実だけどな?」
「ガクッ!・・・コイツ、真面目なのかふざけているのか、まったく分からん・・・」
コロコロと態度を変えるヴリトラを見て肩を落とし、ジト目で見つめるラピュス。ラピュスの話しを聞いた七竜将はニヤニヤと笑っていた。
ヴリトラは自分の席についてラピュスの方を向き、真面目な顔を見せる。
「ところでラピュス、クリスティアはどれくらい強いんだ?」」
「クリスティアか?・・・・・・ハッキリ言って、それ程強くは無いぞ」
「ええっ?マジで?」
「そう言えば、アリサがクリスティアは普通の騎士と同じくらいの実力だって言ってたわね?」
「はい」
クリスティアの実力の話しに入り、ジルニトラはアリサから聞かされたクリスティアの戦闘能力の話しを思い出す。アリサもジルニトラの話しを聞いて自分の話した内容の事を思い出して頷く。
姫騎士でありながら一般騎士と同じ実力だと聞かされたヴリトラ達は目を丸くする。ラピュスは溜め息をつき、クリスティアの実力の事を話し始める。
「知ってのとおり、クリスティアはママレート家の息女。名門貴族の生まれである時点で既に彼女には将来が決まっているのだ。だから彼女は将来の事について殆ど努力していない。更に姫騎士になれたのも父親であるママレート伯爵のおかげ、つまり姫騎士になる為の重要な訓練や試験を受けずに姫騎士になったのだ」
「・・・だから、騎士になる為の基礎試験だけを受けただけで、姫騎士に必要な技量は持っていない」
「要するに、名前だけの姫騎士という訳です・・・」
ラピュス、ララン、アリサの言葉を聞いて七竜将はポカーンとした。姫騎士になる為に厳しい訓練や試験をクリアして正式に姫騎士の称号を手に入れた三人と違い、親の力で姫騎士の称号を手に入れたクリスティアは三人ほどの実力は持っていない。クリスティアの姫騎士の称号はただのお飾りでしかなかったのだ。
騎士になった事までもが親の力、話しを聞いていた七竜将は呆れてがっくり首を落とした。
「はぁ、何でそんな名前だけの姫騎士に他の騎士達はペコペコしてるのよ?」
「やっぱり、名門貴族の子供だから、だよね?」
他の一般騎士達がクリスティアの頭が上がらないのがママレート家の人間だから、ジルニトラとファフニールは首を落としたまま呟いた。そんな七竜将を見てラピュスとラランは困り顔をし、アリサは苦笑いをしていた。
そんな中、ヴリトラは立ち上がり、頭を掻きながら店の奥へと歩いて行く。そんなヴリトラを見て一同は一斉にヴリトラの方を向いた。
「おいヴリトラ、何処へ行くんだ?まだクリスティアの戦い方や癖など話していないぞ?」
「これ以上聞く気はないよ。実力が一般騎士と同じくらいだって言うだけで十分だ。それに、アイツは俺達が別の世界から来たって事を知らないんだろう?」
「ああ」
「だったらこれでいいよ。アイツは俺の事を何も知らないのに、俺だけはアイツの細かい事を知ってて戦うのは公平じゃないだろう?」
クリスティアの事を話そうとするラピュスにヴリトラは同じ条件で戦う事は話し店の奥へ行ってしまった。一見いい加減なところがあるヴリトラだが、相手と正々堂々と決闘をする心構えを持っている事を知り、ラピュスは更にヴリトラの見方を変えた。一方でリンドブルム達は「相変わらず」と言わんばかりに笑って彼の背を見ていた。
――――――
翌日の正午、決闘の場であるリーザムの噴水前にやって来たヴリトラ達は噴水の前の人だかりを見て驚いた。どうやらヴリトラとクリスティアの決闘を拝見しようと町の住民達が集まって来たのだ。
ヴリトラ達は歩きながら噴水を囲む大勢の人達を見ている。そんなヴリトラ達に気付いた住民達はヴリトラ達の方を向いて騒ぎ始めた。姫騎士の意見する傭兵に皆興味があるのだろう。ヴリトラ達はそんな人ごみの中を歩いていった。
「凄い人だね?」
「・・・名門貴族出身の姫騎士に逆らう傭兵なんて今まで見た事無いから」
周りを見回して歩いているリンドブルムの隣でラランが静かに呟く。
人ごみの中を歩いて行き、抜け出て広い所に出たヴリトラ達。目の前には噴水があり、その前ではクリスティアが両脇に騎士を控えさせ、腕を組みながら立っている姿があった。ヴリトラはクリスティアから少し離れた所に立ち、二人は向かい合った。
「逃げずに来た事は褒めてさしあげます。ですが、それが貴方の運の尽きです。貴方はこれからわたくしに敗北して惨めな姿を晒すんですからね!」
「おいおい、戦う前からフラグ立てるなよ?お前が恥かくかもしれないんだぞ?」
「フラグ?・・・何を訳の分からない事を。さぁ、さっさと始めましょう!」
ヴリトラの言葉の意味が分からず首を傾げたクリスティアだったが、直ぐに決闘を始めようと鋭い視線をヴリトラに向けながら腰のレイピアを抜いた。脇に控えていた騎士達は後ろに下がり、ヴリトラの後ろにいたラピュス達も下がって距離を取る。周りの住民達もいよいよ決闘が始まると黙り込み、二人の注目する。
そんな中、ヴリトラは腰に手を当てながらクリスティアを見て口を開いた。
「ちょっと待ってくれよ。決闘のルールはどうなんだよ?俺、何も聞いてないぞ?」
「あら、負けるのが怖くなって時間稼ぎですの?」
「そんなんじゃねぇよ。決闘って言うんだからちゃんとルールを聞いておきたいだけだ」
「まったく、つまらない事にこだわる人ですね?・・・・・・ルールは相手が気絶するか負けを認めるまで戦う、それだけですわ」
「あっそう。よかった、幾つも細かいルールがあったら覚えられるかどうか心配だったから」
苦笑いをしながら頭を掻くヴリトラ。そんな姿を見て調子が狂うのかクリスティアは苦い顔をしてヴリトラを見ている。
苦笑いを止めて腰の森羅を抜くヴリトラは柄を両手で持て構える。クリスティアもレイピアを構えてヴリトラを睨んだ。見合っている二人を見ているラピュス達にも少しずつ緊張が走り出して来た。そんな中でラピュスはヴリトラの森羅を見てふと口を開く。
「そう言えば、初めて見た時から思っていたのだが、ヴリトラの剣は妙な形をしているな?」
「ん?森羅の事か?」
森羅を不思議がるラピュスを見てジャバウォックはラピュスの方を見ながら訊き返した。ラピュスと同じようにラランとアリサも不思議そうな目でヴリトラの森羅を見つめている。
「あれは、森羅っている超振動刀でヴリトラの愛刀だ」
「チョウシンドウトウ?」
「・・・何それ?」
聞いた事の無い武器の名前にジャバウォックを見上げるラピュスとララン。ジャバウォックはヴリトラの方を見ながら話しを続ける。
「ああ。超振動刀、もしくはバイブレーションソード、高周波ブレードとも言うな。刀身を超高速で振動させて剣の切れ味を上げているんだ」
「振動させる?でも刀身は何ともないぞ?」
ラピュスは何の変哲もないヴリトラの森羅の刀身を指差しながら言う。すると今度はニーズヘッグとジルニトラが説明を始めた。
「アイツの刀の刀身は確かに振動している。ただ、あまりに小さく、そして速く振動して止まって見えてるだけだ。アイツの刀には小さな特殊装置が仕込まれていてそれで振動させているんだ」
「ヴリトラの刀だけじゃないわ。あたし達七竜将の使ってる接近戦用の武器は全部が超振動しているの。ファフニールのハンマーだけは違うけどね」
「うん。私のギガントパレードは叩く武器だから」
ニーズヘッグ達が自分達の武器の事を話していると、周りの住民達が騒ぎ始めた。ラピュス達が一斉にヴリトラとクリスティアの方を向くと、クリスティアが先手を打って攻撃を仕掛ける姿が目に飛び込んだ。
クリスティアはレイピアで槍のように突き、連続で攻撃をするがヴリトラはその突きを軽々とかわしている。しかもいつの間にか森羅を降ろして構えを解いていた。完全に隙だらけの状態になっている。いや、寧ろわざと隙を作っていると言った方がいいかもしれない。ヴリトラはクリスティアの攻撃を回避しながらニッと笑っている。そんなヴリトラの顔にクリスティアはイライラしてきた。
「どうした?全然当んないぞ?」
「くうぅ!構えを解いて隙を作ってわたくしを馬鹿にするとは。貴方、やる気がありますの!?」
「勿論あるさ。まずは相手の出方を調べているだけさ」
「随分余裕ですわね?その余裕が命取りになりますわよ!」
そう言ってクリスティアは大きく後ろに跳び、一旦距離を取るとヴリトラに向かって走り出す。一定の距離まで近づくとクリスティアはレイピアをヴリトラの胸に向かって突いた。近づいてくる切っ先をジッと見ているヴリトラは森羅を降ろしたまま、意識を集中させる。そして切っ先が自分の胸に刺さろうとした直後、ヴリトラは左手でレイピアの細い刀身を掴んで攻撃と止めた。
「なっ!?」
刀身を素手で止めたヴリトラにクリスティアは勿論、周りの騎士達や住民達は驚いた。籠手も付けずに刀身を手で止めるなんて事はあり得ないからである。それもヴリトラの左腕が機械鎧だからこそ可能な事、それを知らないクリスティア達は驚く事しか出来なかった。一方でヴリトラの左腕の事を知っているラピュス達第三遊撃隊の姫騎士は改めて機械鎧の凄さを知って見惚れており、七竜将は周りの反応を知って面白そうにしていた。
レイピアを止めたヴリトラは小さく笑いながらクリスティアを見ており、クリスティアは驚きの表情のまま刀身を止めているヴリトラの左手を見つめている。
「惜しかったな?」
「ど、どういう事ですの?何で素手でわたくしのレイピアを止められるのですか?しかもかなり勢いをつけて向かって行ったのですよ、片手で止めるなんて事、不可能です・・・」
「確かに、普通は無理だろうな?でも、俺にはそれが出来る」
ヴリトラは左手でレイピアを軽く払いながら放す。放されたレイピアを持ち直して後ろに下がるクリスティア、その表情には驚きで固まっていた。そんなクリスティアを見て、ヴリトラは森羅を構え直した。
「さてと、大体アンタの戦い方は分かった。今度は俺が攻撃する番だな」
「!」
攻撃してくる、それに気づいたクリスティアは我に返り、ヴリトラに意識を集中させた。
ヴリトラは森羅を両手で構えてクリスティアの構え方を目だけを動かして確認する。どう攻めたらどう動くのか、反撃はどの方向からしてくるのか、手の高さ、足の位置を調べてどう動けばいいのか考える。そして答えが出たヴリトラは地を蹴りクリスティアに向かって跳んだ。
「!」
もの凄い速さで跳んで来たヴリトラに驚くクリスティア。ヴリトラはクリスティアが自分の間合いに入ると森羅を勢いよく横に振って横切りを放つ。迫って来る森羅を防ぐ為にレイピアの切っ先を下に逆さま状態にし横切りを止める。だが、止めた瞬間に予想を遥かに超える重さと衝撃が加わり、体の力を抜いていたクリスティアはもの凄い速さで飛ばされた。
「キャアーーー!」
叫びながら飛ばされるクリスティアは地面に叩きつけられ、バウンドするボールの様に飛ばされる。しばらくして止まったクリスティアは俯せに倒れ、レイピアは地面に突き刺さる。クリスティアが飛ばされた事が信じられないのか、騎士達や住民達は倒れているクリスティアを見て黙り込む。
ヴリトラは倒れているクリスティアに近づいて行き、ゆっくりと顔を上げたクリスティアに森羅の切っ先を向ける。
「勝負あったな?」
「う、うう・・・ま、まだです!まだわたくしは・・・」
負けを認められず、起き上がり戦い続けようとするクリスティア。しかし、体のダメージが予想以上に大きかったのか、体が震えて思う様に力が入らず、起き上がれない。そんなクリスティアの姿を見てヴリトラは溜め息をつく。
「はぁ、やめておけ。手加減したとはいえ、お前の体にはかなりのダメージが掛かってる。今のままじゃ立ち上がる事も出来ない」
「いいえ、まだです!まだわたくしは戦えます!」
「・・・素直に負けを認めるのも騎士には必要な事だと思うけどな?」
「だ、黙りなさい!わたくしは誇り高きママレート家の娘、わたくしが負ける事など・・・」
「やめんか!」
突然噴水広場に響く男の声にその場にいる全員が声の聞こえてきた方を向く。視線の先には中世の貴族が着る様な高貴な服を身に纏い、クリスティアと同じ金髪の髪を後ろで束ね、髭を生やしている四十代後半くらいの男が歩いてくる姿があった。
歩いてくる男を見て周りの住民達が騒ぎだし、騎士達は驚いて道を開けた。反対側にいた七竜将が突然現れた男に首を傾げているが、ラピュス達姫騎士達は驚いていた。
「あ、あの方は・・・」
「知ってるのか?ラピュス」
「知ってるも何も、あの方がレヴァート王国内務事務官を務めていらっしゃる、ザックス・ママレート伯爵だ」
「何?」
男の正体を聞かされてニーズヘッグは反応する。ママレート、つまりこの男はクリスティアの父親という事だ。予想もしていなかった人物の登場に周りはどよめいている。
ヴリトラと倒れているクリスティアの方へ歩いて行くザックス。クリスティアの前までやって来たザックスは倒れている娘を見下ろす。ヴリトラは森羅を鞘に納めて二人をジッと見つめていた。
「お、お父様・・・」
「クリスティア、お前の戦いは全て見させてもらった。この勝負、お前の負けだ。潔く負けを認めよ」
「な、何をおっしゃっているのですか!?わたくしは、お父様の後を継ぐ存在です。ママレート家の後継者が無様な姿を晒してはならないと仰ったのはお父様ではありませんか」
「・・・確かに、私はお前にそう教えてきた。だが、お前はその考えを間違った形で理解しておるのだ」
「ま、間違っている・・・?」
倒れている自分を見下ろして静かに話す父親の言葉にクリスティアは耳を疑った。今まで自分の行いを正しいと考え、ママレート家の為に尽くしてきた自分の考えが間違いと、父親から言われた事が信じられない。その思いがクリスティアの心を包み込んでいた。
「私はママレート家がこの国の人々の暮らしと幸せを考える家であるという事を大勢の人に伝える事を、そしてお前が人々を守る立派な騎士になる事、その思いを汚すような事をするなと教えてきたつもりだった。だが、お前はママレート家こそが人々の上に立ち、導く存在であるという事を知らしめる、という様に考えていたのだ。そのせいか、お前は姫騎士の称号を手に入れた途端に人を見下す性格に変わってしまった。私はお前がいつか必ずその間違いに気が付いてくれると信じて見守って来たのだ」
「お父様・・・」
「今回、お前が傭兵達から非難を浴びてそこの傭兵と決闘をするという話を聞いて、いい機会だと思ったのだ。この決闘でお前は自分の力と心の未熟さに気付いてくれるのではないかと思ってな」
「で、では、お父様はわたくしが今回の決闘で負けると思っていらっしゃったのですか・・・?」
「そうだ」
「そ、そんな・・・」
今まで父親であるザックスとママレート家の為に尽くしてきたクリスティアにとってそのザックスの一言は胸に深く突き刺さった。自分の行為が父親の期待を裏切っていた事に気付いた未熟さ、そして父親から冷たい一言を言われた事の悲しさ、クリスティアは地面に顔を埋めて泣き顔を隠す。
ザックスはヴリトラの方を向き、ゆっくりと頭を下げた。
「今回は娘が迷惑をかけたようで、本当に申し訳なかった」
「俺は気にしてませんよ。被害にあったのはあっちの姫騎士ですしね」
ヴリトラは後ろに立っているラピュスをチラッと見る。ザックスはクリスティアから今回の決闘の原因はラピュスにあると聞いていた為、ラピュスがクリスティアの被害に遭っていた事も知っていた。
ザックスはラピュスの方を向いて深く頭を下げる。それを見たラピュスは緊張した顔であたふたとする。その様子を見ていた七竜将はニヤニヤと笑っていた。
「さて、クリスティア。伯爵がこうおっしゃってるんだ。負けを認めるしかないよな?」
「・・・・・・」
「約束は守ってもらうぞ?お前が負けたらラピュスに謝罪するって事?」
「・・・・・分かって、います」
顔を上げて涙の溜まった目で弱々しくヴリトラを睨むクリスティア。だがその直後にヴリトラはクリスティアとザックスに背を向けて意外な言葉を出した。
「・・・と言いたいところだが、伯爵が謝ってくれたんだ。それでも尚お前に謝れって言う訳にはいかないな」
「な、何ですって?」
「今回の賭けは無かったことにしておくぜ?これ以上何かを要求すると今度はラピュスが何を言い出す変わらないからな」
そう言い残してヴリトラは歩いてその場を去って行った。リンドブルム達も去って行くヴリトラの後を追い、ラピュス達姫騎士達はザックスに一礼してから後を追いかけた。
周りにいた住民達も少しずつその場からいなくなっていき、やがて噴水の前にはザックスと倒れているクリスティア、第八遊撃隊の騎士だけが残った。クリスティアは騎士達の助けを借りて何と立ち上がる。彼女の目からは涙が流れ、歯を食いしばっていた。
「う、うう・・・!」
「・・・悔しいか?クリスティア」
「・・・はい・・・こんな悔しい思いをしたのは初めてです・・・」
ヴリトラに負け、更に情けをかけられた事でクリスティアの心は悔しさが籠っていた。初めて娘が流す悔し涙を見てザックスは微笑んだ。今まで親の力とママレート家の名前で何でも自分の思い通りにしてきたクリスティアが初めて経験する感情に心を揺らす姿を見て娘が成長したとザックスは感じていたのだろう。ザックスは俯いて悔し泣きをしているクリスティアの頭の上に手を置いた。
「それでいい、真の強き者は敗北や悔しさを知っている者の事を言うのだ。それに私は今回の一件でお前が自分の間違いに気付いてくれたことが一番嬉しい。これから少しずつでいい、その考え方を直して強くなるのだ。お前なら必ず出来る」
「・・・・・・はい」
クリスティアとザックスは騎士達を連れて噴水広場を後にした。
ヴリトラとクリスティアの決闘はヴリトラの圧勝だった。だが、クリスティアは今回の敗北で騎士として必要な何かを見つける事が出来たのかもしれない。