第百三十七話 ティムタームへ戻れ! 元老院への反撃
ジャバウォックからの通信でラピュス達が人質を取られ元老院の言いなりになっていた事を知ったヴリトラ達は戦闘を中止する。ラピュスの謝罪の言葉にヴリトラ達は卑劣な元老院に新たな怒りを抱く。
ヴリトラ達が戦いを中止してから数分後、ヴリトラは森中に散らばっているジャバウォック達に連絡を入れて自分の下へ集める。全員が揃った後、ヴリトラはティムタームに戻る事を説明し、それを聞いたジャバウォック達は驚きヴリトラの話を聞くのだった。
「・・・俺達はこれからこの森を出てティムタームに戻る。そして元老院の奴等にキツイお仕置きを食らわせてやるんだ」
「ちょっと待てよ、ヴリトラ。ティムタームに戻るって、忘れたのか?俺達は今元老院のせいでレヴァート王国全てを敵に回してるんだぞ?つまり、首都であるティムタームは今の俺達にとっては敵の本拠地。わざわざ捕まりに行くようなものだ」
「そうよ、一先ずこの戦いを終わらせてから体勢を立て直してその後にどうするか考えましょう?」
ティムタームへ戻ると言い出すヴリトラを止めようと説得するジャバウォックとジルニトラ。確かに二人の言うとおり、今のティムタームは自分達にとっては敵の拠点。しかも王国には今相手をしている元老院の白銀剣士隊よりも手強い者達が大勢いる。そこに飛び込む事は自殺行為だと考えるのが当然だ。しかし、ヴリトラは二人の方を向いて真面目な顔で言った。
「そんな時間も余裕もない。元老院はラピュス達の家族を人質に取ってるんだぞ?もし、この戦いを凌いで身を隠していたら、元老院はラピュス達が俺達を殺す事を失敗したと断定し、口封じの為に人質を殺すはずだ」
「それだけじゃない」
話をしているとヴリトラの後ろに立っているニーズヘッグが話に加わって来た。
「もし俺達を倒す事に成功してラピュス達がティムタームに戻ったとしても、元老院が今回の一件の真実を知るラピュス達を野放しにしておくとも思えない。全てを闇に葬る為にラピュス達とその家族を殺す事だって考えられる・・・」
「何だって!?」
「そんな・・・」
ニーズヘッグの言葉にラピュスとアリサは驚く。勿論ラランや他の騎士達も全員驚きの表情を見せている。
「まさか、いくら元老院でもそこまでは・・・」
「本当にそう思うか・・・?」
アリサは元老院もそこまで無慈悲な事はしないと言いたそうな顔を見せていると、オロチが腕を組みながらアリサの方を向いて訊ねる。
「お前達は口封じの為に有りもしない反逆の罪を被せ、ラピュス達を脅迫し私達を殺させようとする奴等だぞ?それくらいの事は平気でやるはずだ・・・」
「僕もそう思う・・・」
「私も・・・」
オロチと同感するリンドブルムとファフニールも真面目な顔で少し低めの声を出した。ヴリトラを説得していたジャバウォックとジルニトラも一理あると考えたのか難しい顔で俯いている。周りの騎士達は最初から自分達は利用されて消される事になっていたのだと知り、大きくショックを受けた。勿論ラピュスも同じようにショックを受けて近くに倒れている大木の上にドスンと座り込む。
「何てことだ・・・こんな事になるなんて・・・」
座りながら両手で頭を抱えるラピュス。そんなラピュスを見ていたヴリトラはジャバウォック達の方を向き、腰に納めてある森羅を強く握る。
「だからこそ!今回の事が元老院の耳に入る前にティムタームに戻ってラピュス達の家族を救出し、俺達の無実を証明しないといけないんだ」
罪の無い者を全員無事に助ける為にはすぐにティムタームへ行かなくてはならない、ヴリトラのその熱意の籠った話を聞いたジャバウォック達は彼の顔をジッと見つめている。そんな中、リンドブルム、ニーズヘッグの二人がヴリトラの隣にやって来て同じようにジャバウォック達の方を向く。
「僕はリンドブルムの考えに賛成するよ。急がないと大変な事になっちゃうもん」
「俺もヴリトラがラピュスと話をしているのを見てこうなる事は分かっていた。だったらとことんこの無茶苦茶なリーダーに突き合うさ」
「リンドブルム、ニーズヘッグまで・・・」
ヴリトラの背中を押す二人をジルニトラは見つめる。彼女の隣にいるジャバウォックも腕を組みながら考え続け、答えを出したのかゆっくりと三人の方を向いた。
「確かに、みすみす罪の無い人達を見殺しにする訳にもいかねぇよな?」
「私達はそこまで外道ではない・・・」
「うん!皆で助けに行こう!」
ジャバウォックに続いてオロチとファフニールもヴリトラの考えに賛成した。残ったジルニトラは周りの仲間達を見回し「やれやれ」と言いたそうに肩をすくめる。
「・・・この状況じゃ、反対なんて言えないわよね?・・・分かったわ、あたしも付き合うわよ」
苦笑いしながらジルニトラも賛成し、七竜将全員がティムタームへ向かう事を決意する。ヴリトラの無茶苦茶な考えを常に危なっかしく思う七竜将のメンバー達。だが、それでもヴリトラの熱意と正義感に惹かれて彼の考えに賭け、ついて行こうと思うのだ。
ラピュス達は自分達の家族を助ける為に危険を顧みずにティムタームへ戻ろうとする七竜将に心の底から感謝をし、彼等をジッと見つめている。ラピュスはゆっくりと立ち上がりヴリトラの前まで歩いて行った。
「・・・ヴリトラ、すまない」
「気にするなよ。それにお前達は何も悪くない、悪いのはこんな事をさせた元老院だ」
「しかし、私達はお前達を殺そうと・・・」
「だから、気にするなって!もう済んだ事だ」
笑いながら過去の事だと話を終わらせるヴリトラにラピュスは目元に涙を溜めながら微笑む。そんな二人のやりとりを見ていたリンドブルムとラランも小さく笑っていた。すると二人は少し離れた所で自分達を見ているガズンとガルバ、ミルバの方を見てガズン達の下へ歩いて行く。
「・・・貴方がどうするの?」
ラランがガズンに事後どうするかを訊ねるとガズンは右手で髭を整えながら目の前に立つ少年と少女を見下した。
「俺はこの森に住んでてお前達と偶然再会しただけだ。そこまでお前等に付き合うつもりはねぇよ」
「やっぱり?」
想像していた答えを出したガズンにリンドブルムは苦笑いを見せ、ラランは無表情のままガズンの顔を見ている。ガズンは自分の隣にいるガルバの頭を優しく撫でた。
「・・・だが、元老院の騎士団に折角見つけた森を荒らされたんだ。今森の外にいる奴等をどうにかするところまでは付き合ってやるよ。その後の事はお前等だけで勝手にやりな」
「ありがとうございます」
森の外にいる白銀剣士隊を何とかするところまでは手を貸してくれると言うガズンにリンドブルムは笑って礼を言う。その隣ではラランが無表情のまま立っていた。
リンドブルム達が話をしているとニーズヘッグは三人の声を掛けて来た。
「おーい!この後どうするか作戦を立てるぞ、こっちに来い!」
「りょーかい!」
返事をしたリンドブルムはヴリトラ達の下へ走って行く。ラランもそれに続き、ガズンはガルバとミルバを残して後をついて行く。それからヴリトラ達は残りの白銀剣士隊をどう対処するかを作戦を考え始めた。
――――――
その頃、森の入口では未だに戻らないラピュス達に隊長のトーマスが苛立っていた。足踏みをしながら腕を組み、薄暗い森の奥をジッと見つめている。
「・・・遅い、もう三十分経っているぞ?」
「少し前まで遠くから音が聞こえていた。恐らく銃声というものだろう」
苛立つトーマスの後ろでシャーリアが森を見つめながら話す。すると、トーマスはイライラしながらシャーリアの方を向く。
「あの特務隊、本当に大丈夫なのか?七竜将を倒すのには打ってつけなのだろう?」
「そんな事は私にも分からん。元老院の方々が用意されたのだからな」
「・・・チッ!」
舌打ちをしながら再び森の方を向くトーマスと黙って森を見続けるシャーリア。二人の周りでは既に二人の部隊が武器を持ち、何時でも突入できるように準備を終えている。後は二人の命令があるのを待って森へ突入するだけだった。
「それにしても、ここまでする必要があるのだろうか・・・?」
「何?」
トーマスは振り返るシャーリアの方を向く。シャーリアは腕を組んでチラッとトーマスに視線を移す。
「・・・いくら七竜将が気に入らないからと言ってありもしない反逆の罪をでっち上げて彼等に罪を被せるとは、元老院は何を考えていらっしゃるのか・・・」
「・・・シャーリア、元老院の方々のお考えが不満だと言うのか?」
「そうではない。ただ、どうしてたかが一傭兵隊にそこまでする必要があるのかと思っただけだ」
元老院の考えが理解できないシャーリアは表情を変える事無く森を見つめながら言った。そんなシャーリアをトーマスは呆れ顔で見つめる。
「お前はそんな事も分からないのか?奴等はあのブラッド・レクイエムとかいう謎の組織と同じ力を持っているのだ。そのような奴等がこの国で何か問題を起こせば手が付けられなくなる。だから奴等を今のうちに消しておこうという元老院の方々のお考えなのだ」
「・・・・・・」
危険な存在になる前に始末しておく、という元老院の考えを聞いたシャーリアはトーマスを見ながら黙り込む。国の為に少しでも危険がある存在は消しておこうと考えている元老院をトーマスは誇りに思っているのか生き生きとした態度を取っている。
二人が話をしていると、一人の兵士が走って来た。トーマスとシャーリアが兵士に気付いて会話を止めて兵士の方を向く。
「どうした?」
「報告します。特務隊が戻ってきました!」
「何?」
特務隊が戻った事を聞かされてトーマスは意外そうな顔を見せ、シャーリアは無表情で報告して来た兵士を見た。
「戻ったという事は、七竜将達は死んだのか?」
「ハ、ハイ。そのようです」
「チッ、奴等の手柄を取られたか・・・。よし、ソイツ等を連れて来い。詳しい話を聞く」
「ハッ!」
命令を受けた兵士は特務隊を呼びに向かった。トーマスは気に入らなそうか顔を見せており、そんなトーマスはシャーリアは腕を組んだまま見つめている。
しばらくして兵士がフード付きマントで顔を隠した五人の特務隊の騎士を連れて戻って来た。トーマスとシャーリアの前にやって来た特務隊の隊長、つまりラピュスは一歩前に出て目の前に立つトーマスとシャーリアの顔を見る。
「七竜将を倒したそうだな?・・・生き残ったのはこれだけが?」
「・・・ああ、皆七竜将にやられた」
フードの下から聞こえてくるラピュスの声にトーマスはまた意外そうな顔を見せた。
「何だ、貴様女だったのか?どうりで背が低いと思った。七竜将を倒す程の連中の隊長だからどんな荒くれ者かと思っていたが・・・」
「女が隊長では不満か?」
フードをめくって不機嫌そうな顔を見せるラピュス。するとトーマスはラピュスの顔を見て驚きの表情へと変わった。
「お前は、確か七竜将と共に戦っていた第三遊撃隊の姫騎士?・・・成る程、奴等の事をよく知っているお前なら奴等を討伐するのに打ってつけという事か。しかし、嘗ての仲間に七竜将の討伐を命じるとは、元老院の方々も酷い事をされる。フッフッフ・・・」
他人の不幸が楽しいのかトーマスは小さく俯いて笑い出す。そんなトーマスの態度にラピュスは表情を鋭くし更に不機嫌な様子を見せた。
ラピュスの不機嫌な様子を見たトーマスは笑い続けながらゆっくりと頭を下げる。
「フフフ、これは失礼。だが、これでお前達は我等元老院から一目置かれ、王国騎士団の中でも優位な立場に立てるのだぞ?王国を守る為に正義の鉄槌を反逆者達に下した英雄となったのだ、よかったではないか」
笑顔を見せているトーマスだが、その中身は嫉妬しかなかった。自分よりも立場が下の者達が手柄を手に入れ、しかも白銀剣士隊ですら敵わない傭兵隊を倒したという実力を持っているという事実。それがトーマスの嫉妬心を強くしていたのだ。
作り笑顔を見せているトーマスを見つめるラピュスはゆっくりと目を閉じて口を動かした。
「生憎だが、私は元老院に気に入られようとは思っていない・・・」
「何?」
「・・・今の元老院は自分達の立場を守る為なら平気で人を傷つける外道の集まり。そんな人の道を外した者達の語る正義など、真っ平御免だぁ!」
叫ぶ様に言い放つラピュス。すると、ラピュスの後ろに控えていた四人の特務隊の騎士達が一斉にフード付きマントを外した。マントの下からは何とヴリトラ、ニーズヘッグ、ジルニトラ、ガズンの四人が姿を現し、その姿を見たトーマスとシャーリア、そして周りの白銀剣士隊の隊員達は一斉に驚きの表情を見せる。
「な、何ぃ!?き、貴様等は・・・七竜将!?」
「よぉ!ナギカ村では随分と世話になったな、隊長さん?」
トーマスの顔を見ながら森羅を抜き挨拶をするヴリトラ。そしてラピュスの方を向いてニッと笑う。
「ラピュス、なかなかいい演技だったぜ?最後のアドリブも決まってたしよ?」
「ア、アド?・・・ま、まぁ、褒めているのは分かった・・・」
アドリブの意味が理解できなかったラピュスだが、ヴリトラが自分を褒めている事は理解したらしく一応納得して騎士剣を抜いて構えた。
「え、演技だと?な、なら他の七竜将や特務隊の連中は・・・」
「ああ、全員無事だよ・・・そして、こっちの合図で一斉に動き出す!」
驚くトーマスにヴリトラが言い放った瞬間、ジルニトラはサクリファイスを空に向けて撃った。突然の発砲に驚く兵士達は咄嗟に姿勢を低くする。そしてガズンも森の方を向いて口笛を吹いた。すると森の入口からガルバとミルバが飛び出し、それの続いたリンドブルム達、残りの七竜将のメンバーと第三遊撃隊の騎士達が姿を現し自分達の武器を構えて周りの白銀剣士隊達と向かい合う。さっきのジルニトラの銃声とガズンの口笛がリンドブルム達を呼ぶ合図だったようだ。
リンドブルム達の登場にトーマス達は驚きを隠せずに目を丸くしていた。
「何だと・・・」
「悪いけど、俺達はティムタームへ戻らせてもらうぜ?その為にもお前達に町へ戻ってこの事を元老院に報告させる訳にはいかないんだ。・・・と言って俺達も無益な殺生は望まない。大人しく投降しろ!」
ヴリトラは森羅の切っ先をトーマスに向ける。ラピュス達もトーマスとシャーリアを睨んで視線で威圧した。だが、トーマスとシャーリアは素早く後ろに跳んでヴリトラ達から距離を取ると自分達の武器を手に取りヴリトラ達を睨み返す。
「バ、バカめ!誰が投降などするか!寧ろお前達が生きていた事は私には好都合だ。お前達を自らの手で処刑でき、手柄を手にする事ができるのだからな!」
(うわぁ~、予想通りの答え・・・)
ジルニトラはトーマスを見て心の中で呆れた。ニーズヘッグとガズンもこうなる事を予想していたのか呆れ顔、そして哀れむような顔でガズンを見せ、ラピュスも黙ってトーマスを睨んでいる。だが、ヴリトラだけはトーマスを見ながら小さく笑っていた。
「・・・フッ、そう言うと思った。プライドの塊の様な元老院直轄の騎士隊だ、絶対に引かないと思ってた」
「な、何だと?」
「これなら、多少手荒にやっても大丈夫だな・・・」
笑顔から鋭い表情に変わったヴリトラは森羅を構え直し、ニーズヘッグ達も自分の武器を手に取り構える。
「皆、予想していた通り、白銀剣士隊は投降しなかった。だから力尽くで大人しくさせるしかない」
「フッ、分かり切ってた事だけどな」
「ええ。でも寧ろその方がよかったかもね?」
ヴリトラの言葉にニーズヘッグとジルニトラが小さく笑う。ラピュスも笑ってはいないが騎士剣を持つ手に力を入れて闘志を燃やしていた。
「ガズンのおっさん、ジャバウォックがアンタに渡した物、この戦いで思いっきり使ってくれ!」
「ん?・・・ああ、コイツか・・・」
ガズンは自分の手に持っている物を見つめる。それは金属製の鞭の様な物だった。グリップの部分に小さなボタンがついており、グリップとトングの付け根の部分には球状のレンズがはめ込まれている装置が付いており、レンズの中ではプラズマが発生している。そう、メトリクスハートが鞭に取り付けられており、これがジャバウォックが戦いの前にガズンに渡した物だったのだ。
「この鉄の鞭、一体何なんだ?」
「ん?ジャバウォックから聞いてないのか?」
「いや、使い方は聞いているが・・・」
「なら、コイツ等にその『スパークテイル』を使ってやれ!」
「お、おう・・・!」
勢いに押されて頷くガズンはスパークテイルという金属鞭を握る。いつの間にかヴリトラ達の周りにも数人の兵士や騎士が集まっており、五人は囲まれてしまっていた。だがヴリトラ達は焦る様子を一斉見せていない。
「貴様等、今の状況を分かっているのか!?」
「そう言うお前達こそ分かってるのかよ?今目の前にいるのが七竜将と第三遊撃隊だって事をな!」
ヴリトラのその言葉を合図にヴリトラ達は一斉に目の前にいる敵に攻撃を仕掛ける。森の出入口前にいるリンドブルム達も同時に攻撃を開始した。
ティムタームへ戻る為に森を脱出し、白銀剣士隊を討つ為に行動を起こしたヴリトラ達。自分達の無実を証明する為に、そして元老院に鉄槌を下す為にヴリトラ達はトーマスの率いる白銀剣士隊と戦いを挑むのだった。