第百三十一話 元老院騎士団の進撃! 森が放った狼の牙
ヴリトラ達がグリンピスの森に潜伏している事を突きとめた元老院の白銀剣士隊はヴリトラ達を処刑する為に森へ突入する。ヴリトラ達も白銀剣士隊を迎え撃つ為に各自森に散開し、様子を窺いながら戦いを始めるのだった。
三つの斥候隊の内の一つである一番隊は森の中心に向かってゆっくりと一本道を進んで行く。ヴリトラ達や森に住む猛獣に警戒しながら進んでいるが、既にリンドブルムに見張られている事に彼等は気付いていない。
「徐々に道が険しくなってくる。足元に注意しながら進め!」
「「「「「ハッ!」」」」」
一番隊の隊長である男性騎士の言葉に一番隊の隊員達は力強い声で返事をする。剣、槍、弓矢を構え、何時戦闘が始まっても大丈夫なように周りを警戒していた。
その様子を木の上からM24のスコープを覗き込んで伺っているリンドブルムも引き金に指を掛けて何時でも狙撃できるようにしている。
「・・・僕との距離はあと150mくらいかぁ。本隊は何時森に入ってくるんだろう」
斥候隊の後に突入して来る本隊の事を気にしながら一番隊を見張っているリンドブルム。敵にこれ以上進ませない為にもそろそろ攻撃した方がいいのではないかと考えながらM24を構え続ける。すると、一番隊が進む道の左側にある茂みが微かに揺れた。
「ん?何だろう?」
リンドブルムは茂みが揺れている事に気付き、スコープで茂みを覗いた。茂みの隙間から鋭い目が見え、何者かが一番隊を狙っている事に気付く。しかもその茂みの反対側にある別の茂みも揺れており一番隊を挟んだ状態にあった。
「あれは、もしかすると・・・」
茂みの中に隠れている存在の正体を察したリンドブルムはスコープを覗き込むのを止めてM24を下ろす。その直後、一番隊を挟む左右の茂みから無数の大きな影が飛び出し一番隊に襲い掛かる。その正体は中型犬ほどの大きさをした狼の様な生き物だった。
突然茂みから飛び出して襲い掛かってくる狼に一番隊の隊員達は驚きの表情を浮かべる。
「な、何だぁ!?」
「コイツ等、バンディットウルフだ!」
「この森に住む猛獣か!?」
「全員、狼狽えるな!相手はたかが狼だ、落ち着いて冷静に対処しろ!」
バンディットウルフの奇襲に取り乱す隊員達に対して冷静に指示を出す隊長の男性騎士。騎士達は馬に乗りながら近くにいるバンディットウルフを騎士剣で応戦し、レヴァート兵達も弓を持つ兵士を隊の中央に移動させ、剣や槍を持つ者達が前に出て応戦する。一番隊の隊員二十人に対してバンディットウルフは全部で六匹、戦況は誰が見ても一番隊の方が有利と思える状況だった。
戦闘の様子を木の上から見ているリンドブルムは小型通信機のスイッチを入れる。数回のコール音の後に相手が応答した音が聞こえて来た。
「こちらリンドブルム、敵の斥候隊が狼の群れに襲われたたよ」
「狼の群れ?」
小型通信機から聞こえて来たヴリトラの声。リンドブルムは戦いを窺いながら詳しい状況を伝えていく。
「うん、灰色の毛をした少し小型の狼が六匹、斥候隊を襲ってる」
「灰色の毛をした小さな狼・・・」
リンドブルムが狼の見た目と数を説明すると今度はジルニトラの声が小型通信機から聞こえてきた。
丸太小屋の前の広場ではジルニトラとジャバウォックがリンドブルムの説明を聞き、それを口に出している。それは小型通信機を持っていないアリサとガズンに説明する為であった。
「ガズンさん、それってバンディットウルフじゃないですか?」
話を聞いたアリサはガズンの方を向いて声を掛ける。やはりアリサも王国騎士団の人間である為、猛獣達の事に関しては多少知識があるようだ。ガズンもアリサの方を向いて頷いた。
「間違いねぇだろうな。奴等は小さいがそれだけ俊敏に動き、頭もいい。まずは五匹から六匹で獲物の力を図りながら体力を奪い、相手の動きが鈍くなったところを隠れている仲間達と一斉に襲い掛かるって戦法だ」
「ええ、通常バンディットウルフは十匹以上で狩りをする猛獣ですから」
「つまり、まだ他にもバンディットウルフが隠れてるって事か?」
二人の会話を聞いていたジャバウォックが訊ねると二人はジャバウォックとジルニトラの方を向く。
「ああ、多分近くの茂みか何処かに隠れてるに違いねぇ」
「いくら人数が多くても、その斥候隊の隊員は半分以上が一般兵です。勝つのは難しいでしょうね」
「あら、そう」
アリサの話にジルニトラは小型通信機に指を当てて他のリンドブルムに聞いた話の内容を伝えた。
「リンドブルム、聞こえる?その狼達はバンディットウルフよ」
「それって、アリサさんが森に入った時に話してくれた?」
「ええ、集団で襲い掛かって獲物を狩るズル賢い狼達。アリサとガズンの話ではその斥候隊の編成では勝てる可能性は低いって」
「そう・・・で、どうするの?援護する?」
リンドブルムが一番隊を援護するべきが訊ねるとジャバウォックは溜め息をついて呆れ顔を見せる。
「助ける必要なんかねぇだろう。奴等の目的は俺達を殺す事なんだぜ?助けたところで奴等は俺達に感謝なんかしねぇし、援護すればお前の居場所がバレて攻撃して来るさ」
「でも、もし生きていたら捕まえて元老院の情報を訊く事もできるよ?」
「斥候隊を任されるような連中だ、大した情報は持ってねぇよ」
「確かに・・・」
ジャバウォックの話を聞いて納得したような声を出すリンドブルム。
「それにねぇ、あたし達の事が目障りだからって有りもしない罪を被せて反逆者に仕立て、アリサとラランまでも口封じで殺そうとする奴等よ?助ける必要なんてないわ」
ジャバウォックに続いてアリサも元老院の騎士隊を助ける必要は無いと判断する。ジルニトラとジャバウォックの話を聞いてアリサは暗い顔をして小さく俯き、それを見ていたガズンは同情する様な視線をアリサに向けていた。
「・・・分かった。あっ、それからもし彼等がバンディットウルフ達に勝って生き残ったら狙撃してもいいよね?」
リンドブルムがその後の事を訊ねると小型通信機からまたヴリトラの声が聞こえて来た。
「そうだな・・・もう少し様子を見てから攻撃しようと思ったんだけど、後から来る別の部隊と合流されるのも面倒だ。各自、これからは敵を攻撃しするべきだと思ったら自由に攻撃して構わない。ただし、敵に姿や位置を気付かれない様に攻撃しろ?」
「「「了解!」」」
リンドブルム、オロチ、ファフニールの斥候隊を確認している三人が声を揃えて返事をする。
「ジャバウォック、ジルニトラ、お前達は戦闘が始まって救援が入ったらそこの向かってくれ。俺達も状況に応じて攻撃を開始する」
「分かった」
「無茶しないでよね?」
「フッ、お前達もな?」
ヴリトラはそう言って通信を切る。ジャバウォック達も何時でも仲間達の所へ救援に向かえるように装備の確認をする。
「弾薬と応急処置用の医療道具も大丈夫ね。後は他の装備だけど・・・アリサ、アンタの装備はどうなの?」
「え?私は大丈夫ですよ?何時もの剣と呼びの短剣がありますから」
「この前の戦いで渡した銃器とかは?」
「え~っと・・・皆さんに元老院の事を知らせる事で頭がいっぱいだったので・・・」
「・・・ティムタームに置いて来たのね?」
「ハイ・・・」
アリサの失敗にジルニトラは溜め息をつく。するとジルニトラはバンのところへ行き、降ろしてある荷物の中からブラッド・レクイエム社との戦いで戦利品として得たベレッタ90を取り出してアリサの方に投げる。アリサは突然投げられたベレッタ90に驚くも何とかキャッチした。
「ととととっ!?」
「使いなさい。相手が元老院の白銀剣士隊だったら、それぐらいは持ってないと」
「ハ、ハイ。ありがとうございます」
ベレッタを握りながらジルニトラに礼を言うアリサ。その様子を見ていたジャバウォックはふとガズンの方を向いて腕を組んだ。
「確かに元老院の連中が相手ならガズンも何かを持ってた方がいいな」
「ああ?何だよ?」
ジャバウォックの方を向き、ガズンは不思議そうな顔を見せる。ジャバウォックは腕を組みながら俯き、何がガズンに渡せる武器がないか考えていると、何かを思い出してハッと顔を上げた。
「そうだ!アレがあるじゃねぇか!」
「アレ?」
ジャバウォックもバンの方へ歩いて行き、プラスチック製の箱の中を調べて何かを探し始める。そして探し始めて直ぐに目当ての物を見つけ、それを箱から取り出した。
「ガズン、コレを渡しておくぜ」
ガズンのところへ歩いて行き、持っていた物を手渡したジャバウォック。ガズンは受け取った物を持ちそれをジッと見つめる。
「・・・何だよこりゃあ?」
「この事件の前にニーズヘッグが作った物だ。それを使えばお前も少しは戦いやすくなると思うぜ?」
ジャバウォックはガズンに渡した物の事を細かく説明し始める。それを聞いたガズンは信じられない様な顔をして驚きながらジャバウォックの話を聞いていた。アリサとガズンも七竜将の世界も道具を手にして戦いの準備を進めて行く。
その頃、リンドブルムは木の上からM24のスコープを覗いて一番隊とバンディットウルフの戦いを眺めていた。一番隊の隊員達は俊敏なバンディットウルフの動きに追いつけず、まったく攻撃を当てられないでいた。次第に疲れも見え始め、バンディットウルフも数を増やして少しずつ一番隊を追い詰めて行く。
「く、くそぉ!ちょこまかと鬱陶しい奴等だ!」
「皆、陣形を崩すんじゃないぞ!?」
レヴァート兵達が目の前で唸り声を上げているバンディットウルフを見ながら仲間達に声を掛け合う。だが徐々に追い詰められていく中で冷静さを失う者も少なくなかった。
「ちくしょう!このままじゃ七竜将を殺す前に俺達が食い殺されちまう!こんな所にいられるかぁ!」
一人の兵士が持っていた槍を捨て、陣を崩して一人森の出入口の方へ走り出す。他の兵士達は驚きの表情を浮かべながら逃げ出した兵士を見ていた。
「バカァ!勝手に行動するな!」
「危険だ、戻って来い!」
一人陣から離れて走り出す仲間を見ながら戻る様に声を上げる兵士達。すると、一人逃げ出した兵士をバンディットウルフ達はジッと見つめて一斉に飛び掛かる。無数の狼達は逃げ出して兵士の肩、腕、足に噛みついて兵士を押し倒した。
「う、うわあああぁ!や、止めろ!離せぇ・・・ぐわあああああぁ!!」
次々とバンディットウルフに噛みつかれ叫び声を上げる兵士。仲間が噛み殺される姿を見て他の兵士達の顔から血の気が引いた。そんな放心状態の兵士達に他のバンディットウルフ達が一斉に襲い掛かる。一人の勝手な行動で一番隊の陣形が崩れて行き、兵士達は倒れて行く。
「バ、バカ者!陣形を崩すな!敵を前に隙を作るんじゃない!」
隙を見せている兵士達に馬に乗りながら必死で声を掛ける隊長。他の騎士達も馬に乗りながら足元にいるバンディットウルフ達を騎士剣で応戦する。だが攻撃は一度も当らない。
「た、隊長!このままでは我が隊は全滅します!一旦後退を・・・」
「後退?一体何処に逃げるって言うの?もう周りはバンディットウルフの群れに囲まれている、もう手遅れよ!」
後退を進言した男性騎士の隣で馬に乗る女性騎士が逃げ場がない事を大きな声で伝える。既に一番隊は主力の騎士三人を覗いて兵士が八人の僅か十一人にまで減ってしまっていた。周りでは十数匹のバンディットウルフが一番隊を取り囲んでおり、女性騎士の言うとおりもう何処にも逃げ道は無い。
一番隊の隊員達はもう逃げられない状況にある事に気付いて表情が固まってしまう。そして動けなくなった一番隊にバンディットウルフが一斉に襲い掛かった。静かな森の中に一番隊の隊員達の断末魔が広がる。
「うわあぁ、見事に死亡フラグを立てちゃった・・・」
木の上から様子を窺っていたリンドブルムは目をスコープから離して引き顔を見せる。いくら戦場で多くの死体や血を見て来たリンドブルムでも獣に人間が襲われる光景を見るのは殆どなく、それを目にすれば流石に引いてしまうようだ。
リンドブルムはM24を下ろして頭をポリポリと掻きながら遠くで襲われている一番隊をジッと見ている。
「一人の勝手な行動で仲間達が全員やられちゃうなんて、気の毒としか言いようがないね。僕等もああならない様に注意しないと」
自分達も一番隊の様にならないよう自分に言い聞かせるリンドブルムは耳の小型無線機のスイッチを入れてヴリトラ達に連絡を入れる。二回目のコール音の後に応答があり、リンドブルムは小型無線機のそっと指を当てた。
「こちらリンドブルム」
「どうした?」
小型無線機から聞こえてくるヴリトラの声を聞き、リンドブルムはM24を構えて一番隊の方を見ながらスコープを覗き込む。
「僕の方の斥候隊が狼達の襲われて全滅したよ」
「マジかよ?確か騎士が三人ぐらいいたんだろう?気の力とか使わなかったのか?」
「使う前に皆やられちゃったよ」
「何だよそれ?精鋭の白銀剣士隊が聞いて呆れるぜ」
小型無線機から聞こえてくるヴリトラの呆れる声にリンドブルムも「まったくだね」と言いたそうな顔でスコープを離す。
「それで今はどんな状態だ?」
「バンディットウルフ達はいつの間にかいなくなってる。残ってるのは騎士達の死体だけ・・・」
「斥候隊の一つが俺達と接触する前に全滅したとなると、敵の本隊も攻め方を変えて来るかもしれないな・・・」
敵が次にどう動くかを考えるヴリトラは黙り込む。そんな彼をラランとニーズヘッグが黙って見ていた。
「・・・リンドブルム、他に敵の姿は無いのか?」
「うん、さっき辺りを見回したけど、他には誰もいなかったよ」
「分かった、一度合流しよう。俺達がそっちに行くからお前はそこで敵が来るか見張りを続けてくれ、その後の事は合流してか決める」
「了解」
「オロチ、ファフニール、お前達は引き続き目の前の斥候隊を警戒しててくれ」
ヴリトラがリンドブルムに合流する事は話すと今度は小型通信機を通してファフニールとオロチに指示を出した。小型通信機からオロチの低い声が聞こえてくる。
「了解した・・・」
「もし、敵に見つかったらどうしよう?」
「その時は戦うしかないさ・・・だけど、こっちから攻撃する時はできるだけ見つからない様に、森の奥へ引き込んでから攻撃する事。いいな?」
「分かった」
ファフニールの明るい声の返事を聞いたヴリトラは小型通信機を切り、道に出てリンドブルムのいる方角を見つめる。ラランとニーズヘッグも茂みから出てきてヴリトラの隣に立つ。
「・・・行くの?」
「ああ、敵が俺達の戦力を確かめる前に一部隊を失ったとなれば当然攻め方も変わって来る。リンドブルム一人じゃ対応できない状態になったらマズイからな」
「なら、急いだ方がいいな。だが、もしオロチとファフニールの方でも同じような事が起きたらどうする?」
「その時はジャバウォック達にそっちへ行ってもらうさ。それじゃあ、俺達も行きますか」
「了解だ」
「・・・うん」
ヴリトラの指示を聞いてニーズヘッグとラランは頷きながら返事をする。そして三人は一本道を走ってリンドブルムのいる所へ全力疾走した。
遂に始まったグリンピスの森での白銀剣士隊との戦い。森の猛獣達のおかげで有利に立ったヴリトラ達であったが、この時の彼等はまだ気づいていなかった。元老院が差し向けた非情な敵の存在の事を・・・。