第百二十八話 猛獣の森での意外な再会
元老院によってレヴァート王国中で指名手配されてしまった七竜将と二人の姫騎士は潜伏生活を送っている。その中で彼等は自分達の無実を証明する為にナギカ村の一件が、自分達の反乱の罪が元老院が仕組んだものだという証拠を探し始めるのだった。
潜伏を始めてから既に一週間が経ち、ヴリトラ達は何度も隠れ家を変えながら目立たない様に国中を放浪している。その間に賞金稼ぎや騎士団と何度も遭遇して戦闘を行ったが全て圧勝し、襲ってきた者達を皆生かしたまま逃がしていた。ヴリトラ達の敵はあくまでも自分達を陥れようとした元老院のみ、関係の無い者達を殺す事は彼等もできるだけ避けているのだ。
「随分走ったな・・・」
「ちょっと休憩した方がいいんじゃねぇか?」
日が沈むかけている夕方。人気の無い道を走るジープとバンの二台の内のジープの方に乗っているヴリトラ、ジャバウォック、ファフニール、アリサの四人。運転をしているジャバウォックの隣の助手席でヴリトラがジャバウォックに話し掛けていた。
「そうだな。もう一時間近くは運転しっぱなしの上にもう日が暮れる。今日はこの辺りで休むか」
「決まりだな。後ろのリンドブルム達に連絡を入れるよ」
ヴリトラは耳に付いている小型無線機のスイッチを入れてジープの後ろを走るバンのリンドブルム達に通信を入れる。ジャバウォックも身を隠すのに良さそうな場所を運転しながら探し出す。そして自分達から見て十時の方角に森があるのを見つけた。
「よし、ひとまずあの森に向かうかぁ」
ジャバウォックはハンドルを切りながら見つけた森の方へ向かう。それを見たアリサは地図を取り出して自分達の居場所と向かっている森を調べ始める。
「アリサさん、私達は今何処にいるんでしょうか?」
「ちょっと待ってください、今確認しますから・・・」
アリサの隣に座っているファフニールも地図を覗き込んで場所を訊ねた。アリサはジープの外を見回して周囲を確認した後にもう一度地図を見る。しばらくして、アリサは自分達の居場所が分かったのか地図に移る森を指差した。
「私達が今向かっているのはこの小さな森、『グリンピスの森』ですね」
「グリンピース?」
「グリンピスです!食べられる果実などが多く実ってて、綺麗な水の湖もあると言われている場所です」
「へぇ~、それじゃあ、水や食料には困らないですね!」
身を隠すのにはもってこいの場所だとファフニールは笑顔を見せる。だが、ジャバウォックは二人の話を聞いて運転しながら真面目な顔をしていた。
「喜んでもいられないかもしれないぞ?」
「え?どうして?」
ジャバウォックの方を向いてファフニールは不思議そうな顔で小首を傾げる。
「水や食料にも困らないって事はそれだけ人が住み易い場所だって事だ。俺達が今国中から追われている賞金首、もしそのグリンピスの森に誰か人がいたら俺達の首に掛かっている賞金を狙って襲って来る可能性が高い。あまり安心はできないぜ?」
「あっ、そっかぁ・・・」
落ち着ける場所が見つかったと思い喜んでいたファフニールの表情が暗くなる。自分達はお尋ね者だから安心して暮らせる場所が無いという事は分かってはいた。だがそれでも落ち着ける場所が見つかれば喜びが込み上げてきてしまうのだ。だがそれも今の自分達には許されない、ファフニールはそれを改めて知るのだった。
暗くなるファフニールを見てジャバウォックも少し表情を暗くする。するとアリサは地図をしまいながらジャバウォックとファフニールの方を向いて微笑んだ。
「それは大丈夫だと思いますよ?」
「え?」
「なぜだ?」
「確かにあの森は食べられる果実も多く、飲める水もあって人間には住み易い所です。ですが、あの森には凶暴な猛獣が多種住み付いていて、傭兵や騎士も滅多にあの森には入りません」
「住み易いが人は入らない?」
ジャバウォックが運転しながらアリサに訊ねるとアリサは頷いた。
「少なくともあの森で暮らそうと考える人はまずいません。普通の傭兵や騎士はともかく、皆さんの様な普通ではない傭兵が身を隠すのにはいいかもしれませんね」
「おいおい、傷つくぜ?その言い方・・・」
普通ではない、そう言われてジャバウォックは苦笑いを見せる。しかしファフニールはそんな事よりもあの森には誰もいないという事を聞かされて目を輝かせながら喜んでいる。
「あ、あの、ファウさん?賞金稼ぎや騎士団がいなくてもあの森には凶暴な猛獣が住んでるんですよ?決して気を抜かないでくださいね?」
「ハァ~イ♪」
(分かってるのかぁ?)
満面の笑顔で返事をするファフニールを見ながら心の中で呟き困り顔を見せるアリサ。三人が会話を終わるのと同時にヴリトラもリンドブルム達との通信を終えてジャバウォック達の方を向いた。
「リブル達にも知らせた。ジャバウォック、とりあえずあの森に向かってくれ」
「いいのか?あの森にはかなり危険な猛獣が住んでるらしいぜ?」
「猛獣程度だったらなんとかなるさ。俺達は一度猛獣との戦闘経験もある訳だしな」
「そりゃあ、そうかもしれないが・・・」
「それにあそこには食いモンも沢山あるんだろう?次の行き先が決まるまで人前に出ずに潜伏していよう」
猛獣が住み付いている森で危険な場所だが、食料も水もあり、人目に付く事も無い場所を隠れ家にするというヴリトラの言葉にジャバウォックは「仕方がないな」と言う様な表情でアクセルを踏んでジープのスピードを上げる。
その様子をバンの助手席から見ていたジルニトラは運転しているオロチの方を向く。
「ジャバウォックがスピードを上げたわ。オロチ、こっちも上げて!」
「了解・・・」
何やら対抗意識の様なものを燃やすジルニトラにオロチはめんどくさそうな声で返事をし、バンのスピードを上げた。後部座席では外を眺めながらリンドブルム達が会話をしている。
「今日でもう一週間か、ラピュス達はどうしてるのかなぁ?」
「さぁな。だけど今のアイツは青銅戦士隊の隊長になってるんだ、遊撃隊の時とは違って自由行動は限られている。俺達の事を調べたり探したりしようにもできないだろうな・・・」
「・・・隊長、無茶しなければいいけど」
ラピュスの事を心配しているリンドブルムの隣の席に座っているニーズヘッグとその隣に座るラランもラピュスの事を心配して言った。三人がそんな話をしていると、助手席のジルニトラが振り返り三人の話に参加して来る。
「心配ないわよ?あの子にはガバディア団長やパティーラム様が付いてるんだもの。何かあったらあの二人がラピュスをフォローしてくれるわ。今は無実の証拠を集める事だけを考えましょう?」
「同感だ。遠くにいるラピュスよりも自分達の事を心配した方がいい・・・」
笑いながら話すジルニトラに続いてクールな言い方をしながら運転するオロチ。二人の言葉を聞いてリンドブルム達も「確かにそうだ」と言う様に小さく微笑みながら頷く。そんな雰囲気の中、バンはジープの後を追って道を走って行くのだった。
それから数分後、ヴリトラ達は目的地のグリンピスの森の前に到着し、車から降りて目の前の森を見上げた。
「小さくても近くで見ると意外とデカイな?」
「ええ、確かエリオミスの町くらいの大きさだと聞いてます」
「あの町ほどか?それって小さいと言えないと思うが・・・」
グリンピスの森の広さがエリオミスの町と同じ位だと聞いて驚くヴリトラ。リンドブルム達も森の入口を見つめながら少し驚いている。
「でも、これなら身を隠すところも多いし、簡単には賞金稼ぎ達も簡単には入って来れないだろうね?」
「ああ。だけど中にはまだ猛獣達がいる。油断するなよ?」
「分かってるよ」
ニーズヘッグの忠告を聞いたリンドブルムは頷いてライトソドムを抜く。それを見たニーズヘッグもアスカロンを抜いて簡単なチャックをする。するとヴリトラがリンドブルム達の前に立ちゆっくりと振り向いた。
「よし、まずは森の中に入って中がどんな状態なのかを調べてこよう。森の偵察って事だから、オロチ、一緒に来てくれ」
「分かった・・・」
「あとは・・・」
ヴリトラが誰を連れて行こうか考えて見回していると、リンドブルムとファフニールが手を上げた。
「ハイハ~イ!私も行く~!」
「僕も行ってみたい。中にどんな果実があるか気になるし」
「お前等なぁ~、ピクニックに行くんじゃないんだぞ?」
楽しそうにはしゃいでいるリンドブルムとファフニールをジト目で見つめるヴリトラ。オロチも呆れる様な顔で二人を見下していた。
「あっ、それなら私も一緒に行きます。この森の事は皆さんよりも詳しいですし、どんな果実が食べられるか私がチャックしますから」
「そうか。ワリィな、アリサ?」
「いいえ」
アリサはヴリトラの方を向いて笑顔で顔を横に振る。森へ偵察に行くメンバーが決まり、入口の前に立つ五人は残りのメンバーの方を向いて役割の再確認をした。
「それじゃあ、確認するぞ?俺達が森の中に入ってどんな状態になっているのかを調べてくる。一通り確認し終えたら通信を入れるから、お前達は此処で待機しててくれ。何かあったら連絡する」
「分かった」
「了解だ」
「OK」
「・・・分かった」
ヴリトラの指示を聞いてジャバウォック、ニーズヘッグ、ジルニトラ、ラランが返事をする。話が終るとヴリトラは同行するリンドブルム達の方をゆっくりと向いた。
「よっしゃ、行きますか?」
「りょーかい!」
リンドブルムが笑いながら返事をし、ヴリトラ達は森の中へと入って行った。残ったジャバウォック達はヴリトラ達が森の中へ入って行ったのを見届けると、振り返って自分達の周囲を確認し始める。
「・・・誰にもつけられてはいないな?」
「大丈夫でしょう?この森に来るまでの間、誰とも出会ってなかったしね。何より、ジープやバンを見られると一発であたし達だってバレるから人のいる所では車は使わなかったじゃない?」
心配するジャバウォックにジルニトラは余裕の表情を見せてジープの助手席に座りサクリファイスをチャックする。するとニーズヘッグがアスカロンの刀身を眺めながら視線だけをジルニトラの方に向けて口を開いた。
「そうとも限らないぞ?此処に来る前に小さな町に寄ったのを覚えてるか?」
「ああぁ、『スポールン』っていう小さな劇場の町だっけ?」
「そうだ。あそこは俺達が今まで立ち寄って町や村の中で最も人口が多かった所だ、俺達の事を知っている奴が一人ぐらいいても不思議じゃない」
「・・・でも、変装してたから大丈夫でしょ?」
ニーズヘッグの隣で地図を広げるラランが地図を眺めながら尋ねる。するとニーズヘッグはアスカロンを鞘に戻しながらラランを見下ろす。
「所詮はサングラスや付け髭で誤魔化しているだけ、勘の鋭い奴は直ぐに気付くさ」
「・・・じゃあ、スポールンで私達を見た人が私達の事を騎士団に知らせる可能性も・・・」
「ゼロとは限らない・・・」
小さな不安を抱えるニーズヘッグ達の表情が若干鋭くなり、四人は警戒心を強くして森の入口の周りをチラチラと見回して誰かいないかを警戒するのだった。
その頃、ヴリトラ達は入口から約200m離れた所まで来ていた。周りは大きな木や岩があり、以前訪れたフォルモントの森の風景を思い出させる。ヴリトラ達はそれぞれ自分の武器を手にしながら周囲を警戒して森を調査していく。
「薄暗いな・・・」
「もう日が沈みかけているというのもありますが、この森は日を通さないほど木の葉が密集していますので昼間でも暗くなるんです」
森の暗さに驚いているヴリトラにアリサはグリンピスの森の事を説明し始める。入口から今いる所まで細かく調べて来たヴリトラ達であったが、果実や水などを見つけてはおらず、遠くから獣の鳴き声が聞こえて来る事以外に何も無かった。
「ところで、この森にはどんな猛獣が住んでるんですか?」
リンドブルムがアリサに森に生息する猛獣の種類を訊ねると、アリサは持っている騎士剣を強く握りながら周囲をチラチラと警戒する。
「・・・私も細かい事は分かりませんが、『バンディットウルフ』や『ヘヴィライノス』なんかが生息すると聞いています・・・」
「バンディットウルフ?」
「ハイ、体は小さいですが集団で大きな獲物に襲い掛かる狼です。あと、他の猛獣の食べ残しや死骸を貪り食う様なズル賢い事もやります」
「ヘッ!まるでハイエナみたいな連中だな?」
「ヘヴィライノスは草食で大人しい性格ですが敵と見なした相手にはもの凄い勢いで突進してきますから、もし見かけても絶対に刺激しないでください」
「成る程、名前からしてサイの様な猛獣らしいな・・・」
アリサの猛獣の説明を聞いてそれぞれ自分の想像を口にするヴリトラとオロチ。リンドブルムとファフニールも興味津々でアリサの話を聞いていた。
ヴリトラ達が猛獣の話をしながら歩いていると、彼等の行く先にある大きな茂みが突然ガサガサと揺れだした。それに気づいたヴリトラ達は一斉に足を止めて茂みを見ながら武器を構える。
「何だ?」
「もしかして、猛獣?」
茂みに意識を集中させて森羅とライトソドムを構えるヴリトラとリンドブルム。オロチとファフニールも斬月とギガントパレードの柄を強く握り、四人の後ろでアリサは少し怯えた様な顔で騎士剣を構えていた。そして次の瞬間、茂みから大きな影が飛び出してきてヴリトラ達の前にその姿を見せる。それは黒い毛を持ち、サーベルタイガーの様な姿をしたライオンほどの大きさの猛獣だった。
「猛獣!?」
「遂に出やがった・・・あれ?」
その黒い猛獣を見たヴリトラは思わず声を出した。なぜなら、その猛獣をヴリトラは、いや、その場にいるもの全員が見た事のある猛獣だからだ。
「コイツ、ドレッドキャットだぜ?」
「本当だ!前にフォルモントの森で戦った事のある猛獣だ!」
ヴリトラとリンドブルムは以前のストラスが公国との戦争の時にフォルモントの森で戦った猛獣ドレッドキャットの事を思い出して目を見開く。勿論、アリサやオロチも声は出さなかったが驚きの表情を受けべている。しかし、ファフニールだけは何処か懐かしそうな顔でドレッドキャットを見ていた。
「アリサ、この森にはドレッドキャットも住んでいるのか・・・?」
「い、いえ。この森は色んな猛獣が住んでいると聞いていますが、ドレッドキャットが住んでいるという情報は聞いていません」
オロチの質問にアリサは顔を横に振って答えた。目の前で唸り声を上げているドレッドキャットを見てヴリトラとリンドブルムは警戒し、ファフニールはまばたきをしてドレッドキャットを見つめている。その時、ドレッドキャットが飛び出してきた茂みの奥から低い男性の声が聞こえてきた。
「お~い、何処にいるんだぁ~?」
男性の声にヴリトラ達はフッと声のした方を向き、ドレッドキャットもゆっくりと振り返る。そして茂みの奥から一人の男性が出て来た。四十代半ばくらいの顔付きに灰色のちょび髭と顎髭を生やし、左目部分に大きな傷跡を付けている。左右と後ろにだけ灰色の髪を生やしている大柄の男。鎧を着て腰には革製の鞭を付けているその男にヴリトラ達は見覚えがあった。
「・・・ああぁ!アンタは!?」
「ああ?・・・あっ!お前等はあん時の!?」
男もヴリトラ達の顔に見覚えがありヴリトラの顔を指差して驚いた。
「魔獣使いのガズンのおっさん!」
「七竜将の傭兵のボウズじゃねぇか!」
お互いに相手の顔を見ながら声を上げた。そう、ヴリトラ達の前にいるのは嘗てストラスタ公国との戦争の時にフォルモントの森で戦ったストラスタ軍の魔獣使い、ガズンだったのだ。久しぶりに見た顔見知りにヴリトラ達もガズンも驚きを隠せないでいた。
「どうしてアンタが此処にいるんだよ?」
「そりゃあこっちの台詞だぜ」
「いやぁ、これには色々あってな。・・・それはそれとして、アンタがいるって事は、そのドレッドキャットは・・・」
「ああ、お前等も一度戦っただろう?ミルバだよ」
ガズンがドレッドキャットの隣までやって来て頭をそっと撫でる。そこへファフニールが近づいて来て姿勢を低くしてミルバと同じ高さまで視線を下ろした。
「久しぶりだね?ミーちゃん」
ニッコリと笑ってミルバを見つめるファフニール。ミルバもジッと鋭い目でファフニールを見ているが、ゆっくりと顔を近づけてファフニールの頬を舐めた。どうやら以前の戦いで築いた関係を覚えているようだ。そんな姿を見てヴリトラとガズンは静かに見守っている。
「・・・ところで、さっきも訊いたがお前等どうして此処にいるんだ?最近お前等の事で国中が大騒ぎだぜ?」
「ああ・・・それは・・・」
ヴリトラは事情の一部をガズンに話した。その後、ヴリトラは小型通信機を使って森の外にいるジャバウォック達を呼んで自分達の身に何が起きているのかを説明したのだった。
国中を放浪しながら見つけたグリンピスの森。そこで偶然にも嘗て敵対していた魔獣使いのガズンと再会する。この出会いがヴリトラ達に吉と出るか凶と出るか・・・。