第百二十五話 謎多き依頼
ヴリトラ達は友人となったパティーラムに自分達の秘密を全て打ち明け、ガバディア以外の協力者を得る事ができた。同時にパティーラムの命の危険も大きくなるがヴリトラ達は協力者であり友人であるパティーラムを守る事を強く決意する。
ヴァルボルトとの謁見から二週間が経ち、その間に王国から七竜将への依頼が殺到してヴリトラ達は大忙しだった。その内容は騎士団や普通の傭兵団では難しい仕事ばかりだが、その分報酬は大きく遣り甲斐は有るので誰も文句は言わない。ラピュスも青銅戦士隊の隊長になった事で遊撃隊の時よりも仕事の量が多くなり、この二週間は七竜将と殆ど会っていない。だがその分、ラランとアリサがズィーベン・ドラゴンを訪ねて王国内の情報を七竜将に話していた。
「・・・そうか、ラピュスも忙しいんだな」
「ハイ、二日前から南西にある小さな村へ行って村を襲っている猛獣の討伐任務に就いています」
ズィーベン・ドラゴンの来客用フロアにあるテーブルに着いて向かい合いながらラピュスの事は話しているヴリトラとアリサ。アリサの隣ではラランが無表情で椅子に座っており、ヴリトラの隣ではリンドブルムが椅子に座ってラランとアリサを見ている。
「そう言えば謁見の日からラピュスとは殆ど会ってないよね?」
「仕方ないですよ。青銅戦士隊は私達遊撃隊と違って正式に騎士団の部隊として編成されますから任務でティムタームの外に出る事が多くなるんです」
「・・・その殆どが盗賊や猛獣の討伐、そして遠くにある町や村の周辺警備」
リンドブルムはアリサとラランから聞かされた遊撃隊とは違う青銅戦士隊の任務内容に真面目な表情を見せる。王国の主力騎士の部隊に入ればそれだけ難しく危険な任務に就くのは当然だとリンドブルムと隣に座っているヴリトラは理解した。
「だけど、そうなるとラピュスのお母さんも心配なんじゃないか?」
「勿論、とても不安そうな顔をしていました。でも、リターナさんは『あの子が主人と同じ青銅戦士隊の騎士としての任務を一生懸命こなしているのだから、母親として静かに見守ります』と言っていました」
「母親として娘のやりたい事をやらせ、それを見守る道を選ぶか・・・。リターナさんは強い人だな?」
「ハイ、とても・・・」
ヴリトラがリターナを敬服するとアリサも頷く。本当なら夫が死に唯一残された娘までも死ぬ事を恐れて反対するのが、リターナは大切な一人娘の好きな生き方をさせるという事を選んだ。それはリターナがラピュスの事を大切に想い、信じている証。ヴリトラ達はリターナの心の強さに尊敬する。
四人が話をしていると奥からファフニールがひょこんと顔を出した。
「皆、何か飲む?」
「ん?そうだなぁ・・・冷たい飲み物なら何でもいいぜ?」
「僕も」
「私達は報告に来ただけですからお構いなく」
「いえ、折角来てくれたんですからお茶ぐらい飲んでいってください」
遠慮するアリサを見てファフニールは笑いながら軽く顔を横に振った。少し申し訳なさそうに苦笑いをするアリサはラランの方を向くと、ラランは無表情のままチラッとアリサを見て頷く。
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて」
「ハイ。それじゃあ、今入れますから待っててくださいね?」
「あっ、私も手伝います」
「・・・私も行く」
奥へ引っ込むファフニールを見てアリサとラランは手伝いをする為に席を立ち奥へ入って行く。残ったヴリトラとリンドブルムも自分の飲み物くらいは取りに行くかと言いたそうに席を立った。
二人がリビングへ向かおうとした時、突然入口の方からドアをノックする音が聞こえ、二人を足を止めて振り返る。
「ハイ?」
「失礼、王国からの使いの者だ」
「使い?」
ドアの向こうから聞こえてくる男の声を聞き、ヴリトラは真面目な顔で入口の方へ歩いて行く。そしてゆっくりとドアを開けると、入口の前に黄土色のフード付きマント纏っている男が立っていた。顔はフードで隠れていて見えないが、マントの下にはレヴァート王国の紋章が描かれて服が見える。ヴリトラは表情を変えずにジッと男を見つめた。
「また新しい依頼か?」
「そうだ。依頼の内容はここに書いてある」
男はそう言って丸めてある羊皮紙を差し出し、ヴリトラはそれを黙って受け取った。
「出発は明日の朝だ。期限は三日、三日後には確認の騎士達を向かわせる。その時に依頼完遂を確認し、ティムタームに戻った時に報酬を渡す。明日までに準備を済ませておけ」
「・・・何だか最近依頼完遂に期限が付くようになったな?前は依頼を終わしてティムタームに戻った後に確認するってやり方だったのに・・・」
「・・・お前達を信頼している証拠だ。分かったらさっさと準備に掛かれ」
「了解・・・」
低い声を出して振り返るヴリトラ。男も振り返って歩きだしその場を後にしようとする。すると男は突然立ち止まった。
「一つ言い忘れていたことがあった」
「?」
「明日から三日に入っている他の依頼は全て断れ、この依頼を優先しろ。それと、今回の任務は決して誰にも話すな?口外無用だ」
「・・・なぜ?」
「知る必要は無い・・・」
そう言い残して男はその場を後にした。ヴリトラは振り返って去って行く男の後ろ姿を見送り、ゆっくりと入口のドアを閉める。ドアを閉めるとテーブルの方へ歩いて行き、テーブルの上で羊皮紙を広げた。近くにいたリンドブルムも椅子の上に座って羊皮紙を覗き込む。
「新しい仕事?」
「みたいだ。だけど、今日は何か様子がおかしい。いつもと違ってフードで顔を隠した奴が依頼書を持ってくるし、他の依頼か断ってこの事は誰にも話すなと言ってきやがった」
「珍しいね?・・・もしかして、いつもと違って誰にも知られたくない様な極秘の依頼とか?」
何処か楽しそうに話すリンドブルムにヴリトラは苦笑いを見せる。
「ハハハ、だといいけどな。どれどれ・・・?」
ヴリトラは羊皮紙に書かれたある内容を読み上げて行く。そこにはこう書かれてあった、「ティムタームから北北東に6K離れた位置にある小さな村『ナギカ村』が襲われたという報告があった。ナギカ村から西に2K行った所にある旧王国砦の『ギャルトム砦』に数人の人影で出入りしているのを村人が確認している。七竜将にギャルトム砦の調査と村を襲った者達を見つけて討伐する事を依頼する」と。
依頼の内容を確認したヴリトラは顔を上げて腕を組みながら考え込む。
「ナギカ村の近くにあるギャルトム砦かぁ・・・今まで行った事の無い新しい場所だな」
「うん。情報も殆どないし、少し食料や弾薬を多く持って行った方がいいんじゃない?」
「ああ。運よく明日からの依頼は一件も入ってないし、ジャバウォック達に伝えてこよう」
ヴリトラは羊皮紙を丸めて奥にいるジャバウォック達を呼びに行こうと歩き出す。リンドブルムもヴリトラの後をついて行きリビングの方へ歩き出した。
「ギャルトム砦?」
リビングの方から聞こえて来たアリサの声にヴリトラとリンドブルムは足を止める。奥から木製のコップを乗せたお盆を持ったアリサがゆっくりと姿を見せ、ラランとファフニールもお菓子の乗った皿を持って出て来た。三人がお盆と皿をテーブルの上に乗せるとヴリトラとリンドブルムの方を向く。
「なになに?また新しい依頼が来たの?」
「うん、まぁね」
笑いながら尋ねてくるファフニールにリンドブルムが頷きながら答える。するとアリサが不思議そうな顔で、ラランは無表情でヴリトラの方を見た。
「・・・あの、今ギャルトム砦って言葉を聞いたんですけど、そこが新しい依頼の場所ですか?」
「・・・本当?」
「ん?ああ、そうだ」
二人の質問に答えたヴリトラ。そこへリンドブルムがハッとしてヴリトラの方を向いた。
「ヴリトラ、確か今回の依頼は誰にも話しちゃダメだって言われたんだ・・・」
「大丈夫だろ?別に俺達が喋った訳じゃないんだし、偶然話していたのを聞かれただけだからさ?」
「いや、どっちも同じだと思うよ?」
ジト目でヴリトラを見上げるリンドブルムと二人の会話を不思議そうに見ているララン達。ヴリトラは自分が持っている丸めた羊皮紙をアリサに見せた。
「アリサ、もし知ってるならそのギャルトム砦やナギカ村の事について教えてくれないか?」
「え?でも、他の人に聞かれたらマズイ依頼みたいですけど・・・」
「いいんだよ。黙ってりゃ分かんない事だし」
「ア、アハハハ・・・」
ヴリトラの言葉にアリサは苦笑いをするしかなかった。
「それじゃあ、教えてくれ」
「ハ、ハイ。・・・・・・ギャルトム砦は嘗て王国の拠点の一つとして建設された砦でナギカ村が近くにあるので食料を調達する為によく騎士達が村へやって来ていたみたいです。ただ、作りが古くて数年前に騎士団がナギカ村の人達にイザという時の避難場所として提供したとか」
「へぇ~、砦一つを村に提供かぁ・・・」
「村人もその砦を何度か使ったらしいんですが、日に日に壁とかが劣化して崩れてだし、一年前に村もその砦を使わなくなったと聞いています」
ヴリトラ、リンドブルム、ファフニールはテーブルに着いて飲み物を飲みながらアリサの説明を聞き、アリサとラランもいつの間にか椅子に座っていた。
「依頼書には村が襲われたて誰かがそのギャルトム砦に出入りしているって書いてあったけど、話の内容ではもうその砦を所有している奴はいないはずだぞ?」
「・・・所有している人はいない。でも、所有を『主張している』一団はいる」
「ええ。『グランドウルフ団』、数ヶ月前から依頼も受けずにナギカ村の近辺で強盗の様な過激な事をしだした傭兵団です。恐らく、村を襲って砦を出入りしているのは彼等でしょう?」
「・・・規模はそこら辺の盗賊団よりも小さいけど皆強いって聞いてる」
「面倒そうな相手だな・・・」
ラランとアリサから敵の情報を聞いたヴリトラは難しい顔をしながら腕を組む。
「面倒な相手だからこそ僕達に依頼したんだろうね?」
「でも騎士団なら簡単に勝てそうな相手なのにどうして私達に依頼したんだろう?」
「さぁ?」
ヴリトラの隣で王国が七竜将に依頼した理由を話し合うリンドブルムとファフニール。ヴリトラも腕を組んだまま俯いて考え出した。
三人を見ているラランは無表情のまま飲み物を静かに飲んでいる。だがアリサだけは何かを考えているような顔をしていた。
「それにしても妙ですねぇ。仮に砦を出入りしているのがグランドウルフ団だとして、ギャルトム砦は周りが崖で囲まれているから隠れ家には合わない場所です」
「・・・もし、出入口を全て塞がれたらもう逃げられない」
「ええ。砦を制圧して彼等を捕らえるだけなら騎士団で十分なのにどうして七竜将に依頼をしたのかしら・・・?」
王国の不可解な行動に頭を悩ませるアリサ。それを聞いていたヴリトラも少し変に思ったのか難しい顔でアリサの方を向く。
「確かにそうだな。それに今日依頼書を届けに来た奴も顔を隠していたし、どうも引っかかる・・・」
「・・ヴリトラ、今回の依頼は断った方がいいと思うよ?何か嫌な予感がする」
不吉を感じ取るリンドブルムがヴリトラに依頼を断る事を勧める。ファフニールも心配なのか不安そうな顔でヴリトラを見つめていた。するとヴリトラは羊皮紙を見ながら飲み物を口にし、ゆっくりともコップをテーブルの上に置く。
「・・・確かに怪しいが、それだけの理由で王国からの依頼を断るのは流石にマズイだろう?それじゃあ俺達が王国を疑っているように思われちまう」
「そうかもしれないけど・・・」
「それに、俺達は王国に大きな借りがある。よほどの事がない限り依頼を断る事はできない」
リンドブルムを説得するヴリトラ。その姿を見てファフニールは不安そうな顔のままヴリトラを見続けていた。
「ヴリトラ、もう少し警戒した方がいいんじゃない?いくら王様達に恩返ししないといけないからって、そう何でも依頼を受けるとまたジャバウォック達に怒られちゃうよ?」
「心配するな、ファウ。俺だってバカじゃないさ?依頼は受けるが、あんな怪しい奴が持って来た依頼を何の警戒もしないつもりはない」
「じゃあ、どうするの?」
「・・・・・・アリサ、ララン」
「ハイ?」
「・・・ん?」
「お前達にちょっと頼みがある・・・」
突然頼み事をしてきたヴリトラに小首を傾げるアリサとララン。ヴリトラは頼みの内容を二人に説明し、それを聞いた二人は頷きながら話を聞く。そして話が終ると二人はズィーベン・ドラゴンを後にし、残ったヴリトラ達はジャバウォック達に依頼の内容を詳しく説明した。
「本気かよ?」
「そんな怪しい依頼を引き受けるの?」
その日の夜、リビングでは七竜将が全員集まりテーブルを囲んで会議を行っている。ヴリトラから依頼の話を聞いて驚きながら目を見張るジャバウォックとジルニトラに、真面目な顔で腕を組みながら話を聞くニーズヘッグ。そして無表情のまま羊皮紙を眺めているオロチ。既に話を聞いていたリンドブルムとファフニールも椅子に座りながらヴリトラの方を見ている。ヴリトラは椅子に座りながら自分を見つめているリンドブルム達を見ながら頷いた。
「ああ、と言うか今更断るなんてできねぇし。お前等だって無暗に断るなんてできないって考えてるんだろう?」
「そ、そりゃあそうだけど・・・」
「だけど、口外無用や他の依頼を全て断れなんて無茶苦茶な事を言ったんだろう?どうしてそんな横暴な事を言いやがるんだ?」
「知らねぇよ。向こうが知る必要が無いなんて言いやがったんだからな?」
ニーズヘッグの質問に不機嫌そうな顔と声で答えるヴリトラ。彼も依頼書を届けに来た男の事が気に入らなく、思い出して不快な気分になったようだ。
「それで?お前はどう思ってるんだ?今回の依頼の事を・・・?」
オロチが持っている羊皮紙をテーブルに置いてヴリトラに依頼の事について訊ねる。ヴリトラはオロチの方を向き、テーブルに頬杖を突きながら難しい表情を見せた。
「裏があるって事は薄々感じている。だから念の為にラランとアリサにグランドウルフ団の最近の動きについて調べてもらっているんだ」
「それって、昼間にヴリトラがララン達に頼んでた事?」
「ああ・・・」
ヴリトラは真剣な表情で頷く。そして周りにいる仲間達の方を見ながら自分の考えを話し始めた。
「俺はこう考えている。これは王国内で俺達の事をよく思っていない奴が計画したもの、そして奴等の狙いは俺達をグランドウルフ団と戦わせて負けさせる、もしくはグランドウルフ団に俺達を消してもらう事だとな」
「僕達を殺そうとしている人が王国内にいるって事?」
「あくまでも俺の想像だ。でも、そうなると依頼の内容を誰にも話さずに準備をしろって言うのも納得が行く。情報を得る事ができなければ戦い方やグランドウルフ団の戦力がどれ程のものか分からずに戦って俺達は無理な状態になるからな。そして砦の場所、周りを崖に囲まれた場所は戦い辛く、下手をすれば崖に落っこちてお陀仏。それを知らなければ作戦の立てようも無く、一瞬で敗北する。その点、グランドウルフ団はそこを隠れ家にしているから地の利を得ていて戦いやすいって訳だ」
「全ては俺達を負けさせる為に考えられたって事か・・・」
ジャバウォックはヴリトラの説明を聞き舌打ちをして不機嫌そうな顔になる。王国内で自分達を負けさせようとする輩がいる事に腹を立てた。
「それじゃあ、どうして依頼を全て断らせるような事をしたのよ?」
「俺達が突然行方不明になった時に、別の依頼が入っていたら姿を消した事に違和感を感じる客がいると思ったんだろう?依頼が無ければ行方不明になったとしても変に思われないだろうしな」
「なかなか頭の切れる連中がいるって事ね・・・」
「それにもし俺達がグランドウルフ団に勝ったとしても王国で問題を起こしている一団を消す事ができるんだから、奴等にとっては俺達が勝とうが負けようが自分達は損はしないって事だ」
「とことんあたし達を利用し、消えてもらいたいって奴がいるみたいね?」
「だからと言って奴等の思惑通りに動くつもりはない。まずは俺達が生き残る為にグランドウルフ団の情報を掴む必要がある。だからアリサとラランに調べてもらってるって訳さ」
自分達が生き残る事で相手の思惑の一部が見えてくると考えたヴリトラはアリサとラランにグランドウルフ団の情報を集めてもらっていたのだ。それを聞いてリンドブルム達も真面目な顔でヴリトラの話を聞く。
「それで、お前は誰が計画した事だと思うんだ・・・?」
「あの謁見の時に俺達をよく思わなかった者は大勢いるさ?特にあの元老院のジジイはな」
「ファンストか・・・。確かに奴なら権力もあるしこれ位の事をするのは簡単だろう。だが証拠が無いぞ・・・?」
「ああ、だから今は様子を見よう。まずは今回の依頼を終えて帰って来る事を考えろ。黒幕を調べるのはそれからだ」
オロチの方を向きながら今の自分達が何をするのかを伝えながら立ち上がるヴリトラ。リンドブルム達も一斉に立ち上がり、ヴリトラの方を向いて返事をする。それから七竜将は依頼の準備をする為に解散したのだった。
七竜将の下にきた新たな依頼。だがその依頼は不可解な点が多すぎる、不審に思いながらも依頼を受ける事になった七竜将。この時、闇は少しずつ彼等の背後から迫って来ていた・・・。