第百二十一話 パティーラムとの再会 密かに生まれた友情
王城から呼び出しを受けた七竜将はラピュス達と共に登城する。そこで彼等は久しぶりにパティーラムと再会し、彼女の案内を受けて城の中へ入っていくのだった。
赤いカーペットが敷かれ、端に数人の衛兵が立っている大きな廊下をパティーラムを先頭に歩いて行くヴリトラ達。今までに見た事の無い廊下を目にして全員は目を丸くして驚いている。
「広いなぁ・・・」
「おまけに長い・・・」
廊下の広さと長さに驚くヴリトラとファフニールはキョロキョロ見回しながら歩いている。すると先頭を歩いていたパティーラムは歩きながら振り返りヴリトラ達の方を向いた。
「ここ最近の皆さんのご活躍は良くお聞きしています。海賊の一件を僅かな人数で解決し、しかも生き残った海賊達に新しい人生を歩ませるなどという難しい事は誰にもできません」
「いえ、海賊に勝てたのは俺達が彼等に無い力を持っているからです。それに海賊達は自分達の罪を反省し、人生をやり直したと願っていました。俺達はそれのきっかけを与えただけですよ」
「フフフ、そうですか。その優しさも町の人々から注目されている理由の一つなのかもしれませんね」
ヴリトラの答えを聞き微笑むパティーラム。そんな彼女にヴリトラは少し照れくさそうに笑った。後ろではリンドブルム達も小さく笑っており、ラピュス達姫騎士もそんな会話を静かに聞いている。
「皆さんにはこのまま謁見の間に来ていただき、そちらで陛下にお会いして頂きます」
「そうですか・・・。それで、王様ってどんな人ですか?」
「どんな、とは?」
質問の意味がよく分からずに彼の方を向いて訊き返すパティーラム。
「えと・・・例えば、礼儀とかには凄く厳しいとか・・・」
「ああぁ、そういう事ですか。フフフ、ご安心を。あの方はそういう事にはこだわらない方ですから。寧ろ、七竜将の皆さんの様な方々とは気が合いそうな性格ですので」
「そうですかぁ・・・」
パティーラムの話を聞いてホッとしたような表情を見せるヴリトラ。
「いやぁ、とても礼儀や言葉遣いに厳しい人だったらどうしようかなって心配だったんですよ。俺達ってそういうのが苦手で・・・」
「苦手なのはお前だけだろう・・・?」
「ああ、警察署長とか軍の司令官とかなら普通に相手をするのに、お偉い人が相手だと今までは全部俺達に任せてきたじゃねぇか?」
話を聞いていたオロチとジャバウォックが呆れ顔でヴリトラの方を見ながらダメ出しをする。それを聞いたヴリトラはグサリと言葉が背中に刺さる様に反応して足を止めた。
「お、お前等なぁ!そういう事をサラッとバラすなよ!?」
「別にバレて困るような事ではないだろう・・・?」
「いや、それでも俺の七竜将のリーダーとしての威厳が・・・」
「威厳?お前に威厳なんてあるのかよ?」
「おぉい!」
不思議そうな顔で訊ねてくるジャバウォックにヴリトラはツッコミを入れる。オロチは興味の無さそうな顔で二人の会話を見ており、ラピュス達姫騎士や他に七竜将のメンバーも苦笑いをしながら話を聞いている。そしてパティーラムや護衛の騎士達はまばたきをしながらジーっと見つめていた。
「お前は戦場に出ている時は頼りになるけど、日常の時は本当に気が抜けてるからなぁ?もう少し日常でも戦場にいる時の様にビシッとしたらどうだ?」
「ビシッとって、無茶言うなよ?それに戦場で常に気を引き締めてるんだから、日常ぐらいは好きなようにしても罰は当たらんだろう?」
「それなのに威厳にこだわるのか?何だか矛盾してるな?」
「確かにそうよねぇ。そういう事は戦場と日常の両方でしっかりしている人間が言うべきじゃないかしら?」
ジャバウォックとオロチに続いてニーズヘッグとファフニールまで笑いながらヴリトラに欠点を指摘し、それを聞いたヴリトラは肩を落として二人の方を向いた。
「お前達までそんな事言うのかよぉ~?」
「本当の事だろう。そんなふうに言われたくなかったらもう少しリーダーらしい態度を見せる」
「・・・ハァ」
ニーズヘッグに注意されて小さく溜め息をつくヴリトラ。するとそこへファフニールがヴリトラ達の間に入り話に加わって来た。
「そんな事ないよ、皆!ヴリトラは立派なリーダーだよ?」
「ファウ?」
自分をフォローしてくれるファフニールの後ろ姿を見て意外そうな顔を見せるヴリトラ。だがその表情とは裏腹にヴリトラは心の中で少し喜んでいた。
「確かにヴリトラはめんどくさがり屋でチャランポランでおバカなところもあるけど、私達の中では一番強いから立派なリーダーだよ!」
「・・・ガクッ!」
ファフニールにまでダメ出しをされて更にショックを受けたヴリトラは再び肩を落として暗くなる。
「おい、ファウ。今の言葉、全然フォローになってないぞ?」
「へ?」
ニーズヘッグの言葉にファフニールは振り返り落ち込んでいるヴリトラを見る。そんなヴリトラにファフニールは「あらまぁ」と言いたそうな顔に変わった。
七竜将の会話を見ていた姫騎士達は呆れ顔を見せており、唯一会話に参加していないリンドブルムは苦笑いを見せている。
「まったく、アイツ等は此処が王城の中だという事を忘れているんじゃないのか?」
「アハハ、多分忘れてるだろうね・・・」
「笑い事か?」
苦笑いのままのリンドブルムをラピュスは呆れ顔のまま見下した。
「それにしても、皆さんヴリトラさんの事を言いたい放題言ってますけど・・・あれを見ているとヴリトラさんが七竜将のリーダーなのかが怪しくなってきますね?」
「・・・うん」
ジャバウォック達にからかわれているヴリトラを見て複雑そうな顔をするアリサと無表情のまま頷くララン。そんな二人を見てリンドブルムは微笑みながらヴリトラ達を見つめた。
「確かに皆はヴリトラの事をズバズバと言ってますけど、それが僕達の七竜将の結束の証なんです。思っている事をハッキリと言い合える関係で、口では色々言うけど心の底では信じている。ああ見えてもジャバウォック達はヴリトラの事を本当に信頼しているんです」
「・・・リブルも?」
「勿論」
ラランの問いかけにリンドブルムは笑顔で頷く。ラランは以前にリンドブルムから彼の過去とヴリトラに救われた事を聞いている為、リンドブルムが七竜将の中で最もヴリトラを慕っている事を知っていた。だからリンドブルムの笑顔を見て本当に心から信頼している事が感じ取っていたのだ。
ヴリトラ達のやりとりを見てポカーンとしているパティーラムと近衛騎士達。それに気づいたラピュスは騒いでいるヴリトラ達に近づいて力の入った声で語りかける。
「いい加減にしろ、お前達!いつまで立ち止まって話しているつもりだ?姫様の御前だぞ?」
ラピュスの言葉を聞き、自分達の立場を思い出したヴリトラ達はフッとパティーラムの方を向いた。するとパティーラムはヴリトラ達が自分の方を向いた瞬間にクスクスと笑い出す。
「フフ、ウフフフフ」
「ひ、姫様?」
突然笑い出したパティーラムを見て目を丸くするラピュス。ヴリトラ達もまばたきをして不思議そうな顔を見せ、控えていた近衛騎士も少し驚いていた。
「フフフフフ、ごめんなさい。皆さんはとても仲がおよろしいのですね?最初は驚きましたが、次第に皆さんの会話を見ていると私も楽しくなってきました」
「あ、いや、そのぉ~、お恥ずかしい・・・」
必死で笑いを堪えようつするパティーラムを見て最年長のジャバウォックは顔を赤くして恥ずかしがる。オロチ以外の七竜将も自分達の行いを恥じてパティーラムから目を反らし恥ずかしがる。
「私は貴方達の様な関係が羨ましいです。私には貴方がたのように自分の言いたい事を言い合える友人がおりませんから・・・」
パティーラムは少し寂しそうな笑みを見せて俯き、その姿を見てヴリトラ達もどこか切なそうな表情を見せる。自分達の行いでパティーラムを寂しい気持ちにさせてしまったのだと感じているようだ。すると、そんな空気を壊すかのようにファフニールが一歩前に出てパティーラムの顔を見つめた。
「それなら、私達がパティーラム様のお友達になります!」
「「「「「「・・・・・・はぁ?」」」」」」
「「「えぇ!?」」」
「え?」
ファフニールの予想外の爆弾発言にヴリトラ達は耳を疑い、ラピュス達姫騎士は驚き、パティーラムも少し驚いていた。そしてその会話を聞いていた近衛騎士や周りの衛兵達も黙り込んだまま一斉にヴリトラ達の方を向く。
「ファ、ファウ!?いきなり何を言い出すんだ!」
「そ、そうよ!パティーラム様はこの国の王女様なのよ?ただの傭兵であるあたし達が友達になるなんて・・・」
「でも、パティーラム様はお友達がいないって寂しそうな顔をしてたよ?だったら、私達がお友達になればいいだけじゃん♪」
動揺しながらファフニールに注意をするニーズヘッグとジルニトラを見上げながらファフニールは笑顔のまま答える。たかが傭兵が王族、しかも王女と友達になろうなんて常識では考えなれない事を笑顔で言うファフニールにその場にいる騎士達は全員が固まっている。普通なら王族に対する侮辱として受け取られて罰を受けるのが当然の状況であり、騎士達は一斉にパティーラムの方を向く。するとパティ―ラムは驚きの表情からゆっくりと微笑みへと表情を変えた。
「フ、フフフ、本当に今日は皆さんに驚かされてばかりですね?」
「あ、あのぉ、すいませんパティーラム様。ファウはちょっと天然なところがあって、決して悪気があった訳じゃ・・・」
ファフニールをフォローしながら謝るニーズヘッグ。ヴリトラ達も申し訳なさそうな顔でパティーラムを見つめている。だが、パティーラムは微笑んだまま軽く顔を横に振った。
「謝らないでください。寧ろ感謝しています」
「・・・へ?」
「ヴリトラさん達と始めたお会いした日も、貴方がたは私を王族としてではなく一人の国民として接してくれました。私はそれが嬉しいのです」
笑顔で感謝するパティーラムにヴリトラ達はポカーンとする。ヴリトラ達もパティーラムの予想外の反応に驚いているようだ。
「皆さん、お願いします。私のご友人になっていただけませんか?」
ゆっくりと頭を下げるパティーラムにヴリトラ達や周りの騎士達も驚きのあまり言葉を失う。王女が傭兵に頭を下げるなど前代未聞だからだ。パティーラムの姿にお願いされているヴリトラ達も目の前の光景を疑うように見つめている。
「ひ、姫様、頭をお上げください!」
「そ、そうですよ!王族ともあろうお方が頭を下げるなど・・・」
戸惑いながらパティーラムを止めるラピュスとアリサ。だがパティーラムは頭を上げる事なく静かに口を開いた。
「いいえ、頼み事をする者が頭を下げるのは当然の事。それに私は王女としてではなく、一人のレヴァート国民としてお願いしたいのです。」
自分がヴリトラ達の友人、即ち主従ではなく同等の関係になる為に頼み方を変えるのは当然だと考えるパティーラム。そんな王族としての立場を捨てて頭を下げて頼むパティーラムの姿を見たヴリトラは感服していた。そして彼の後ろにいる他の七竜将のメンバーも驚きの表情でパティーラムを見つめている。そんなパティーラムを見てヴリトラは小さく笑いゆっくりと彼女に近づいた。
「王女様がここまでしているのに『お断りします』なんて言えないよなぁ、皆?」
「うん、そうだよね」
「ああ、ましてやこんな綺麗なお姫様に頼まれちゃ尚更だ」
「王女様と友達になれるなんてチャンスは滅多にないもんねぇ」
「やったぁ~!」
ヴリトラに続いて賛成の態度を見せるリンドブルム、ジャバウォック、ジルニトラ、ファフニールの四人。ニーズヘッグとオロチも黙ってはいるが異議は無いようで小さく笑って頷いた。
仲間達の意見を確認したヴリトラはパティーラムの方を向いてニッと笑う。
「・・・という訳で、俺達でよければ姫様のお友達にならせて頂きたいのですか、パティーラム様は?」
「・・・勿論、喜んで。ありがとうございます」
七竜将を見て笑顔で礼を言うパティーラム。そんな光景を目にしたラピュス達や周りの近衛騎士、衛兵達は驚きの連続で言葉を失っている。そんな中、リンドブルムはラピュス達の方をゆっくりと向く。
「それなら、ラピュス達も一緒に友達になってもらいましょう」
「「「・・・え?」」」
リンドブルムの進言にようやく声を出したラピュス達。パティーラムや他の七竜将も一斉に三人の姫騎士の方を向いた。
「な、何を言っているんだ!?私達の様な一介の騎士が姫様の・・・」
「そ、そうですよ!」
「・・・うん」
「そうやって自分を過小評価するな、お前達は自分が思っているほど小さな存在じゃないんだぜ?」
自分達を低く評価するラピュス達に笑いながら話し掛けるヴリトラ。彼女達がこれまでにどれ程国の為に尽くして来たのかは何度も共に戦った七竜将が誰よりもよく知っている。だからこそリンドブルムはラピュス達にもパティーラムの友人になる資格があると考えて進言したのだ。
謙遜するラピュス達をパティーラムはニッコリと笑いながら見つめ、静かに話し掛けた。
「ヴリトラさんの仰る通りですよ?皆さんはご自身の力にもっと自信を持ってください。貴方がたがこれまでに我が国、そして国民の皆さんの為に尽くして来た事は私もガバディア団長から伺っています。私は、そんな貴方がたともお友達になりたいのです」
「姫様・・・」
笑顔で自分達を評価してくれるパティーラムに少し頬を赤くするラピュス。その後ろにいたラランとアリサも同じように頬を染めている。三人はしばらく考え込み、ゆっくりと顔を上げるとその場に跪いた。
「私どもでよろしかったら、喜んで姫様のご友人に・・・」
「ありがとうございます」
「ハハハ、まだちょっと固いところもあるけど、それは仕方がないな?」
ラピュス達の会話する光景を見て小さく笑いながら言うヴリトラ。リンドブルム達も苦笑いをしてラピュス達を見ていた。
ヴリトラ達が会話をしていると、パティーラムの警護をしている近衛騎士の一人が近寄ってきてパティーラムに声を掛けてくる。
「姫様、そろそろ謁見の間に行かれたほうがよろしいかと思います。陛下も既に玉座にてお待ちのようですので・・・」
「・・・そうですね、分かりました。・・・皆さん、続きは陛下とのお話が終った後という事で、謁見の間に向かいましょう」
パティーラムは話を一旦済ませるとヴリトラ達に謁見の間へ向かう事を話し、再び歩き始める。ヴリトラ達も彼女の後をついて行き謁見の間へ向かう。
しばらく歩くとヴリトラ達は大きな二枚扉の前にやって来て立ち止まった。パティーラムが扉の近くにいた衛兵に指示を出すと、衛兵は隣にいた別の衛兵に声を掛ける。パティーラムは自分の後ろに待機しているヴリトラ達の方を向くと静かに声を掛けた。
「皆さん、この先が謁見の間となっております。既に国王陛下や私の姉、そして元老院や上級貴族の方々が大勢いらっしゃいます。その中でも元老院の方々、特に議長のファンスト公には注意してください?」
「ファウスト公とは、元老院の最高権力者である?」
ラピュスが訊ねるとパティーラムは真剣な顔で頷く。ヴリトラやリンドブルムは以前ティムタームで開催された武術大会の時にラピュスから少し話を聞いているので元老院という言葉を聞いた瞬間に鋭い表情を見せていた。
「元老院の方々の中には貴族と平民を差別される人が大勢いますが、その中でもファンスト公は他の元老院議員の方々とは比べものにならないくらいの差別主義者です。何かと皆さんの気に障るような事を言うかもしれませんが、その時はどうかお許しください・・・」
「・・・分かりました。肝に銘じておきます」
ジャバウォックが真面目な顔で頷く。その隣に立っているヴリトラとリンドブルムも真面目な顔で頷いた。
「なるべく怒らないように我慢します」
「うん」
「なるべくはダメッ!絶対に我慢して!」
さり気なく怖い事を言うヴリトラと頷くリンドブルムにジルニトラはツッコミを入れながら注意をする。そんな二人を見て周りにいるラピュス達は不安そうな顔で溜め息をつく。
ヴリトラ達が会話をしていると、衛兵の一人が近寄ってきてヴリトラ達に声を掛けた。
「まもなく扉が開きます。皆さん、準備の方をお願いします」
衛兵の話を聞き、姿勢を正しくするヴリトラ達。そして扉の前に立っていた二人の衛兵が同時に扉を押して大きな扉を開いた。
「レヴァート王国第三王女にして、第三王位継承者、パティーラム・セム・レヴァート様。王国騎士団青銅戦士隊第十八分隊隊長、ラピュス・フォーネ殿。王国騎士団第三遊撃隊隊長、アリサ・レミンス殿。同じく第三遊撃隊副隊長、ララン・アーナリア殿。傭兵隊七竜将。御入来!」
何処からか聞こえてくる長い紹介が終り、ヴリトラ達はゆっくりと謁見の間へ入室した。
遂に謁見の間に入りレヴァート王国国王、ヴァルボルトと対面する事になる七竜将と姫騎士達。この先彼等にどのような展開が待ち構えているのか、そしてこの後にどのような出来事が起こるのか、誰にも予想できないでいた。