第百二十話 七竜将の登城
ラピュス達からザザムス達の手紙を受け取り、彼等が新しい人生を歩む事を知った七竜将は安心と喜びを感じた。ラピュス達も今までの功績から昇進し、騎士団で新たな人を任される。それと同時にヴリトラはラピュス達に自分達の責任と命を奪う者、奪われる者達の心境を伝えるのだった。
ザザムス達の手紙を受け取った日から一週間が経ち、その間七竜将達は街や王宮からの依頼を多数受けていた。町から町へ移動する商人の馬車の護衛、町の近くに潜伏している盗賊の討伐、騎士団の任務の同行などの依頼が多く、普通の傭兵団では難しい依頼も七竜将なら難なくこなして行き、そのうわさが広がって七竜将への依頼がますます増えて行く。おかげでヴリトラ達はこの一週間、大忙しだったのだ。
「え~っと、昨日の依頼の報酬の合計が4800ティルで、一昨日の依頼の報酬は1300ティルと850ティルだから、それを合計して・・・」
昼過ぎのズィーベン・ドラゴンのリビングではジルニトラがテーブルに座って電卓を叩きながら紙に何かを書いている。ジルニトラは七竜将の衛生兵であるのと同時に資金の管理をしており、時間があれば報酬や仕事のチェックをして記録しているのだ。
リビングでジルニトラが仕事をしていると、そこへファフニールが飲み物の入ったコップを持ってやって来た。
「ジル、ハイ、お茶」
「ああ、ありがとう。そこに置いておいて」
ファフニールに礼を言うとジルニトラは再び電卓を叩き、持っているボールペンを走らせて紙に計算結果を書いていく。ファフニールもそんなジルニトラを見て空いている席に座り作業を覗いた。
「最近、仕事の量が増えて来てるよね?」
「そりゃそうよ。ストラスタ公国との戦争の時から既にあたし達の名前はレヴァート王国中に広まってるんだもん。そこへ海賊の一件が伝わって更にあたし達は国中から注目されてるのよ?おまけに見た事も無い武器なんかを使ってどんな難しい依頼もこなすって噂になれば依頼も殺到するわよ」
「忙しすぎるもの考え物だよね?」
「ええ。あたし達の使う武器で超振動剣なんかの武器はともかく。銃器には弾薬が必要でそれが無くなれば使えなくなるわ。ブラッド・レクイエム社の事もあるし、あまり無駄に弾薬を使う事はできないのよ」
「だから、最近はできるだけ弾薬を使わないように依頼をこなしてるんでしょう?」
「それでも、どうしても銃器を使わないといけない状況もあるから使わずにはいられないのよ」
「難しいねぇ・・・」
ブラッド・レクイエム社との戦いを考え、自分達が所持している弾薬を使い過ぎないように話をするジルニトラとファフニール。いくら機械鎧兵士である自分達が強くても武器が使えなくなればそれだけ戦力も低下してしまう。受ける依頼も内容によって断るか受けるかを考える必要があるとジルニトラは考えた。
「心配ないだろう?ブラッド・レクイエムの連中が使っていた銃器や弾薬を回収してるから、それを使えば少しはマシになるんじゃないか?」
二人が話をしているとニーズヘッグが静かにリビングへ入ってきた。どうやら二人の話を聞いていたようだ。
「それはそうかもしれないけど、それでも自分達が使い慣れている武器を使うのと使わないのとでは戦力も変わって来るんじゃない?」
「だがそうなると俺達は使い慣れている得物を使わないと全力で戦えないって事になっちまう。そうならない為にも他の武器を使って戦えるようにするって事も考えておいた方がいいともうぜ?」
「確かにそうだね?私達はギガントパレードやサクリファイスみたいな特別な武器を使って戦うから、あまり使わない武器しか使えない時にそれが使えないと面倒な事になりそう」
「ああ。だからブラッドレクイエム社みたいなヤバい連中と戦う時以外はできるだけブラッド・レクイエム社から回収した武器を使った方がいい。どんな状況であっても全力で戦えるよう、他の武器も使い慣れておかないとな」
自分達が常に有利な状況で戦えるとは限らない、時には敵に不意を突かれたり普段使い慣れている武器を使えない時もあるはず。それらの事を考えてできるだけ自分達の得物を使って依頼を受けない様にしようと話し合うニーズヘッグとファフニール。それを聞いていたジルニトラも一理あると頷く。
「・・・そうね。それじゃあ、次に依頼を受ける時はMP7とかそっちの武器なんかを使うようにしましょう」
「決まりだな。ヴリトラ達にも伝えておくぜ」
「お願いね」
「そう言えば、今日は幾つ依頼が入ってるんだ?午前中は一件も無かったが・・・」
「・・・今日は一件も無いわ」
「無いのかよ!」
今日一日は一件も依頼が入ってない事を聞いてジルニトラにツッコミを入れるニーズヘッグ。ジルニトラは持っているボールペンの先で頭を掻きながら目の前に紙を見つけた。
「依頼が入ってたらこんな風に呑気に報酬の計算なんてしてないわよ」
「た、確かにそうだな・・・。そう言えば、他はどうしたんだ?」
ニーズヘッグは姿の見えないヴリトラ達の事を聞くとファフニールが入口の方を指差して答えた。
「オロチは街の方に行ったよ?」
「街に?」
「うん、何だか今まで私達が見てない所を見てこの町の構造を調べて来るって言ってた」
「何で今になってそんな事を?・・・ヴリトラ達は?」
「ヴリトラはジルが今日は依頼が無いって事を話したらリブルとジャバウォックと一緒にティムタームの外に出かけて行ったよ?」
「町を出たのか?」
ヴリトラ達が珍しく町の外に出たと聞いて意外に思ったのか少し驚きに顔を見せるニーズヘッグ。普段、依頼を受けて町を出る時以外はあまり自分から遠くへ行こうとしないヴリトラにしては珍しい行動だった。
ニーズヘッグが驚いていると、玄関の方から音が聞こえて三人は来客用フロアの方を向く。
「今戻ったぞ・・・」
「あっ、オロチが帰って来た!」
席を立ちフロアの方へ走って行くファフニール。ニーズヘッグもその後を追ってフロアの方へ歩いて行き、ジルニトラも一旦作業を止めて立ち上がり、オロチを出迎えに向かった。
二人がフロアに出ると、玄関前でファフニールと向かい合って会話をしているオロチの姿があった。
「おかえり、何処に行ってたの?」
「町の北西の方に行ってた。あっちの方は一度も行った事がなかったからな・・・」
「北西?」
「ああ・・・」
ファフニールは小首を傾げて訊き返す。オロチも無表情で頷いた。二人の下へやって来たニーズヘッグとジルニトラも会話に参加する。
「確か、北西の方には大きな屋敷が沢山建っていたな?」
「ええ、何かお金持ちの人が大勢いた様な気がしたけど・・・」
「・・・調べて見たところ、あそこは上級貴族の住む屋敷などが建てられている場所で一般市民は立ち入りできない場所のようだ・・・」
「上級貴族?」
「ラピュスやクリスティア達の様な貴族とは違う王家の人間に近い貴族だけが住むこの許される場所、何でも元老院の人間とかが住んでいるらしい。町の住民達がそう言っていた・・・」
「元老院、あまりいい響きではないな・・・」
オロチの説明を聞いたニーズヘッグが難しい表情を見せて考え込み、ジルニトラやファフニールも同じ様な顔をして考え始めた。
すると、玄関が開き、三人の人影が入ってくる。四人がフッと振り返ると、そこにはヴリトラ、リンドブルム、ジャバウォックの三人の姿があった。
「よぉ、ただいまぁ!」
「お前達、何処行ってたんだよ?」
「ああ、ちょっとエリオミスの町にな」
「エリオミス?ストラスタ公国との戦争の時に行った町か?」
「そう」
「何の為に?」
ヴリトラがわざわざ遠くにあるエリオミスの町まで行った理由が分からずに訊ねるニーズヘッグ。ジルニトラ、ファフニール、オロチの三人もヴリトラの方を向いた。彼女達も理由が気になるようだ。
四人に見られながらヴリトラはチラッとリンドブルムとジャバウォックの方を向いて頷く。彼等の「話してやれ」という合図にヴリトラも苦笑いを見せた。
「ああ、実はな?こっちの世界に来て結構稼いだだろう?だから拠点をもう一つ購入しようかと思って見に行ってたんだ」
「拠点を?どうしてよ?」
「ほら、俺達ってこれまでに何度もブラッド・レクイエムの連中と戦って来ただろう?だからまた奴等の事で何かあった時の為に使えるんじゃないかと思ってな」
「僕とジャバウォックも確かに予備の拠点を用意しておいた方がいいと思ってついて行ったんだ。そうだよね?」
「ああ」
リンドブルムがジャバウォックを見上げて尋ね、ジャバウォックもリンドブルムを見下しながら頷いた。
三人の話を聞いていた四人は互いに顔を見つめ合いながら難しい顔を見せる。
「確かに今後の事を考えて拠点をもう一つ用意しておくのもいいかもしれないが、色々と準備や手続きなんかも必要なんだから突然拠点を購入すると言ってもどうしようもないぞ?」
「それに町も沢山あるんだし、どの町に拠点を置くのとかも考えてから購入した方がいいわよ?」
「どの町に拠点を置けばどれだけ効率よく動けるかというのを細かく調べておいた方がいい・・・」
ニーズヘッグ、ジルニトラ、オロチの三人がヴリトラ達の方を向いて拠点の購入する為の手順を確認する様に話す。だが三人の言葉から彼等も拠点を購入する事には賛成のようだ。
七竜将が玄関前で話をしていると、また玄関が開き今度はラピュスがラランとアリサを連れて尋ねて来た。
「お前達、玄関の前で何をやっているんだ?」
「おっ?ラピュス、ラランとアリサも、一体どうしたんだ?」
突然訪ねてきた三人にヴリトラは問いかけ、リンドブルム達もふと彼女達の方を見る。
「突然すまないが今から登城してくれ。陛下がお前達に会いたいと仰られておいでなのだ」
「今からか?本当に突然だなぁ?」
「本当なあの手紙を渡してから数日後に登城してもらうつもりだったのだが、お前達を捕まえる事ができなくてこうして当日に捕まえて登城してもらう事になったんだ」
今までなかなか登城させる機会が無かったため、騎士団も少し強引なやり方で七竜将を城へ連れて行くことにしたらしい。ラピュス達はその迎えの為に来たのだ。
登城しろと言って来たラピュス達を見て少し困り顔を見せる七竜将。だが、今まで王様に会う機会を自分達は何度も潰してしまったのだ。彼等には反論する気は無かった。
「分かったよ。これ以上登城を拒んだら王家に悪いイメージを与えちまいそうだしな・・・。ところで、どうして青銅戦士隊に入ったラピュスと遊撃隊のラランとアリサが一緒にいるんだ?こういう場合は普通一つの部隊が迎えに来るもんだろう?」
「確かにそうだよね。どうして?」
リンドブルムがラピュス達に訊ねると、ラランがラピュスの代わりにその質問に答えた。
「・・・私達は騎士団の中で最も貴方達と行動を共にした存在だから、私達も一緒に来るようにと陛下が仰られたの」
「つまり、私達も同行するって事ですよ」
ラランの後ろでアリサが苦笑いをしながら答え、それを聞いた七竜将は「成る程」と納得して頷く。
納得した七竜将を見て、ラピュスはパンと手を叩き注目を集める。
「それじゃあ、早速城へ向かうぞ?もう通りに馬車を用意してあるから全員乗ってくれ」
ラピュスは通りの方を指差して七竜将に馬車に乗る様に話す。すると、ヴリトラは何かに気付いて「あっ」と言うように顔を上げた。
「ちょっと待ってくれ。王様に会うのに流石に私服姿はマズイだろう?ちょっと着替えて来るから、少し時間をくれないか?」
今の自分達の格好では王様に失礼だという事に気付いたヴリトラと彼の話を聞いてハッとするリンドブルム達。ラピュス達もその事に今まで気付かなかったのか七竜将の姿を見て目を見張って驚く。
「確かにそうだな・・・なら急いで着替えて来てくれ。あまり時間が無いからな?」
「分かってるよ。皆、行くぞ!」
ヴリトラがリンドブルム達を連れて奥の方へ走って行く。そんな彼等の後ろ姿をラピュス達は黙って見つめているのだった。それから数分後に特殊スーツに着替え終えた七竜将を連れて、ラピュス達は馬車で城へ出発する。
ズィーベン・ドラゴンを出発してから僅か数分、ヴリトラ達は大きな城門の前に到着した。城門の端には数人の兵士が待機しており、ヴリトラ達の乗る馬車を確認すると一斉に動き出して開門する。城門が開くのを確認すると馬車を再び動き出す。城門を通過して進んで行くと、美しく広い庭園がヴリトラ達の視界に入る。
「ひぇ~、すげぇ庭園だなぁ」
「凄い凄い!」
「まったくだ。美しいだけでなく想像以上の広さだ」
「・・・うん」
「あれ?ラピュスろラランは城に来た事がないのか?」
ラピュスの反応を意外に思いヴリトラは尋ねた。隣に座っているリンドブルムも同じように意外そうな顔を見せている。
「ああ。城を出入りできるのは騎士団の人間でも青銅戦士隊以上の騎士だけだ。後は貴族や特別な事情がある者くらいだな」
「えぇ?それなら姫騎士になって貴族の称号を得たお前達姫騎士でも入れるはずだろう?」
「姫騎士と言っても私達は元々平民の出だからな。いくら貴族になったと言ってもすんなりと入れる訳ではない。それに遊撃隊の騎士に入っている姫騎士では入城する条件が揃っていないのだ」
「複雑だなぁ?」
「だが、今の私は青銅騎士隊に出世し、アリサとラランも今回許可を得ているから入城する事ができるんだ。お前達七竜将もな?」
「・・・色々大変」
ラピュスとラランの話を聞き難しい顔を見せるヴリトラとリンドブルム。しばらくしていると、馬車が止まり、城の入口前で止まった。ヴリトラ達は馬車から降りると目の前に大きな階段がありその両端に何人もの兵士が槍を持って立っている。その奥には大きな城が堂々と建っていた。
「うひゃ~!近くで見ると更に迫力があるなぁ~!」
「うん、僕、本物のお城をこんなに近くで見たの初めて!」
「いいなぁ~、こんな所で一度舞踏会とかに参加してみたなぁ~」
「いいわねぇ。それで素敵な男と一緒に・・・」
城を見上げて驚くヴリトラとリンドブルム、その隣で城に憧れを抱き頬を染めるファフニールとジルニトラ。そんな四人を見てラピュス達は少し呆れる様な顔を見せていた。
「おい、これから陛下にお会いするのを忘れるなよ?くれぐれも陛下の前で粗相の無いようにな?」
「分かってるよ。俺達も向こうの世界では似たような経験を何度もしてるんだ、その時が来ればしっかりやる」
「ハァ、頼むぞ?」
余裕の表情を見せるヴリトラを見て心配なのか不安の表情を浮かべるラピュス。
その時、階段の近くにいた一人の兵士がヴリトラ達にゆっくりと近づいて来た。
「失礼します。陛下に謁見を求められた方々ですか?」
「えっ?あ、ハイ!アリサ・レミンス、ラピュスフォーネ、ララン・アーナリア、そして傭兵隊の七竜将、陛下から登城の命を受けてやってまいりました!」
アリサが騎士に敬礼をして登城した理由を話す。兵士もアリサを見ながら敬礼をし直して姿勢を直した。
「貴方がたがそうですか。伺っております!では、階段を上がり入城なさってください。城に入ると衛兵がご案内しますので・・・」
「分かりました。ありがとうございます」
「それと、既にガバディア騎士団長も入城されておりますので」
「え?団長が?」
ガバディアまでも来ている事を聞かされて意外な顔を見せる一同。どうしてなのか理由が分からずに考え込むヴリトラ達。だが、此処で動かずに考えても仕方がない。ラピュスはヴリトラ達を見回して声を掛けた。
「皆、とりあえず城へ行こう。何時までも此処で考えていても仕方がない」
「それもそうだな。皆、行こうぜ」
ラピュスに同意して仲間達に城へ向かうよう話すヴリトラ。リンドブルム達もヴリトラとラピュスの言われたとおりに階段を上がって城の方へ歩いて行く。
高い階段を上り切り、階段の上の広場に出た一同。すると、城の入口の前に三つの人影があった。三人の内、二人は金色の鎧を着て白いマントは羽織った男性騎士、黄金近衛隊の騎士達だ。そしてもう一人は白銀のドレスを身に纏ったすみれ色の長髪をした美しい女性、レヴァート王国第三王女のパティーラムだった。ヴリトラ達は入口前に立つパティーラムを見て驚き目を見張る。
「ああぁ!パティーラム様!」
パティーラムの姿を見たヴリトラは驚いて思わず名前を口にする。
「お久しぶりです、皆さん。よくいらっしゃってくださいました」
「姫様、どうしてこちらに?」
ラピュスがパティーラムに訊ねると、パティーラムは微笑みながらヴリトラ達を見つめる。
「皆さんがお城にいらっしゃるとお聞きしましたので陛下に頼んでお出迎えをさせていただいたんです」
「そ、そんな!姫様自らがお迎えなど・・・」
「よいのです。私も久しぶりに皆さんとお話がしたかってのですから。さぁ、参りましょう?陛下がお待ちです」
パティーラムに案内されて城内に入って行くヴリトラ達。大きな扉が開き、全員は城の中に入ると扉はゆっくりと閉まって行った。
王城から呼び出しを受けた七竜将はラピュス達と共に城へ行く事になった。そこでヴリトラ達に待ち構えているのは一体何なのか、七竜将も姫騎士達も何も分からない状態でいた。