第十一話 ティムタームの平和な朝
朝日に照らされるティムタームの町。まだ誰一人外には出てきておらす、家の煙突から煙が出ており、窓を開けて空気の入れ替えをしている町の住人達の姿だけがあった。静かな町にまた一日が訪れて来たのだ。
酒場マリアーナの煙突からも煙が出ており、店の厨房ではキャサリンが朝食の準備をしている。そんな厨房にバロンとマリがタオルを持って入って来た。
「ママ、おはよう」
「おはよう、キャサリン」
「あら、マリ、お義父さん、おはようございます」
笑いながら挨拶をする二人にキャサリンも笑い返す。キャサリンの手にはフライパンが握られており、その上にが卵の黄身をくずしてサッと焼いたもの、スクランブルエッグに似た料理が乗っている。キャサリンはその料理をテーブルの上に並べられている何も乗っていない皿の上に盛り、新しい卵をフライパンの上に割って炒めながら木製の箆で崩し、同じ物を作り始めた。
テーブルの上には何枚もの皿が並べらえれており、その殆どにはまだ何も乗っていない。テーブルの上の料理を見てマリが笑顔を見せる。
「わぁ~!今日は『エルメトン」だぁ!」
「ウフフ、マリはエルメトンが大好きだもんね?」
「うん!」
皿の上に乗っているエルメトンという料理を見て喜ぶマリに料理をしているキャサリンも笑っていた。バロンは眼鏡を直して喜ぶマリを見て微笑み、厨房の奥へ行くと戸棚の中から木製のコップとフォークを取り出してテーブルに置いていく。
「今日もまた一日が始まるな。マリ、七竜将の皆さんを起こしてきておくれ」
「うん!」
キャサリンの朝食の手伝いをしながらバロンはマリに七竜将を起こすよう頼み、マリも家の奥へと走って行った。
七竜将がクレイジーファングを壊滅させ、マリを助け出してから、つまり七竜将がファムステミリアにやって来て今日で二日になる。あの夜の後、行く宛てのない七竜将をバロンは自分達の家に泊めると言い出したのだ。勿論七竜将は食事と酒をご馳走になっておいて泊めてもらうなど流石に悪いと思って断った。だが、マリの命を助けた事で恩返しがしたいと強く言ってくるバロンに七竜将は折れて彼の好意に甘える事にしたのだ。
それから七竜将はバロンの酒場に住まわせてもらい、次の日には町を回って元の世界に戻る為の情報を集めたり、何時までもバロン達の世話になる訳にも行かないと元の世界に戻るまでに自分達の拠点となる場所を探した。しかし、なかなかいい物件が見つからず、その日もまたバロン達の家に泊めてもらい、今に至るという訳だ。
バロンに家は酒場と繋がっており、マリは酒場の奥から家に向かって階段を駆け上がる。階段を上がり、一つのドアを開けると、その中で下着姿のヴリトラ、リンドブルム、ジャバウォック、ニーズヘッグがベッドで眠っている姿があった。ニーズヘッグはベッドの上で布団をかけて寝ているがヴリトラは布団をかけずにベッドの上で大の字となっており、その上でリンドブルムが逆さまになって寝ていた。リンドブルムの足がヴリトラの顔に当たりヴリトラの表情が若干険しくなる。この時点で寝相が悪いのがよく分かった。ジャバウォックは小さなベッドから足をはみ出しながら高いびきを掻いていた。マリはそんな男四人を見て小さく笑う。
「おはよぉ。起っきの時間ですよ~」
ヴリトラ達を起こすマリ。その声に反応したヴリトラは目を薄らと開いて自分の顔に乗っているリンドブルムの足を退かして起き上がった。頭を掻きながら眠たそうな顔で部屋の中にいるマリの方を向く。
「ああ、おはようマリちゃん」
「もうすぐ朝ご飯だよ?」
「分かった。おい、三人とも、朝だぞぉ」
ヴリトラは周りにいる残りの三人を起こた。ヴリトラの隣で寝ていたリンドブルムも体を起こして欠伸をし、ジャバウォックも起き上がってベッドから足を降ろし肩を回す。ニーズヘッグはすぐに起き、布団を直して着替える準備をしている。
「おはよう、皆」
「ああ、おはようさん」
「おはよう」
起きた三人もそれぞれ挨拶をして着替える準備に入った。そんな様子を見たマリはニッコリと笑い部屋を後にし隣の部屋へ行きドアを開ける。そこには寝間着姿のジルニトラ、オロチ、ファフニールの七竜将女性陣が既に起きて着替えている姿があった。
「おはよう、お姉ちゃん」
「あら、おはようマリちゃん。ヴリトラ達は?」
「今起きたよ」
「なぁんだ、アイツ等まだ寝てたんだぁ」
クシで髪をとかしながらダラしない男性陣に呆れているジルニトラ。その近くでベッドの上に座り込み、鏡を見ながら解かれている髪を両サイドに纏めていつもの髪型にしているファフニールの姿があった。片方の髪をまとめると咥えているゴムでまとめ、もう片方の髪をまとめ始める。
「よしっ、これでOK!」
「お前はいつもその髪型なんだな?」
両サイドにまとめた髪を鏡で見て気合を入れるファフニールを見てオロチはジルニトラと同じように髪をクシでときながら訊ねる。ファフニールはオロチの方を向いて笑いながら自分の両サイドの髪を掴み笑った。
「これ、私のお気に入りの髪型だから」
「ふぅ・・・そうか。まぁ、髪型はそれぞれの自由だからな」
「まっ、ただクシでといてそれでお終いのあたし達がどうこう言うもんじゃないけどね?」
髪型にはこだわらないジルニトラはクシでとくのを止めてベッドから立ち上がると部屋の隅に畳んでおいてある私服を手に取って着替え始めた。その着替えを見ていたマリは不思議そうな顔でジルニトラを見る。彼女は機械鎧化されているジルニトラの両手が気になっていたのだ。
「ジルお姉ちゃん」
「ん?どうしたのマリちゃん」
「お姉ちゃんは両手が鉄になってて動かし難くないの?」
「・・・ああ、この両手の事?大丈夫、慣れれば気にならないし、本物の手みたいになるからね」
「ふ~ん・・・見られるの、嫌?」
マリの口から出た意味あり気な言葉にジルニトラ達は一斉にマリの方を見る。マリはジルニトラの両手、ファフニールの右腕と右胸、オロチの両足の機械鎧を見てこの世界ではまず見られない本物の体の部分に近い形をする義肢に興味があるのだろう。何処か申し訳なさそうな顔をしているマリ。あまり触れない方がいいと思っていたが、気になって仕方なく思わず聞いてしまったのだ。
マリの質問を聞いたジルニトラ達は互いの顔を見るとファフニールがマリの方を向き首を振った。
「そんな事無いわ。別に触れてほしくないって訳じゃないし、気にしないで」
ジルニトラ達は普段は機械鎧を人目につかない様に服やズボンで隠しており、その理由は自分達が機械鎧兵士である事を周りに知られないためであり、見られたくないという訳ではなかった。
笑っているファフニールを見てマリの顔にも笑顔が戻る。頷いたマリはドアの方へ歩いて行き笑顔で振り返る。
「もうすぐ朝ご飯が出来るから降りてきてね」
そう告げるとマリは階段を駆け下りて店の方へ戻って行った。部屋から階段を駆け下りていく様子を見ている七竜将達。同じように部屋から部屋から覗き見ている異性の方を向くと女性陣は少し恥ずかしそうに部屋へ引っ込み、男性陣は小さく笑い部屋へ戻る。
それからしばらくして七竜将は部屋から出て店の方へ顔を出し挨拶を済ませると顔を洗うなどを済ませて店へ向かった。店のテーブルでは全員分の皿が並べられており、既にバロン達は朝食の準備を終えている。
「おはようございます」
「おはようございます、皆さん。朝食の準備はもう出来ています。ささ、座ってください」
「すいませんねぇ、毎朝お世話になっちゃって・・・」
テーブルに並べられている朝食を見て申し訳なさそうな顔をするヴリトラ。いくら命を救った恩人だからと言って、何時までも厄介になる訳にはいかない。そう感じて頭を下げるとバロンは手を振りながら言う。
「何を言いますか。貴方がたがいなかったら儂等はこうして朝を迎える事は出来なかったのです。まだ足りない位ですよ」
「し、しかし・・・」
「儂らの事はお気にせず、自分の家だと思ってくつろいでください」
いくらなんでもこれは申し訳ないと思った七竜将達は少し困ったような顔をして互いの顔を見る。マリはヴリトラの手を引っ張り、席へ着かせるとキャサリンがエルメトンと野菜の乗った皿をヴリトラ達の前に並べられた。席に着いた七竜将は早く自分達の拠点を探そうと考えるが、まずは朝食を済ませる事にし、テーブルの上に乗っている朝食を見る。
「美味しそうだね」
「ああ。これはスクランブルエッグなんすか?」
皿の上のエルメトンを見てキャサリンに訊ねるジャバウォック。キャサリンはエルメトンを見て小首を傾げながら答えた。
「スクランブルエッグ?これはエルメトンと言って卵の黄身を崩してフライパンで焼いたものですが」
「作り方はスクランブルエッグと同じだな」
「こっちの世界ではエルメトンって言うみたいだね?」
ジャバウォックとリンドブルムは皿の上に乗っているエルメトンをフォークで刺して口に運びながら話す。周りではヴリトラ達が皿の上の朝食をあっという間に食べてコップの中の飲み物を飲んでいた。
「このコップの中の物は、ミルクですか?」
「はい、とても栄養があって家では毎朝必ず飲んでいます」
コップの中を覗きながらキャサリンに尋ねるニーズヘッグは残りのミルクを一気に飲み干した。周りでも皆がコップの中のミルクを飲んでおり、リンドブルムとマリの口の周りにはミルクが付き白くなっている。それを見たヴリトラ達は笑いながら二人の顔を見た。
「ところでさ、今日はどうするんだ、ヴリトラ?」
朝食を終えたニーズヘッグがミルクを飲んでいるヴリトラに尋ねると、ヴリトラはコップを置いて周りのリンドブルム達を見回して今後の事を話しはずめる。
「とりあえず昨日と同じように二手に分かれよう。片方は町を回って元の世界へ戻る為の情報を得る。もう片方は俺達の拠点になる空き家や物件を探す事」
「OK、それじゃあ昨日探索に行ったチームが今度は拠点探しに行くって事だよね?」
ヴリトラの話を聞いていたリンドブルムが昨日とチームの役割を交代すると話し、ジャバウォック達もそれに賛成なのか何も言わずに黙って頷く。
「皆さん、儂等はずっと此処にいてくださっても一向に構いませんのですぞ?」
命の恩人であるヴリトラ達を此処に済ませる事は構わないとバロンは持ちかける。だがヴリトラはそんなバロンを見てゆっくりと首を振った。
「いいえ、流石にこれ以上お世話になる訳にはいきません。いくら命を救ったと言っても、もう二日もお世話になってるんですから。そろそろ出て行かないと・・・」
「しかし・・・」
「お義父さん、ヴリトラさんがそう仰ってるのだから、無理にお泊めする必要はないでしょう?これ以上はお節介になってしまうわ」
「えぇ~!マリ、お兄ちゃん達ともっと一緒にいたい!」
キャサリンがヴリトラ達の味方をするとマリはキャサリンを見上げて駄々をこね始めた。バロンもうんうんと頷いており、そんなバロン達の会話を見ていたヴリトラ達は苦笑いをしているが正直ホッとしている。これ以上泊めてもらうと食費などが掛かりバロン達の家に悪いと罪悪感を感じていたのだ。
しばらく話をした結果、七竜将の拠点が見つかるまでは泊める事にし、その間の食費は七竜将が自分達の分の食費は自分で出すという話になった。話がまとまり、朝食の片づけをしていると、酒場の中にドアのノックオンが響く。ヴリトラ達がドアの方を向くと酒場のドアが開きラピュス、ララン、アリサと数名の騎士が入ってくる。王国騎士団の第三遊撃隊の者達だった。
「よぉラピュス。それに皆も」
「迎えに来てくれたんだ?」
「ああ。今日も町を回るのだろう?」
挨拶をするヴリトラとリンドブルムを見て頷く。実はあの事件の次の日から七竜将は第三遊撃隊の案内で町を回っているのだ。それぞれ二つに分かれて拠点を探すチームと情報を探すチームがそれぞれ遊撃隊と同行しており、効率よく情報が集まっていくのだ。そして今日もその情報集めに行く事のなっていた。
「ちょっと待っててくれ。今すぐ片付けるから」
「ああ、片付けなら私達がやっておきますから、皆さんはお出かけになってください」
「え?いいんですか?」
「ハイ」
片づけをしてくれると言うキャサリンを見てジルニトラは少し驚いて訊き返すとキャサリンは笑って頷いた。ヴリトラ達は折角の好意に甘えて片づけをキャサリン達にまかせて情報集めに出掛ける事にした。
町に出ると、七竜将はそれぞれ情報集めのチームにヴリトラ、ニーズヘッグ、ジルニトラ、ファフニールの四人。拠点探しのチームにリンドブルム、ジャバウォック、オロチの三人の2チーム分かれて行動する事になった。町には既に大勢の人が出てきており賑やかになっている。
「今日は昨日より賑やかだな?」
「そうか?私達にはいつもと同じに見えるが」
町を見回しながら歩いているヴリトラにラピュスはチラチラと見ならが歩いていた。ヴリトラ達情報集めチームにはラピュスとアリサ、三人の男性騎士が同行している。騎士達、特に姫騎士は町ではとても貴重な存在と言われているのでラピュスとアリサを見た町の住民達の一部は挨拶をしたり、子供達も笑って手を振っていた。そんな手を振る子供達を見てラピュスは微笑みながら手を振り返す。
「へぇ~」
「な、何だ?」
「お前もそんな顔するんだな、て思っただけだ」
「そ、それはどういう意味だ?」
「何でもありませ~ん♪」
頬を赤くしてヴリトラの顔をジッと見つめるラピュス。普段騎士としてクールな表情をしているラピュスの意外な一面を見たヴリトラは何処か楽しそうだった。そんな二人の様子を見ながらニーズヘッグ達は二人の後ろを歩いている。
「何だか楽しそうだな、あの二人」
「そうね」
「確かに楽しそうにしてますね、隊長」
ラピュスを見て呟くアリサ。その顔は何処か嬉しさが感じられた。アリサから見てヴリトラと会話をしているラピュスはまるで今まで引っ込み思案だった子が突然明るい性格になって楽しそうにしている様に見えたのだ。
嬉しそうな顔をしているアリサを見て、ニーズヘッグ達は不思議そうな顔を見せる。
「どうかしたのか?」
ニーズヘッグの質問にアリサはフッと我に返りニーズヘッグの方を向く。
「隊長は姫騎士になってからいつも家の事ばかりを考えて騎士の仕事に熱中していたんです。そのせいか年頃の女の子みたいにオシャレをしたり笑ったりする事は殆どなくて・・・あんな楽しそうな顔の隊長を見るのは騎士訓練生だった時以来です」
「姫騎士になってから仕事に熱中って、どういう事?」
「姫騎士なった人は無条件で貴族の仲間入りをするという事は知っていますか?」
「そう言えばキャサリンさんがそんな事を言ってたわね・・・」
アリサの説明を聞いたジルニトラはキャサリンから教えてもらった姫騎士の事を思い出した。ニーズヘッグとファフニールもジルニトラの話しを聞いて初めてキャサリン達と出会った時の事を思い出す。
「貴族になると色々な権利を得たり、やらなくてはいけない事が増えます。貴族にしかできない条約を結んだり、貴族は必ず参加しないといけない話し合いに参加しないといけないとか仕事は増えるんです。隊長は幼くしてお父様を無くしました。ですから一人で残されたお母様を支えるために騎士として腕を上げ、地位を高めて来たんです」
「そうだったのか・・・」
「ラピュスさんも大変なんですね」
ラピュスの家の事情を聞いてニーズヘッグとファフニールは意外そうな表情を浮かべた。ラピュスが平民出身の貴族だという事は知っている。だが、幼い時の父を亡くし、一人で母を支えてきたという事は知らなかった。二人はラピュスの隣で楽しそうにしているヴリトラをジッと見る。
「ヴリトラとラピュスはどこか似ているのかもしれないな」
「うん・・・」
「アイツも子供の時に家族と死別したからね」
「え?・・・そうだったんですか・・・」
三人の話を聞いたアリサはヴリトラの方を向く。普段おちゃらけているヴリトラにそんな辛い過去があったと知ったアリサは少し意外そうな顔でヴリトラを見つめる。
ニーズヘッグ達がそんな話をしている事も知らずにヴリトラとラピュスは会話をしながら歩いていた。しばらく歩いているとヴリトラ達は一軒の出店の前にやって来て足を止める。店の上の看板にはファムステミリアの文字が書かれたあり、七竜将のメンバーは読む事はできないが店の前には沢山の野菜や果物が並べられているのを見てどんな店なのかすぐに分かった。
「ここは八百屋か?」
「ヤオヤ?お前達の世界ではそう呼んでいるのか?」
「ああ。と言っても、そう言っているのは日本だけだけどな・・・」
「ニホン?何だ、ヤオヤと言うのは本数で数える物なのか?」
「い、いや、そう言う訳じゃ・・・」
うまく話が噛み合わない事に困るヴリトラを見て不思議そうな顔を見せるラピュス。それを離れた所で見ていたニーズヘッグ達は本人達に気付かれない様に笑っていた。
自分達が笑わえている事に気付かずに二人は噛み合わない会話を続ける。
「そのニホンと言うのがヤオヤの数え方なのか?」
「いやいや、違うんだ。日本とって言うのは国の名前で、八百屋は・・・」
ヴリトラが何とかラピュスに自分の言いたい事を伝えようとしていると、何処からか高い女性の声が聞こえてきた。
「あらあら、相変わらず田舎臭い考え方をしていますね?ラピュスさん」
「!」
突然の声に反応して鋭い表情で声の聞こえた方を向くラピュス。それと同時に笑っていたアリサも同じように驚きの表情で声のした方を見た。
いきなり鋭い表情を見せるラピュスと驚きの表情を見せるアリサ。そんな二人に反応して目を丸くするヴリトラ達。一体何が起きたのか、そして声の主は何者なのか・・・。




