第百十一話 海からの襲撃! 火を吹く人魚の砲塔
海賊船を襲撃した黒い船の正体はブラッド・レクイエム社だった。海賊との戦いが終わった矢先にヴリトラ達が最も恐れていた敵が現れ、カルティンの町にその牙が向けられようとしている。ヴリトラ達は近づいて来るブラッド・レクイエム社に大きな緊張と走らせるのだった。
オロチからブラッド・レクイエム社の話を聞いたヴリトラ達は驚きのあまり表情を固める。その中でパージュは話の内容が理解できずに不思議そうな顔をしていた。
「ブラッド・レクイエムが・・・?」
「ああ、間違いない。奴等のマークを確認した・・・」
「何てこった、武術大会に続いてこのカルティンの町にも現れるなんて!」
ヴリトラは前回の武術大会での敗北を思い出すのと同時にまたブラッド・レクイエム社が何かを企んでいると感じ取って表情を歪めた。周りでもラピュス達が同じように表情を歪めて黙り込んでいる。
そんな中、座り込んでいたパージュが立ち上がりヴリトラ達を見つめて口を開く。
「お、おい、さっきから何を言ってるんだよ、アンタ達?」
「・・・パージュだったな?」
「え?あ、ああ・・・」
確認する様にヴリトラに名前を呼ばれて返事をするパージュ。ヴリトラは横になっているシャンとザザムスを一度見下した後に街の方を指差した。
「急いで町へ戻って皆に建物の中に隠れるよう伝えてくれ!」
「え?いきなり何だい?」
「今から此処にこの世界で一番危険な奴等がやって来る。そして俺達はソイツ等と一戦おっぱじめるから巻き込まれない様に隠れてろ!」
「え?ええ?」
全く話が理解できないパージュは混乱している。
「ああ~~っ!もう!・・・要するにこれから此処で戦争が始まるからアンタ達は怪我しない様に避難しろって言うのよ!分かるでしょう!?」
シャンとザザムスを診ていたジルニトラが痺れを切らせたのか立ち上がってパージュに方を向きながら自分達の立っている港を指で差す。突然立ち上がって声を上げるジルニトラにパージュは勿論、ヴリトラ達も目を丸くしてジルニトラを見つめている。パージュはその迫力に驚きコクコクと頷いた。
そんな会話の中、横になっていたザザムスの意識が戻り、ザザムスはゆっくりと目を開けて起き上がった。それに気づいたヴリトラ達も一斉に彼の方を向く。
「ん・・・んん?何処じゃ此処は・・・?」
「爺さん!」
ザザムスが目を覚ました事にパージュは喜びザザムスの前で姿勢を低くした。ザザムスもパージュに気付いて彼女を顔を見るなり驚きの表情を見せる。
「お、お前さんはパージュ!どうして此処に?・・・・・・ああぁ、そうか。お前さんは港での戦いで戦死してしもうたんじゃな?・・・そして儂も船を襲撃されてその爆発で・・・」
「バカ!何言ってるんだい!?此処はあの世じゃないよ!」
「・・・何?で、では、儂はまだ生きておるのか?」
「当然だろう!ちゃんと足、付いてるじゃないか?」
パージュはそう言ってザザムスの足を指差した。それを見てザザムスも改めて自分が生きている事に再確認して安心の表情を見せる。
(足が付いているから生きてるって・・・なんか古い確認の仕方だな・・・)
二人の話を聞いていたヴリトラはジト目で二人を見ながら生きているかの確認方法の古さを感じていた。
ザザムスは自分が生きている事を確認した後に周りで自分達を見ているヴリトラ達に気付いて驚きの表情を見せる。
「それより、この者達は・・・?」
「ああ・・・アタイ達が戦っていた連中だよ」
「何?では、この者達が七竜将と言う傭兵隊か?」
「そう。ついでに言うと、アタイ達と爺さんとシャンを助けてくれた連中だよ・・・」
「ついでって酷い言い方だね・・・」
不満そうに説明するパージュを見て苦笑いをしながら呟くリンドドブルム。周りでもオロチ以外の全員が苦笑いをしている。ザザムスはさっきまで戦っていた相手が自分達を助けてくれた事に驚く。仲間を殺した事の恨みよりも驚きの方を強く感じていたのだ。
「そうか、アンタ達が儂とお嬢を・・・」
「話は後にしてください、お爺さん。もうすぐ此処に貴方達を襲った連中がやってきます。急いでパージュさん達を連れて街へ行ってください!」
「な、何じゃと?」
リンドブルムはブラッド・レクイエム社がやって来る事をザザムスに伝えて街へ避難するよう話す。ザザムスは突然町へ避難しろと言われて少し戸惑っていたが、沖の方で燃えている海賊船を見て今がどんな状況なのかを考え始める。そしてパージュの方を向いた後に再びヴリトラ達の方を見た。
「まだ上手く状況は把握できておらんが、今からとんでもない事が起きるという事とアンタ達がもう儂等の敵ではない事は分かった。とりあえず、言うとおりにしよう・・・」
「理解してくれて助かるよ」
物分りの言いザザムスを真面目な顔で見ながら頷くヴリトラ。ザザムスの話を聞いていたパージュは未だに意識の戻らないシャンを抱き上げてヴリトラ達の方を見る。
「とりあえず、建物の中に避難しろって皆に伝えればいいのかい?」
「ああ、そうだ」
「・・・・・・分かった、とりあえず今はアンタ達を信じるよ」
状況を考えて流石のパージュもヴリトラ達を信じる事にしたようだ。
「あんがと・・・ラピュス、ララン、三人を連れて街へ行ってくれ。それで街中の拠点にいる連中に避難するよう伝えるんだ」
「分かった!避難が終わり次第、私も戻る」
「・・・うん」
ヴリトラは自分の後ろに立っているラピュスとラランの方を向いて二人に指示を出し、それを聞いた二人も真剣な表情で頷く。そしてラピュスとラランはパージュ達を連れて中央の街道を通り、街へと戻って行く。そしてそれと入れ違う様に右の街道からジャバウォックとニーズヘッグが現れてヴリトラ達の下へ駆け寄って来た。
「皆ぁ!大丈夫か?」
ニーズヘッグの声に気付いたヴリトラ達は一斉に振り返りニーズヘッグとジャバウォックの姿を見つけた。
「やっと来たのね?アンタ達」
「遅いよ、二人ともぉ~!」
「無茶を言うな、これでも全速力で走って来たんだぜ?」
「ああ、普通の人間だったらもっと時間が掛かってたんだ。大目に見てくれよ」
遅かった事に文句を言うジルニトラとファフニールに少し疲れた様子で言い返すジャバウォックとニーズヘッグ。二人の言うとおり全力で走って来たらしく、ジャバウォックとニーズヘッグの額には微量の汗が浮かんでいた。
「話はそこまでだ。もうすぐ此処にブラッド・レクイエムの船がやって来るぞ?気を抜くな・・・」
「何?・・・ブラッド・レクイエム!?」
「どういう事だよ、そりゃあ?」
話に加わり、状況を話すオロチの言葉に驚くニーズヘッグとジャバウォック。二人はまだブラッド・レクイエム社の存在を知らないので話の内容が理解できなかった。オロチは今どんな状況なのかを二人の短く、そして分かりやすく説明する。
説明を聞いて現状を理解したジャバウォックとニーズヘッグは真剣な表情を見せながら沖の方で燃えている海賊船を見つめた。
「海賊船をあそこまで無残な姿にするって事は、奴等はかなりの武装をしていると考えて間違いねぇな」
「ああ、船首の方には小型の砲塔が付いていた。恐らくそれで海賊船を攻撃したのだろう・・・」
沖の方を見つめながら警戒しブラッド・レクイエム社の船が現れるのを待ちながら話をするジャバウォックとオロチ。ジャバウォックの隣ではニーズヘッグがアスカロンを鞘から抜いて難しい顔をして沖の方を見つめていた。
「しかし、ジープといい船といい、奴等はどうやってこっちの世界に運んで来たんだ?」
「・・・前にヴリトラ達がジークフリートから聞いたユートピアゲートって言う装置を使って運んだんでしょう?」
「だが、そうなるとそのユートピアゲートはどんな巨大な物でもこのファムステミリアに送ることができるって事ができるって事になる。更に奴等はこっちと向こうの世界を自由に行き来する事も可能だ。・・・だとすると色んな意味でヤバい事になるぞ」
「色んなって、どんな?」
リンドブルムがニーズヘッグの方を向いて尋ねると、ファフニールが沖の方を指差して声を上げた。
「見て!船が一隻近づいて来るよ!黒くて前の方に砲台が付いてる!」
ファフニールの声を聞いてヴリトラ達は一斉に目を凝らした。確かに燃え上がる海賊船の方から黒い中型船が一隻、自分達に向かって近づいて来る。そして船首側の甲板の上には数人のBL兵がMP7やPSG1が握れていた。
甲板から港になっている七竜将を確認したBL兵の一人が無線機を手に取り何処かへ連絡を入れ始めた。
「敵の姿が確認できた。間違いない、七竜将だ!」
「やはりそうか。よし、お前達はそのまま警戒を続けろ。攻撃許可が下り次第、攻撃開始だ!」
「分かった!」
無線機から聞こえて来た声に返事をして無線機をしまったBL兵はPSG1を構えてスコープを覗き込んで何時でも発砲できるようにした。
船のブリッジでは数人のBL兵が通信機やレーダーの機材を操作しながら作業をしており、操舵手と思われるBL兵が舵輪を動かしながら港を見つめていた。
「あと500mで湾内に入ります。隊長、いかがいたしますか?」
操舵手が後ろを振り返り尋ねる。ブリッジの中央では一人の女性が椅子に座り、足を組みながら前をジッと見ている。銀色の長髪に黒に赤いラインが入っている特殊スーツを着ており、両腕と両足の大腿から爪先まで黒い機械鎧となっている美女だった。どうやら彼女が隊長と言われた機械鎧兵士の様だ。
「・・・ねぇ?」
「ハイ?」
隊長は通信を担当しているBL兵に声を掛け、呼ばれたBL兵も彼女の方を向いて返事をする。
「さっきの通信の内容、確かなの?」
「ええ、見張りの者からの連絡ですので間違いないかと・・・」
「ふ~ん・・・」
隊長は肘掛けに両腕を乗せ、力の無い声を出す。そして遠くの港を見つめながら退屈そうな表情を見せた。
「あの港にいるのがエント君とスケルトン君を倒したっていう有名な傭兵隊、七竜将なのねぇ~?」
「ハイ。既に我が社の機械鎧兵士もかなりの数が奴等によって倒されています」
操舵手が舵輪を操作しながら隊長に説明をし、それを聞いた隊長は退屈そうな顔のまま欠伸をした。
「ふぁ~、でも所詮は子供の集まりでしょう?中には大人も何人かいるみたいだけど、そんな連中に負けるなんてあの二人も腕が鈍ったって事よね~。それとも簡単に殺されるほど油断してたのかしら?」
戦死したエントとスケルトンを非難する隊長。彼女にとっては戦死した仲間など、どうでもいい存在のようだ。そこへ通信担当にBL兵が隊長に声を掛けてきた。
「隊長、湾内に入るまであと300mです」
「そう」
隊長はゆっくりと立ち上がってブリッジの出入口の方へ歩いて行く。
「私は甲板へ出るから、あとよろしく」
「「了解!」」
隊長の指示を聞き、操舵手と通信担当が揃って返事をする。隊長はそのままブリッジを後にした。
港では七竜将の七人が自分達の武器と手に取り、何時ブラッド・レクイエム社が攻めて来ても直ぐに動けるように万全の状態でいた。
「少しずつ近づいて来てるよ」
「ああ、しかもよく見ると甲板に数人のブラッド・レクイエムの兵士もいやがる。武装はMP7とPSG1だな」
湾頭に近づいて来るブラッド・レクイエム社の黒い船と船首の甲板に立ち七竜将を見つめているBL兵達を見て気を引き締めながら言うリンドブルムとジャバウォック。
「アイツ等がスナイパ―ライフルで撃ってこないところを見ると、まだ射程可能な距離まで近づいていないって事ね」
「それはいいけど、逆に私達の持ってる銃でもブラッド・レクイエムに攻撃できないって事になるよ?」
「しかも、私達には奴等の様に遠くにいる敵を攻撃する武器は持っていない。更に言えば向こうには小型とは言え砲塔がある、こちらの方が明らかに不利だ・・・」
サクリファイスを肩に担いでいるジルニトラとギガントパレードを両手で持つファフニール、そして斬月を担いで冷静な声で話すオロチ。三人はそれぞれ敵の戦力の戦況を分析してこれからどのような戦いになるのかを話した。
「マズイな、遠距離から攻撃され続ければ俺達に勝ち目はない。近づこうにも遠くにいる敵に近づけるのは飛行装置を持つオロチだけだ・・・」
ヴリトラがゆっくりとオロチの方を向き、オロチも自分を見るヴリトラの方を見つめる。
「・・・だからと言ってオロチ一人に戦ってもらう訳にもいかない。何より向こうには対空用の重機関銃があるんだ、近づけばオロチでもただじゃ済まないだろう」
「ああ、私も機械鎧兵士とブローニングM2を一人で相手にするのはキツイ・・・」
敵の武装を見て困り顔をするヴリトラとクールな表情で頷くオロチ。他のリンドブルム達も自分達が不利に表情が少し曇った。すると、ニーズヘッグだけは表情を変える事無くジッと船を見つめている。
「大丈夫だ。奴等は必ず近づいて来る」
「どうして分かるの?」
リンドブルムが尋ねると、ニーズヘッグは船の方を指差しながら説明を始めた。
「確かに奴等の武装はこっちよりも優れているさ。だけど俺達の反撃を受けない様に攻撃するには少なくとも湾頭の手前から攻撃する必要がある。でもそんな長距離から攻撃できる武器はスナイパ―ライフルぐらいしかない。でもスナイパ―ライフルの弾にも限りがある、撃ち続けていれば必ず弾は無くなり他の武器の攻撃が届く距離まで近づかないといけないって事だ」
「・・・つまり、アイツ等は必ず湾内に入ってくるって事だね?」
「ああ。もっとも、機械鎧兵士に銃器だけで勝てるって思うほど奴等はバカじゃない。必ず機械鎧兵士達を上陸させて攻撃して来るはずだ」
ブラッド・レクイエム社は必ず上陸して白兵戦を仕掛けてくる。そう確信しているニーズヘッグを見てヴリトラ達も少し余裕が出て来たのか小さく笑った。そんな七竜将を船の甲板から覗いているBL兵達。そこへ隊長である女性がやって来て腕を組みながら笑った。
「ウフフフ♪もうすぐね・・・さぁ皆!もうすぐ湾内に入るわよ。狙撃班はライフルを構えて!砲塔の発射準備を急がせる!」
隊長は甲板にいるBL兵達に的確に指示を出していき、BL兵達も言われたとおりに動いた。砲塔がゆっくりと動き出して砲身を七竜将に向ける。PSG1を持っているBL兵達も狙撃姿勢に入り狙いを定めた。
「さて、七竜将?貴方達も海賊の様に無残に吹き飛ばして上がるよ。この『マーメイド』ちゃんがね♪」
自分をマーメイドと呼ぶ隊長は笑いながら七竜将を見て右手をゆっくりと上げた。港では甲板で何か動きがあった事に気付き、七竜将が警戒心を強くする。
「見て、甲板の機械鎧兵士達が動いた!」
「しかも一人、他の兵士と雰囲気の違う女がいるわ」
「間違いなく、あの人が隊長だね」
リンドブルムとジルニトラが甲板を見ていると、ジッと砲塔を見ていたヴリトラが何かを感じ取った様に反応して表情を急変させる。
「・・・ッ!散開しろ!」
「「「「「「!」」」」」」
ヴリトラの声を聞いて一斉に反応するリンドブルム達。そしてそれと同時に船の甲板にいるマーメイドが上げていた手を振り下ろした。
「撃てぇーー!」
マーメイドの合図で砲塔が火を吹いた。砲口から砲弾が吐き出されてもの凄い速さで七竜将に向かって飛んで行く。だが七竜将はヴリトラの素早い指示によって全員が大きく跳んで回避行動を取り砲弾をかわした。そして砲弾は七竜将が立っていた所に当たり、大爆発を起こす。
「あっぶねぇ~!間一髪だったな」
砲弾をかわしたニーズヘッグは爆発した所を見て肝を冷やす。ニーズヘッグは港の右側に跳んで砲弾をかわし、彼の近くではリンドブルムとジルニトラ、オロチの三人が立っている。一方で港の左側にはヴリトラの姿があり、彼の後ろにはジャバウォックとファフニールがいる。三人はニーズヘッグ達と反対の方へ跳んで砲弾をかわしたようだ。
「大丈夫かぁーー!?」
「ああ、こっちは全員無事だ!そっちはどうだ?」
「こっちもだぁ!」
お互いに仲間の無事を確認し合うヴリトラとニーズヘッグ。だがそこへブラッド・レクイエム社の銃撃が襲い、七竜将はそれぞれ動き出した。
「おいヴリトラ、奴等攻撃して来たぞ!?」
「ああ、分かってる。奴等は港に近づくまでは砲撃とスナイパ―ライフルの銃撃で攻撃して来るはずだ。障害物に隠れようにも、砲塔の前には何の意味も無い。こっちが攻撃できるようにあるまで回避に専念するんだ!」
「了解した!」
「うん!」
ヴリトラの指示を聞きて返事をするジャバウォックとファフニール。ニーズヘッグ達も皆との反対側で同じ事を考えていたのか、隠れようとせずに港の中は走り続けた。それを確認したヴリトラは湾頭の前にいる黒い船を見つめて鋭う表情を見せる。
「今度はブラッド・レクイエムとの戦いだ、海賊の時の様には行かないぜ!」
仲間達に話す様に力の入った声で独り言を言うヴリトラ。港で海賊の戦いよりも更に激しい戦いが遂に始まったのだった。
港に攻め込んで来たブラッド・レクイエム社の黒い船。そしてその船に乗るブラッド・レクイエム社の部隊長であるマーメイド、七竜将は砲塔を持つ彼女達にどう立ち向かうのだろうか!?