第百十話 海賊船炎上! 迫り来る新たな戦いの影
街で戦っている仲間を残して逃亡した海賊船。しかし沖まで移動したところを謎の黒い船の攻撃を受けて撃沈されてしまう。その時に起きた爆発で海賊船が襲撃された事を知ったヴリトラ達にも緊張と衝撃が走った。
港から沖の海賊船を見ていたオロチから襲撃の報告を受けたヴリトラや他の七竜将のメンバー達。中央の街道の仮拠点ではヴリトラとジルニトラがオロチの報告を聞いて驚いており、ラピュス達も二人の表情を見て緊張を走らせていた。
「海賊船が爆発したって、どういう事なんだ!?」
「えっ!?船が爆発?」
ヴリトラの言葉を聞いたパージュが驚いて立ち上がる。近くにいた他の海賊達も驚いて一斉にヴリトラの方を向いた。
驚くヴリトラの声を聞いて、小型通信機の向こう側にいるオロチは冷静にその質問に答える。
「分からん、此処からでは双眼鏡を使ってもよく見えない。ただ、さっきの大爆発が起きる前に数回小さな爆発が起きた・・・」
「小さな爆発?」
「ああ、まるで船の上で戦闘が起きたかのようにな・・・」
「戦闘?」
難しい顔をして考えるヴリトラは一度オロチとの通信を止めて驚くパージュ達の方を向いた。
「おい、アンタ達の海賊団では仲間割れが起こりそうな緊張状態があったのか?」
突然のヴリトラの質問に驚く海賊達。一度互いに顔を見合って何かを確認する様に視線を送ると一人の下っ端が質問に答えた。
「ああ。さっき説明したように俺達の一味は先代の船長が死んでロージャックが船長になってから海賊の有り方が変わっちまった。それで一味の中にはそれに納得ができない者とロージャックについて行く者とで二つに分かれたんだ。だが、船長に逆らえないって言いなりになる連中が殆どで半分以上がロージャックのやり方に疑問を抱いていたんだよ」
下っ端はさっきの大爆発が起きる前にヴリトラ達にソフィーヌ海賊団の現状を話していたのだ。それを聞いていた為、ヴリトラ達もある程度はソフィーヌ海賊団が変わってしまった原因と現状を理解していたが、まだ詳しくは聞いていなかった。
ロージャック自身は仲間達が自分のやり方に賛同してくれていると思い込んでいたようだが、実際のところは彼のやり方に賛同していた者は数える位しかいない。故に何時一味の中で反乱が起きてもおかしくない状態だったのだ。
「その中でもザザムスの爺さんは先代との付き合いが最も長くてロージャックのやり方には強く反発していたんだ。ロージャックの奴も最初は先代のことを尊敬していたんだが、船長になってから支配欲に囚われて行って今の様になっちまったんだよ・・・」
「色々事情があるのね・・・」
下っ端の話を聞いていたジルニトラは同情する様に下っ端を見つめて言った。
「だが、仲間同士で殺し合うような事は絶対にしない!それも先代が決めた掟の一つで俺達はそれをずっと守って来たんだ」
「つまり、少なくとも海賊船で起きた爆発は仲間割れで起きたものではないって事だな?」
「ああ、間違いねぇ!ロージャックも今回の戦闘で人員をかなり失ったから無駄に命を奪おうなんてしないだろうからな」
下っ端の話を聞いてヴリトラが結論を出すと、彼は再び小型通信機を通してオロチに声を掛けた。
「オロチ、爆発は海賊同士の戦闘で起きたものではないらしい」
「根拠はあるのか?いくら同じ海賊に言葉でも今の船長はかなり横暴な奴なのだろう?ちょっとした拍子に争いを起こしても不思議ではないと思うが・・・」
小型通信機を通して下っ端の話を聞いていたのか、オロチはロージャックが自分から仲間を襲ったと考えているらしい。だがヴリトラは真剣な表情で口を開いた。
「奴も昔は先代の考えに賛同していたんだ。少しぐらいは掟に従おうという気持ちがあるだろうし、人員が少ない今は無駄に減らしたくないだろうと彼等も言っている」
ヴリトラは下っ端が話した言葉をオロチに伝え、仲間割れで起きたものではないと話した。オロチはいまいち納得できない様子だが、今の状況で最も可能性が大きいと考えているのか何も言わずに黙って話を聞いている。
「それに沖に出た状態で船上で戦闘が起きれば船も無傷じゃ済まない。下手をすれば船が沈んでアイツ等はお終いだ、海賊がそんなバカな事をするとは思えない。にもかかわらず船の上で爆発が起きた・・・俺は誰かが海賊船を攻撃してその攻撃で船が大爆発を起こしたと考えてる」
「私達以外に海賊を攻撃した者がいる・・・?」
「少なくても俺達の中には沖に出た海賊船を攻撃できるような奴はいない」
自分達以外に海賊船を襲撃した者がいると考えるヴリトラ。この時のヴリトラ達はまだ海賊船を襲撃した黒い船の存在には気付いていなかった。故に海に別の存在がいる事に気付いていない。
オロチは双眼鏡を使って海上で炎上している海賊船を見て状態を再確認した。
「私達はもう少し此処で様子を窺う。お前達も一度港に来てくれ・・・」
「分かった。皆、聞こえただろう?一度港に集まってくれ!第三遊撃隊と自警団の人達にはそのまま町の見回りをしてもらってくれ」
「「「了解!」」」
小型通信機からジャバウォック、ニーズヘッグが聞こえ、ヴリトラの前にいるジルニトラも同時に返事をする。そして小型通信機のスイッチを切るとヴリトラはジルニトラの方を向いて頷き、今度は隣にいるラピュスの方を向いた。
「俺とジルニトラはこのまま港へ行く。ラピュス、お前はどうする?」
「一緒に行こう。もし何かあったら遊撃隊の皆に直ぐ指示が出せる様に状況を確認して起きた」
「分かった。それじゃあ・・・」
「待って!」
三人が出発しようつすると、突然パージュが声を掛けて来た。ヴリトラ達は足を止めてパージュの方を向いた。
「アタイも連れてってくれ」
「え?」
「アンタ達の話を聞いただけじゃ船が沈んだなんて信用できない。アタイが直接確かめる」
「お、おいパージュ!」
まだ完全にヴリトラ達の事を信用していないのか、パージュも同行すると進言する。それを聞いたヴリトラは頭を掻きながら溜め息をつく。
「ご自由に・・・」
何を言っても無駄だろうと感じてヴリトラはパージュの同行を認める。ラピュスとジルニトラもヴリトラの同じ気持ちなのか少し困った様な顔でパージュを見ていた。
「それじゃあ、改めて行くぞ?」
ヴリトラ達は仮拠点を出て街道を走って港へと向かう。パージュは胸に痛みのせいで三人よりも少し走る速さが遅かったが、走れない様な状態ではなく痛みに耐えながらヴリトラ達の後をついて行った。
同時刻、オロチが乗っている屋根の倉庫の前ではリンドブルム、ララン、ファフニールの三人もジッと沖の方で燃えている海賊船を見て驚いている。
「凄く燃えてるね・・・」
「あの爆発じゃあ船が沈むまで三十分も持たないよ・・・」
「・・・乗っていた海賊達は?」
「多分、あの炎に巻き込まれて・・・運よく海に落ちても此処までは距離があり過ぎる。海賊でも泳ぎ着くのは難しいと思うよ・・・」
海賊達が助かる可能性は低い、そう考えて暗い表情で沖を見つめるリンドブルム。ファフニールも可哀そうに思っているのかジッと黙って炎上している海賊船を見ていた。その時、屋根の上から双眼鏡を覗いていたオロチが何かを見つけて目を凝らした。
「・・・!あれは・・・」
オロチが双眼鏡で燃えている海賊船の近くを見ると、大きな木片にしがみ付いて海に浮かんでいる少女とザザムスを見つけた。双眼鏡を覗くのを止めて倉庫の前にいるリンドブルム達を見下ろす。
「海賊船の近くで誰かが浮いているぞ・・・!」
「え?浮いてるって、人が?」
「ああ、子供と老人だ・・・!」
オロチの話を聞いてリンドブルム達は驚きの表情でオロチを見上げる。するとオロチは突然持っていた斬月を三人の前に落とし、持っていた双眼鏡をリンドブルムに向かって投げた。突然投げられた双眼鏡をリンドブルムは驚きながらも何とかキャッチする。
「わっととと!どうしたの?」
「あの子供と老人を助けに行く・・・」
「行くって、どうやって?」
「忘れたのか・・・?」
そう言ってオロチは自分の両足の機械鎧を起動させると足の裏のジェットブースターを点火させて浮き上がった。それを見たリンドブルムとファフニールはオロチが七竜将で唯一空を飛べる存在という事を思い出す。
「あっ!そっか!」
「オロチは空が飛べたんだったね?」
「子供と老人くらいなら一緒に飛べるだろ。行って来るから斬月を頼むぞ・・・?」
そう言ってオロチはジェットブースターの火力を上げて海賊船の方へ飛んで行った。飛んで行くオロチを見ながら手を振るファフニールと双眼鏡を覗き海賊船の様子を窺うリンドブルム。その隣ではラランがオロチの飛ぶ姿を見て改めて彼女の飛行能力に驚いていた。
「・・・やっぱり、空を飛べるって凄い」
「僕達もしばらく飛ぶ姿を見てなかったからスッカリ忘れてたよ、アハハハ・・・」
リンドブルムは双眼鏡を覗き込んだまま苦笑いをした。すると中央の街道からヴリトラ達が港にやって来てリンドブルム達の下へ駆け寄って来る。
「おい、リンドブルム!」
「あっ、ヴリトラ」
「今、オロチが飛んで行ったが、一体どうしたんだ?」
「うん、何かオロチが海賊船の近くで子供とお年寄りが浮いてるって助けに行ったんだ」
「子供とお年寄り?」
ヴリトラの隣でラピュスが不思議そうな顔で小首を傾げ、ヴリトラ達は沖の方を向く。そして遠くで燃え上がっている海賊船を見つけて驚くのだった。
「うわぁ・・・凄い事になってるわねぇ・・・」
「マストも全部折れちまってるしな」
炎上して今にも沈んでしまいそうな海賊船を見つめるジルニトラとヴリトラ。その光景をヴリトラ達のついて来たパージュが目を見開きながら見つめており、ゆっくりとその場に座り込んだ。
「そ、そんな・・・アタイ達の船が・・・」
「・・・・・・」
ショックのあまり固まってしまったパージュをラピュスは気の毒そうに見つめている。リンドブルム達もパージュの存在に気付いて彼女を見つめた。
「ヴリトラ、その人は?」
「パージュだ。あのソフィーヌ海賊団の一人さ」
「えっ?敵を連れてきちゃったの?」
「もう戦いは終わったんだ。彼女や他の海賊も戦意を無くしてる、大丈夫だろう」
「フゥ、ヴリトラって大胆と言うか気まぐれと言うか、そういう時がたまにあるよね?」
「本当だね」
ヴリトラの行動に呆れる様な顔をするリンドブルムと苦笑いで同意するファフニール。ジルニトラも同じ事を少し前に言っていた為、二人の方を向いて苦笑いを見せる。
港でヴリトラ達が話をしている時、オロチは海面すれすれを飛んで海賊船へ向かっていた。向かう途中には爆発によるものなのか、小さな木片が海面に幾つも浮いており、その中には火がついている物もある。そして変わり果てた海賊達も浮いていた。
「酷い光景だな。一体どうしてこんな事が・・・」
周りを気にしながらオロチは急いで海賊船へ向かって飛んで行った。ようやく海賊船の近くまで到着すると、木片に捕まって意識を失っている少女とザザムスを見つけて近づき目の前で停止した。
「おい、大丈夫か・・・?」
オロチが二人に声を掛けるが返事は無い。
「気絶してるのか。いずれにせよ、このまま海水に浸かっていると体力も無くなる。急いで連れて帰らなくては・・・!」
オロチは二人の真上まで移動してゆっくりと少女とザザムスを持ち上げる。腕と脇で二人を挟み、ゆっくりと上昇して燃え上がる海賊船を見つめた。
「・・・他の海賊達はもうダメだろう。まずはこの二人の手当てを・・・・ん?」
オロチはふと海賊船の船首の方を向く。そして海賊船の陰から出てくる黒い中型船を見つけた。大きさは遊覧船ほどで船全体は黒く、船首の甲板には小型の砲塔が付いている。そして船の端には四つの「ブローニングM2」が船を囲む様に取り付けられていた。恐らく対空用に装備された物だろう。その中型船を見たオロチは表情を鋭くする。
「あれが海賊船を沈めたのか。黒い船とは悪趣味な・・・・・・ッ!あれは・・・!?」
姿を現した黒い船をよく見たオロチの表情が驚きの表情へと変わった。何とその黒い船の側面には赤い女性の横顔のマーク、そう、ブラッド・レクイエム社のマークが付いていたのだ。
「ブラッド・レクイエム?なぜ奴等が此処に・・・?いや、驚いている場合ではない、急いでこの事をヴリトラ達に・・・!」
嫌な予感がしたオロチは急いで方向転換をし港の方へ飛んで行く。
黒い船の上では数人のBL兵がブローニングM2を構えたり、MP7を装備して周囲を警戒していた。そしてその内の一人が港の方へ飛んで行くオロチの姿を確認した。
「あれは!?・・・おい、謎の飛行物体が港の方へ飛んで行ったぞ!」
「飛行物体?」
「ああ、パッと見たからよく見えなかったが、あれは人間だった!」
「人間が空を飛ぶ?・・・まさか俺達と同じ機械鎧兵士か?」
「とにかく、この事を隊長に知らせろ!」
「分かった!」
BL兵の一人が走って船内へ入って行く。そして残ったBL兵達はオロチが飛んで行った方を見ながら銃器を構えるのだった。
そして港ではヴリトラ達が沖の方から飛んで来るオロチの姿を確認していた。
「オロチが戻って来たよ!女の子とお爺さんを連れて来てる」
「何・・・?」
リンドブルムの言葉に放心状態だったパージュは顔を上げて彼の方を向いた。そこへオロチが戻って来たゆっくりと港へ着陸した。
「な、何だいコイツ!?空を飛んで来たよ!?」
「今はそれどころじゃないでしょう?」
オロチが飛んで来た事に驚くパージュを見て言ったジルニトラは急いでオロチの下へ駆け寄り彼女が連れてきた少女とザザムスを診た。オロチは静かに二人を寝かせ、ヴリトラ達も駆け寄り二人の様子を窺う。
「どうだ?ジルニトラ」
「・・・大丈夫、二人とも気絶してるだけよ」
「・・・・・・ッ!『シャン』!ザザムスの爺さん!」
ヴリトラの後ろから覗き込んでいたパージュは驚いて気絶している二人に近寄る。そんなパージュを見てジルニトラ達は少し驚いていた。
「知ってるの?」
「当たり前だろう!アタイと同じ海賊団の仲間だよ。先代の船長の娘とこの子の義父、シャンはアタイにとっては妹の様な存在さ・・・」
「そうだったのね・・・」
「それよりも、本当に大丈夫なのかい!?」
「安心しなさい。自分で言うのも何だけど、あたしの医術は確かよ」
ジルニトラはパージュを見て笑いながら言った。パージュは若干信用できない様な顔を見せるが今頼れるのはジルニトラしかいない為、何も言わずに黙って見守った。
ヴリトラ達もシャンとザザムスを静かに見守っていると、オロチがヴリトラを真剣な顔で見つめて声を掛ける。
「ヴリトラ、一つ悪い知らせがある・・・」
「悪い知らせ?」
「海賊船を襲った奴等の正体が分かった・・・」
「正体?・・・それの何処が悪い知らせなんだよ?」
「・・・襲った連中は、ブラッド・レクイエムだ・・・」
「何だってぇ!?」
オロチの口から出たブラッド・レクイエム社の名前にヴリトラは声を上げ、ラピュス達も驚いて表情を固める。
「そして、奴等はまだ海賊船の近くにいた。こちらに向かって来る可能性は・・・高い・・・」
ブラッド・レクイエム社がこの港にやって来る可能性が来る、それを聞いてヴリトラ達は更に驚き、新たな緊張を走らせるのだった。
海賊船を襲撃したのはブラッド・レクイエム社の船だった。そしてシャンとザザムスを救助するオロチの姿が確認されてしまい、新たな戦いが近づこうとしている。