第十話 盗賊壊滅と新たな一歩
リンドブルム達の起こした爆発により、アジトにいた盗賊の半分近くが出て行き、その陽動に乗じてヴリトラ達もアジトに突入しようとする。だがそこへアジトに残っていた残りの盗賊と盗賊頭が現れ、ヴリトラ達を取り囲んだ。だが、ヴリトラ達はそんな状況にありながらも動揺を見せなかった。
盗賊達はコートを脱ぎ捨てて戦闘態勢に入ったヴリトラ達を見て驚く。体の一部が機械化している事が信じられず、只々目を丸くして見つめていた。
「な、何だよ、コイツ等の体・・・」
「鉄の腕をつけてやがる・・・」
「よ、鎧じゃねえのか?」
「馬鹿!あんな指先から関節まで細かい鎧なんかある訳ねぇだろう。それで体にくっついてるんだぞ?」
「じゃ、じゃあ、何だよアイツ等は?化け物か・・・?」
ファムステミリアではまず見る事が無い義肢におどおどする盗賊達。勿論ラピュスも初めて見る機械鎧に驚きを隠せなかった。そんな盗賊達を見てヴリトラは可笑しそうな顔をしている。
「おいおい、俺達化け物扱いされてるぜ?」
「ぶ~!私達人間なのにぃ!」
「仕方ねぇさ。この世界じゃ機械鎧なんて物はねぇんだからな?」
自分が化け物として見られている事が気に入らないファフニールは頬を膨らませて周りの下っ端達を見る。そんなファフニールを宥めるジャバウォックはデュランダルを両手で握り前にいる下っ端達を見つめた。
ヴリトラも森羅を両手で構えて周りの下っ端達に意識を配ると、隣にいたラピュスがヴリトラの左腕を見つめている姿が視界に入った。
「お、おい、お前達のその腕は何なんだ?」
「ん?これは機械鎧って言う戦闘用の義肢だよ」
「マシンメイル・・・?」
「俺達は体の一部を失い、その部分を補うために作り物の腕や足をつけているんだ」
「それが機械鎧という物なのか?」
「ああ。この世界には義肢は無いのか?」
「義肢はある、だがお前達の物のように指や腕の形を細かく作る事は出来ない。何処でそんな物を手に入れたのだ?」
「言っただろう?俺達の元いた世界でだ」
「またその話か・・・」
機械鎧の事で話しを始めるヴリトラとラピュスにジャバウォックとファフニールも二人の方を向いて話しを聞いている。そんな彼等の様子を見ていた盗賊達は自分達を無視して理解出来ない話しをしているヴリトラ達が気に入らないのか苛立ちを見せ始める。
「おいコラ!俺達を無視して何訳の分かんない事を話してんだ!?そんなに死てぇなら望み通り皆殺しにしてやる!野郎ども、殺っちまえ!」
盗賊頭の命令で下っ端達は武器を構えて一斉にヴリトラ達に襲い掛かった。
向かって来る盗賊達に気付いたラピュス以外の三人は視線を盗賊達の方へ向け、地を軽く蹴って跳んだ。ヴリトラは目の前の下っ端を斜め切りで斬り捨て、直ぐに横にいる別の下っ端を切り払った。ヴリトラに斬られた二人の仲間を見て驚く周りの盗賊達は足を止めてヴリトラに視線を向け、武器を構える。
「コ、コイツ!一瞬で二人も・・・」
「ビビるんじゃねぇ!囲んで殺すんだ!」
盗賊達はヴリトラを三方向から攻撃を仕掛ける。だがヴリトラは焦る事無く一人ずつ正確に森羅で斬り、あっという間に自分を囲む三人の下っ端を倒してしまった。
ヴリトラから少し離れた所ではジャバウォックが愛用の大剣デュランダルを構えて目の前の下っ端に向かってデュランダルを振り下ろした。下っ端は持っている木製の盾で振り下ろしを防ごうとする、だがその大きな大剣の刃にジャバウォックの力が加わった強大な一撃を小さな木の盾で防げるはずがない。デュランダルは木の盾をアッサリと粉砕し、下っ端を真っ二つにした。
「う、うわあぁぁっ!」
「な、何だよコイツの攻撃は!?」
真っ二つにされた仲間を見て座り込み驚く者、そのとんでもない力に怯える者、盗賊達は少しずつ気付き始めていた、今自分達はとんでもない者達を相手にしているのではないかと。
ファフニールの方でも戦いは派手になってきていた。ファフニールは自分の持つ大型ハンマー、ギガントパレードを勢いよく横に振り、目の前に立つ三人の下っ端をまとめて殴り飛ばした。飛ばされた下っ端達はそのまま飛ばされた先にある岩に叩きつけられて動かなくなった。
「ふぅ、よく飛んだね」
飛ばされた盗賊を見ながらギガントパレードを肩に担いで頷くファフニール。岩に叩きつけられた仲間達を見て言葉を失う盗賊達。彼等の顔からは既に血の気が引き、戦闘意欲が無くなっていた。
ラピュスは目の前の盗賊を倒した後に周りで盗賊を子供を相手にするかのように簡単に倒してしまうヴリトラ達を見て汗を掻きながら剣を構えている。彼女の顔にも小さな恐怖が浮かび上がっている。
(・・・コイツ等、本当に人間なのか?機械の腕にあの怪力の素早さ、とても人間業ではない。まさか、本当にコイツはこのファムステミリアとは違う世界から来たのか?)
ラピュスが倒れている盗賊の近くで森羅を握っているヴリトラを見詰めている。ラピュスから見て今のヴリトラは容赦なくて気を斬り捨てる悪魔にしか見えなかった。ラピュスがヴリトラをジッと見ていると、ヴリトラはフッとラピュスの方を向き、森羅を握り走って来た。それを見たラピュスは自分も斬られると感じたのか剣を構えた。ヴリトラは森羅を振り上げてラピュスに向かって斜め切りを放った。
「ッ!!」
斬られると悟り目を閉じるラピュス。だがしばらくしても何も起こらない。ゆっくりと目を開けると、自分の斜め前で森羅を振り下ろしているヴリトラの姿が目に映った。ヴリトラの見ている方を向くと、そこには棍棒を持った盗賊が斬られてゆっくりと倒れる姿がある。ヴリトラはよそ見をしている自分に攻撃を仕掛けようとする盗賊に気付いて自分を助けてくれたのだとラピュスはこの時ようやく気付いた。
「油断するなよ?姫騎士さん」
「・・・あ、ああ。すまない」
助けられてホッとするラピュスは剣を構え直して周りを見回す。その時既に半分ほどの下っ端は倒されており、残りの下っ端達も戦意を失い後ろに下がっている。
戦いを見ていた盗賊頭は剣を持つ手を強く握りながら固まっていた。自分達よりも遥かに人数の少ないヴリトラ達があっという間に半分近くの子分達を倒してしまったのだから当然だ。
「な、何だこりゃ?・・・これは、本当に現実なのか?この国最強のクレイジーファングがたった四人に押されているなんて・・・」
目の前の現実を受け入れられずにいる盗賊頭。すると、先程爆発が起きた方向から再び爆発が起きて盗賊頭と下っ端達は一斉にその爆発が起きた方向を向いた。ヴリトラ達も爆発音のした方を向いている。
「な、何だ今のは!?」
「ま、また火薬が爆発したのか?」
爆発に戸惑う盗賊頭と下っ端達。ヴリトラ達はその爆発の原因を知っているらしく笑いながら爆発音のした方向を見ていた。
「おっ?リンドブルム達も派手にやってるかな?」
「ああ、ありゃあニーズヘッグかジルニトラの仕業だろう」
「この調子なら直ぐに戦いは終わりそうだね」
笑いながらリンドブルム達の事を話す三人。ラピュスは何が起きているのかサッパリ分からずに盗賊達と同じように驚いていた。
一方、リンドブルム達の方でも戦いが始まっていた。爆発の原因を調べにきた盗賊達が現場に向かう途中でリンドブルム達と遭遇し交戦を始めたのだ。リンドブルム達も自分達の来ているコートを脱ぎ捨てて機械鎧を露わにし戦闘態勢に入っていた。
「さてさて、ちゃっちゃと終らせてヴリトラ達の所に行くよ!」
コートを脱ぎ捨てたリンドブルムはライトソドムとダークゴモラを構えて目の前の盗賊達を狙っていた。リンドブルムは右腕一本が機械鎧化しており、その小さな体には似合わないと思われる鋼鉄の義手をつけていた。
リンドブルムの隣ではジルニトラが愛用に突撃銃サクリファイスを構えて笑っていた。彼女は両手の肘関節部分までが機械鎧化しており、まるでキッチンを掃除する長いゴム手袋をつけているようだった。
「まっ、こんな奴等相手なら機械鎧の武器を使うまでも無いか?」
「そう言って後で内臓武器を使うとカッコつかないぞ?」
リンドブルムを挟んでニーズヘッグがジルニトラに忠告した。ニーズヘッグは右腕一本と左足の肘関節部分までが機械鎧になっており、蛇腹剣アスカロンを右手に持ち相手の出方を待っていた。
そして残るオロチは両足の膝関節部分までが機械鎧になっている。細い両腕で大きな戦斧である斬月を構えて自分達を囲む盗賊達を睨みつけていた。
「ララン、お前は大丈夫なのか?無理だと思ったら直ぐに下がった方がいいぞ」
「・・・大丈夫、子供扱いしないで」
「フッ、それだけ言えれば大丈夫だな」
子供扱いされたせいか、ムッとしてオロチを見上げるララン。そんな彼女をオロチは鼻で笑った。ラランは既にオロチの機械鎧を見ていたせいかリンドブルム達の機械鎧を見てもあまり驚かなかった。だが盗賊達はやはり驚いていたらしく、武器を構えながら距離を取っていた。
しばらく睨み合っていたリンドブルム達と盗賊達であったが、しびれを切らせたのかジルニトラがサクリファイスを構えながら声を上げた。
「あぁ~~っ、もう!何時までそうやって睨み合ってるつもりなのよ?アンタ達が来ないなら、こっちから行くわよ!」
ジルニトラは高くジャンプして跳び上がる。突然跳び上がったジルニトラを見上げる盗賊達。ジルニトラはサクリファイスの銃口を盗賊達に向けて引き金を引いた。銃口から吐き出された無数の弾丸が地上から見上げている盗賊達に向かって飛んで行き、盗賊達の体に銃創を生み出した。
突然の攻撃を受けて叫び声を上げる盗賊達は一斉に倒れている。周りでは仲間達が突然倒れた事に驚く盗賊達の姿があり、未知の武器の前に冷静さを失っていた。
「な、何だよこりゃ!?」
「皆死んでるぞ!」
「あの女、魔術の使い手か!?」
「それに、何だよあのジャンプ力は!」
見た事の無い武器の攻撃に驚いてジャンプするジルニトラを見上げる盗賊達。ジルニトラは宙で一回転して態勢を整えて盗賊達の背後に着地し、盗賊達の方を向いてサクリファイスの引き金を再び引いた。放たれた銃弾は盗賊達の背中に命中し、また数人の盗賊が何も出来ずに倒れた。
次々に倒れていく仲間達を前に逃げ出そうとする盗賊もいたが、中には未知の武器を恐れずに向かって来る盗賊もいる。その姿を見たニーズヘッグとオロチは自分達の武器を手に取り、盗賊達を見つめる。
「未知の武器を前にした恐れずに向かって来るとは大したもんだぜ」
「その勇気に敬意を表して、私達も全力で戦う・・・」
ニーズヘッグはアスカロンを取り、オロチは斬月を両手で構え、自分達を見て武器を構える盗賊達を見て鋭い視線を向ける、二人の視線を見た盗賊達は一瞬怯んだが、武器を強く握り、チラッと遠くにいるジルニトラを見た。どうやら彼等は未知の武器である銃を持つジルニトラよりも、剣や斧などの見慣れた武器を持つ二人の方が戦いやすいと思って自信のある様子だったのだ。
盗賊達は一斉に武器と盾を構えて二人に向かって走り出した。だが彼等は二人の持っている武器が只の武器ではない事に気付いていなかった。ニーズヘッグはアスカロンの柄のスイッチを押し、勢いよく剣を振る。そしてアスカロンの刀身は伸びて鞭の様にしなり盗賊達を切り払った。突然伸びたニーズヘッグの剣を見て足を止める盗賊達。彼等は今この瞬間にニーズヘッグの持っている剣が伸び縮みする蛇腹剣であることに気付いたのだ。
足を止めて固まっている盗賊達を見てオロチは斬月を両手で持ち、頭上で勢いよく回し始める。そして回転を止めると、斬月をブーメランを投げる様に盗賊達に向かって投げつける。斬月の刃は固まっている盗賊達の胴体を切り裂き、大きく円を書いてオロチの手の中に戻った。
「うわぁ~、凄いね。改めて見るけど、オロチの斬月ってどういうカラクリなんだろう?いつも投げるとブーメランみたいに戻ってきちゃうし?」
オロチの攻撃を見ていたリンドブルムがライトソドムを指でクルクルと回しながらオロチの方を向いている。この時、リンドブルムはライトソドムだけを抜いており、ダークゴモラはホルスターの戻していた。
そんなオロチの戦いを見ているリンドブルムの背後から斧を持った盗賊が忍び寄り、リンドブルムに向かって斧を振り下ろそうとしていた。
「・・・!リンドブルム!」
離れた所で別の盗賊と戦っていたラランがそれに気づいて思わず叫ぶ。その叫び声が聞こえたのか、リンドブルムはオロチの方を向いたまま、左手でホルスターに収めてあるダークゴモラを抜き、右手でライトソドムを回したまま右脇の下からダークゴモラで後ろにいる盗賊を振り向くことなく撃ち抜いた。盗賊は振り返る事無く自分を攻撃した少年の動きに驚きながら仰向けに倒れる。ホルスターからの抜き撃ちでの反撃を終えたリンドブルムはライトソドムを回すのを止め、ゆっくりと振り返り倒れている盗賊を見つめる。
「おおぉ、命中してた。ありがとね?ララン」
ラランの方を向いて手を振るリンドブルム。どうやらラランの声が聞こえていたようだ。
自分を見て手を振るリンドブルムに頬を赤くしてソッポ向くララン。そのまま自分に向かって来る盗賊の方を向き直して盗賊の攻撃を突撃槍で止めて反撃をする。その幼い体で華麗に突撃槍を操る姿を見れリンドブルムは笑っていた。そのまま周りにいる他の盗賊達を見て二丁の愛銃の引き金を引くのだった。
リンドブルム達が激しく戦いを繰り広げている時、既にヴリトラ達の方は殆ど戦いが片付いていた。ヴリトラ達を囲んでいた盗賊達は皆倒れて動かなくなっている。その中にはヴリトラ達が初めて会った下っ端の姿もあり、一部の盗賊達は力の違いを見せつけられて逃げていってしまった。残っているのはまだ一度も戦っていない盗賊頭のみ。
「テ、テメェ等・・・」
「どうするんだ?まだやる気か?」
一人残った盗賊頭を見て腕を組み訊ねるジャバウォック。そんなジャバウォックの質問に盗賊頭が剣で地面を叩きながら怒鳴った。
「あ、当たり前だぁ!俺は最強の盗賊団、クレイジーファングの頭だぞ!テメェ等みたいな何処の馬の骨とも分からない様な連中に負ける筈がねぇんだ!」
「ふ~ん、その馬の骨に仲間を全員倒されちゃった貴方は何なの?」
盗賊頭を見てニヤつきながら尋ねてきたファフニールに盗賊頭は頭に血管を浮かべて怒りを表した。剣を持つ手は震え、何時跳びかかって来てもおかしくない空気だった。だが。盗賊頭は動かずに剣をゆっくりと振り上げる。
「この俺を本気で怒らしたことをあの世でたっぷり後悔させてやるからなぁ・・・?」
「能書きはいいからさっさと来いよ?」
今にも怒りが爆発しそうな盗賊頭を見て更に挑発する様に言うヴリトラ。そして遂に盗賊頭が動き出した。
「だったら望み通りにしてやるぜぇーーー!」
盗賊頭は勢いよく剣を縦に振り下ろした。すると、盗賊頭の剣の刀身が突然伸びて離れた所にいるヴリトラに向かって飛んだ。それを見たヴリトラは咄嗟に横へ跳び、向かってきた刀身を回避する、刀身は地面に当たり砂煙を上げ、一瞬にして盗賊頭の所へ戻って行き元の剣に戻った。盗賊頭の剣はニーズヘッグのアスカロンと同じ蛇腹剣だったのだ。
攻撃を回避したヴリトラは盗賊頭の剣を見て少し驚きの顔を見せる。だが、蛇腹剣はニーズヘッグのアスカロンで見慣れている為、驚くと言うよりも意外そうな顔で見ていると言った方がいいかもしれない。
「ほぉ~、蛇腹剣か?」
「フフフ、テメェも蛇腹剣を知っているのか?そりゃあ意外だな、お前みたいな野郎が扱いの難しく殆ど使われないと言われている蛇腹剣を知っているなんてよ」
盗賊頭はヴリトラの顔を見て、蛇腹剣の連接を解き鞭の様に刀身を振り回している。その姿がまるで自分の蛇腹剣を見せびらかしている様に見えた。
ヴリトラは盗賊頭を森羅の峰で自分の肩を軽く叩きながら見ている。その顔は見表情でまばたきをしており、何処か盗賊頭を哀れんでいる様に見える。そんなヴリトラを見て笑いながら刀身を元に戻した。
「ハハハ、どうした?俺の剣にビビッて声も出ねぇか?今更遅いぜ、俺達をここまでコケにしたんだ。さっさとくたばりなぁ!」
盗賊頭が再び剣を振って刀身をヴリトラに向かって伸ばし攻撃する。ヴリトラは自分に向かって来る刃をジッと見ながら身動き一つ取らずになっている。その様子をラピュスは驚きながら、ジャバウォックとファフニールは黙りながら見ている。刃がヴリトラの体を斬り刻むと思われた瞬間、ヴリトラは森羅を目にも止まらぬ速さで何度も振る。振り終わって森羅を払った直後、盗賊頭の蛇腹剣は内部にある鋼の糸を切られてバラバラになった。
「あ、あれ・・・?」
「悪いね?俺の仲間にも蛇腹剣を使う奴がいるんで、俺は蛇腹剣の構造や弱点なんかを全て知ってるんだよ。ついでに言えば、俺の仲間の剣の方が、お前の剣よりも速くて頑丈だった」
ヴリトラは武器を失った盗賊頭に向かって走り出し、森羅を両手で持ちながら刀身を左に倒して平らにした。鋭い目で盗賊頭を睨んだヴリトラは一気に走る速さを上げて急接近する。
「皆藤流剣術弐式、木の葉戦塵!」
技の名前らしき言葉を口にしたヴリトラは勢いよく森羅を横へ振り、一瞬にして盗賊頭の背後に回りこんだ。その光景を見ていたラピュスは何が起きたの分からずに只二人をジッと見ている。するとヴリトラが態勢を直して森羅を一度振り、鞘にゆっくりと納めた。その瞬間、盗賊頭の全身に細かい切傷が生まれて血が噴き出した。その血しぶきはまるで木の葉が舞う様に広範囲に広がった。
「・・・な・・・なに・・・起きたん・・・だ・・・」
盗賊頭は自分の身に起きた事を理解できないままゆっくりと俯せに倒れて動かなくなった。動かなくなった盗賊頭を見てヴリトラはラピュス達の方を向く。ラピュスは驚きのあまり黙り込んでいたが、ジャバウォックとファフニールが普通にヴリトラの方を見ていた。
「お疲れ様!」
「これで終わりだな」
「ああ・・・」
戦いが一段落して肩の荷が下りたのかファフニールとジャバウォックは笑いながらヴリトラを見て手を振る。ヴリトラもジャバウォック達の方へゆっくりと歩いて行き、驚いているラピュスを見つけて彼女の元へ歩いて行く。
ラピュスの前までやって来たヴリトラはラピュスの肩にそっと手を置いた。するとラピュスはピクリと反応してヴリトラの顔を見た。
「大丈夫か?」
「あ、ああ・・・大丈夫だ。少し驚いて・・・」
「まぁ、あんな戦いを見れば普通は驚くな?」
「・・・・・・」
傷だらけになって倒れている盗賊頭と赤い血を見て微量の汗を流すラピュス。七竜将の戦い方と機械鎧、そして桁外れの力、驚きの連続でラピュスは言葉が見つからなかった。
そんなラピュスを見てヴリトラはラピュスに意味深な事を言い出した。
「・・・俺達は戦いを楽しんでいるんだ」
「戦いを、楽しむ?」
「ああ。俺達は金で動くだけの傭兵、お前達みたいに守る物も国に対する忠誠も無く、状況次第で立場が変わってくる」
ラピュスに話しながらチラッとジャバウォックとファフニールを見るヴリトラ。二人もヴリトラの話しが聞こえていたのか彼の方を向いて真面目な顔していた。
三人の表情を見ていらラピュスは何か不思議な感じがして三人の顔を順番に見ている。そこへまたヴリトラが真面目な顔で話しかけた。
「いいか?お前は俺達みたいに戦いを楽しむ様な存在にはなるな。戦いを楽しんだり人を殺して何も感じないのは異常者だけだ。お前は国を守る姫騎士だ、絶対に戦いを求める様な存在にはなるなよ?」
「・・・あ、ああ」
「よし」
返事をするラピュスを見て笑いながら頷くヴリトラ。すると、爆発が起きた方向から無数の声が聞こえてきた。陽動作戦を行っていたリンドブルム達だった。
ヴリトラ達はクレイジーファングの残党がいない事を確認すると、アジトの廃鉱に入り、奥にある牢屋の中で震えているマリと今までに誘拐された子供達を見つける。マリはヴリトラ達の顔を見た途端に笑顔になりヴリトラに飛び付いた。それからクレイジーファングが今までに盗んだ貴金属類などを見つけて一緒に持ち帰るのだった。山を下りて入口に戻ると、そこには逃げた盗賊の下っ端達を捕まえているアリサと騎士達の姿があり、ラピュスとラランから七竜将の話しを聞いてアリサ達は目を丸くしたのだった。
――――――
それから町に戻ったヴリトラ達は子供達をそれぞれの家族の下へ帰し、その家族達から礼を言われた。ヴリトラ達はあまりそういう事は気にしないのか礼を言う家族達を見て笑っており、手にいれば貴金属類を全て町に寄付したのだった。七竜将の中でリンドブルム、ジルニトラ、ファフニールは納得のいかない顔をしていたが、ニーズヘッグとオロチの説得で渋々納得したのだった。
そしてマリを連れてバロン達の下へ戻ると、バロンとキャサリンは涙を流しながらマリに抱きつく。マリも盗賊に捕まっていた時の事やヴリトラ達が助けに来た事を泣きながら話した。ラピュス達騎士と一度ならず二度までも命を救ってくれた七竜将に深く礼を言うバロンは彼等に夕食をご馳走したいと言う。騎士達は遠慮したのだが、七竜将が楽しそうに誘う姿に渋々付き合う事になったのだった。
その日の晩、酒場マリアーナには七竜将と第三遊撃隊の貸切状態で大はしゃぎになっていた。ファムステミリアの酒を飲んではしゃいでいるジャバウォックと一緒に酒を飲んだり、ニーズヘッグとダーツの勝負をする騎士達。他にもジルニトラ、オロチ、ファフニールの女性陣と話しをしているアリサなど、出会って直ぐにも関わらず、七竜将と騎士達はスッカリ打ち解けあっていた。
「・・・ふぅ、この世界の酒もなかなか美味いな」
カウンターでファムステミリア酒を飲みながら仲間達のはしゃいでいる姿を見るヴリトラ。彼等のやり取りを見てヴリトラは自然と笑みを浮かべる。今まで七竜将は世界を転々と回っていた為、今の様に大勢の人と酒を飲み交わすなんて事は殆ど出来なかったのだ。そのせいか、今のヴリトラ達はとても楽しそうな顔をしている。
ヴリトラが椅子に座りながら皆を眺めていると、ラピュスがゆっくりと近づいてきてヴリトラの声を掛けた。
「ちょっといいか?」
「ん?」
ラピュスに呼ばれて振り返るヴリトラ。ラピュスは酒場を出て店の外へ出て行き、ヴリトラもその後を追って酒場の外に出た。その様子を見ていたリンドブルムはコップの中のジュースを飲みながら黙って二人を見ていた。そしてリンドブルムから少し離れた席ではラランがジッと二人を見ている。
酒場から出た二人は少し離れた所にある広場にやって来ていた。広場の真ん中には噴水があり、周りには幾つものベンチが置かれている。噴水の目にやって来たヴリトラとラピュス、ヴリトラは自分に背を向けているラピュスを見て頭を掻いた。
「何だよ?折角酒を飲んで楽しんでたのに」
「・・・お前と少し話がしたかったのだ」
「俺と?・・・もしかして、愛の告白?」
「んなっ!?ば、馬鹿を言うんじゃない!」
「ハハハハ、冗談だよ」
顔を真っ赤にして怒るラピュスにヴリトラは笑いながら謝る。酒が入っているせいなのか、ヴリトラはとても上機嫌な様子だった。そんな二人の会話を離れた所でベンチの陰から覗いている人影がある、リンドブルムだった。
「あの二人、こんな所で何を話しているんだろう?」
「・・・内緒の話」
「うん、僕もそう思う・・・・・・ん?」
突然横から聞こえてくる声に振り向くリンドブルム。そこには同じようにベンチの陰に隠れて二人の様子をうかがうラランの姿があった。
「ラ、ララン!?」
「しーーー」
声が大きいと注意されるリンドブルムは慌てて口を押える。落ち着いてリンドブルムはラランと一緒にヴリトラとラピュスの様子をうかがった。
「どうして此処に居るの?」
「・・・隊長が彼を連れて行く姿を見たから」
「ああ・・・じゃあ僕と同じだね」
同じ理由で二人の後を追ってきたリンドブルムとラランは気配を消して二人の会話を盗み聞きする事にした。
二人の事に気付いていないヴリトラとラピュスは噴水の前で静かに話しをしていた。
「・・・お前達の話を信じる事にした」
「は?信じる?」
「お前達が別の世界から来たという話だ」
「何だよ、信じてくれてなかったのか?」
「当然だろう。だが、あんな武器やお前達の体と力を見れば信じるしかないからな。それに、お前のあの話を聞いて理解した」
「俺の話?」
ヴリトラはラピュスの顔を見て首を傾げる。ラピュスはゆっくりと雲一つない星空を見上げて静かな声で話した。
「お前はこう言った、『人を殺して何も感じないのは異常者だ』と。あの時の話を聞いて私は理解した、お前達が暗く冷たい戦場の生きてきた存在だと。そんな奴等があんなヘンテコな嘘をつくはずがないと思ったんだ」
ラピュスに七竜将を信じると言う話しを聞いてヴリトラは意外そうな顔を見せたが直ぐに笑顔に戻った。
「信じてもらえてよかったよ。これで俺達もこの世界での味方を見つける事ができたわけ出した」
「・・・フフフ、そうか。なら、改めて挨拶をしよう。私はラピュス・フォーネだ」
「俺はヴリトラ、よろしくな」
「そう言えば、聞いてて思ったのだが、変わった名前だな?」
「俺達七竜将の名前は全部が暗号名なんだよ、本名じゃない」
「本当の名前ではない?」
「ああ、訳あって話す事はできないんでね」
本当の名前ではない、それを聞かされたラピュスは事情があるのだと悟り複雑そうな顔を見せる。そんなラピュスにヴリトラはニッと笑って言った。
「まっ、その時が来ればちゃんと名前を教えるよ。だから今は暗号名で勘弁してくれ」
「・・・分かった」
ラピュスはヴリトラの顔を見て優しく微笑む。ヴリトラとラピュスは相手の顔をジッと見詰めている。その時、ラピュスの頭の中に、昼間に酒場でヴリトラとキスをした時の事が横切った。それを思い出したラピュスの顔は真っ赤になり、彼女はヴリトラから顔を反らした。
「ん?どうしたんだ?」
「ななな、なんでもない!ホラ、酒場に戻るぞ!」
「え?な、何々?ちょっと待てよぉ!」
一人で酒場へと戻って行ってしまうラピュスは追いかけるヴリトラ。そんな二人の姿を見てリンドブルムとラランはクスクスと笑っている。そして二人も互いの顔を見つめて静かに握手をした。
異世界に来た七竜将が初めての異世界の仲間達と酌み交わす杯。静かなティムタームの夜の町に傭兵と騎士隊の明るい笑い声が朝まで響き渡るのだった。
今回の物語で第一章終了です。次回から第二章となります。