第百八話 戦場と戦況の変化
八十五人のソフィーヌ海賊団は幾つもの部隊に別れてカルティンに攻め込んで来た。だが、その大勢の海賊達も七竜将と第三遊撃隊、そして自警団によって押し戻されてまったく町へ攻め込めないでいる。そんな攻防が続く中、戦いがおわりへと近づいて行くのだった。
港に繋がる中央の街道でヴリトラ達のチームは海賊達と戦い続けていた。街道のあちこちには海賊が倒れており、その殆どが息絶えており、数人が気を失っている。そしてその動かなくなっている海賊達の中心にヴリトラ、ラピュス、ニーズヘッグ、ジルニトラの四人が立っていた。海賊達がボロボロで倒れている中、四人は服が少し汚れているだけでほぼ無傷だ。
「なんとか片付いたな?」
「ああ。流石にこの数だからちょっと手間取っちまった・・・」
倒れている海賊達を見回し、ラピュスとヴリトラが他に敵がいないかを確認しながら話をしている。二人の後ろでもニーズヘッグとジルニトラが同じように周囲を警戒していた。
「それにしても、さっきのオロチの通信を聞いた時は驚いたわぁ。まさか八十五人もいたなんてねぇ」
「町長が見た時は海賊達は半分の人数しか動いていなかったって事か・・・」
「きっとその時は迫撃砲を使ってたから全員を出す必要が無かったんでしょうね」
「だろうな。しかし今回が俺達によって迫撃砲が潰されてしまった為、全ての人数を動かさざるを得なかった、という事だ」
二人が周囲を見ながら海賊達の戦力の大きさ、使い方について話をしているとヴリトラが森羅を握りながら倒れている海賊達を調べて息がある者を探している。
「・・・皆、息がある奴等を見つけて拠点に運んで手当てをするぞ」
「え?」
ヴリトラの言葉を聞いてラピュスは思わず聞き返した。
「・・・まさか、海賊達を助けるのか?」
「当然だろう?このまま放っておいたら死んじまう。いくら町を襲った連中でも見殺しにはできない、俺達の目的は海賊を殺す事じゃなくて捕まえる事なんだからな」
「あ、ああ・・・」
まるで拍子抜けした様な顔で頷くラピュス。ヴリトラの話を聞いていたニーズヘッグとジルニトラも手分けして倒れている海賊達を一人ずつ調べ始める。ラピュスもヴリトラの近くで海賊達を調べ、息をしている者を見つけると仮拠点へ運んで行く。仮拠点からやって来た騎士や自警団員達もラピュスから話を聞くと渋々海賊達を連れて行った。やはり海賊達を助ける事に少し納得できない者もいるようだ。
それからしばらくして街道に倒れていた海賊達を全員運び終えたヴリトラ達は一度仮拠点に戻る。息のあった海賊達は僅か数人程で、残りは全員死んでいた。ジルニトラは自警団員達と一緒に海賊達の応急処置をし、ニーズヘッグは数人の騎士と自警団を連れてまだ近くに海賊がいないかを調べに行った。残ったヴリトラとラピュスは仮拠点から少し離れた所で港の方を見ながら海賊達が攻めてこないかを警戒している。
「今のところ敵の姿は見当たらないな。とりあえず増援が来る事は無さそうだ」
「・・・・・・」
遠くを眺めているヴリトラの隣でラピュスは黙って彼の横顔を見ていた。ヴリトラもそんなラピュスに気付いてフッと彼女の方を振り向く。
「どうした?俺の顔に何か付いてるか?」
「・・・あ、いや、そうじゃない」
「じゃあ何だよ?」
「・・・少し意外だと思っただけだ」
「だから何が?」
ラピュスの言葉の意味が理解できずにヴリトラは訊き返す。するとラピュスはゆっくりと仮拠点の方を向いて手当てを受けている海賊達を見た。
「町を襲った海賊達をお前は迷う事無く助けるよう言ったのを見てな、それが少し意外に思ったんだ」
「失礼だなぁ?俺は死にかけている人間を見捨てるほど冷酷な男じゃねぇぞ?」
「それは分かってる。だが、戦う者にとって敵に情けを掛けられるのは侮辱されるのと同じ事。海賊達がお前の指示に感謝するとも思えない・・・」
「・・・確かにな。だが、生きていれば何でもできる」
「え?」
ヴリトラの最後の言葉を聞いて今度はラピュスが理解できない様子で訊き返した。ヴリトラはラピュスと同じように仮拠点の方を向いて話を続ける。
「戦士の誇りだの、生かされる事が侮辱だの、それをどう思うかはソイツ次第だぜ?・・・だけど、人間は死んでしまえばそれでお終いだ。死んでしまえば喜ぶ事も悔しがる事もできやしない。だけど生きてさえいれば何かはできる。自分に屈辱を与えた相手に借りを返す事だってできるんだ。人間、一番大切な事は死なない事、俺はそう思ってる」
「生きていれば何かはできる、か・・・」
ヴリトラの話を聞き、ラピュスは彼が口にした言葉を言い返して考える。
「それに、彼等にはまだ人生をやり直すチャンスがある。だから俺は助けたいと思ってるんだ・・・」
「人生をやり直す?」
「そうだ。改心して海賊から足を洗い、新しく生きる事ができるんだ。やり直すチャンスはまだある」
ヴリトラが海賊達は助けた本当の理由が海賊達を改心させる為だったと知ったラピュスはまた意外そうな顔を見せてヴリトラの方を向く。この時にラピュスはヴリトラが言った「生きていれば何かはできる」という言葉の意味を理解したのだ。
「やり直すチャンス・・・・・・それなら、どうして今までの戦いでストラスタ軍の兵士やブラッド・レクイエムの兵士達には同じようにしなかったんだ?」
「ストラスタ公国との件は今回の様な小さな戦いじゃない。国と国の対立という大きな戦いだ。そして両国の兵士や騎士達は自分の国の為に命と誇りを賭けて敵と戦っていた。敵に捕まったり情けを掛けられても改心する理由も意味も無い、何しろ自分達は悪い事をしてるわけじゃないんだからな」
「そんな兵士達に情けを掛ければそれこそ侮辱されたのと同じになる、という事か・・・」
「ああ。だけど、その兵士達にも家族がいる。それを考えると、俺の言った事は矛盾しちまうけどな・・・」
苦笑いをしながら自分の言った言葉の矛盾を認めるヴリトラ。ラピュスも心の何処かで彼の性格に矛盾を感じていたが、それ以前にヴリトラの優しさを自然の感じ取っていたのだ。
ラピュスが苦笑いをしているヴリトラを見つめていると、突如ヴリトラが真剣な顔になって口を開く。
「だけど・・・ブラッド・レクイエムの機械鎧兵士達は情けを掛ける必要は全くない」
「え?」
低い声を出してブラッド・レクイエム社に情けを掛けないと口にしたヴリトラにラピュスは反応した。ヴリトラは右手の手で握り拳を作り、力を込めて手を震わせる。
「アイツ等は人を殺す事に快楽を感じている救いようのない連中だ。情けを掛けてもまた同じ道を歩んでいく、奴等が求めるのは殺戮と戦争、そして人の不幸だ!」
「どういう事だ?」
「ブラッド・レクイエムの機械鎧兵士は機械鎧の改造手術を行い時に脳にも手を加えられてしまうんだ」
「カイゾウ、シュジュツ?」
久しぶりに聞くヴリトラ達の世界の言葉にラピュスは難しい顔を見せる。ヴリトラは右手の力を緩めてゆっくりとラピュスの方を向いた。
「機械鎧を体に纏わせる為の医療行為さ。その時にアイツ等は脳、つまり頭の中に特殊な機械を埋め込まれて相手の命を奪う事や人を傷つける事に何の罪悪感も感じない様に造りかえられるんだ」
「罪悪感を感じない?そんな事ができるのか・・・?」
「できるさ。ブラッド・レクイエムはそんな神をも恐れぬ行為を平気でやる連中なんだ・・・」
ヴリトラの話を聞いて恐ろしさを感じたラピュスの表情から血の気が引いた。罪悪感と言う人の感情の一つを人間から奪う程のブラッド・レクイエム社の力を耳にすれば当然だ。
ブラッド・レクイエム社の話を聞いてラピュスが固まっていると、ヴリトラもフッと何かに気付いた様な表情を見せ、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・悪い、今話すべき話じゃなかったな。今はこの海賊との戦いを終わらせる事が優先だ」
「・・・あ、ああ、そうだな」
ラピュスもヴリトラの言葉を聞いて我に返り、自分達がやるべき事を思い出した。
ヴリトラとラピュスが今後の事を話そうとしていた時、民家と民家の間にある細道から二人を覗き見る人影があった。その手には鋭く光るナイフが握られており、明らかに隙を見て二人に襲い掛かろうとしていた。そして人影はヴリトラが自分の方に背を向けた瞬間に細道から飛び出してヴリトラの方へ走り出した。
「・・・ッ!ヴリトラ!」
ラピュスが人影に気付き声を上げてヴリトラに知らせる。だがヴリトラは冷静に目だけを動かして後ろを見ると右足を後ろに上げて人影の持っている短剣を蹴り払った。
「!」
宙を舞う短剣を見上げて驚く人影。そこへヴリトラは素早く振り返り人影の胸に右手で掌底を撃ち込んだ。人影は勢いよく民家の壁に叩きつけられる。
「キャア!」
「ん?・・・『キャア』?」
聞こえて来た女性の声にヴリトラとラピュスは思わず反応する。そして目を凝らしてその人影をよく見ると頭にバンダナを巻いた赤い短髪に倒れている海賊達と同じ様な服装をして壁にもたれながら座り込んでいる少女の姿が二人の視界に入った。歳は十六から十八程で腰には短剣を納める為の鞘が付けられている。
「う、うう・・・」
「女海賊か?」
「しかも私達と大差ないくらいの若さだ」
目の前で座り込む海賊の少女を見て少し驚いたのかまばたきをする二人。すると少女は座り込んだまま目の前で自分を見つめているヴリトラとラピュスを睨み付ける。
「くうぅ!・・・殺るならさっさと殺りなさいよ!アタイだって一海賊、覚悟はできてるわよ!」
「おいおい、突然襲い掛かって来て何言ってるんだよ・・・?」
ヴリトラは座り込んでいる少女に呆れ顔で近づいて行く。すると少女は近くに落ちているサーベルを拾って切っ先をヴリトラに向けた。
「近づくな!」
さっきまで殺せと言っておきながらサーベルを向けて睨み続ける少女にヴリトラは頭を掻きながら困り果てる。するとそこへラピュスがヴリトラの隣まで歩いて行き、座り込んでいる少女を見下した。
「お前一人で私達と戦い勝てるはずがないだろう?・・・投降しろ、悪いようにはしない」
「誰がお前達なんかに!」
ラピュスにサーベルの切っ先を向けて怒鳴る少女。そこへヴリトラが素早く左腕を動かして少女の持つサーベルの刃を鷲掴みにした。
「止めろ、ラピュスも言っただろう?お前一人じゃ、俺達には勝てないって」
そう言いながらヴリトラは左腕に力を入れてサーベルの刀身を簡単に折った。その光景を目にした少女は驚き目を丸くする。
「なっ!?サ、サーベルを手で折った?」
「・・・どうする?これでも戦うって言うなら、こっちも少し手荒な真似をする事にするけど」
少女をジッと見つめながら警告するヴリトラ。少女はヴリトラがサーベルを握力で折った光景を見てから驚きのあまり抵抗する気力を失ったのか、俯いて溜め息をつく。
「・・・分かったよ。降参すればいいんでしょう?」
素直に投降した少女を立ち上がったヴリトラとラピュスは座り込んでいる少女に手を差し伸べる。少女は二人を見上げると自分一人で立てると言いたそうにソッポ向いて立ち上がろうとした、その時、少女の胸の辺りに刺す様な痛みが伝わってきた。
「ううぅ!」
少女は片膝をつく右手で胸を押さえる。それを見たヴリトラとラピュスは姿勢を低くして少女の顔を覗き込む。
「おい、どうした?」
「な、何でもないよ・・・!」
「何でもない様には見えないな。どうしたんだ?」
ヴリトラが少女のそっと手を差し伸べて状態を見ようとすると少女は左手でヴリトラの手を払って顔を上げる。
「大丈夫だって言ってるだろう!」
「とと、怖いなぁ・・・」
明らかに強がっている少女にまた困り果てるヴリトラ。そんな様子を見ていたラピュスは静かに右手を伸ばして少女の肩に手を置いた。
「ッ!?何するんだ、触るな!」
少女がラピュスの手を払おうとすると素早くラピュスは少女の左手を自分の左で掴み止めた。
「安心しろ、何もしない」
真面目な顔で少女にそう言ったラピュスはゆっくりと左手を離して少女の服の襟をゆっくりと引っ張って服の下を覗き込んだ。隣ではヴリトラがラピュスと同じように覗き込もうとしており、それに気づいてラピュスはジト目でヴリトラの方を向く。
「お前は女性の服の下を覗き見るつもりか・・・?」
「あっ・・・す、すんませ~ん」
軽蔑する様な目で見られたヴリトラは苦笑いをしながら二人に背を向ける。それを確認したラピュスはもう一度少女の服の下を覗き込む。しばらくしてラピュスは覗くのを止めてヴリトラの肩を指で突いた。
「もういいぞ?」
「お、おお!・・・それで?」
「内出血を起こしてた。その痛みで立ち上がれなくなってたんだろう」
「・・・ああぁ、俺の放った掌底か・・・」
ヴリトラは自分の撃ち込んだ掌底で少女が胸に内出血を起こした事に気付き、申し訳なさそうな顔を見せる。しばらく黙り込んでいたヴリトラは少女の方を向いて少女を抱き上げるとお姫様抱っこの状態で持ち上げた。
「わ、わわわわ!ちょっとアンタ、何するのよ!?」
「俺のせいで怪我をしたんだろう?だったら、俺が責任を持って拠点に運んで行くよ」
「べべ、別にいいよ!それに敵に情けを掛けられるくらいなら自分で歩く!」
「歩けないだろう?」
「うっ・・・」
正論を言われて何も言い返せない少女。ヴリトラをそんな少女を見て観念したと思い仮拠点の方へ歩き出す。
「よし、とりあえずジルニトラに見てもらわないとな。ラピュス、行くぞ?」
「ああ・・・」
ヴリトラに呼ばれて返事をするラピュスは仮拠点へ向かうヴリトラの後を追う様に歩き出す。だが、この時のラピュスは何処か不機嫌そうな顔でヴリトラの背中を見ていた。
(・・・何だ、この不愉快な気分は?)
突然の不快感に苛立ちを感じ始めるラピュスは無意識にヴリトラの背中を睨み付けた。この時のラピュスは自分の中に芽生えているある感情に気付いておらず、ヴリトラは背後からの冷たい視線に気付いて一瞬震える。しかしなぜ悪寒がしたのか、その理由には気付いていなかった。
ヴリトラとラピュスが戦いを終えて海賊の生存者を仮拠点には運んでいる時、リンドブルムとラランは街道は真っ直ぐ走って港へ向かっていた。リンドブルムのレールガンの恐ろしさを見て投降した海賊達以外にはあれから誰とも遭遇しておらず、二人は無傷で真っ直ぐ街道を進んでいる。
「もうすぐ港に着くね!」
「・・・大丈夫なの?私達だけで?」
「平気だよ。ちょっと様子を見るだけだから、何処かに隠れて海賊達の状態を確認したら直ぐに引き上げよう」
二人は港に上陸している海賊達の様子を窺う為に港に向かって走っていたのだ。目立たない様に人数はリンドブルムとラランの二人だけにし、仮拠点の方は引き続きアリサ達に防衛を任せてきている。
しばらく走っていると港が見えてきた二人はそれぞれ拳銃と突撃槍を構えた。
「もうすぐ港だよ。ララン、気を付けてね?」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
走りながら黙り込んでいるラランの方を向いて尋ねるリンドブルム。ラランはジッと港の方を向いたまま黙り込んでいた。
「ララン、どうしたのさぁ?」
「・・・変」
「変?何が?」
「・・・港の方から人の声が聞こえない」
「え?」
ラランの言葉を聞き、リンドブルムは耳を澄ませた。確かに大勢の海賊がいるはずの港からは人の声が聞こえてこない。変に思い二人は街道の出入口の近くに積まれている木箱の陰に隠れて姿勢を低くし、もう一度耳を澄ませる。だが、やはり海賊達の声は聞こえてこなかった。
「海賊の声が聞こえない。どうしたんだろう?」
「・・・もう町に全員が攻め込んだ?」
「それは無いよ。港から街へ入るには今僕達がいるこの街道を含めてヴリトラ達がいる中央の街道、オロチとファフニールが向かっている西、つまり左の街道、そして僕達がいるこの右の街道以外に道は無いもの。つまり、海賊達はこの三つの道のどれかを必ず通るって事、僕達に気付かれずに町へ入るのは不可能さ」
「・・・それじゃあ」
「少なくとも海賊達は街に入っていないって事」
街へ入っていない、それなのに気配が無い。それが理解できずに悩む二人はそっと木箱の陰から港を覗いた、次の瞬間、二人は自分達の目を疑った。広い港には海賊は愚か、湾内に停泊しているはずの海賊船の姿も無かったのだ。あるのは砲撃によって出来た焦げ跡だけ。リンドブルムとラランは港に出て周囲を見回した。
「・・・い、いない。海賊船も」
「・・・どうして?」
誰もいない静かな港で少年と少女はただただ驚きながら周囲を見回す。そしてリンドブルムは急いでこの事をヴリトラ達に伝えるのだった。
突然港から姿を消したソフィーヌ海賊団。一体何が起きたのか理解できずにいるリンドブルムとララン。この時二人は、いや、七竜将と第三遊撃隊は新たな脅威に接近に気付いていなかったのだった。