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殺意:麗灰

 吐き気を催すほど暗く、自分の姿さえ包み込む暗黒の中で、俺は淡白く浮き上がる分かれ道の真ん中に立っている。俺は指して変わらない分かれ道を少しの間見つめると、足を一歩踏み出した。



 ……あぁ、気分が悪い。

 アロエの匂いが漂う空間。夏も本気を出してきたのか、暑さも日に日に増してきて、部屋の温度を上げていく。その中でエアコンを付ける気にならないほど堕落した俺はベッドの上で一人横たわっていた。

 静かな時が続いていく。聞こえてくるのは時計の秒針の音だけ。こんなにも落ち着くシチュレーションなのに気分は酷く重い。

「……くっ」

 俺は上半身を起こす。頭から落ちていく紅い液体が腰の辺りで分散するのが感じられる。殺風景な部屋が俺をまだ眠らそうとするが、俺は一息ついた後にベッドから離れた。

ガラッ…

 窓を開けると薄っすらとオレンジ色に染まってきた陽光が俺の身体の色を変える。眩しくはないが、あまり気分のよくない光だ。気分を落とされるような、そんな光。

 そして見据えるのは目の前の窓。ピンク色のカーテンが引かれた窓に灯りは燈ってはいない。まだ部屋の持ち主はそこには帰ってきてはいないということだ。

 開けた窓から入り込んでくる淡いオレンジ色の風は俺の髪を弄び、笑っている。俺は風から逃げるように窓を閉めると、お気に入りのアロエを一撫し、部屋を後にした。


 ……俺は今日学校を休んだ。いや、サボったと言うべきだろう。昨日の今日で割り切って行ける筈もない。

 俺は皆とは違う道を選んだ。そう、俺が俺であるタメに。初めから無理な話だったんだ。この『殺意』を押し殺し、周りを笑みで欺きながら生きていくことなんて。

 …でも……それでも同じだと思っていた。本当は信じたかった。歩いている道、見ているもの、聞いているもの、全ては変わらないものだと。だけどどうして俺と皆ではここまで違う?

 俺は暗い階段を一歩一歩踏みしめながら胸に手を当てる。気分とは裏腹に今日はとても穏やかに震顫する臓器。どうやら俺の心と身体は離別を始めたみたいだ。

 だからもう一人の俺は『発作』を受容するように言ったんだろう。これ以上心と身体がずれる前に、自身のタメに。これからどうなるかなんて考えたくないな。もう決まっているからだろうか。


『殺す』か『殺さない』か。


 二択の問題だ。これ以上に簡単で醜い問題はないだろう。でも、どちらを選んでも『俺―――桜 紫苑』という人格は崩壊する。心を選ぶか、身体を選ぶかだ。

 たとえ受容できたとしても簡単に殺せるわけでもない。いままで何回の『発作』を『理性の壁』で止めてきたことか。その壁は今、崩れてしまっているかもしれないけど、世間の常識、俗世の鎖は思ったよりも強く俺の発作を今でも縛り付けているみたいだ。

 思考の最中に階段を下り終える。と、一階の風景に相変わらずこの家は暗いんだと実感する。陽光をあまり通さないカーテンに窓。まるで照らされるのを嫌がるようにどんよりとした空気が停滞している。

 そんな中、玄関に足を運ぶ。早くしないとあいつらが来てしまうからだ。


―――そう、あいつらが。

 

 もう少しで文武祭が終わる。そうしたらある意味お楽しみの『文武静祭』が始まる。簡単に言えば打ち上げ&プチゲームなのだが、優勝発表、賞品贈呈の後でやるのだから盛り上がりは一番なんじゃないのか? 

 そして知徳のことだ。きっと俺のところに皆を連れて来るに違いない、優勝したならなおさらだ。

 俺が休むと必ずと言っていいほど家に乗り込んでくる知徳。そして一通り騒いで帰って行くのだ。こっちの病状も考えろと言いたいくらいだ。そんな知徳だからこそ『文武静祭』をすっぽかして来ると言える。…知徳はそういう奴なのだから。

 ……俺の身近にいつもいる馬鹿な奴ら。鬱陶しいくらいうるさくて馬鹿な奴ら。俺の殺意にも気づかずに笑っている馬鹿な奴ら……。

「……っどっちが…馬鹿だよな…」

 きっと変わらない表情で今もあいつらは笑っているんだろう。


 ……そして俺はその輪の中には入れない。


 俺は一人、違う道を歩き始めたんだから。













ピンポーン


「!?」

 俺は突然静寂の中に響きわたった音に身を震わせた。―――まさか……あいつら……

 良くない思考が頭の中に広がる。が、俺はその思考を掻き消すように頭を振ると、何一つ変わらない玄関のドアを見据えた。

―――いや、あいつらのハズがない……。まだ文武祭は終わっていないはず…… いくらなんでも文武祭をほったらかしにして俺の所にはこないだろう。 そう考えつつも俺は一部の警戒を残し、ドアノブに手をかけた。

「……はい」

 冷ややかなドアノブの感触が、掌から頭の先へと伝わっていく。そうして開かれたドアの向こうには見覚えのある男が立っていた。

「やぁ、紫苑、久しぶりにあったな」

 そう言い、俺を軽く見下ろす男は、俺と同じような黒い髪を後ろで結っていた。

 俺はその人物を視界に認識すると、すぐに自分をつくり口を開いた。

「……こんにちは、さとしおじさん……」 目の前にいる不精髭の男は俺の父親、


―――桜 さとるの兄だ。


父親が蒸発した頃から度々家に顔を出し、母さんと何か話しているようだ。まぁ、これといった興味はないけれど、一言で言えば俺はこの男が嫌いだ。何故? の問題ではなく、本能的に身体が拒絶しているのだ。

「…美佐江みさえさんはいるか?」

 智おじさんが家の中を窺うように俺の母親の名前を言った。俺は手で鼻の下を隠しながら少し困った風に応答する。

「母さんはまだ仕事から帰って来ていません。でも、もうじき帰ってくると思います」

 そう伝えると、智おじさんは顎を手で摩りながら何か考えている。本当に絡めない人間だ……俺の叔父だけのことはあるな。

「……じゃあ…」

 智おじさんが口を開く。

「上がって待っていてもいいか? 今日中に話しておきたいことがあるんでな」

 ただでさえ細い目をさらに細くし、黒線の様になった瞳で俺に微笑する。

「…はい、構いません。今お茶をいれますから上がってください」

 そう言い、俺は踵を返す。が、その動きは何かによって止められた。振り返った俺が見たのは俺の肩に手を置き、小さく首を横に振る智おじさん。

「紫苑。……何か用事があるんじゃないのか?」

 俺は一瞬目を丸くする。そこには口元を引き上げ、まるで俺の行動を見透かしたように笑う男がいる。

―――あぁ、気色悪い

 俺は小さく微笑み智おじさんに頭を下げる。

「勝手に茶はいれさせてもらうさ。紫苑も、もう行きな」

 そう言うと智おじさんはおもぐろに財布を取り出し、俺の胸元のポケットに一枚お札を入れた。突然のことに俺は胸元に手をのばしたが、智おじさんの手がそれを制し、

「いいから、気をつけろよ」

と一言だけ言い、暗い家の中に消えて言った。 綺麗に閉まったドアを見据えながら俺は、あの男の温もりの残る肩を手で払い家に背を向けた。

―――……気色悪い



 俺の家の近くには河川敷沿いに小さな道がある。今の時間はサイクリングをする者が多いが、土手に寝そべる俺には関係ない。

 少し離れた広場では子供達や家族連れが他愛ない声で遊んでいる。 哀愁ただよう夕空に身体が染まり、生暖かい風が前髪と戯れる。

 ただ、俺はその中で形が変わりいく雲の流れを見ていた。


―――……一人でいい…


 もう俺は諦めようと思う、自分を。

 胸に手をあて、穏やかな脈動に吐き気を覚える。

 ……俺は、もう一人の俺の思うようにはならない。 だから俺は無関心になろうと思う。興味を忘れて……いつでも真ん中にいたいと思うけど、もうやめよう。


―――俺は……一人で堕ちていくよ











「シーオン」

 俺は閉じていた目を静かに開けた。目に移るのは紫色になった空。

―――…何で見つかった……。あぁ、そうか、ここは知徳とよく来ていた場所だった

 ゆっくり上体を起こし、首を声のした方を向けると、薄いピンクのフリフリの付いたドレスに兎の耳を付け、俺に少し寂しそうな笑顔を向ける恋華。灰色の髪は紫色に染まり、あおい瞳はすでに夜に染まっている。 恋華の後ろには白いスーツを着崩したオールバックの知徳、相変わらずの制服姿の瀬戸、大きな熊のキグルミを着た田淵、そして隣ちょこんといる小熊はアヤちゃん。

 皆、俺に優しい微笑を向けただ佇んでいる。

 ……何でこいつらは俺に関わってくるんだろう。

 俺はお前らの事なんて何とも思っていないのに。目障りで、ただ表面上揉めたくないから一緒にいるだけなのに……。少しの沈黙の後、知徳が口を開いた。「シオン、身体の調子はいいのか?」

「あぁ……」

 知徳が栗色の瞳を広げて、顔が真剣になる。

「お兄ちゃん!」

 と、アヤちゃんがテクテクと俺の方に歩いてくる。……さすが田淵作なのか、キグルミを着ていても動きに支障はないようだ。

 俺の前まで来たアヤちゃんは目を細めると、口元を少し引き上げ、俺を見る。

「似合うかな??」

 その小さな問い掛け一つ一つが俺の胸を締め付ける。

「あぁ……にあってるよ」


―――…俺は何てくだらないんだ


「絢、ちょっと来なさい」

 瀬戸がき色の瞳でアヤちゃんを呼ぶ。

「……うん……」

 それに促される様に小熊が俺から離れて行き、俺と恋華達との間に見えない壁が出来た。

 それを知るのは闇に呑まれつつある夕風のみ。

「恋華チャーン、俺等ちょっと河辺で遊んでくるわぁ〜」

 知徳の言葉で恋華を除く全員が土手を下りていく。河辺で遊んでいた子供達も奇妙な一行に言葉を忘れてただ、物珍しそうに眺めている。

―――知徳……気付いているのか…

 付き合いが長いだけある。何かあると気付いたみたいだ。

 二人きりになった俺達に言葉はない。ただ恋華は俺の隣に座って、河に入って鮭を取る真似をしている大熊と小熊、それに交じろうとスーツをたくし上げる知徳、またそれを呆れながらも楽しそうに眺める瀬戸を見ていた。

「……シオン?」

 と、沈黙を切り裂いたのは恋華。俺は恋華の方に視線を泳がすと、彼女の瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。

「こーゆう時だけは私を見てくれるんだ」

 小さく微笑んだ恋華に俺は返事を返す事なく、また視線を戻した。

「私たち、『淡い桃色組』は優勝したよ。でも、文武静祭はサボっちゃったぁ〜。……早くシオンに知らせたかったしね」

 …重い、この気持ちは重すぎる。。 俺には無理だ、こいつらの感情を受け止めることなんて。

「……ねぇ、聞いてるの、シオン? まだ具合悪いの??」

「……恋華」

 俺は身体を寄せてきた恋華から逃れるように立ち上がると、足を折る恋華を見据える。

 恋華もいつもとは違う俺に気付いているのか、ただ不安そうに俺を見上げ、言葉は発しなかった。

「……もういい…。もういいんだよ」

 俺は口元が微かに震えていることに気付く。 …きっといつかはこうなるんだ。それが今きただけだ。

「……もぅいいって…なにが―――」


「俺にもうかまうな」


 吐き捨てるように呟いた言葉は俺を何かから解き放ってくれたようだった。

 …少しすると小さな明かりが土手灯る。もう夕風は夜風に姿を変え、濃い灰色になった恋歌の髪を流す。

「何で? 皆といるのが嫌なの? 迷惑なの??」

 小さな鳴咽の様な声で恋華が俺の肩に手を置き揺らす。

「シオン! 分かんない、分かんないよ……」

 恋華のあおい瞳は雫を貯め、今にも落ちていきそうだ。黒く染まり、輝きを無くした恋華の瞳。俺は肩から恋華の手を外すと、背を向けた。

 俺はこの目……恋華の絶望を見たかったんだ。

 ……そうだった、そうだったはずなんだ……。

 なのに…………なのに何故―――


―――こんなにも胸が裂けそうになるんだ? 

 

もう何も聞こえない。恋華は泣いてなんかいない。                       


「シ……オン」


 俺は小さな光が灯る土手を歩き出した。

「……いいんだ…これで……いいんだよな」


『ははははは…………』             


 近くから笑い声が聞こえた気がした。……すごく近くから。俺は胸に手を当てる。あの笑い声を俺は知っている気がした。……そして何故笑ったかも。

 


歩きながら確かめた心音は、静かに堕ちていく俺を笑っているように聞こえた。













 自分とは違う生き物。そんな異態が目の前に現れたら、俺は全てを受け入れることが出来るだろうか?



 蒸し暑いクラス。窓から差し込む太陽光が俺の腕を焦がす。                    

前には見慣れた金髪頭のオールバック。横目で見るのは灰色の髪。

 あの日から数日経った今、俺は恋華達と口を聞いていない。恋華達も俺に関わろうとはしない。それは優しさなのか、それとも諦められたのか……。まぁ、どちらにしても俺には支障がないからいい。 今日もそうして一日が終わっていく……そう思っていた。


……あれを見るまでは。


―――……?       


俺は視線を黒板に戻すと、頭に疑問が浮かんだ。もう一度視線を横目で隣の席の恋華に流すと、夏の紫外線に負けない、雪の様に白い恋華の肌に違和を見つけた。


……紅い線。


 ……灰色の髪から覗かせる恋華の首筋に五センチ程の切り傷が見えた。白い半紙に墨汁を一滴落としたような不快感。       

美を壊すような……何とも言えない感覚が俺の眼底に刺激を与える。     

もう、関わりを持たないと決めたのに、何故俺から関わりを持とうとしているんだ。

 俺は静かに頭を机で組んだ腕の中に沈める。けれど気になることが頭に過ぎる……。


「恋華ってなんかムカつくね」


 記憶が呼び覚ましたある会話の一文。

 それは醜い女の感情。トイレでたまたま聞こえてきたある女への嫉み。   ―――…考えるな……もう、発作は起こさせない。もう絶対捕まらない……

 そう考え、俺は寝ようとしたが、胸の焦燥感が俺を夢へと誘うことはなかった。                       

 




虚ろな目で快晴の空を眺めていたら、いつの間にかクラスに異臭が漂っていた。

 重い頭を上げ、周りを見渡すと、仲良し同士くっつけられた机、その上に広げられた色とりどりのお弁当。

……すでにお昼の時間になっていたようだ。

 すでに俺の周りには恋華達の姿はなく、俺は虚ろな目を摩ると机から立ち上がる。怠さが一気に体に広がり眩暈を起こしそうになるが、一息溜息をつき、明るいクラスを後にした。   一度クラスを出ると纏わり付く湿度。暑い湿気が俺の不快感を煽る。やっとの思いで購買部でパンや飲み物を買うと、俺は校舎の裏に足を運ぶ。人肌の様に生温いドアから出た外の世界は校内より遥かにジメジメした空気が渦巻いていた。

 出来ればこんなところではなく、屋上で食べたいけれど、恋華達がいるのをふまえるとこっちの方がまだいい。静かに食べられれば、文句はないのだけれど……。

 俺は自分のタイミングの悪さを呪う。

 目の前には恋華とそれを囲む複数の女。どう見てもお友達ではなさそうだ。  明らかに良いとは言えない恋華への罵声。角を挟んで佇む俺にもちゃんと聞こえてくる。

 どうしてここまで無意味な感情を持てるのか?

 俺は自分にも向けて皮肉を思う。         恋華を囲む女達は皆、クラスでは見掛けない奴らばかりで、明るい髪をした不良みたいな奴もいれば、大人しそうな眼鏡をかけた奴までいる。

 人種……というかタイプが全くと言っていいほど合わない風貌の連中達も皆、内側は汚れているのか、醜い嫉妬束ねられ、恋華を追い詰めていた。     

「あんた、もっと大人しくしたら?」

 茶髪の女が恋華に詰め寄り、恋華の灰髪を掴み上げる。……どうやらこの女がこのグループ内で一番力を持っているようだ。    

が、恋華からの言葉はない。それがまたカンに障ったのか、目を細めた茶髪の女は一つ舌打ちをすると、恋華の弓の様な身体に膝を沈めた。

「…………」

 無言でそれを腹部に受けた恋華は、一瞬くの字に身体を歪めたが、すぐにまた身体を元に戻すと、灰色の髪を静かに撫でた。

―――…知徳達は何をしてるんだ……

 こんな状況下にあいつらがいないなんて……ましてや田淵がこの情報を仕入れていないハズがない。

 頭から足先へと抜ける蟠り。俺からあいつらの所へは行けない。……ただ目の前で行われる一方的な感情のやり取りを見ているしかない。         「……!?」       俺は胸に手を当てる。静かに鼓動が早まり始めている。                 


『やっちまえよ』


 鼓動が俺を追い立てる。            『本当は我慢出来そうにないんだろ?』

             鼓動が俺の脳髄を揺るがし始める。

「……だまれ…」

 内なる臓器を掴むように握った手が冷ややかな俺の感情に触る。

            『……ははは…まだまだ頑張る気か? ……どこまでもつか見物だな、シオン』            「……はぁ…………はぁ……」

 …抗う鼓動を何とか静めると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「何で大人しくしなくちゃいけないの?」


それは何時もとは違うが、明るい恋華の声。

そう言って微笑んだ恋華を見た茶髪の女は明らかに動揺したように目を泳がす。

「何でって……」「私はこれで私なんだよ? 大人しくしたら私じゃなくなっちゃうじゃん??」 ……俺は溜息をつくと、校舎の壁に頭を付ける。カビ臭いが現実を教えてくれる。          ―――……もっともな意見だな

 馬鹿もここまでくればたいしたものだ。あれだけ優越感に浸っていた女達も恋華が二回口を開いただけで統率を乱されている。                          「別に私を嫌いならそれでもいいよ? 私は別に好かれるように振る舞っているわけじゃないんだもん。それで嫌われるのなら仕方ないしね」        恋華は校舎の壁から背を離すとスカートを軽く掃う。周りの女達は既に恋華のペースに巻き込まれて言葉を見つけることが出来ないようだ。

「じゃあ、私もう行くね。ゴハン食べたいし…ばいばい」

 笑いを含め、言い放った恋華を止められる者はなく、揚句のはてには恋華に道を譲る始末。

 恋華が去った後に残ったのは羞恥に曝され現になった劣等者達。皆悔しそうに顔を歪め、茶髪の女に限っては八つ当たりか、カビ臭い校舎の壁を蹴っている。             俺も劣等者に背後を向けるとパンを口に運ぶ。今日は違う所で食べるとしよう。

―――…俺もあんなやつらにはなりたくないな……にしても……

 俺はまだ胸に蟠りを感じる。はたしてあの女達はこのまま大人しくしているだろうか?

「……俺には関係ないことだ」

 言葉に出しても消えない胸のつかえ。流してしまおうと飲んだ水も、そのつかえを取ることは出来なかった。

知らない。

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