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殺意:魅壊

「お前の裏拳で角が折れた」

 ザワザワと人々で賑わう校舎。今日は文武祭の初日。気候にも恵まれ、生暖かい風が学校全体を包み込んでいる。まだまだ始まったばかりで人は少ないがこれから大勢来ると予想される。

「お前の裏拳で角が折れた」

 皆楽しそうに笑みを浮かべながら校庭に設けられた屋台や出し物、校庭の血で血を洗う戦いに夢中になっている。…まぁ、夢中になっているのは出す側も同じこと。汗水たらして動きまくる生徒達。彼らの脳裏には『優勝』という言葉がちらついているのだろう。さて、この二日間でどこが優勝するのだろうか。……実際どこでもいいんだけど。

「お前の裏拳で角が折れた」

けれど、俺は今とても気分が悪い。なぜかと聞かれたら答えは簡単だ。

「お前の裏拳で角が―――」

「うるさい」

 俺は首を後ろに向ける。きれいな…『田淵シック装飾』で大人とも子供ともいえない雰囲気をかもし出している俺達の仕事場。ヌイグルミやら色とりどりの花とか、うざ過ぎるほどの物品に囲まれながら、今は奇跡的に角を復活させた男、知徳がテーブルに腰掛けて俺に不満の眼差しを向けている。

「うるさいはねーだろ〜」

 鼻頭に張ってある痛々しいバンソーコーを撫でながら知徳は少し涙声だ。

「じゃあ、これからは言葉に気をつけろ…それに働け、ホスト」

 このコスプレ喫茶の醍醐味といえるお着替え。他の皆も和風テイストの仲居さんやら水着にエプロンやら見たことのある…メイド服を着用している。ちなみに知徳はスーツを着用しているのだが、ネクタイをしていない。おまけにワイシャツのボタンをほとんど外しているため胸元の露出が激しい。まぁ、知徳はウェイター兼副マスターらしく、その風貌は丁度いいんじゃないだろうか。…ただ、客が来ないからって、怠けすぎだ。

 それだけ確認し、俺は首を前に戻すとドリンクの在庫数などの最終チェックを始める。

「シオーン……今日はやけに言葉にトゲがありますが? それに誰かさんのせいで俺は二時間鏡と向き合う羽目になってんだぜー?」

 椅子をガタガタ鳴らせながら知徳が俺に近づいてくる。…心なしか笑いが周りの皆からこぼれているようだ。

「なぁ? …もっと笑顔でいこうぜ、シオン?」

 胡坐をかきながら在庫を確認する俺の前に黄色いトゲが現れる。目の前には椅子に逆座りしながら微笑を浮かべ俺を見下ろす知徳。

「…嫌がらせか? 知徳」

 俺は立ち上がり、眉間にシワを寄せるとあからさまに不満の色を見せる。

「いや、そんなことねぇーって……本当にないんだけどよ〜…………くくっ、ははははははは―――」

 知徳が大きな口を開けて笑いです。それにつられてか、また周りからちらほら笑いがこぼれ始める。

「ダメだっ、ウケる! ウケるぞシオン!! お前その格好ハマりすぎ!」

 椅子をガタガタ鳴らせながら腹を抱えて大笑いする知徳。

「……だから嫌だったんだ」

 ……俺の格好は他の皆と比べると違った意味でこの空間に違和感をかもし出している。

 全身を黒で統一した服。原型はスーツに近いのだが、上着の後ろ部分が膝位あり、どこかのドラキュラ伯爵が着てそうな衣装だ。唯一ワイシャツだけが白いのだが、黒い皮手袋に黒い蝶ネクタイ、黒いローファー。とどめには顔の、鼻から上を隠す黒い仮面。白のワイシャツがあまりにも可哀想だ。…だからといってワイシャツまで黒にして真っ黒人間になる気はないけど。

 …それにしても……

「お前、マジでコスの才能あるかもよ? 何か危ない雰囲気ブンブンだもん♪」

 いい加減止めてほしいくらいの大声で腹と額を抱えて笑い続ける知徳。

「…もとはといえば……お前のせいだ」

ゲシッ

「うをぉ!?」 

 俺は知徳の座る椅子を蹴り押す。まるでスローモーションのように椅子と一体になって後ろに倒れていく知徳は何が起こったか分からない様子で、俺の仮面の奥にある瞳に視線を送る。

ドスンッ!

 生々しい音と共に知徳が床に横たわる。周りの笑い声もピタリと止み、知徳を心配する様な声が耳に入ってくる。さすがにやり過ぎたかと思ったが、あそこまで笑われたら気分だって悪くするさ。それに知徳はこれくらいじゃくたばらないし。

 そんなことを思っていると、床に大の字で横たわっていた知徳が手足を縮め、卵のようになったかと思うと、一気にレッグスプリングで立ち上がる。やっぱりこの男は頑丈だ。

「痛ってー!! おい、シオン! 椅子ごとはさすがに無しだろ!! ってかやるにしてもモチっと手加減をだな―――」

 起きて上がって早々文句を吐く知徳。が、次の瞬間嫌な音が部屋中に響き渡る。

…ポキッ

 ……何かが折れる音。その音を聴いた瞬間青ざめたのは他でもない知徳。唇を歪ませ、振える両手でたどる自己主張とも言える黄金の角。

 その両角は今朝見た時と同じように中間辺りからポッキリと折れていた。

「…オ、オオ……オーマイ、ゴ〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」

 知徳の雄叫びは部屋を包み込む。…俺は悪く…はない。……はずだ。

「シオンがぁ〜! シオンがぁぁーー!! ヒデヨ〜!! ヒデオ〜!!」

「…な、何を言ってんだよ」

 角が折れたのがそこまでショックだったのか、知徳が壊れたみたいだ。訳の分からない言葉を発しているが、おそらく「酷い」と言いたいのだろう。

「くくく……」

「!? 今度は何だ…」

「くぉ〜ここここここっ!」

 いきなり部屋中に気持ちの悪い重低音の笑い声が響き渡る。と、同時に部屋の照明が落ち、部屋の中央部にあるテーブルが照らし出される。そのテーブルの上にはドでかいクロ猫の、顔だけ開いた着グルミを着た田淵がマイク片手に照らし出されている。

「やぁ、諸君。今日は待ちに待った文武祭…。そう、本番だ! あぁ、同胞達よ! ここまで文句を吐かずに働いてくれた君達の熱いソウルに私は敬意を表するよ」

 涙を拭きつつ、熱く熱弁する……馬鹿。周りの連中もいきなりの事に口をポカンと開けてただ呆然とクロ猫の暴虐振りを眺めている。

「おぉ、今は見る影のない相棒よ!」

 クロ猫が知徳のいる方向に手を伸ばす。それと同時に知徳がライトアップされる。そのライトの下、相変わらず知徳は折れた角を手で撫でながら何かブツブツと呟き、床を濡らしている。

「あぁ、嘆かわしい…。私は悲しいぞ! お前はその程度の男ではなかろうに!!」

 テーブルから飛び降りたクロ猫がライトと共に知徳に近づき、膝を折ると手を差し伸べる。 知徳はそっと顔を上げると、クロブチ眼鏡をかけたクロ猫に視線を送る。

「相棒よ……。そんな角がどうしたというのだ? そんなものお前を偽善に飾る虚像でしかないのだ。お前の象徴、その止めようのない熱きソウルは折れてはいないのだろう? ならば…立ち上がるのだ、相棒よ!」

 クロ猫の掛け声で部屋に光が戻る。と同時に色とりどりのクラッカーが部屋中に炸裂する。

―――な…何なんだ、これは……

 俺や他の皆はもうクロ猫と知徳のミュージカルめいたやり取りについていけてない。

「おぉぉぉぉぉぉ! 俺が間違っていたぜ、相棒!! 俺のソウルは折れちゃいねぇ! 今年の文武祭は俺達の勝利で幕を下ろさせる!! どこまでもついていくぞ同士!」

 打って変わって元気を取り戻した知徳。立ち上がるとクロ猫に抱きつく。

 …もう…どうでもいいや。俺はあきらめにも似た溜息を吐くと、頭を抱えた。

「よし、ここで今年の我々を救うダークホース、われらがクラスに舞い降りた灰の髪を持つエンジェルに登場してもらおうではないか!」

 クロ猫が指を鳴らした瞬間、部屋の入り戸がゆっくり開く。

「おおっ!!」

 クラス中から声が漏れ始め、一気にそれは歓声へと変わる。

「…恋…華?」

 そこに立っていたのは、黒を基調とした中世のヨーロッパの女の子が着ているようなドレスにフリフリとした軽さが印象的な布をあしらったエプロン、そして頭に小動物の耳を付けた恋華だった。…あ、あの耳は俺が作ったやつだ。確か猫の耳だったな。

「どーも…やっぱりいざとなると少し恥ずかしいね…」

 少々頬を高揚させ下を向く恋華。…あの女にも一応恥じらいの心はあったのか……。

「いやいや、スヴァらしいよ、恋華君! やはり君にはゴスチックでシンプル且、印象的な服が似合っている。まさに君はこのコスをするために生まれてきたのだよ!」

「本当にすんげ〜似合ってるよ恋華チャン! 私服でも着ていてほしいくらいだな!!」

 クロ猫と知徳は恋華にこれでもかというくらい近づき、褒め抜いている。それに苦笑いで答えた恋華は少し視線を泳がせると、俺のところで止める。

 やばい。…だけど時既に遅し。恋華はクロ猫と知徳の間をすり抜けると、俺に駆け寄ってくる。

「シオン!!」

 俺の前に来た恋華の頬の高揚は一層紅くなっているように見える。俺は観念して恋華に視線を向ける。今回の主役をここで落ち込ませようものなら、あのクロ猫に何をされるか分からないからな。まぁ、仮面をつけているんだし、視線をずっと合わせていなければ問題ないだろう。

「シオン、ちゃんと私のこと見てる?」

―――鋭い女だ…

「あぁ、見えてる」

 俺は仮面を手で直すフリをしながら答える。

「じゃあ、私の格好どうかな? 似合ってるかな??」

 両手を胸の高さで組み、俺に顔を近づけてくる恋華。俺はとっさに避けようとしたが、後ろがすぐ窓だったため、それは出来なかった。

「ねぇねぇ?」

 どんどん近づいてくる恋華。少々興奮しているのか、周りが見えてないようだ。

「うぅ…」

 考えている暇はない。けれど言いたくない。だけどジリジリと迫ってくる恋華。逃げ場はない。これ以上近づかれるのは危険だ。 

 ……くそ。

「……ってる」

「? え、何? 何て言ったの?」

 恋華我に返ったように、あおい眼を一杯広げて俺に耳を傾ける。

「似合ってる。似合ってるよ……だから離れろ」

 俺は視線を逸らす用に言葉を吐くと、また仮面に手を当てた。

「ほ、本当に!? やったぁ〜♪」

 恋華は綺麗に高揚した頬を灰色の髪で隠すとクルクル回る。軽い印象のあるドレスは文字通りフワリと舞い上がると、少々ネコ耳少女を幻想的に俺達の視覚に映し出す。

「えへへ。うんうん、シオンもその服似合ってると思うよ!」

「……どーも」

 一瞬だったが、その言葉に俺は恋華と視線を深く合わせてしまった。俺の瞳孔に写る恋華のあおい瞳。輝きに満ちた、幸せが渦巻く瞳。

「よーし! では張り切っていくぞ、皆のもの!! この二日間は我々にとって決して忘れる事の出来ないものになるだろう…。一致団結した我々に敗北はありえない! 勝利はわが手に!!」

「おおーー!!!」

 クロ猫が天に向って腕を突き上げると同時に、他の皆も同様に腕を突き上げる。気が付けば本当に皆の顔に笑顔が満ち、団結している。

―――恋華…か

 一人の女の行動で皆に影響がここまで出てくるなんて。今、この瞬間恋華はこのクラスにはとってはならない存在になったようだ。

 と、部屋の空気が急速に活気付く。持ち場に着く皆。どうやら初の客が来たようだ。

「お帰りなさいませ、ご主人様♪」

 恋華の客に対する一声に俺の仮面の奥にある目元が細くなる。


 輝きに満ちた、幸せが渦巻く、恋華の瞳。


 俺は右手に視線を落とす。…漆黒の手。俺は目線まで手を上げると仮面を半分隠す。指と指の間から見える明るい少女。まるで汚れを知れない女の子。


 ……奪って、壊して、思考の淵へ沈めたい。


「シオーン、何ぼやっとしてんだよ! ドリンクオーダー頼む!」

 知徳が折れた角を掻きながら忙しそうに動いている。辺りを見ればいつの間にか人、人、人。

「お客様に最高の御もてなしを!!」

 飛び跳ねながら両指を鳴らしまくるクロ猫。

 …どうやら俺達の文武祭は始まったみたいだ。

「…分かった」

 俺は一歩踏み出す。


 その一歩、一歩は俺から何かを奪っていくように酷く重く……脆かった。













 いつもと違って熱が帯びた学校。廊下や校舎全体に施された鮮やかな装飾。校庭では陣を組み、敵をいかに排除しようかと考え込む輩達。校内には目移りするくらい出し物が並び、それを楽しそうに眺めるお客達。

「お兄ちゃん! アヤこれ見たい!」

「……お、おう…」

 …そして俺の隣には三つ編みの似合う小さな女の子が一人。

 満面の笑みを浮かべながら少女に手を引かれ、少し腰を低めについて行く俺。

「どうしてこんなことに…」

「ん? どうしたの〜? 行きたくないの〜?」

 少女の顔から笑みが消えかけ、声がしぼんでいく。…これはまずい。

「…いや、行こうか」

 俺は少女に自然な笑みをかけると、今度は俺が手を引き今はその姿を変えた教室に消えていく。

―――どうしてこんなことに…

 目の前で担当の奴が俺に何か言っているようだったが、その声ももう耳には入ってこなかった。



「じゃ、ファントム君、宣伝頼むわ〜!」

 そう言われたのは数十分前。いい感じに汗を額に掻いた金髪の男はクロ猫と踊っていた。

 俺は願ってもない申し出に俺は二つ返事で了承。やっとこの耐え難い空間から脱出出来ると思っていたからだ。…だが、そう世の中はうまくはいかないもので……。

「何をしているのだ、桜もといファントムよ?」

 控え室に入った瞬間声をかけられ俺ははっとする。目の前にはどこぞの王国にありそうな豪勢な椅子に横座りしているクロ猫が、クロブチ眼鏡をナプキンで磨いていた。

「田淵……お前ついさっきまで知徳と…」

「ふーむ、そうか…だがあまり深く考えないことだな。これは人生の中で一度は二度は経験するだろう現象の一つだ。納得いかないのならこの私、『田淵 よしお』だからこそこのような現象を起こすと思えばいいだろう。」

 こいつは何者なんだと心底思ったが、考え出したらキリがなさそうなので止める。

と、クロ猫が眼鏡のレンズに息をかけつつ俺に声をかけてくる。

「して、ファントム。何故ここに来た?」

「…着替えようかと思って」

「ふむ…」

 クロ猫が俺の方に視線を向ける。両頬から生えている髭を摘みながら少々溜息を漏らしているようだ。

「ファントムよ。お前はどうやら勘違いをしているようだ」

「勘、違い?」

 俺の問いかけにクロ猫は体勢を整えるかのように反転すると椅子にすっぽりとハマるように座りなおす。

「そうだ…。確かに宣伝に行ってきてくれと言った…確かにそれは紛れもない事実。だがしかし! 着替えていいとは一言も言っておらん!!」

 ものすごいオーラを俺はクロ猫から感じ取った。こんな馬鹿なことでここまで迷いのない、悟りを啓いたかのようなオーラを出す男なんて……全く無意味だ。

「……」

「……」

 しばし見詰め合うクロ猫とファントム。先に口を開いたのはクロ猫。

「私も鬼ではないのだ。どうしても着替えたいのならば止めはしない」

 俺はその言葉にほっとする。が、俺はこのクロ猫をまだなめていたことを次の瞬間実感した。

「そこで用意したのが恋華君と同じでこの私がデザインしたスペシャルな傑作の数々!!」

 クロ猫が椅子の横に垂れている紐を引っ張ると共に背後のカーテンが開き、色とりどりのドレスが現れる。

「…は?」

 俺は心から思った。このクロ猫とは一生話は合わないと。

「くぉこここここ……。なぁに、いいのだよファントム。幻影やら幽霊やら日ごろ悪態を吐かれている君もれっきとした男! 男のロマンも味わいたいだろう? いやいや、何も言わなくても良い。私は君のことを理解しているのだから。ささ、選びたまえ……してファントムよ……なぜ私に背を向ける! どこへ行くのだ! 男のロマンは素晴らしく平等―――」


ガラッ、ピシャンッ


 ……全く。



「これ美味しいね!」

 俺の隣でお下げ髪の少女は溢れんばかりの笑顔をしている。

「そうか…よかったな」

 周りの好奇心に満ちた視線が痛いくらい俺の自尊心に突き刺さるが、少女が笑っているので我慢する。……けれど、異様な格好をしている俺がこの少女といること自体やっぱりおかしく思える。ハタから見れば変態に思われても反論できない。


 ……初めはどうしようかと思った。


「うぅ…」

 馬鹿猫から逃れるように仕事場を出て、人目を気にしながら歩いていると、アメリカンチリペッパー屋の前で小さな泣き声を発する一人の少女を見つけた。

「うううぅ」

 迷子かと思われる少女。しかし周りの人間は少女に興味がないのか、それとも面倒に巻き込まれたくなくてシカトしているのか、皆少女をすり抜けていく。

「…んぅ」

 正直、俺は子供が苦手だ。ガラス玉みたいに純粋な瞳。映るもの、すべての心を見透かすような瞳。俺は子供だけには近づきたくはない。俺の心の醜さを曝け出されると思うと背筋がぞっとする。……けれど―――

「ねぇ」

「!? ……」

 何故俺はこの少女に声をかけたんだろう?

「君いくつ? お母さんはいないの?」

 俺は口元で微笑んでみせる。さすがにこの格好で素顔を他の連中に曝けるのはまずいと思ったからだ。にしてもこの格好。俺は泣かれると思ったが、少女はポカンと目を広げるとその無垢な瞳に涙を輝かせながら言った。

「ななつ…。…一人で来たの」

「え? 一人で? 誰か知ってる人がここにいるの?」

「……お姉ぇちゃんがいるの」

「そう、なんだ……」

 …何だろう。少女が俺の心を見つめているような気がする。俺の気のせいかもしれないけど、眼の奥がひどく熱い。瞳に映る少女の顔も少々ぼやけて見える。

「お兄ちゃん…」

 少女の一言が俺の意識を引き戻す。気が付くと少女の左手が俺の右手を掴んでいた。

「…なに?」

 俺もやきがまわったのか。まぁ、いいや手ぐらい。あのやかましい女じゃないんだし。

「あれ食べたい」

 少女が指差す方向にはアメリカンチリペッパー屋。少女はモジモジしながら俺の右足に顔を沈める。

―――やれやれ…

 もしかしたら泣いていたのはこれを食べたくても食べれなかったからか? どうやらとことん俺は厄介ごとに巻き込まれる運命らしい。

「…じゃあ……食べよっか?」

「……うん!」

 満面の笑みを浮かべる少女に手を引かれ俺は店に入っていく。

 ……何故俺はこの少女に声をかけたんだろう?

「君、名前は?」

「アヤ!」

 満面の笑みを浮かべながらアメリカンチリペッパーを食べる彼女は言った。



 ……そして今に至る。さすがに初めての子守に俺に体力は限界に近い。アナウンスでもしてそのお姉さんを呼べばいい話なんだろうが、この子がさっきから絶えず動いているので、思うように行動できない。俺が子供のころはもっと大人しかったハズ…だよな。

 と、急に右腕に重がかかる。視線を落とすとアヤちゃんが気持ちよさそうに眠っている。

「あぁ、やっと、開放される…」

 俺は安堵の息を吐くと、アヤちゃんを背におぶろうとする。

「……ん…」

 が、違和感を覚える右腕。よく見るとアヤちゃんの手が俺の腕を掴んで離そうとしない。

「…やれやれ」

 俺はアヤちゃんを抱きかかえると静かにアナウンス室に足を進める。

 小さな身体は俺の腕の中でうずくまり、小さな寝息が俺に問いかける。胸に感じる程よく熱を帯びた身体。俺が無意識に指で三つ網を撫でると、アヤちゃんの口元が緩んだ。

―――ここまで人と近づいて発作が起きないなんて初めてだな

 

…子供ってデリケートで……不思議だ。




壊れていく。

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