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殺意:視邪

手違いで消してしまった作品を復活させました。

多分見逃し誤字などあるかと…(汗

大目に見てくださいね!!(苦笑

 止められない感情。

 膨張する危険な思考。

 噛み合わず狂った歯車は、今にも砕けてしまいそうだ。

 深く、深く心のそこに根を広げていく重いモノ。

 ああ、誰かを殺したい。

 そして堕ちていく。

 ああ、殺したい。















 桜が舞う季節がまた来た。一年で一番憂鬱になる季節だ。そして一番俺の思考回路が異常をきたす季節。

 快晴の朝。俺は高校への通学路を何気なく歩いていく。俺の通学路には桜が花びらを開花させ、短くも儚い桜の花びらは俺の周りを囲み、昨日切ったばかりの短い黒髪に絡まり、落ちていく。この春は人の心を和やかにするのだろうか。すれ違う人々は皆花びらをいとおしく見守り微笑んでいるように見えた。手を広げれば落ちてくるピンクの雨。そっと俺はそれを握り潰した。

「おーす」

 気の抜けた返事が後ろから聞こえた。振り返ると同じクラスの知徳とものりが白い歯を輝かせてこっちに走ってくる。

「シオン、一緒に行こうぜ」

 知徳は手で自分を仰ぐと俺の前を歩き始めた。

 

……こういうことを友達付き合いというのだろうか。


 俺には分からない。知徳は幼稚園から一緒にいる仲だ。気付けばいつも二人で行動を共にしていた。高校に入ってから二度目の春。俺と知徳は十回目の同じクラスになった。

 たまに通学路で会い、一緒に学校に行く仲。でも、俺にとって知徳は友達とは思えなかった。知徳もどう思っているのか分からないが。

 それには俺の歪んでいるのか、この心が関係していた。


……『何かを殺す』


俺は物心ついたときからこの『殺』と言うことに異常なまでの好奇心を見せた。道端の蟻を踏み潰す。この上ない快楽。ひしゃげた足が心拍を上げ、何かがはみ出した腹が俺の興奮を絶頂にした。埋まっていく心の隙間。

 だが、こんな『死』を弄ぶことはそう長く続かなかった。

 そう、親の存在である。親は俺が蟻を笑いながら潰すのを見つけた。そして、俺は母親から顔が腫れ上がるくらい叩かれ続けた。

 やってはいけないこと。見たこともない鬼のような形相をした女は俺に言い続けた。

 またそれと時を同じくして早くも道徳心をもった俺は小学校低学年で『死』の重さをそれなりに理解した。

 そして今に至る。

 だが、これは自分で言うのもなんだが、『性質』なのだ。辞めろといわれて止められる訳もない。だが、そんな中で本能を押さえる『理性の壁』。命の重さの理解。俗世の常識。

 俺は止められた。この見えない鎖に。だが、繋ぎ止められるのも今もうちだろう。日に日に募る激情。目の前にいるモノ全て殺してしまいたいと思う。たとえそれが幼い頃から頃から一緒にいる人でもだ。

 今俺を止めるのは薄っぺらな理性の壁。ちょっとした振動で崩れてしまいそうな壁。

 俺は必死にその壁を押さえる。

 殺したい。

 だけど壁を壊したくはない。

 自分自身でさえも恐れてしまう心の狂気。それが天の与えた性質ならばなぜそれが通用する世に生を受けさせてはくれなかったのだ。この世の理が少しでも違えば―――

「おい、シオン? 平気か?」

 はっと我に返ると、知徳が俺の顔を覗きこんでいる。

「……なに?」

「なに? じゃねぇーよ! 校門の前でいきなり止まるからだよ!」

 眉間にシワを寄せながら知徳は不満そうに俺を見ている。

「……シオン、お前何か悩み事でもあんのか? 俺でよかったら話し聞くぜ?」

 知徳が長く垂れた金髪の間から覗かせた黒い瞳は心なしか濁って見えた。

「……いや何でもない。ほら、二年にもなると進路考えなきゃいけないだろ? だからさ」

 とっさに出た嘘だったが、中々いい感じだ。自然に出た言葉に知徳も納得したようだ。

「進路かぁ……ま、俺は家の仕事継ぐからな!」

 話がそれた事に軽く安堵の息を漏らす。

 話せる訳ないじゃないか。

『誰かを殺したい』なんて。

 ここ数日で俺の思考は大きく変わった。それまで考えもしなかった、『人』。同じ人種を見ると無性に殺したくなった。もう、人間以外のモノを殺そうとは思わない。

 余り喜べない変化だ。もう他のモノを殺しても俺の心は埋まらない。

「おっつ、予鈴だ! はしっぞ!」

 知徳が鞄を担いで走り出す。遠ざかる知徳の背中を俺はただ見つめた。

―――知徳……お前の隣にはお前の事を殺したいと思っている奴がいるんだよ

 俺はクズなのか。悩みを聞いてくれると言った知徳を殺したいと思っている俺は。

 本鈴が校庭中に鳴り響く。

 焦り、走って行く生徒達の中で、俺の遅刻が決定した。



 

 本鈴が鳴り終わると俺は桜が渦を巻く玄関から校舎に入る。

 靴を履き替えるが周りには誰もいない。当たり前の事だが、この雰囲気は何となく好きだ。これから少しは遅刻もしようか。

 そんな事を考えているうちに教室が見えてきた。

―――この扉はいつも重い

 ガラッ、教室の扉を開ける。いつもの日常がそこに詰まっているはずだった。けど、俺は教室の中、壇上を見た瞬間胸の中で何かが急速に集まってくる感覚にとらわれた。

―――だれ?

 視界の中に浮ぶ見知らぬ人物。先生がいるはずの壇上には女の子が立っている。

 その中でクラス中の視線が俺に集まる。だが俺は一向に気にせず彼女を見つめ続けた。するとそっと女の子が俺の方を見た。

 あおい瞳。透き通るような目をしている。

その目を一層引き立たせる腰まである灰色の髪。健康的な白い足が少し短い制服のスカートから伸びている。そしてその足にになう背。俺と同じくらいだ。

 少しの間俺は彼女と瞳を合わせていた。彼女のあおい瞳の奥、静かに何かが渦を巻いている。すると彼女が俺に微笑んだ。いや、微笑んでいないかもしれない。よく分からないくらいの微笑みだった。

 瞳をふと逸らすと、彼女の後ろで先生が何か言っている。何やら怪訝そうだ。席の方に目を向けると知徳が身を机から乗り出して俺に何か言っている。

「桜!」

 ふと場に音が戻った。先生はご立腹だ。

「ボサっとしてないで席に着け」

 俺は自分が何をしていたかよく分からなかった。初めてクラス中から視線を受けた。やっぱり遅刻はよそう。

 ザワザワと騒ぐ生徒の中を先生に言われ俺は窓側の一番後ろの自分の席に着く。日差しが暑い。机も椅子も誰かが座っていたみたいに温かくて不快だ。

「おい、シオン何やってんだよ」

 前の席に座る知徳が振り返る。俺は知徳の視線に合わせると言葉の代わりに眉を動かした。

「あの子転校生らしいぞ? しかもロシア人と日本人のハーフだってよ」

 もう一度壇上を見る。すると彼女とまた視線が軽く合った。だけど俺は彼女から視線をすぐ外した。

「え〜、自己紹介するから静かに」

 先生は坦々と話を進めている。彼女に近づくと耳元で前に出るよう指示する。 

「えっと、」

 その声はゾクっとするほど俺の身体に浸透してきた。どちらかというと高い声。その声は教室中に響き渡る。

恋華れんか クリスティです。日本に来る前はロシアのモスクワにいました。生まれも育ちもロシアです。ちなみにお母さんが日本人で、日本語もお母さんから習いました。クリスティって呼び辛いと思うから、気軽に恋華って読んで下さい」

 何だこの感覚は。彼女を見ていると身体がゾクゾクしてくる。

「恋華クンの席はあそこ。さくら 紫苑しおんって奴の隣に作ってあるからそこに座りなさい」

「はい」

―――何!?

 俺は自分の隣に目を向ける。そこには机。確かに昨日までなかった机がポツンとある。

「よっしゃ!」

 満面の笑みを浮かべる知徳。俺はあまり嬉しくはない。

 皆の視線を浴びながら彼女―――恋華は俺の方に向かってくる。

「よろしくね」

 彼女は腰を少し折ると俺の顔を覗いてきた。

「おぉ、よろしくよろしく!! 俺、王子おうじ 知徳とものり!」

 耳に来る声に先生は知徳を一喝する。それを苦笑いする恋華。

 もう一度恋華は俺を見た。俺もその視線に気付いたので軽く頷いた。

 恋華も同じように頷くと席に着く。と、同時に授業が始まった。

 先ほどまでの騒ぎは嘘のように静けさを取りもどした教室。けれど、俺は授業に集中できなかった。そう、この恋華という女の存在のせいで。

 あぁ、身体が熱い。右手が少し震えている。少しすると目が霞んできた。これは不味い。あれだ。またきたのか。

 薬物中毒者みたいにたまにくる発作。

 むしょうに誰かを『殺したくなる』発作。

―――クソ……この女のせいだ

 坦々と黒板を映す恋華。日差しを浴びて白髪のように、光っている髪。その隙間から見える白い首筋。

―――くっ!?

 心臓が締め付けられるようだ。気持ちが悪い。

「どうかしたの?」

 恋華が俺に話しかけてくる。俺の異変に気付いたようだ。

 ピシッ。音がした。頭の中で何かにヒビがはいったようだ。多分、「理性の壁」だろう。

「……」

 俺は恋華を見ずに首を横に振るとそのまま机に伏せた。少しの間恋華だろう視線を感じたが、少しするとその視線も感じなくなった。

 この女といると気がおかしくなりそうだ。全く、とんでもない奴が転校してきた。発作とは別にここまで俺の神経を危険にさらすとは。

 どんどん押し寄せる吐き気、振るえ、霞。

 あぁ、この女……殺したい。

 薄れていく意識の中、俺の思考は発作でメチャメチャになっていた。

 ヤバイ……殺したい。

出会った。

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