貧乏ゆすり
とにかく、彼女は俺の貧乏ゆすりが気に入らないらしかった。
俺が貧乏ゆすりを始めると、ただでさえ下膨れの顔を膨らませて、俺の元へと一直線。そして、俺の脚を容赦なく蹴り上げる。
正直、結構痛い。痛いのだけど、それに文句が言えないほど俺と彼女の力関係は歴然としていた。
つまり、俺は彼女に弱いのである。恥ずかしながら、正直惚れたもの弱みって言うやつであった。
と言うことで、愛想を尽かされる前にと、俺もそれなりにこの”貧乏ゆすり”を止めようと努力を試みたのである。
とにかく彼女と一緒に居る間は、極力座らず、気を緩めず、彼女の視線を下にいかない様に喋り続ける。そんな努力を続けた。
しかしだ。この貧乏ゆすりって奴は手ごわかった。じっと座っていると何とも言えない鬱積するものが脚に貯まってきて、それから解放する為にと貧乏的な揺れを脚が欲するのである。
だから、元々集中力に欠ける俺は、気を抜いた瞬間に勝手に脚が自動運転してしまうのである。全くを持ってどうにもならない。
しかし、このままでは彼女に愛想を尽かされてしまうかもしれない。
そこで俺は、目先を変えて彼女に貧乏ゆすりを好きになってもらうことを考えた。いや、好きにならずとも思わず視界に入っていても、つい見逃してしまう方法をだ。
まず最初に考えたのが貧乏ゆすりを使って、何か目新しいモノを見せて喜ばそうと言う方法である。
もちろん俺は真剣に考えた。仕事よりも真剣に頭を悩ませた。
そして、その結果出て来た案が、左右の足を交互に揺らす”位相ずらし揺すりの技”だ。
これは左脚が上の時に右足が下と言う具合に、位相を半周期ずらすと言った技である。歌で言えば輪唱と思って頂きたい。ちょっと違うかもしれないが。
思い立ったが吉日、早速、練習開始をした。
きっと、「何これ?キャー凄い!」何て言ってくれるのではないかと想像しながら・・・。
しかし、これが結構難しい。彼女のため、いや、俺の為に昼夜を問わず、自宅も会社も通勤電車も厭わず、相当の練習時間を費やした。
そして、練習を開始して一週間を費やした頃、ついに10数秒レベルではあるが披露するに可能と言うレベルに至った。と、俺は判断した。
よ~し、いざ!
と言うことで、週末、喜んでいつもの様に彼女の家に行き、早速、披露したのだったが・・・。
・・・・・・
「バカ」と一言、思いっ切り頭を叩かれた。
だが、一度の失敗で挫けたりはしない。その2週間後、右脚は縦揺れ左足は横揺れと言う”離れ業”を習得するに至った。早速、週末彼女の家に行き、披露したのだった。が、
これも、「も~う」と一言、頭を引っ叩かれた。
でも挫けはしない。まあ、「そんなこともあるのでは」と内心思わなかった訳でもない。実は、俺は二つの技のを練習中に次なる作戦を考えていたのである。
それは、音楽に合わせて揺すると言う「音楽に紛れて実態を消す」戦法だ。
これは、通常貧乏ゆすりと言うのは高速であるが、音楽に合わせて、もう少しだけゆっくりと揺するのである。いかにも音楽に乗ってますよと言わんばかりにだ。
これは以外と簡単であった。練習を開始して、間もなく自分の才能に気が付くことになった。
唯一問題なのは座っている時は常に音楽が必要と言うことであるが、これも幸いなことに彼女は常に音楽を流すと言う習慣があったので問題は無い。
今度こそと、週末いつもの様に彼女の家に行った。そして・・・。
彼女の部屋は、いつもの様に音楽が流れている。俺はソファーに座ると、何気なく掛かっている音楽に合わせ、貧乏ゆすりでビートを刻む。もちろん、体全体で音楽に乗っている表現力も忘れはしない。
これには、最初不思議そうな顔で、ジッと俺の脚と顔を交互に凝視していた彼女ではあったが、文句がつけようが無かのだろう。間もなく、時々視線が俺の脚の方に落ちるも、凝視するには至らなかった。
おっしゃー、上手くいったぞ!
俺は内心、叫ぶ。
音楽の力は凄い。一度、音楽に乗った貧乏ゆすりは、気を緩めてもリズムに合わせて動き続けるのである。
これで俺も心行くまで揺することが出来ると思った。しかし、これが慢心であったのだ。
約4分後、彼女の様子が一変したのである。鬼の様な形相となり、俺に近づいてきたのである。
ど、どうしたんだ一体・・・。
と思ったのも一瞬。俺は曲と曲の切れ間の存在を認識するに至った。
そうなのだ。俺の脚だけは、曲と曲の合間の空白の時間にも一定の速度で貧乏ゆすりを刻んでいたのである。
その結果は言わずもがな。と言ったところ。
その後も手を替え品を替えそんなやり取りが3か月も続いただろうか。
あんなに元気だった彼女が、体を壊して入院をしてしまったのである。
もちろん、俺は毎日の様にお見舞いに行った。そして、見舞いに行っては、ついベッドの脇で貧乏ゆすりをやっては怒られた。
それは、彼女の部屋と病室、場所は変われどそれは変わらなかった。
しかし、次第に彼女は俺の貧乏ゆすりに対し、怒らなくなって行ったのだった。「しかたないなー」何て、言いながら、笑顔すら見せるようになっていったのだ。
それに、俺は物足りなさを感じたりもした・・・。
・・・・・・
・・・あれから一年の月日が流れた。
今、俺はさして意味の感じない会議で二時間座りっぱなしだ。
なのに、以前の様に俺の脚は全く動こうとはしない。
彼女が居なくなった今、俺の両脚は全く動こうとはしなくなってしまった。
どうしたことか・・・。
もしかして、俺・・・彼女の反応を楽しんでいたのだろうか?
今となっては、そんなことを思ったりもする。
<貧乏ゆすり でした>




