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第1話  苦  手

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 慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン3


      「沖縄海底遺跡の謎」 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


      第1話  苦  手  


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2月15日、金曜日。





「……」


全日空129便、東京(羽田)発、沖縄(那覇)行き。


「ねぇ」


上空1万2500m。


「ねぇ。ちょっと、起きてよ」


窓際に座っている、赤いメガネ、大きなポニーテールの女性は


「ねぇってば!」


左側に座る男性の右肩を揺すった。


「な、何ですか? ちょうど寝付いたところだったのに……」


くせっ毛の青年は小さなあくびをしながら目をこすり、リクライニングを静かに元に戻す。


「どうしました? リナ先輩」


青年は両耳に着けていたイヤホンをはずし、右側に座る【リナ先輩】を眠そうな目で見つめた。


「どうしたって、あんた……」


箱根大学2年生、工学部情報学科に属するリナ。赤いメガネをかけ直した後


「今、かなり上下に揺れたけど。

 普通、びっくりして起きるでしょ!」


眉間にしわをよせ


「慎吾さぁ、なんでそんな危険な状況で眠れるわけ?」


まぶたが重そうな【慎吾】に声をかける。


「いや、なんでと言われましても……」


同じ箱根大学の史学部に属する慎吾は、リナの後輩にあたる1年生。リナがPCでのプログラム構築を得意とする完全理系であるのとは対照的に、歴史と文学を好む完全文系の男だ。


1年前の4月、2人は大学の同じ講義で出会った。


たまたま隣の席に座った事がきっかけで、行動を共にする事になり、ある時は徳川埋蔵金の謎を解き明かし、ある時は国際的なテロを阻止するなど……


出会いから1年足らず、一般人が抱えきれない大きなものを2人は背負ってきた。


「あんた、大地震になっても爆睡してるタイプね」


「飛行機は大丈夫ですよ。

 本で読んだ事ありますが、飛行機が事故に遭う確率なんて……」


言葉の途中で


  ガコン!


「きゃっ!」


機体が上下に激しく揺れた。


「……」


天井を見つめるリナ。ふと横に目をやると


「!」


両手で慎吾の右手を握っている事に気づいた。慌てて手を引っ込めるが、慎吾は特に気にした様子を見せない。それどころかリナを見てニコッと笑うと


「リナ先輩にも苦手なものがあるんですね」


嬉しそうに言い放った。


「そ、そりゃあんた。だいたいね、こんなでっかい金属のかたまりが……

 上空何千メートルも飛ぶ事自体、非常識な……」


「……」


慎吾は嬉しそうにリナの言葉に耳を傾けている。


「な、何よ、その顔」


「あ、いえ。

 いつものリナ先輩なら、航空力学がどうとか言いそうだな~と思って」


「……」


言葉に詰まるリナ。


「飛行機が苦手だとは、ホント意外です」


ニヤニヤする慎吾。


「あ、あんたは平気なわけ? こんなに揺れてても?」


「僕、ジェットコースターとか好きですから」


「ちょっ。なに、飛行機とジェットコースターを同じ扱いにしてんの!

 トラブったら死ぬから! 飛行機トラブル、即死ぬから!」


必死に言い放つ間も、機体はかなり揺れ続けている。


「大丈夫ですよ。そう簡単に飛行機は落ちたりしませんから」


「落ちたら困るっつーの!」


不安を募らせるリナを見ながら


  【吾郎先生もジェットコースター、すっごい苦手だったな】


慎吾は高校の修学旅行を思い出した。


「今度、リナ先輩とジェットコースター乗ってみたいですね」


「は!? 私を遊園地デートに誘ってるわけ?」


リナの言葉に


「まさか」


余裕の笑顔で即答する慎吾。


「いつも強気なリナ先輩が、弱気になる姿を見たいだけですよ」


この天然な皮肉口調こそ、慎吾の持ち味だ。


「っく……」


それに対し言葉に窮するリナの姿もまた、いつもの光景。


「『窓際の席がいい』ってはしゃいでいたのに。

 怖いなら、席を変わりますか?」


「い、いいわよ。

 べ、別に怖いとかじゃなくて、人としての危機管理能力が……」


この2人、恋人同士ではない。しかし共に死線をくぐり抜けた経験を持つ、いわば戦友のような間柄。


慎吾はふと、前のシートの下に置いていたリュックを手元に持ってくる。中から1冊の文庫本を取り出すと、揺れ続ける機体の中でそれを読み始めた。


「な、何読んでんの?」


まだ不安が拭えないリナが覗き込む。


「【那須なすの与一よいち】です」


「は?」


「【おうぎまと】の【那須与一】ですよ」


「おうぎのまと? 何、それ?」


「え? 知らないんですか?」


驚いた表情を見せる慎吾に


「知らないから聞いてるんでしょ!」


逆ギレ気味で返した。


「【平家物語】ですよ。

 【扇の的】は中学校の教科書にも載っていますよ。


 ホントに知らないんですか?」


リナの顔を覗き込むと


「知らない!」


力強く横に首を振った。


「何で今頃、中学校で学ぶヤツを読んでんのよ。

 大学生でしょ、あんた」


「中学で出てくるのは、壮大な物語のごく一部ですから。

 学術的には立派な研究対象になるんですよ」


「そ、そうなの?」


「えぇ。かなりメジャーですけどね。

 4月からの講義で、この【平家物語】を扱う事になったんで……


 予習を兼ねて、久しぶりに目を通しておこうかなと。

 僕、【平家物語】の中ではこの【那須与一】が1番好きなんですよ」


「……」


無言で


  【そんなの知らないし、どうでもいい】


という心の声を、冷ややかな視線で伝えようとする。それを無視した慎吾は天井を見つめ、目を閉じたかと思うと


「ころはにんがつじゅうはちにちのとりのこくばかりのことなるに。

 おりふしほくふうはげしく、いそうつなみもたかかりけり……」


何かを暗唱し始めた。


「な、何、変な呪文唱えてんのよ?」


「【扇の的】ですよ。5年ぶりぐらいですけど、まだ覚えてるもんですね」


言いながら笑う慎吾を


「……」


さらに冷ややかな目で見るリナ。


「そういや去年も【源氏物語】とか読んでたわよね。

 何が面白いんだか……」


「リナ先輩、【源氏物語】と【平家物語】は全然別物ですよ。

 【源氏物語】は紫式部の書いた恋愛小説、すなわち物語であるのに対し……


 【平家物語】は軍記物語といって、実際の合戦を元に……」


語る慎吾にストップのジェスチャーを見せるリナ。


「そこまで!

 ぜんっぜん頭に入ってこないから。


 マジで慎吾のいうこと、頭に入んないから。説明しないでいい」


そんなやりとりをしてるうち、リナはいまだ揺れ続けている事を忘れていた。


「屋島の合戦。沖には平家、くがには源氏が陣取りまして……

 平家側は一艘いっそうの小舟に、扇の的を立てるんです。


 源義経が那須与一を呼び出し、彼は弓矢で扇の的を1発で射貫く。

 実にカッコイイと思いませんか?」


「いや、だから何言っているかわかんないし。

 もうその話は……」


リナの制止を気にせず語り続ける慎吾。


「このパフォーマンスには源氏だけでなく、敵の平氏も大盛り上がり。

 ところが那須与一、次の矢で踊っていた平氏の1人を射殺するんです。


 源氏はさらに盛り上がりますが、平氏は波を打ったように静まりかえる。

 実際の合戦をモチーフにしているのに、実に文学的な……」


「……」


すでに独り言状態の慎吾を無視し、リナは窓の外を見た。ただただ白い雲が見えるだけ。


  ガコン!!


「きゃー!!」


突然の揺れは今まででダントツに大きかった。


「わ~。今のはすっごい落ちた感じがしましたね~」


横で嬉しそうに慎吾が言う。


「……」


右手で心臓を押さえ、動悸を確認するリナ。機内はしばらく大小の揺れが続き、生きた心地がしない。


「……」


その揺れの中、平然と本を読む慎吾を見て


「ね、ねぇ、慎吾」


この状況を打破する1つの策を講じた。


「はい?」


「その【平家物語】、読み聞かせてよ」


「え? 興味あるんですか?」


「あんたの話を聞いてたら、何となくね」


窓の外に視線を移し、心にもないことをつぶやく。


「ホントですか!?」


  【嘘に決まってるでしょ】


「ホント、ほんと。早く読んでよ」


相変わらず窓の外を見続けるリナだが、慎吾は満面の笑みを浮かべた。


「わ~、嬉しいな。リナ先輩が【平家物語】に興味を持つなんて。

 どの話がいいですか? いっぱいありますからね~」


腕を組み、独り言のように呟く慎吾。


「【那須与一】もいいし、個人的には【ぬえ】とかもお奨めです。

 どちらも弓の名手のお話なんですよ。


 でも、【壇ノ浦合戦】も捨てがたいな~。

 やっぱり平家滅亡の……」


「じゃぁ、最初から!」


慎吾は言葉をさえぎられるが


「あの有名な冒頭ですね!」


その目はキラリンと光を放つ。


「有名なの?」


慎吾の方へ振り返るリナ。


「え? 冒頭も知らないんですか! 1番有名ですよ!」


言いながら慎吾はギターを弾くような仕草を見せた。


「手元に三線さんしんがあったらな~

 琵琶びわは弾けないですけど、三線なら弾けるんですよ」


「……」


慎吾が何を言ってるかわからないし、わかろうとも思わない。


「では……」


慎吾は本を閉じると、目をつむり……


祇園精舎ぎおんしょうじゃかねの声、

 諸行無常しょぎょうむじょうの響きあり。


 沙羅双樹さらそうじゅの花の色……」


そのまま語り出した。


「え? ちょっと、慎吾……」


  【暗記してんの?】


と言いかけたが、そうなんだろうと理解する。


「何か?」


目を開いた慎吾がリナの方を向いた。


「え、あぁ……。どうせなら、解説もお願いしていい?

 意味、よくわからないし」


「わかりました!」


嬉しそうに即答した慎吾は、再び目を閉じる。


祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声、

 諸行無常しょぎょうむじょうの響きあり。


 祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の音には……

 永遠に続く物などないという響きが感じられるという意味ですね」


「……」


リナは外を見ながら黙って聞いている。


沙羅双樹さらそうじゅの花の色、

 盛者必衰じょうしゃひっすいことわりをあらわす。


 沙羅双樹さらそうじゅという花がありまして、そのの花の色は……

 繁栄した者は必ず衰えていくものだという事を表しているという意味です」


「……」


リナは目を閉じ、うんうんと頷いた。


「おごれる人もひさしからず、

 ただ春のの夢のごとし。


 力を持った者は、その力を長くは維持いじ出来ない。

 それは春の夢のようなものだという意味になります」


相変わらず機体は揺れ続けているが


「……」


リナは眠気に襲われている。


「たけき者もついには滅びぬ。

 ひとえに風の前のちりに同じ。


 力をふるった者もいつかは滅びる。

 それは風の前のチリに同じ……」


慎吾はチラリと目を開け、横を見た。


「zzz……」


リナが気持ちよさそうに寝ている。それを見て小さく笑うと


「遠く異朝いちょうをとぶらへば……」


再び目を閉じ、語り始めた。


「……」


飛行機の揺れをゆりかごのように感じ、眠り続けるリナ。


那覇空港に到着するまで、目覚める事はなかった。



     (第2話へ続く)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回予告


大学にて、文系科目はすべて慎吾にレポート代筆を頼んでいるリナ。


そのお礼にと、リナは慎吾にある物をプレゼントする。



次回 「 第2話  バイト代 」

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