エルフさんの後始末
このお話は盆踊りでおなじみ、福岡県の民謡「炭坑節」の歌詞を引用しております。
「さぁぞーやーお月さんー煙たーかろう、さーのよいよい」
お嬢様を膝の上に抱え込みながら、真昼の青い空に浮かぶ月を眺めて歌います。異世界でエルフが歌うのが炭坑節、違和感なんてものじゃないです。しかし、私の知ってる歌のレパートリーなんてたかが知れております。これだって前世の擁護施設で参加した盆踊りを覚えていたからですが、意外にこの世界では受けがよかったんですよね。ちなみに1番しか覚えてません。こちらの歌と言えば弦楽器を弾きながら英雄物語や恋歌を語る感じです。そんな所にポップだのロックだの受け入れられるのは相当難しそうですからね。演歌を伸ばして伸ばしてゆっくり歌うくらいでちょうど良い感じかもしれません。お嬢さまもゆらゆら体を揺らしながら楽しそうに聞いて戴いてます。
「はい、お粗末までした」
「ん、ありがとうココ!」
一昨日から昨夜まで坊ちゃまに貪られた私は、今朝の午前中になっても腰の痛みと体中の筋肉痛で動けませんでした。午後になってようやくヨタヨタとですが歩けるようになって、お嬢さまに手を引いて頂いて中庭へとやってきたのです。手足がいう事を聞かず何度も転びそうになりながら階段を下りた時は、前世で高齢者体験の授業での大変さを思い出しました。うん、今世でもお年寄りはできるだけ労わろうと思います。長椅子に腰かけながらお嬢様とのんびりお喋りしたりじゃれたりしてる内に、大分心もほぐれてリラックス出来たような気がします。よい気分転換になりました、連れ出してくれたお嬢様に感謝です。
「他にご希望の曲はおありですか?」
「じゃ、今度は私も一緒に歌っていい?」
お嬢様、炭坑節がことのほかお気に入りになった模様です。残念ながらこの腰では踊りをレクチャーすることはできませんけれど。
「では、ご一緒に」
「うん!」
腕の中のお嬢様と笑顔で頷きあいます。そして、大きく息を吸ってお嬢様と息を合わせます。
「「月がーでたでたー月がぁでたー、よいよい」」
太鼓と紅白の垂れ幕、ついでに赤提灯が欲しくなりますねこれは。
「この歌に合わせた踊りも、今度の機会に披露いたしますね」
「楽しみ!ねぇ、お母様にも話していい?」
それは構わないのですが、奥様の前で披露となるとメイドさん方や侍従さん方が見に来てしまいそうです。流石に大人数の前で踊る、参観日のような状態は恥ずかしいのでご勘弁頂きたいです。
「えぇ、ですが恥ずかしいのでお二人の前だけでいいですか?」
「うん、分かったわ」
何とかお二人の前でとして頂きましたが、ちゃんと練習しておかなければいけませんね。数年のブランクがありますし、以前とは体も違いますからちゃんと動かして試さないと。団扇はこちらにも羽団扇があるのでそれが使えますね。と、準備についていろいろ考えを回していますと、
「楽しそうなお話をしてるね」
後ろから坊ちゃまに声を掛けられました。思わずびくっと肩を震わせてしまう私に、苦笑しながら私の隣に腰かけられました。昨日の今日ですので、気恥ずかしさから「お、お早う御座います」と小さな声て返すとお嬢様の肩で顔を半分隠させて頂きました。生まれた時からお世話をさせて貰っています坊ちゃまに、昨日はああも情けなくて涙や鼻水でぐちゃぐちゃで懇願する姿を見せてしまいましたから、今更どんな顔を見せてよいのやら。穴があったら入りたいというのは、まさにこういう気持ちなのでしょう。
「もう、お兄様。ココが怯えてしまったじゃない」
「ごめんごめん、ほら今日は、ね」
といって、坊ちゃまは後ろ手に持っていたブラシをお嬢様に見せます。それを見たお嬢様は何か納得されたご様子でぴょんと私の膝から降り、
「ちゃんと仲直りしてね!お兄様」
と仰り、そのまますぐ中庭を後にされました。そして私は急に心細くなって手をわきわきさせておりました。居た堪れない空気を感じます。何を言えばいいのやら、この場を何とか脱したい気持ちはあるのですが私の不自由な体は着いてきてはくれないでしょう。私はそっと窺うように坊ちゃまの顔を下から覗き込みました。途端に私の頭は坊ちゃまに抱え込まれ、腕の中に閉じ込めらてました。混乱して身を固くする私に耳元で「昨日はごめん」と仰いました。やり過ぎたよ、ごめんねとやさしい声で撫でられるたびに私の緊張がほぐれていきます。そして、以前より少し逞しくなった胸からは私の好きな坊ちゃまの匂いが確かにして、私の心を安らかにしていきます。
「昨日はいっぱいココに負担を掛けちゃったからね」
そういって手元のブラシを見せると、「お姫様のご機嫌を取りに来たんだよ」と仰りました。そうですよね。私より大きくなって、魔法でも知識でも私より先に習得しちゃって、どんどん大人になっていく様子を見てちょっと戸惑う気持ちがありましたが、坊ちゃまは坊ちゃまでございます。きゅと手を回して力を込めると、優しく抱き返してくるこの腕は変わらないのです。なので、私もいつもの調子で、
「あら、私は坊ちゃまのペットで御座いますよ」
と、悪戯っぽい笑顔でお返しをいたしました。
「それならば、ペットのご機嫌を取ってください」
「わかったよ、可愛いペットさん」
くすくす笑いながら、坊ちゃまの膝に頭を乗せました。坊ちゃまのお腹に顔を向け、胴に腕を回して上半身で抱きつく格好です。坊ちゃまはそんな私の髪をひと房、ふた房と手に取るとブラシを通していきます。いつもさらっさらのエルフの髪はブラシに引っかかる事はありませんが、このブラッシングされる心地よい感覚が私は大好きなのです。私はそのまま坊ちゃまに身を任せ、眠りにつくのでした。わふん。
後日、旦那様奥様、それに坊ちゃまとお嬢様のご家族全員と、メイドさん侍従さん14人ほどの前で、ゆっくり伸ばした炭坑節を歌いながら盆踊りを披露する小っこいエルフの姿がありました。侍従さん達は器用に打楽器と弦楽器で伴奏をつけてくれてます。しかし、奥様とお嬢様のお二人の前だけで踊るはずがなんでこんな大きなお話になっているのでしょう。メイドさんには赤と白のひらひらのドレスを準備されてましたし、有無を言わさずそれに着替えさせられました。侍従さん方の前で歌ったことは2度ばっかしありましたが、それを聞いただけにしては伴奏がしっかりしてます。これ、練習してますよね?それでも、私がひらりひらりと手足を動かすたびに赤と白の布がひらめき、優雅に泳ぐ金魚の尻尾のように目を楽しませます。まぁ、皆様も楽しんでいただけているようですので、これで良しとしましょう。
ふと、坊ちゃまと目が合いました。
何やら声に出さずに口を動かして何か仰っているような。
……べ、て、しま、い、た……
聞こえません。分かりません。私は何も見ませんでした。
最近、ちょっと思うのですが私の未来のご主人様は少々いぢわるで御座います。え、気づくの遅いですか?
逆襲の続きなので短いです。
しかし、ワンコはつくづくファンタジーに喧嘩を売ってる気がします。
追記:
「炭坑節」は福岡県の民謡。CRIC著作権情報センターの情報を見る限り、民謡は自然に発生したもので、著作権は原則として存在しないという認識です。東京音頭の様な作曲作詞元がはっきりしている新民謡はまた扱いが違ってくるようですね。