エルフさんに逆襲
「あの子もそろそろ興味を持ってくれるといいのだけれど」
ため息をつく奥様はお二人のお子様がいらっしゃるとは思えないほど色気があります。それをちょっと羨望の目で見ながら「坊ちゃまの事ですか?」と顔を上げて問いかけます。このまま成体になってもこういうアダルティックな雰囲気は真似できそうにありませんね。
「そうよ、幾つか許嫁や婚約の話は来てるのだけど、あの子ったら全然興味を示さなくって」
困ったものよね、と頬に手を当てる奥様。
坊ちゃまでございますか、城外にもご友人がいて頻繁に手紙のやり取りはしてらっしゃいますし、人付き合いが苦手という訳でもないでしょう。ご友人も男女問わずいらっしゃるようです。こっそり手紙を拝見したところお友達の女性陣は坊ちゃまに熱を上げているのが丸わかりな文面で御座いましたが、坊ちゃまは卒なくお返しされていた模様です。こんなパーフェクトな男の子、前世でも見た事ないですよ。多少、妹様やペットの私に構いすぎなような気がしますがそれは身内ですし大丈夫でしょう。
「お任せください奥様!
坊ちゃまがもっと他の女の子に興味が持てるようにして見せます!」
胸を叩いて気炎を上げる私を奥様は嬉しそうに「あら、頼もしいわ。お願いしちゃうわねココ」と仰いました。ここでお役に立たねばお座敷エルフが廃ります。奥様のため、坊ちゃまのため私はひと肌でもふた肌でも寧ろ素っ裸になろうとも頑張る所存ですよ。ふふふ、覚悟してくださいね坊ちゃま。そんな私を見る奥様の目の端が悪戯っぽくきらりと光った……ように見えましたが、やっぱり気のせいですよね?
「坊ちゃま、私の新しい服を考案したのですが、
ご意見をいただいてもよろしいですか?」
「ん?……コ、ココココ、ココ?何だいその恰好は!」
読んでいた書籍から顔を上げた坊ちゃまは、最近あまい聞いたことのない焦った声を出されています。坊ちゃまが立派に成長されるのは嬉しい事なのですが、こういう表情を見たり一緒に悪戯したりする事がもうなくなってちょっとさみしい思いをしていたのですよね。こんな声を聴けただけでも作戦は成功ですね、いやいや目的はそんな事ではありませんでした。
「もう少しで暑い日々になりそうですし、涼しげな作業着が欲しいなと思いまして」
私は坊ちゃまの視線に答えて、スカートの端を摘まみくるりと周ります。私の今の出で立ちは膝までの靴下とミニで見えそうなスカートのメイド服です。奥様の後押しを受けて、年配のメイドさん方の全面協力で出来上がりましたこの世界では斬新なメイド服です。いつもはロングなスカートですが、そのギャップで坊ちゃまを刺激しようという戦略なのです。胸がないので生足しか取り柄がなかったのです、そこはそっとしておいてくださいませ。
「どうでしょうか?坊ちゃま」
小首をかしげて問いかけると、少し顔を赤くしていた坊ちゃまを伺う事が出来ました。おぉ、これは成功じゃないしょうか?と調子に乗ったのがいけなかったのか、輝くようなでも有無を言わさない笑顔で坊ちゃまが仰いました。
「何時もの格好に着替えてきなさい」
「はい、すみません……」
奥様がお怒りになった時のような迫力がございました。私は見えない尻尾と耳をたれ下げながら指差されたドアから退出いたしました。わふーん。
「ぼっちゃま、今日のお菓子は私がお作りました」
「そうか……い?」
坊ちゃまが目を見開いた後、目を横に逸らしました。効いてます、効果は抜群ですよメイドさん方。あの後に反省会という名の作戦会議でメイドさん方の意見を取り入れてのこの第二戦。私の格好は袖なしのワンピースに厨房から借りた飾り気の少ないエプロンです。正面から見るとエプロンしか見えないそうでとても刺激的だそうです、これなら大丈夫と太鼓判を押されましたよ。鏡を見て確認しようとしましたがメイドさん達に止められました。そのまま追い立てられるように坊ちゃまの許へ参りましたが、今度の作戦は成功でしょうか?
「……」
坊ちゃまは前よりも赤い顔をしてらっしゃいます。今度こそ効果は抜群ですね。ちょっと私が得意げな気持ちになったところで、坊ちゃまは無言のまま部屋の鏡を指し示しました。私も鏡を覗き込むとそこには、あられもない私の姿が!駄目です、そりゃぁひと肌でもふた肌でもと誓いましたが、着ている方が恥ずかしくなるこの不思議。程なくして私の顔も真っ赤に染まりました。先ほどの高揚感はすっかりしぼみ、そこには坊ちゃまに示されたドアから退出する負け犬の姿がありました。くぉぉん。
「坊ちゃま、お背中をお流しいたします」
タオル的な布を巻きつけたままお風呂に入ってきた私を、坊ちゃまは幾ばくか顔を赤らめながらも落ち着いて迎えました。むぅ、そういえば一緒にお風呂に入るのはもと小さな頃からよくさせて貰ってましたね。旦那様や奥様の前でも結構な頻度で肌を晒しておりますが、坊ちゃまやお嬢様の前でも裸やそれに近い恰好でお風呂に入ったりベッドで添い寝したりしておりましたからね。日常のイベントとなっているからか、刺激が薄くなっているのでしょうか。
「ありがとう、ほらこっちにおいで」
手招きされてお呼ばれしたので、湯につかり坊ちゃまの隣の段差に腰を掛けます。
そして私の頭をなでながら仰います。
「今日は色々やっているみたいだけど、どうしたんだい?」
まさか「坊ちゃまに女の子に興味を持ってもらおう大作戦」を実施しております、なんて言えません。何といっていいやら言いよどむ私に苦笑を一つ向けると、ガシガシと頭を撫で始めました。条件反射で体の力が抜けてしまいます。「いいよ、聞かない」と坊ちゃまは優しい声で仰ってそのまま優しい手櫛で私の髪を梳きはじめました。理容店でも実感できると思いますが、他の人に頭に触られるのって気持ちいいのですよね。お風呂に入っている気持ち良さも手伝って、だんだん眠く……。
気が付くと私は自分のお部屋のソファーで寝ておりました。ちゃんと服を着ており、更には坊ちゃまの上着が掛け布団の如くかけられています。運ばれた上に着替えさせられた?年上としての私の立場はなくなってしまいました。あぁ恥ずかしや。もう間違ってもお姉ちゃん面は出来ませんよ。わぉぉーん。
「坊ちゃま、添い寝に参りました」
ちょっと色んなものを失って意気消沈しておりましたが、それで計画を中止するわけにはいきません。私は気合を入れて坊ちゃまの寝室へと入りました。今の私の姿は、奥様から譲り受けたまま使われることのなかった黒いビスチェに身を包んでいます。言ってしまうなら、すけすけ、です。私の持つ中でも最もアダルティな服装です。体のいろんなパーツの物量が不足している私が着ると、ちょっと背伸びしすぎな痛々しい姿で御座いますがそれでも無いよりましと湧き上がる恥ずかしさを抑えて身に着けてまいりました。
薄暗い部屋の中で、起きていたらしい坊ちゃまは魔法の燭台に明かりをつけると私の方へ振り返りました。
「やっぱり来たね、ココ」
私の作戦は既に読まれていたようです。
そこで坊ちゃまは私にネタ晴らしをしてくれました。風呂場までの私の様子がおかしいと感じた坊ちゃまは、私の行動の傾向から奥様が裏に居るのでは?と感じだそうです。その辺は私は分かりませんけれど。そしてお風呂で寝入っちゃった私を部屋まで送って着替えさせた後、って!坊ちゃまに着替えさせられてたなんて、メイドさん達に頼んでくださいませ!と涙目で抗議いたしましたが軽く躱されてしまいました。坊ちゃま、とても強かにお育ちになりました。奥様に私の様子を伝えると、あっさりと事情をお話になられたそうです。奥様、そこはすっとぼけておいて頂けると。
「ココには心配かけちゃったようだね」
「い、いえ、そんな」
そう仰ると、ちょっと悪戯めいた笑みで「こっちへおいで、見せたいものがある」を私を手招きされました。恐る恐る近寄る私に差し出されたのは、一冊の書籍でした。
「読んでみて、……見覚えがないかい?」
ページを開いて目次を読みとばし、前書きの様な文章ページを捲った後、私はそのままの姿勢で固まってしまいました。これはあの忌まわしい「エルフの英知(偽)」!私の前世から持ち込んだHENTAI国家日本のエロ知識と、旦那様と絵師のおじ様の凄まじい情熱が生み出した迷品でした。しかも、この国の王族の方献上したのとは違う試作版です。何が違うかというと、これ、挿絵の女性が小柄で色白で耳が長いのです。つまり、私がモデルなのですよ。そりゃあ、言葉で伝えきれない姿勢をポーズを取ったりしてましたが、まさかそのまま挿絵にされるとは思いませんでしたので、泣いて頼んで献上する方の挿絵は一般的な女性の姿に変更してもらったのです。
そんな経緯のある黒歴史版がなぜここに?
旦那様の書斎の奥深くに封印されていると聞いていましたけれど。
「去年から父上の仕事を教えてもらっていてね、でも父上はお忙しいから調べ物が出来るように書斎の鍵をお借りしていんだよ」
といって、坊ちゃまは何時もなさっている首飾りのロケットから小さな鍵を取り出して見せてくださいます。なるほど、そういう訳で御座いましたか。いえ、ネタ晴らしをされても私がなぞ安心できましょうか。この本がある限り私の恥ずかしさは尽きることはないのです。何とか処分をしなければ!
「これを読んだ時はさ、驚いたよ」
「そ、そうでございました、か」
「だけど僕はココが大事だからさ、色々と我慢をしてたんだ」
「え?こ、光栄、なのです」
何時の間にか私の背後に回った坊ちゃまが私の肩に手を置きます。
「でも、今日は色々とココの可愛い姿を見ちゃったからね」
思わずひゅっと息を漏らす私の耳元で「ごめん、限界なんだ」と悪戯っぽく囁かれます。坊ちゃま、限界という割にはなんか余裕あるのではないですか?はっ、これは不味いです。この世界でも性豪でいらっしゃる旦那様にさえ強烈なインパクトを与えた日本由来のHENTAIエロ知識。それが私がモデルの挿絵で出てるものを坊ちゃまは読んでいらっしゃるのです。途轍もなく不味い予感がするのです。
ここはひとまず撤退を!
そう考えた途端に、敏感な長い耳を甘噛みされて私は腰砕けになりました。
そこからは私は為すがままで御座います。私は坊ちゃまから天国の様な地獄を与えられるのでした。
坊ちゃま、流石、強大な精力をお持ちの、旦那様の血をひいて、ます。
腰が抜けて動けません。体中が怠くてギシギシいっている気がします。喉がからからです。
この坊ちゃまの部屋にはいったのが夜中でしたのに、起きたら夜中でした。体はベトベトしてませんし、黒から白に染まったビスチェも普段着ていた寝間着に着替えさせられてますし、ベッドのシーツもサラサラで交換されているのでしょう。そこまでぼーっと考えて、私は顔を青くしました。それって、また朦朧としてるうちに体を洗われて、着替えさせられて、ベッドメイクもされた後に寝かされて……また坊ちゃまにお世話をされてますし、それをメイドさん達にも知られてしまっているという事でしょう。うわぁぁ、あな恥ずかしや。もう知的なエルフさんのイメージには戻れません。そんなものが元からあったかは別として。
「あ、ココ!起きたのね?」
扉を開けてお嬢様がいらっしゃいました。「疲れてたみたいだから、心配したの」とのお優しいお言葉。お嬢様、こんな色々と駄目駄目な私にも心配を頂けるなんて、ココめは感激にございます。
「昨日はずっとお兄様と遊んでたんでしょう?
もう、ココをこんなにして、お兄様に怒ってあげるわ」
えぇ、ぜひぜひ言ってくださいませ。
「でも、私がもうちょっと大きくなったら私もココとお兄様と一緒に遊ぶから、二人でお兄様をやっつけちゃいましょうね」
「お、お嬢様!それはいくらなんでもまずいのでは!?」
流石にご兄弟でというのは如何なものか?と言い募った私ですが「あら、お母様は私がお兄様のお嫁さんになるんだったら良いんだって」というお言葉に返す言葉もなくなりました。そうでした、ここは異世界、現代日本の感覚を引きずってはいけないのですね。そもそも前世の世界でも近親の結婚が可能な国はありますし、日本だって昔は近親婚は当たり前にありましたし。私としてもそういう価値観を除いては、坊ちゃまとお嬢様が夫婦にというのは飼い犬視点以外でも好ましいと思います。ただ、貴族としてはどうなのでしょう。謀略と政略結婚が貴族の華だとどこかで読んだ気がいたしますので。まぁその辺りはペットな私が気にしても仕方ありませんので、お嬢様にひとつ、ご助言をさせて頂きます。
「お嬢様、坊ちゃまとお遊びするのはそれはそれは大変ですので、
いっぱいいっぱい食べて運動して、力をつけてくださいましね」
じゃないと私のように情けなくて恥ずかしい姿を晒してしまいますゆえ。
そして、私は窓際の机の上の例の本に「しおり」が刺さっているのは見ない事にします。坊ちゃまの勤勉さに昼間から震えがいたします。年の差なんて関係なく、次の機会があるならば、手加減を泣いて縋って頼み込む所存でございます。うぅぅ腰痛い。
逆襲されるワンコ。
本編の借りをここぞと返されてます。