エルフさんと大きなかぶ
このお話はロシア民話「おおきなかぶ」を元に書かせて頂いております。詳細は後書きの追記へ。
「うんしょーよいしょー、どっこいしょ」
「引っぱって引っぱって、それでもカーボを抜くことができません。」
言葉の響きが楽しいのか、お嬢様は楽しそうに笑っていらっしゃいます。
「次にココは、庭師のお爺ちゃんに続き、坊ちゃまをお呼びいたしました」
「おぉ、これは大きなカーボだ。可愛い妹の夕食に飾ろう」
「え?お兄様も!?お兄様もカーボを抜いたの?」
まさかの、大好きなお兄様の登場にお嬢様は目を白黒させています。ふふふ、そうで御座いましょうね。お伽話と思わせて、この異世界版「大きなカブ」がノンフィクションだったという衝撃の事実で御座います。あの時のお嬢様は奥様の腕の中でお休みになられてましたからご存じないのも仕方ありません。
私がホクホクで口の中で崩れるカブのスープが食べたい、と庭師のお爺ちゃんと話したことから始まった騒動。城下では「ロンド城の大きなカーボ」としておとぎ話になっております。このカーボ、名前こそ似ていますが前世の世界で言う「ユリ根」に近いぼこぼこした形と食感でした。サイズも親指ほどと小さかったので、お爺ちゃんや城の皆さんに振る舞えるよう大きいサイズ、それでいてあの蕩ける食感を出すために細胞が小さく柔らかくなるようにとファジーな緑魔法で作り上げたのです。
試行錯誤の間に、その、とっても大きなサイズが出来てしまいまして。朝に菜園に出かけて、私の身長をかるーく超える葉っぱを見た時はもう、腰を抜かしてしまいました。そこからはもう皆さんに助力を頼んで、メイドさんも侍従さんも衛視さんも総出であぁでもないこうでもないと苦戦しながら相対してたのですが全然抜ける様子もなく。最後には、坊ちゃまが魔法を教えに来ていた先生に土魔法で周囲を掘って貰ったり、厩舎から馬を連れてきて牽かせたりして、みんな泥だらけになってようやく抜けた大接戦でした。私の緑魔法実験のせいなので、皆様に迷惑をかけ通しで申し訳ないやらで平謝りして回りましたが、皆様はたまのイベントとして受け入れて許していただきました。「毎日は御免ですからね」とメイド長さんにしっかりと釘は刺されてしまいましたけれど。
そして、抜けてからも大変でした。何せサイズが大きすぎるのです。城の皆さんで食べても余るほどで、必要な分だけ切り取って城下の孤児院や貧救院へと運び込まれたようです。それで城下にもこのお話が広がっちゃったんですよね。もちろん、エルフな私が関わってるのは内緒です。広まったお話の方を聞くと、主人公も下働きメイドのココアと偽名になってました。ミルクと混ぜて美味しく飲めそうな名前ですね。私がこのお城で飼われていることを知っている方々なら事情を察してしまうかもしれませんが旦那様のご判断ですので、恐らくは大丈夫だと思います。頼もしいご主人様の元で飼われて光栄です。そうそう、切り分けるのも大変でした。包丁では間に合わなくって、衛兵さんが腰に下げた剣でカーボを切り分けるという不思議な光景が展開され、それも城下に面白おかしく広がったそうです。
「へぇー、それすっごく見たかったわ」
残念そうに呟くお嬢様を見ると是が非でもその光景を見せて差し上げたいのですが、あの騒動より規模の大きい作物を作るのは禁止されております。
そこで私は、
「ここはひとつ、坊ちゃまにいい考えを乞いましょう」
と提案いたしました。とても他力本願な内容で御座いますが、ココめの頭ではなんともいい考えが浮かびそうにありません。
成長期で身内フィルターを除いても益々カッコよく育っていらっしゃいます坊ちゃまは、頭脳も明晰でございます。既に旦那様より領地の経営についても少しずつ勉強されているそうです。普段脳を使わないお座敷エルフ生活な私とは既に大きな差が出来ております。年上としては少々思う所はあるのですが、坊ちゃまとの知性の差は縮まる気配がありません。いいんです、ペットですもの。おっとひゅるりと吹いた風が冷たくってぐすんと鼻がなってしまいた。
「ふむ、メリーはあの話のカーボが見たいんだね」
「そうなのです。あんな楽しそうなのぜひ見てみたいわ」
目を細めて懐かしそうな顔で仰りながら、右手で期待を込めた眼差しのお嬢様の頭を撫でています。ソファーの反対側ではしっかり私も寝転んだ状態で撫でられております。あ、そこいいです。そのまま頭をコシコシしちゃってくださいませ。坊ちゃまとお嬢様のお話は進んでいるようですが、むむっ、坊ちゃまの手が気持ちよくて意識が集中できません。段々テクニシャンになられますね。ひたすら手櫛でブラッシングされた私が坊ちゃまのひざに頭を乗せて甘えてしまいそうになった頃、お嬢様からお声を掛けられました。
「ね、ココもお兄様のカッコいい所みたいわよね!」
申し訳ございませんお嬢様、このペットめは撫でられて意識し飛ばしかけておりました。
お話の内容は把握できておりませんでしたが、「坊ちゃまはいつも恰好いいですよ」とお返ししておきました。もう知的な爽やか美少年とか前世でも幻想だと思ってました。さすがファンタジー世界なんて思ってたら、自分こそがそのファンタジー世界でも稀有な幻想生物だと気が付きましたけれど。ともかく、私の返答を聞いた坊ちゃまはお顔に苦笑いを浮かべられております。なんかまずい発言でしたでしょうか。はっ、私が話を聞いていなかったのが、しっかりばれていたとか?
「お兄様、これは頑張らないとね」
「……あぁ、頑張ってみるよ」
坊ちゃまは強めに私の頭をかき回すと、お嬢様と秘密のご計画を立て始めました。
私ですか?そのちょっと乱暴な撫で方で気持ち良くなって伸びておりました。耳の付け根の裏をそっと撫でられるとぞくぞくするような気持ち良さがありまして、それにあらがうことなぞ出来ましょうか、いやできません。だらしないペットでごめんなさい坊ちゃま、お嬢様と心の中で謝りながら、坊ちゃまの膝に頭を乗せて気持ち良く寝入ってしまいました。
「あまくて大きいカーボになーれ!」
「美味しい美味しいカーボになーれー!」
広い庭園に私のお馬鹿な台詞が響き渡ります。
私の緑魔法はファジーで便利ですが、こうちゃんと声に出してイメージを明確にしないときちんと発動してはくれないのです。魔法の先生は私のイメージの問題だと言われております。衆人環視の中でこれをするのは大変勇気がいります。目に見えて効果が出るのでなければ早々に心が折れていたでしょう。しかし、私の素直な欲望の吐露が含まれた言葉はしっかりと効果を及ぼして、大人の両手が回りきらない程の大きさまで育ちました。周囲の皆さんからも歓声がわきました。そして早々に次の準備に取り掛かろうと忙しなく動いています。庭師のお爺ちゃんには毎日肥料を周囲に埋めてもらいましたし、厨房の方たちは作る料理を考えてもらって、衛視の方たちは力仕事の準備と、その中で土魔法の使える人は坊ちゃまと打ち合わせをしております。メイドさん達はお絞りや水差しを持ってサポートに、回っております。
それら全てを取り仕切っているのが坊ちゃまです。そのご立派な姿に私は早くもほろりと来てしまいそうです。坊ちゃまが旦那様に掛け合ってくださった際に、「いい経験だ」とということで坊ちゃまが全ての指揮を執るように言い付けられました。ちゃんと侍従さんや年配のメイドさんたちが陰で助言したりと支えているようですが、それでも指示を出す坊ちゃまの横顔を頼もしく思います。私のお仕事はもう終わってしまいましたので坊ちゃまにお断りを入れて、庭園の長椅子に腰かけて楽しそうに様子を眺めるお嬢様の隣で応援することにしました。腰を掛けたとたんにお嬢様が私の膝の上に乗ってきます。私のお膝はお嬢様のお気に入りなのです。私も慣れたものなので両手をお嬢様のお腹に回してホールドして軽くぎゅっと抱きしめます。そして顔を上げては、お嬢様と一緒に皆さんを応援しました。
「みなさーん、頑張ってくださいねー」
気のいい衛兵さん達は手を振ってくれ、まかせてくれと言わんばかりに腕で力こぶを作ってみてる人もいます。先に取り掛かっていた土魔法部隊の人たちが鋭い声を上げて、続いてズズンとお腹に響く音がしました。大きなカーボの周りの地面がえぐれていました。カーボには傷がありませんし、ちゃんと勉強した人の魔法はまったくもって凄いですね。私の魔法って言葉も効果もファジーだしなんだかパチモノって気がするんです。緑魔法以外は適性低いので、果物を冷やすとかマッチの火変わりのようなレベルですので。そうこうする内にカーボに幾重にも縄が掛けられて、そこから皆が引っ張る紐が取付けられました。色んな所で幾重にも縛っているのは引っ張る力でカーボが砕けちゃわないようにだそうです。しっかり考えられてますね坊ちゃま。いよいよ、力自慢の衛兵さんたちが綱をとりました。
「よーし、みんな手を取ったか?よし、始めっ!!」
「「「おぉー!」」」
坊ちゃまの合図と共に、雄々しい掛け声が響きます。縄がギリギリと張る音も聞こえますので相当な力が掛かっているのでしょう。しばし掛け声の応酬が続いた後、ぼっという音と共に、遂にカーボの全体が顔を出しました。ひときわ大きな歓声と称賛の声が響きます。
「ココ!もっと傍で見たいわ、行きましょう!」
膝から降りたお嬢様はそう仰ると直ぐに坊ちゃまとカーボの方へ駆け寄られました。私もメイドさんに押しぼりを貰いながら、作戦が上手くいってホッとした表情を見せる坊ちゃまに駆け寄ります。そして貰ったそれを「お疲れさまでした」と両手で差し出します。そして「指示を出す姿は格好良かったです、坊ちゃま」と素直な感想を述べます。お嬢様がカーボに夢中ですのでここは私が言っておきませんとね。すると、坊ちゃまは少し照れた様子で私の頭を乱暴に撫でます。
「これからまだ切りわけないと運べないしね、もうちょっと頑張らないとね」
そうで御座いますね、まだ終わったわけではありません。
この大きなカーボを切り分けて、美味しい料理にするまでが作戦であります。私の緑魔法も成長してますし、厨房の皆さんもいろいろと料理を考えているそうで今夜の料理が楽しみですね、本当に。お隣の坊ちゃまに「今夜がとっても楽しみですね!」と声を掛けます。するとちょっと戸惑ったような気配がありました。
「どんな美味しい料理が待っておりますやら」
「あ、あぁ、……そうだね」
また苦笑いを浮かべられる坊ちゃま。喰いしんぼうだと思われているのでしょうか、でもそれは事実ですので反論が出来ませぬ。
その晩に出された料理は、とても見事なものでした。
厨房の料理人さんたちは、とてもいい仕事をされました。口の中で蕩けるカーボのポトフや、ばら肉と香辛料替わりの木の実とでピリッと辛い炒めもの、蒸したホクホクのカーボに甘い餡かけをしたものなど、私の前世でもあまり見たことがないほどにレパートリー豊富で美味しい品々でした。外出から戻ってそれを召し上がられた旦那さまや奥様はとてもお気に召したもようで、毎年やってみないか?なんてお話が食卓に上るほどでした。お嬢様もおとぎ話だと思っていたイベントが見られて、そしてそのカーボを食べられて大いに満足されています。坊ちゃまもひと仕事終えたお顔をしてらして、男の子の成長の速さを感じました。反対に肉体的にも精神的にも全くの成長が見られない私ですが、えぇ、美味しいカーボが食べられて大満足ですよ。
日本では「うんとこしょ、どっこいしょ」の掛け声で有名な絵本の「大きなかぶ」ですが、
ロシア語の原文では、"тянут-потянут, вытянуть не могут"と、訳がわかりません。
これをあのコミカルな掛け声にした日本語訳のセンスが凄い。
追記:
「おおきなかぶ」は日本でも有名なロシア民話。ロシア民話集[1863年~]が初出として、日本で翻訳されたのが1962年(内田莉莎子訳)、今の教科書等に載っている物ですね。
日本の翻訳権は1970年以前のものは原著刊行後10年に翻訳出版されていない場合は翻訳権を取得しなくてよい、となっています。自分は上記の英語版ではなくロシア語版を元に書いていましたが。