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五分間の優しい小説

いびつな俺が曲がらないでいられた訳

作者:k.go
人を心配する、人を思いやる。いつからそんなことが出来る人間に成ったのだろう。
生まれつきのものもあるかもしれない。親の教育のたまものかもしれない。
でも、それ以上に思い出がそうさせてくれる。経験がその大切さを教えてくれる。
みんなそうなんだろう。そして自分は、きっと、、、
「ちょっといっぷくするわ。」
 そう言うとゲームのコントローラーを床に置き、煙草の煙が充満する部屋の窓を開けた。
 開放された窓から汚れた空気がここぞとばかりに逃げ出し、きれいな空気がやれやれと中に入ってくる。
 上体を乗り出して空を眺めると、霞むことなくすっきりと透き通った青に、季節はずれの雪像を思わせる大きな入道雲が夏の始まりを告げていた。
 高校時代から吸っている煙草の副流煙は、空に向かってひとすじの道を作っていて、まるで空の海に釣り糸を垂らすかのようだった。
「くもの糸…か、」
 地獄に落ちた悪人を助ける為に、仏様が垂らした一本の蜘蛛の糸の話。結局自分の事しか思いやれなかった悪人は仏様のくれた最後の救いの手を逃す事になった。
 俺も救いが糸の様に頼り無い物だったら、悪人と同じように今も暗い闇をさ迷う屍になっていたのだろうか…
 「なぁ、ユウ。」
 「ん?」
 部屋の中の友達がゲーム画面から顔も動かさずに声だけ反応する。
「高校の時、俺がいじめられてたの覚えてる?」

「は?そんなんあったっけ?」
「まあね。」
「覚えてへんわ。」
 ユウは特に興味も無いという感じだった。
 ユウとは高校からの付き合いだが、卒業してからもずっと仲がいい数少ない友人だ。
 考え方や趣味、いい事やどうでもいいくだらない事まで俺の人生の辞書の大半はユウと知り合ってから書き込まれたものばかりだ。
 こうやってふかしている煙草もゲームも元はと言えば、ユウと付き合いが出来てから覚えたものだ。
 (ふー。)
 高校生活、部活も肌に合わずに一年でやめ、特になにをするでもなくただただ一日を浪費する毎日。
 そんな何の楽しみもない俺をゲームセンターに連れて行き、頼んでもいないのに一からやり方、マナーなどを叩き込まれた。
 ゲーム腕が上がる楽しみ、学校も年も違う人との付き合い、全てが新鮮だった。
 ユウからすればただ一緒にゲームする人数を増やしたかっただけかもしれないが、人生に不器用なな俺を家からいろんなところに連れて行く少し強引な所がとても嬉しかった。

 そんな何気ない高校生活をしているうちに、俺はいじめに合うようになった。
 クラスで特にバカという訳でもなく、目立つような事もしていない。
 原因は特に思い当たらないが、おそらく近くにいる手ごろな奴というだけで、突然標的にされた。
 テレビやマンガで見る様な激しいものではないし、いじめるのもガラの悪い二人組しかいなかった。
 それでも顔を合わす度に罵声を浴びせられ、時には二人に左右の肩を掴まれて両足をはじかれた事もあった。
 当然両足地に付いていない訳だから、人前で腰から派手に転け、それを見てあざ笑う二人の姿が未だに忘れられない。
 が、それでも、誰にも助けを求めることはしなかった。
 それは完全に上下関係を、相手に勝てないと自ら負け犬の証を提示するに等しかったからだ。そんなくだらないプライドを簡単に捨てられるほど出来た人間ではなかった。
 口答えをして押しては何暑くなってんだと引かれ、黙っていればここぞとばかりに押し込まれる。
 這い出ることの出来ない実体のない流砂の中でもがき苦しみながらも、放課後にあるはずの友達との時間だけを支えになんとか呼吸をしている状態だった。

 だが、三年最後の大掃除の時、そんな支えすらも叩き壊す出来事が起こった。

 ベランダの掃除をしている時に、一気に窓の鍵を全て閉められ、俺一人閉じ込められたのだ。
 たかが締め出しと思うかも知れないが、出された数分はとてつもなく長く感じた。
 助けてくれる人が誰一人として居なかったからだ。
 今までいたはずの仲のいい友達はそそくさと姿を消し、ただのクラスメイトは気付いていないかのように見て見ぬ振りをする。
 あと数日で卒業なのに、不必要に火の粉を浴びたくない。誰だってそうだ。多分俺が見ている側でもそうしたかもしれない。
 だから、ただただ耐えて二人が飽きるのを待つしかなかった。
 ここから飛び降りたらどうなる?上手く行けば二人に一生消えない傷を残せるかも知れない。いじめが公になれば、ただではすまないはずだ。などと、負の感情が体からにじみ出る。
 いじめられるものにとって、自分の命ほど軽いものはない。何気なく電車を待つだけで、頭の中で何十回何百回と自分が血まみれになって死んで行く。
 時間がたてど、誰一人動かない。
 俺には敗者と言う看板を立てられた晒し者、見せ物と同じ扱いだと悟った。
 アスファルトに叩きつけられ、頭から血を流し生き絶える姿がフラッシュバックのようにいくつも浮かんでは、醜い感情が俺をうめ尽くしていく。

 カチャッ

 乾いた金属音の後、カラカラと窓が開く音がした。
 ふと振り返ると、ユウがいつもと変わらない声で、「はやく入ってこいよ。」と窓から手を出していた。
 ユウの手をつかんで窓から教室に入ると、二人が「あーあ、おもんねぇ」と言って何処かに行ってしまった。
 ユウは大丈夫と心配するでも無く、いつものように放課後に何処に行くか話をし始めた。
 同情する訳でも気を使うわけでも無く、なにもなかったかの様に。
 言葉などでは言い表せない、言葉などでは言い尽くせない感謝の気持ちが、今まで俺を覆いかぶさっていた負の感情など簡単に掻き消してしまった。
 たった数秒の出来事、ユウがいなければ高校生活最低の思い出になるところが、ユウの差し出してくれた手ひとつで、人生最高の思い出になった。
 誰の物かわからない蜘蛛の糸とは違う、掴めばしっかりと引き上げてくれる友達の腕。
 あの腕のおかげで俺は曲がらずに生きている。小さな事でも人の為に動く事が出来るようになった。
 俺の人生はあの時新たに始まった。

 「腹減らへん?どっか行こか。何がいい?」
 煙草を押し消しながらユウが言う。
 んーと悩むと、
「言っとくけど、どこでもいいは認めんからな。」
 と、俺の鼻を指差した。
 「じゃあ前に教えてくれた安くてうまい店!」
 「おっしゃ!」
 二人でにっと笑って外に出掛ける。
 高校を卒業してからもう7年の月日が経つ。
 ユウにとっては覚えてないほど小さなことだったかもしれないが、あの思い出のおかげで俺は幾度と無く救われた。支えられた。頑張れた。
 夜更かし、ゲーム、煙草。あまり良いとは言えない習慣も増えたけど、ユウといれば俺は俺でいられる。
 ある意味では血の繋がりよりも強い信頼という俺のユウに対する一方的な絆。
 一度地に落ちたこの人生はユウの為に何でもできる。

 たとえ今一度地に落ちる事になろうとも、もう俺は曲がらない。

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