婚約者含む王太子御一行が男爵令嬢にぞっこんとかそんなことある?
この国には二つの矛がある。
一つは騎士団。剣を手に治安維持から王族の護衛までこなす。民衆からも頼りにされている人たちだ。
もう一つは魔術師団。国の結界から攻撃魔術まで使いこなす。夜道を照らす魔術具の作成も仕事の内だ。
この二つの矛、とても仲が悪かった。どちらが陛下に重用されているかを競い合っていたのだ。
今の団長たちの仲は悪くないが、団員たちは伝統的にギスギスしてしまっている。この状況を何とかするために騎士団家系と魔術師団家系の婚姻が結ばれることになった。
わかりやすく騎士団長と魔術師団長の子ども同士で結婚出来ればよかったのだが、両者ともにご子息のみ。
そのため、騎士家系、魔術師家系の上からあたって娘を持つ家系が婚約者に選ばれたのだ。
魔術師団長の嫡子と騎士副団長の娘、そして騎士団長の嫡子と、魔術師として万年二番手の家系の娘が選ばれた。この二番手家系の娘が私のことだ。
四家同時顔合わせという面倒なことは一気に終わらせようという魂胆が見え隠れする顔合わせの場だったが、私とお相手は特に問題なく、可もなく不可もなく顔合わせを終えられた。
魔術師団長の嫡子と騎士副団長の娘は反発するものがあったのか出会ってすぐから言い合いに発展していたが、とても元気でよろしいと思う。
むしろ年齢一桁なのに淡々と挨拶と世間話をしていただけの私たちの方が変なものを見る目で見られてしまった。枯れてる、なんて呟いたメイドは隣にいた別のメイドに頭を叩かれていた。
そんな出会いをして、定期的なお茶会で交流していった私達。
魔術師団長の嫡子と騎士団長の嫡子は家柄だけでなく本人の能力も高く、王太子の側近候補に選ばれた。
他にも宰相の次男や伯爵家の令息なんかも側近候補に入っていき、王太子の周辺は優秀な人材で固められている。王太子自身もとても優秀で、早い段階から王妃と一緒に慰問活動を行っているらしい。
魔術師団長の嫡子、レイモンドと騎士副団長の娘アリアーナはすぐに衝突する婚約者同士だったがぶつかるくらいなんでも言い合う仲ともいえるわけで、傍から見るととても微笑ましいつんつんした恋人同士に見える。
自身も騎士の鍛錬を欠かさないアリアーナは騎士団からも愛されているようで、そんな二人は魔術師団からも騎士団からも優しく見守られているのだ。
「あのお二人なら陛下の思惑通り、騎士団と魔術師団の関係改善が叶いそうですね」
「ああ、そうだな。現時点でも両師団の会話が増えている」
私、ヴィレミナは定期お茶会の席で婚約者のブルーノ様とアリアーナたちの話をする。
そばに控えている侍女には定例報告会みたいにしか見えない、事務的過ぎると哀れんだ表情をされてしまうがこれが私たちのちょうどいい関係性だ。
あの二人のように熱のこもったやり取りではなく、静かに会話を交わす。それぞれの婚約者同士で違いがあっていいじゃないか。
ブルーノ様もこれくらいの距離間で問題ないようで、ゆっくりとした会話を続けてくれる。
学園に入学しても関係性は変わらず、このまま責務通り結婚するのだと、そう思っていた。
「また欠席ですか」
カチャリとカップをソーサーにおいて小さくため息を漏らす。
学園の二年生になって、王太子の回りで問題が起きた。
入学してきたばかりの男爵令嬢に王太子が、それだけでなく側近候補たちが惚れてしまった、というのだ。
男爵の庶子である令嬢は平民育ちで入学する数か月前に男爵家に入ったため礼儀がなっていない。
それが新鮮だと、可愛らしいと王太子たちが惚れてしまったという噂だ。
惚れるだけならまだ目をつぶれるのだが、王太子たちは公務も授業も放り投げ、男爵令嬢とのお茶会ばかりを楽しんでいる。
時折男爵令嬢を求めていさかいを起こしながら、それでも誰も欠けることなく男爵令嬢に侍る姿はさすがに学園内で騒がれているのだ。
もちろん、男爵令嬢に侍る側近候補の中にはブルーノ様も含まれる。そのことについて報告してもらおうと定例のお茶会を開催してもこのところ欠席が続いているのだ。
「さすがに、私もお声がけをしないといけませんわね」
王太子たちの婚約者はすでに苦言を呈しに行っているらしい。それを彼らは嫉妬、いじめと切り捨ててしまったのだとか。
男爵令嬢にも物申したそうだが、やっかむなと笑われ、王太子たちが来た途端に泣きながら彼らに抱き着いていじめられていると報告するらしい。演技派である。
私はアリアーナに泣きつかれて愚痴を聞くくらいしかしていなかったが、さすがに動かないと家にまで噂が届いてしまいそうだ。その時に何をしていると怒られてしまうだろう。
この学園が身分を問わず全寮制だったのは良いことなのだろうか。王太子の動きがおかしいとわかった時に王太子の婚約者が外へ情報を漏らすことを止めたので学園の外では大きな騒ぎにはなっていないようだ。
まあ、学園生活の間だけの恋人というのも褒められはしないが過去実在したらしいので外に知れ渡ったところで黙認されるのかもしれないが。
それでも、側近候補の婚約者として王太子の怠慢を止められないことに苦言を呈しに行かねばならない。
こんなことを引き起こすなんて我が婚約者様らしくないなと思いながらも私はテーブルを片付ける指示を出してそのままの足でブルーノ様の下へ向かった。
ブルーノ様がいつもいる訓練場にはその姿はなかった。まあ、彼女と出会ってからは鍛錬を休むことの方が多いようなので想定内だ。
王太子たちがよくいる中庭に向かう途中で、お目当ての人と出会う。
「ブルーノ様」
声をかけると無表情でこちらに振り返ってきた。私が誰かを認識し、視線を落とされる。
「何か用か」
「今日は定例のお茶会の日です。さすがにこれ以上欠席されるのでしたら、両家に報告せねばなりませんわ」
「好きにしろ」
やはり、おかしい。視線が合わない。ブルーノ様はだれが相手でも相手の目を見て話す人だ。その視線が強すぎて相手が目をそらすことの方が多い。
違和感を覚えたときはそれを確かめること。我が家で一番大事だと言われている言葉だ。魔術師は小さな違和感を取り逃してはならない。術が暴走する可能性もあるし、敵が何か仕掛けている可能性もあるからだ。
「ブルーノ様、こちらを見てほしいのですが」
そう言いながら距離を詰める。ブルーノ様は忌々しそうに舌打ちをしながらも、こちらに視線を向けない。
「失礼します」
そう言って小さく呪文を紡ぐ。相手の動きを止める呪文は一瞬しか効果を発揮しない弱点があるが同時に発動しても相手に気づかれない良点がある。
その一瞬で、ブルーノ様の目を見る。いつも通り美しいブルーラベンダーの瞳の中に、赤い星が浮かんでいる。
「用がそれだけなら失礼する」
「ブルーノ様、お話を」
一瞬の出来事。ブルーノ様はそのまま背を向けて去っていく。まだ話があるのに、というような言葉を口にしながらも私は頭の中で持ち合わせた魔術に関する知識を総動員して先ほど見たものが何かを考える。
魔術ではない、あれは魔術の反応ではない。つまり男爵令嬢は魅了の魔術を使っているわけではない。
しかし、あの星は何かの術が行使されている証だ。目に刻印されるもの、人の好意や意識を操るもの、それはおそらく——
「呪術」
この世界で禁じられたはずのもの。確か遠い小国でのみ受け継がれているのが確認されているはずだ。
むろん、この国では禁術扱いで呪術師は見つけ次第捕らえられる。
一番怪しいのは男爵令嬢だ。彼女の回りで事態は起きているのだから。
「とにかく、お父様たちに報告せねばなりませんわ」
踵を返し学園長室へ向かう。事を手紙で伝えるのは危険だ。実家に戻る許可を取る必要がある。
学園長は事態の重大さを理解してくれたため、実家への帰省を許可しただけではなく城への報告も代わってくれた。
父に報告し、ブルーノ様の実家へも連絡、城からも出頭命令があり私の知りうる情報を共有した。
魔術師団が手を尽くしてブルーノ様に、そして王太子たちにもかけられているだろう呪術について情報を調べてくれることになったが、私も実家の本を借りて呪術について調べることにする。
中庭でいつも通りいちゃついている彼らを遠くから魔術を使って観察した際に王太子の目にも、側近たちの目にも赤い星が浮かんでいることは確認した。男爵令嬢の目には何も浮かんでいないこともだ。
感情を操る、赤い星、情報は少ないが人海戦術で調査が行われる。
同時に男爵令嬢の身辺調査も本格化した。男爵家に対しても捜査の手は伸びている。
そうして、ようやくかけられた呪術について判明したころ、私は王太子の婚約者に呼び出された。
「アラン様があれでは国が傾いてしまうわ」
「モーリス様がアリス様をイジメるなと言ってきて。私は何もしておりませんわ」
「カーティス様が私とのお茶会を断るなんて、去年まではなかったんです」
ため息、怒り、悲しみ。
お茶会という体で呼び出されたが、場の空気は最悪だ。話題は全てふがいない状態の婚約者について。
王太子殿下であるアラン様の婚約者クラリッサ様を筆頭に王太子殿下とその側近候補たちの婚約者の集いは明るい室内とは裏腹にどんよりと曇っていた。
席の端の方でお茶を飲みながら観察するが、文句はあれど皆婚約者を心配しているらしい。
これまでしっかりと関係性を作ってきたのだろうと思うと微笑ましい気持ちになる。現状は何も微笑ましくないけれど。
「ヴィレミナ、ブルーノ様にお茶会をすっぽかされてるんでしょう」
アリアーナの言葉にそうね、と苦笑を漏らす。アリアーナは私のことを心配してくれているのだろうが、この話題を出されると他の面々もこちらに視線を向けてしまうだろう。
案の定クラリッサ様が私を憐れむように視線を向ける。
「ブルーノ様も彼女のそばから離れませんものね。ヴィレミナ様はどうお思いですか?」
私たちの関係性はここにいる令嬢たちはみんな知っている。彼女たちよりも少し遠い、義務的な会話がほとんどの婚約者。だから彼女たちよりも先に愛想をつかしてもおかしくない関係性。
私は頭の中で魔術師団長の言葉を思い出しながら、口を開いた。
「皆様に、お伝えしなくてはならないことがあります」
「なにかしら」
婚約破棄でもするのか、と不安そうなアリアーナに小さく笑って、表情を無に戻す。
「殿下たちから、禁術である呪術の反応が見つかりました」
ざわりと令嬢たちの表情がこわばる。騒ぎになりそうだったがクラリッサ様が手を叩き、場を収めた。
「詳しくお聞き出来るのかしら」
「現在調査中のことも多いので全てを私も知っているわけではございませんが、皆様に話す許可を頂いております。呪術の内容は感情と意思の操作。極めて悪質な呪術と言えるでしょう」
「そんな!」
宰相の令息、モーリス様の婚約者が口元を抑える。感情も意思も本人の自由にならない今の彼らはほとんど操り人形状態なのだ。
「呪術師は現在調査中、解呪に関しても魔術師団が動いております。皆様には、彼らと男爵令嬢を刺激せずに様子を見ていてほしいのです」
「殿下たちの身に危険はないのかしら」
「この状態が続くことでの影響はあり得ますが、こちらの動きが伝わった際に呪術師が殿下たちを使って行動を起こす方が危険だと判断されました」
クラリッサ様の疑問にも与えられていた情報から答える。これらは全部婚約者である令嬢になら開示してもいい情報。
実際のところ調査はもう少し進んでいて解呪の実験を行うことも決まっているけれど、犯人の特定がまだな以上、誰が犯人側なのかわかるまではある程度の情報を規制する必要があるらしい。
それなら解呪の調査を進めています、も言わない方がいいと思うけど、婚約者たちは被害者だと国は考えているようだ。こういう所に犯人が潜んでいたら面白いな、と私は思ってしまう。
「私、レイモンドのこと怒鳴りつけちゃった……。もう婚約は続けられないんだって思って」
「アリアーナがそう思うのも無理ないわ。どうにも話が通じない態度ばかりで心がすり減ってしまうもの」
家にまで情報が届かなくても、令嬢たちの精神はすり減っていた。仲が良い婚約者からの手のひらを返したような仕打ちは心を傷つけ、婚約継続を諦めさせてしまう。
王太子の方も、公務を放棄していることが批判される原因になってしまいつつあったようだ。これまでの功績があるため学園内で何かあったのでは、という心配の声が大きいようだが批判する人間は少なからずいる。
それを支えようにも、王太子が婚約者の声を聞かないのだからどうしようもない。
このボロボロな状態に、私は結局家で怒られてしまった。もっと早く確認するべきだったと言われてしまったが確認しただけ偉いと思ってほしい。ブルーノ様はたいていのことは自分で何とかするから何か探ってるのかなとか楽観視してしまったのだ。やっぱり私の責任か。
「ヴィレミナ様、教えてくださりありがとうございます。みなさまも、この件は心のうちに留めておきましょうね」
「はい、クラリッサ様」
クラリッサ様の言葉に皆頷く。私は頭を下げ、この件は必ず解決して見せると誓った。
解呪の実験は、もちろん私の婚約者であるブルーノ様で行われた。
剣の腕がすでに一人前のブルーノ様が暴れないように騎士団長自らブルーノ様の拘束を行ってくれる。
連行され、取り押さえられていることに不快感を示すブルーノ様は暴れようとするがさすがに騎士団長の拘束からは逃れられない。
「ブルーノがこんなに暴れるのも珍しいな」
「やはりこの呪術は好意を覚えさせる程度の優しいものではないですね。言動がかなり本人からずれています」
私と騎士団長がのんびり会話しているのを聞きながら魔術師たちが解呪のための準備を行う。
ブルーノ様らしくない荒い言葉遣いを聞くのは少し面白い。録音魔道具があれば録音して目を覚ました本人に聞かせたいくらいだ。
「ヴィレミナ嬢、録音機か録画機は持ってないか?」
「残念ながらこの場にモノを持ち込むことは禁じられてしまいました」
「残念だな」
騎士団長も同じことを考えていたようだ。義理の父とも考え方の相性が良くて安心する。
解呪の儀式は、思ったより静かに進んだ。ブルーノ様の声も次第になくなり、大人しくなる。
苦しそうな息遣いは心配だったが騎士団長が拘束を解こうとしないので解呪が終わるまではその体勢のままいてもらうしかない。
呪術はかけるときも慎重に行わなければならないらしいが、解呪もとても繊細だ。ぐちゃぐちゃになった数本の糸を一本ずつまっすぐに戻していく作業に近い。呪術が複雑であればあるほど、この糸の数が増えるのだ。
解呪が終わった時、解呪を担当した魔術師たちは地面に座り込んでしまった。魔力の消費よりも精神的な疲労が大きいのだろう。他の魔術師たちに肩を貸されて休憩できるところに連れていかれる。
「ブルーノ様、お加減はいかがですか?」
「……頭が痛いくらいだ。あとは父上の所為で腕と肩と背中が痛い」
解呪によって頭に痛みが走る可能性があるのか。だがその程度で済むなら王太子に解呪をかけても問題ないだろう。
「ヴィレミナ嬢、こいつの目の確認を」
「大丈夫です、いつものブルーノ様の瞳ですわ」
目の中にあった星は消えている。それに、ブルーノ様の目を見ようとしたらまっすぐに視線を向けてくれたから解呪は成功だろう。
私の言葉でようやくブルーノ様の拘束が解かれる。ブルーノ様は肩を回してため息を漏らした。
そのまま私に向かって頭を下げてくる。
「ヴィレミナ嬢、長きにわたり迷惑をかけた。自分が何をしていたのかは頭にもやがかかったようにうまく思い出せないが、君を傷つけるような言動をしていただろう」
「呪術の所為ですし、私は他の方と違って何度もお声がけに行ってないので特に傷ついていませんわ。私の方こそ、もっと早くに確認に行くべきでしたわね」
他の令嬢たちは何度も婚約者や男爵令嬢に苦情を言いに行っていたらしいので傷ついているだろうが、私は呪術が判明したあの一回だけなので傷ついたりはしていない。お茶会無断欠席については思うところもあるが、呪術の内容を知った今となってはブルーノ様の体を心配する気持ちの方が強かった。
「次は魔術師団長のとこだな。ブルーノとレイモンドは先に正気に戻さないと敵に戦力を与えてしまう」
「すでにレイモンド様の身柄は確保しております。レイモンド様の解呪が終わり次第、残り三人を一気に解呪いたしますわ」
拘束に騎士団長を必要とするほどの力を持つブルーノ様とすでに魔術師団長を超える魔力を持つとされるレイモンドが呪術によって操られていたのは国として危機意識を持つ事態だった。
だからこそできる限り内密に事を進めていた。この二人を操って学園で暴れられたら貴族の令息令嬢に大量の死傷者が出てしまう。
そうなると国の責任と団長たちの責任が追及され国力が弱体化、周辺国に攻め入る隙を見せることになる。
「レイモンド様の拘束には魔術師団が魔術師の凶悪犯を逮捕する際に使用する封魔具を使用していますわ。レイモンド様レベルの魔力を抑え込むものを作ったものの、実験ができていなかったのですって」
「そりゃあいい機会だな。よし、ヴィレミナ嬢、ブルーノ、覗きに行くぞ」
楽しそうな騎士団長に誘われて私とブルーノ様もついていく。体力のないレイモンドだとどの程度のダメージが残るのかは私も気になるところだ。
解呪の実験は成功し、王太子たちにも解呪が行われた。
そしてとても残念なことに、今回の黒幕は男爵令嬢だった。面白いどんでん返しは待っていなかった。
どうやらこの男爵令嬢、本物の男爵令嬢ではなかったらしい。
男爵令嬢と同じ色の髪を持っていた、呪術師の子ども。男爵令嬢とは親しかったようで彼女の生い立ちを聞いていたのだそう。そして、男爵令嬢の代わりに自分がその身分を乗っ取った、という話だ。
男爵令嬢である庶子は残念なことに亡くなっていた。殺されたわけではなく風邪が原因だった。死んでしまった友人と、その友人を探しに来た男爵を見て魔が差したのだと本人は言っていた。
まあ、それが本当かどうかはこの後の尋問によって明らかにされるだろう。なにせ呪術師はこの国にはいないはずで、呪術師というだけで捕らえられるのだ。それが王都に住んでいたというのは結構ヒヤリとする事件扱いになる。
男爵も、男爵令嬢の話が本当なら被害者だが事実を詳らかにするために尋問を受けることになる。被害者だった場合は可哀想だが今回起きた出来事が重すぎるので仕方ないのだ。
解呪された王太子たちは、自分たちがしていたことを聞かされて青ざめると謝罪をして回った。もちろん、自分たちの婚約者にも。
男爵令嬢と出会うまでの態度がとても完璧で信頼されていたため呪術による異常だったと公表されたことも合わせてほとんどの反応が同情だったようだ。
婚約者たちも、ギクシャクはしてしまったようだが溜まっていた思いをぶつけ、王太子たちがそれを受け止めたことでゆっくりと関係改善に向かって進んでいっているらしい。
私とブルーノ様も定例のお茶会を再開しいつも通りの生活に戻った。私たちがあまりに以前と変わらないので元々不仲だった説が流れてしまったのは少し困ってしまったが。
学園の長期休みの際は寮から自宅に戻ることが許される。そのため、本日は我が家で定例のお茶会を開催した。
場所は私の自室。ソファに二人並んで座った状態だ。
「ブルーノ様、お疲れさまでしたね。これまでの授業の分を詰め込んだのでしょう」
「レポートで許してくださった先生たちに感謝せねばならないな」
休んでいた授業はレポートの提出を出席の代わりにする措置が取られたようだ。まあ、王太子が出席日数不足で落第するのは国にも学園にもよくないための代案だろう。
受けていない授業内容のレポートという無理難題も、教師に質問し、婚約者たちも手伝って何とか乗り越えられたようだ。私も定例のお茶会の時にブルーノ様の手伝いをいくらかさせてもらった。
「ブルーノ様、私今回はとても頑張ったと思いますの」
「ああ、ヴィレミナ嬢のおかげで殿下も元に戻ることができた」
私の言葉にブルーノ様が頷く。それを聞いて、すすっとブルーノ様との距離を詰める。
「ご褒美を頂いてもいいくらい頑張ったと思いますの」
そう言いながらブルーノ様の右手に指を絡める。顔を見上げれば、いつも通り温度の無い瞳がこちらに向けられる。
「もちろんだ、ヴィレミナ嬢。何を望む?」
「そうですねえ、キスしていただいても許されると思いますし、頭も撫でていただきましょうか」
私の言葉を聞いて、ブルーノ様の左手が私の頭に添えられる。優しくなでられるのが心地よくて目を細めると、その手がするりと頬にあてられ、ブルーノ様の顔が近づいてくる。
唇同士が触れ合う程度のキス。チュッというリップ音に気分が高揚する。
にこりと微笑みを向ければ、いつも通りの瞳。その奥に揺らめく熱を見つけてさらに微笑みが深くなる。
「ブルーノ様が私以外の女に寄り添っていたことに対する謝罪も欲しいですね」
「ヴィレミナ嬢を不快にさせてすまなかった。何をすれば許してもらえるかな」
私が指を絡めていたブルーノ様の右手が私の指を撫で始める。
そう、これはいちゃつきである。人前では決してできないいちゃつきのためにわざわざ私の部屋を会場に選び、隣同士に並んだのである。
外では政略による婚約です、というアピールをしているが騎士団と魔術師団の結びつきをよく思わない人間が手を出してくるようにという配慮だ。もう一組の婚約者たちがあまりにお似合いすぎるのでこっちが受け皿になっている。
しかし、私は出会ったときからブルーノ様が好きだしブルーノ様も私を憎からず思ってくれている。人目のある場所では淡々とした業務連絡のようなお茶会をしなくてはならないので、こうして時々はいちゃつけるお茶会を開くのだ。学園に入ってからは本当に時々になってしまったけれど。
「ブルーノ様、謝罪としてもう少し大人のキスはダメですか?」
「それは難しいな。ヴィレミナ嬢にたいして抑えが効かなくなってしまう」
右手は指をすりすりとすり合わせながら、ブルーノ様の左手は私の頬を撫でつつ唇をなぞる。
この場には私達と、遠い目をしている侍女が一人だけ。もう少しいちゃついても許される気がする。
「では、抱きしめていただくというのはいかがでしょう」
「もちろん大歓迎だ」
ぐいっと体を引き寄せられ、鍛えられたブルーノ様の体に抱きしめられる。本当に頑張った甲斐があった。
温かい腕の中、肩口に頬を摺り寄せる。本当にこの人が戻ってきてよかった。
「ヴィレミナ嬢、愛しているよ」
「私も愛しておりますわ、ブルーノ様」
この腕を取り戻したのだから、私は本当に頑張った。
幸せをかみしめながら、私達の定例のお茶会の時間は過ぎていく。




