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勇者が世界を救うその裏で  作者: たっくん


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last episode

魔王城全体が崩れ始めていた。


 黒い瘴気が空を覆い、空間そのものが悲鳴を上げている。


 玉座の間。


 そこでは、人智を超えた戦いが続いていた。


 魔王の黒炎が世界を焼く。


 床が砕ける。


 柱が消し飛ぶ。


 その中心で、シドは聖剣を握っていた。


 全身が血塗れだった。


 左腕は既に動かない。


 呼吸も浅い。


 立っていることすら奇跡に近い。


 だが。


 それでもシドは倒れない。


 聖剣が閃く。


 魔王の魔力を削る。


 再生力を落とす。


 権能を断つ。


 勇者が届く領域まで。


 ただそれだけのために。


「……まだ立つか」


 魔王が低く笑う。


 その身体にも無数の傷が刻まれていた。


 歴代魔王。


 世界最強の災厄。


 その存在が、初めて“死”を意識していた。


「理解できんな」


 魔王の赤い瞳がシドを見下ろす。


「貴様ほどの力がありながら、なぜ勇者になろうとしない」


 シドは荒い息を吐く。


「必要ないからだ」


「何?」


「勇者様がいる」


 魔王が目を細める。


「それほどまでに、“希望”が大事か」


「……あぁ」


 シドは小さく笑った。


「世界を救うだけじゃ駄目なんだ」


 聖剣を握る。


「人々が、“救われた”と思える形じゃなきゃ意味がない」


 その瞬間。


 魔王の魔力が爆発した。


 黒い衝撃波。


 空間が裂ける。


 シドは聖剣で受ける。


 だが。


 限界だった。


 衝撃で聖剣が弾き飛ぶ。


 床を転がり、遠くへ落ちた。


 魔王がゆっくり歩いてくる。


「終わりだな、村人B」


 シドは膝をついた。


 身体が動かない。


 もう戦えない。


 だが。


 その顔に恐怖はなかった。


 通信魔石が、小さく光る。


『シド!』


 地下会議室。


 村長の声だった。


『状況は!?』


 シドは血を吐きながら笑う。


「……弱体化完了です」


 魔王が眉をひそめる。


『勇者様なら勝てます』


 地下会議室が静まり返る。


 誰も何も言えない。


 シドは小さく息を吐いた。


「……俺の役目はここまでだ」


 魔王の巨大な魔力が集まっていく。


 終わる。


 誰が見ても分かった。


 それでも。


 シドは笑っていた。


「……あとは」


 ゆっくり顔を上げる。


 その視線は、まだ見ぬ勇者へ向いていた。


「俺の意思を引き継いだ勇者様が――」


 魔王の黒炎が放たれる。


 轟音。


 玉座の間が崩壊した。


 通信魔石が砕ける。


 シドの声は、そこで途切れた。



 地下会議室。


 誰も喋らない。


 通信魔石は沈黙していた。


 漁師の男が目を伏せる。


 酒場の女将が唇を噛む。


 薬師の老婆が小さく祈りを捧げた。


 だが。


 村長だけは静かに立ち上がった。


「……作戦続行じゃ」


 全員が顔を上げる。


「第四搬送班」


『はい』


 通信魔石の向こうで声が返る。


「聖剣を最終地点へ運べ」


『了解』


「勇者様を止めるな」


 それだけだった。


 悲しむ時間はない。


 世界を救うまで、モブは止まれない。



 その頃。


 勇者アルトは魔王城最深部へ到達していた。


 全身傷だらけ。


 呼吸も荒い。


 だが、その瞳だけは死んでいない。


 魔王城内部は既に崩壊を始めていた。


「何が起きてるんだ……?」


 黒騎士は傷だらけだった。


 魔王軍幹部達も、本来より明らかに弱っていた。


 違和感。


 だが今は考えている余裕がない。


 その時だった。


 最深部手前の大広間。


 そこに、一振りの剣が突き刺さっていた。


 白銀の刀身。


 神々しい輝き。


 アルトが息を呑む。


「……聖剣……!」


 まるで。


 勇者が来るのを待っていたかのように。


 そこへ突き刺さっていた。


 アルトはゆっくり近づく。


 なぜここにあるのか。


 誰が運んだのか。


 考える余裕はなかった。


 だが。


 剣へ触れた瞬間。


 熱が伝わった。


 温かい。


 不思議な感覚だった。


 まるで。


 誰かの意志が、この剣へ宿っているような。


 アルトは知らない。


 この剣が、どれほど多くのモブ達によって守られてきたのかを。


 どれほど多くの命が、この剣へ託されてきたのかを。


 そして。


 たった今、一人の名も無き村人が命を落としたことを。


 勇者は、その聖剣の本当の重みを知らない。


 だが。


 それでいい。


 アルトは聖剣を握った。


 次の瞬間。


 女神の加護が激しく共鳴する。


 眩い光。


 莫大な魔力。


 聖剣が、勇者を認めた。


 アルトは歯を食いしばる。


「……行くぞ」


 その背中には、世界中の希望が乗っていた。


 そして。


 名も無きモブ達の想いもまた、確かに託されていた。



 玉座の間。


 魔王がゆっくり振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の勇者だった。


 聖剣を握る、世界最後の希望。


「……来たか、勇者」


 アルトは聖剣を構える。


 女神の加護が輝く。


「お前を倒す」


 魔王が笑った。


 だがその笑みには、もう余裕はない。


 シドによって削られた。


 勇者が届くように。


 勝てるように。


 その全てが整えられていた。


「来い」


 魔王の瘴気が爆発する。


「人類最後の希望よ」


 次の瞬間。


 世界最後の戦いが始まった。



 凄まじい激闘だった。


 聖剣と黒炎がぶつかる。


 女神の加護が瘴気を裂く。


 アルトは何度も吹き飛ばされる。


 血を吐く。


 膝をつく。


 それでも立ち上がる。


 守りたいものがあった。


 旅の途中で出会った人々。


 笑顔。


 涙。


 願い。


 その全てを背負って、勇者は前へ進む。


 そして。


 最後の瞬間。


 聖剣が限界まで輝いた。


 女神の加護が世界を照らす。


 アルトは叫んだ。


「終わりだァァァァァッ!!」


 閃光。


 轟音。


 そして。


 魔王の身体が、ゆっくり崩れ落ちた。


 黒い瘴気が空へ消えていく。


 赤かった空が、青を取り戻していく。


 静寂。


 アルトは膝をついた。


 息が苦しい。


 身体も動かない。


 それでも。


 分かった。


「……勝った……」


 世界は救われた。



 数ヶ月後。


 王都セレスタ。


 街中が祭りだった。


『勇者様万歳!!』


『世界を救った英雄だ!!』


『女神の使徒!!』


 広場には巨大な勇者像。


 吟遊詩人は勇者の歌を歌い。


 子供達は木の枝を聖剣に見立てて遊んでいる。


 歴史書には、こう記された。


【勇者アルト。女神の加護を授かり、聖剣を手に魔王を討伐。世界を救う】


 そこに、“村人B”の名はない。


 最古の村も。


 モブエージェント達も。


 歴史には残らない。



 最古の村。


 夕暮れ。


 風が畑を揺らしていた。


 村長は静かに空を見上げる。


「ご苦労じゃった、シド」


 その隣には、

 使い古された聖剣用手袋だけが置かれていた。


 遠くから、木剣の音が聞こえる。


 カン。


 カン。


 カン。


 村長が視線を向ける。


 そこには、一人の少年がいた。


 まだ幼い。


 十二歳ほどの黒髪の少年。


 額に汗を流しながら、必死に木剣を振っている。


「……ふっ!」


 何度も。


 何度も。


 転びながら。


 手に豆を作りながら。


 それでも剣を振る。


 村長が小さく笑った。


「まだまだじゃのう」


 少年は悔しそうに唇を尖らせる。


「兄ちゃんは、俺くらいの頃にはもっと強かったんだろ?」


「あぁ」


「じゃあ俺ももっと強くならないと」


 少年は木剣を強く握り直した。


「次の勇者様を守れない」


 夕陽が少年を照らす。


 その背中はまだ小さい。


 だが。


 確かにそこには、“村人B一族”の意志が受け継がれていた。


 人々が平和を望む限り彼等の役目が終わることはない。


 世界のその裏側で。

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