迷い街の運び屋 9
六日目
インターホンを押す。
ドアが開く。
目を閉じる。
今日は空気が軽かった。
甘い匂いがした。
花の匂いだった。
たくさんの花が咲いているような匂い。
風が少し流れているような感覚があった。
花畑みたいだった。
荷物を差し出す。
手が触れる。
小さな手だった。
子どもの手みたいだった。
でも、声は聞こえない。
荷物は静かに持っていかれた。
風の音だけが少し聞こえた。
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七日目
ドアが開く。
目を閉じる。
今日は空気が冷たかった。
冬の空気だった。
息が白くなりそうな冷たい空気。
遠くで風の音がする。
何もない広い場所みたいだった。
荷物を差し出す。
触れた手は、冷たかった。
氷みたいに冷たい。
それでも、しっかり荷物を持っていった。
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八日目
ドアが開く。
目を閉じる。
水の音が聞こえた。
流れる音。
川みたいな音だった。
さらさらと流れている。
空気は湿っていた。
手が伸びてくる。
指が細い。
水に濡れている感じだった。
荷物は受け取られた。
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九日目
ドアが開く。
目を閉じる。
今日は何もなかった。
匂いもない。
音もない。
空気も普通だった。
何もない空間みたいだった。
荷物を差し出す。
手だけが触れる。
普通の手だった。
でも声は聞こえない。
静かなまま、ドアが閉まった。
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十日目
最後の日だった。
いつもの道を歩いて、その家の前に立つ。
もう何度も来ている場所だった。
それでも、ドアの前に立つと少しだけ静かになる。
インターホンを押す。
少しして、内側で足音がした。
ドアが開く。
俺はすぐに目を閉じた。
「配達です。」
荷物を差し出す。
少しして、手が触れた。
細い手だった。
女性の手だった。
これまでの手とは少し違う。
やわらかい手だった。
荷物は静かに受け取られた。
そのあと、声がした。
「……ありがとう。」
若い女性の声だった。
落ち着いた声だった。
それから少し間があった。
「十日間、ちゃんと届けてくれてありがとう。」
俺は何も言わない。
依頼票のことを思い出す。
部屋の中を見てはいけない。
だから、目は閉じたままだった。
そのとき、手に何かが置かれた。
布だった。
指に触れた感触は、なめらかな布だった。
「お礼。」
女性の声が言う。
「持っていって。」
それだけだった。
少しして、ドアが閉まる音がした。
静かな音だった。
俺はすぐには目を開けなかった。
少し後ろに下がる。
ドアから距離を取る。
それから体の向きを変える。
家とは反対の方向を見る。
そこで、ゆっくり目を開けた。
手の中を見る。
きれいな反物だった。
光の加減で、布の模様が少しだけ揺れて見えていた




