表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷い街の運び屋  作者: San


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

迷い街の運び屋 8

地下通路の配達を終えて会社に戻ると、先輩はいつもの席に座っていた。


 椅子に深く座って、机に肘をついている。


 俺を見ると、少しだけ目を上げた。


「……戻ったか。」


「はい。」


 少し沈黙があった。


 先輩は机の上にあった紙を一枚取る。


 それを俺の方へ滑らせた。


「次の依頼。」


 俺は紙を見る。


 住所が書いてある。


 普通の住宅街の住所だった。


 だが、下に注意書きがあった。


 一日一回。十日間。


 さらにその下。


 ドアが開いたら目を閉じること。

 部屋の中を見てはいけない。


 俺は紙をもう一度読む。


「……目を閉じるんですか。」


 先輩は椅子の背にもたれたまま言った。


「そう書いてあるだろ。」


「中を見ちゃダメってことですか。」


「まあな。」


 少し間。


「見なきゃいい。」


 それだけだった。


 先輩はそれ以上説明しなかった。


 こういう依頼は、たぶん珍しくないんだろう。



一日目


 家は静かな住宅街にあった。


 古い二階建ての家だった。


 玄関の前に立つ。


 インターホンを押す。


 少しして、ドアの向こうで足音がする。


 ドアが開く音。


 俺は目を閉じた。


「配達です。」


 荷物を差し出す。


 手が伸びてくる。


 普通の手だった。


 男の手だった。


「ありがとう。」


 声も普通だった。


 部屋の匂いも普通だった。


 生活の匂い。


 それだけだった。



二日目


 同じ家。


 同じ玄関。


 インターホンを押す。


 ドアが開く。


 俺は目を閉じる。


「配達です。」


 荷物を差し出す。


 触れた手は、昨日とは違った。


 しわの多い手だった。


 年寄りの手だった。


「……ありがとう。」


 声も年寄りの声だった。


 部屋の中から、紙の匂いがした。


 本の匂い。


 古い本がたくさんあるような匂いだった。



三日目


 ドアが開く。


 目を閉じる。


 今日は匂いが違った。


 湿った土の匂い。


 草の匂い。


 森の中のような匂いだった。


 遠くで鳥の声が聞こえる。


 小さく鳴いている。


 荷物を差し出す。


 触れた手は大きかった。


 人の手より大きい。


 指も太い。


 皮膚も硬い感じだった。


 荷物はそのまま受け取られた。



四日目


 ドアが開く。


 目を閉じる。


 潮の匂いがした。


 海の匂いだった。


 遠くで波の音が聞こえる。


 ゆっくりとした波の音。


 部屋の中に海があるみたいだった。


 伸びてきた手は、少し濡れている感じがした。


 冷たい。


 荷物を渡す。


 それだけだった。



五日目


 ドアが開く。


 目を閉じる。


 今日は少し空気が重かった。


 最初に感じたのは、煙の匂いだった。


 焚き火みたいな匂い。


 焦げた木の匂い。


 どこかで火が燃えているような匂いだった。


 遠くで、パチパチと音がする。


 火がはぜる音。


 部屋の中に火があるみたいだった。


 俺は何も言わない。


 荷物を差し出す。


 手が伸びてくる。


 少しざらざらした手だった。


 指が太い。


 男の手だった。


 でも、声は聞こえなかった。


 荷物だけが静かに持っていかれた。


 ドアが閉まる。


 そのあとも、少しの間だけ煙の匂いが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ