福は内! 鬼も内! ざまぁは外
華やかな夜会を切り裂く、傲慢な宣告。
王立魔法学園の卒業パーティー。
シャンデリアが輝くなか、王太子のグラディオスが公爵令嬢サイリスに婚約破棄を叩きつける。
隣には、平民の特待生、キミアがニタリと妖艶に微笑んでいた。
サイリスは前世の記憶がある。
こことは違う世界、地球の日本と言う国。
ブラック企業で日付を越えるまでこき使われ、打ち上げの節分パーティーで鬼役をやらされ過労死した。
本当は帰って寝たかったが、昭和の体育会系のノリを引きずる無能上司に強制的に参加させられた。
そして、神様が二度目のチャンスをくれたと思った今世でも理不尽な馬鹿に踏みにじられる。
元々、サイリスとグラディオスの仲は最悪だった。
暑苦しいノリが嫌いなサイリスはグラディオスを徹底的に避けたが、まさかの返答が婚約破棄とは思わなかった。
そして、平民の特待生、キミアは地方の男爵家の下級メイドであったが、自分に嫌がらせをしていた男爵令嬢の精神を魔法で操り自殺させた。
当然、死刑かと思われたが、殺した瞬間に他人の精神に憑依しないか? そもそもキミアを殺したと思い込まされる事になるのでは無いか? と疑心暗鬼になり、魔法学園で国の為に働く事を条件に監視のついでに編入される。
サイリスを筆頭に生徒達はキミアを避けたが、グラディオスだけはキミアに近寄り今日に至ると言う訳だ。
「殿下は、その女に操られていますわ! 魔女です! 殺さねばなりません!」
サイリスは必死に叫んだ、周囲の生徒達もサイリスに同調の眼差しだ。
平民風情の、怪しい術を使う女などを王族に入れる訳には行かないからだ。
「根拠は?」
「はい?」
「仮に、操られているとして、それでも構わぬよ。余がキミアの騎士として生きられる今、操られていない貴様の言うマトモな状態よりも、余は生を感じるのだ」
もうダメだ、グラディオスの目がマトモじゃないとサイリスは絶望する。
「サイリス様、お可哀想。安心してくださいね、代わりの縁談は必ずご用意しますから。そうだ! 昔、私がお仕えしてた男爵様なんていかがかしら! お優しい方ですよ」
サイリスは恐怖で震える。
キミアが過去にメイドとして使えていたシリュー男爵はもう還暦近い男だ。
そして、妻はかなり前に精神を病んで死んでいる。それも、娘が死んだ後····目の前でサイリスにしか見えない角度で口が裂けんばかりに口角をつり上げニタリと醜悪に笑う、この女が原因だ。
「もう····嫌····」
サイリスは何もかもが嫌になる。
こんな、辛いばかりの人生をまた歩ませた神を恨み、瞳を閉じる。
すると、地鳴りのような凄まじい音と共に、空間に割れ目が入る。
「俺のサイリスを泣かせたのは····お前らか?」
漆黒の髪を靡かせ、黒衣を纏う男が次元の狭間から現れる。
「り····竜魔賢王様····!」
竜魔賢王、学園長が叫んだその名前はこの国どころか世界中で恐れられている魔王である。
「もう大丈夫だよ、サイリス。俺が来た」
「貴方は?」
「俺は竜魔賢王。君を番として迎えに来た」
会場は恐怖で震え上がる。
····終わりだ····、竜魔賢王が選んだ番に手をかけた、この国は全てを燃やされ灰になるのだと····
「サイリスを泣かせる、こんな国····無くても良いよね? サイリスに汚ない物を見せたくないから今日は帰るけど····精々、残りの人生を楽しく生きなよ」
「グラディオス殿下? キミアさん? どうぞ、お幸せに。全てが燃え尽きた世界で····ね?」
サイリスの言葉に会場は終わりを確信するが、グラディオスは不敬だぞと空気を読まず····本当に状況が解ってないのか竜魔賢王に斬りかかろうとしていた。
しかし、竜魔賢王とサイリスが次元の狭間に入り立ち去ろうとしたその時、狭間から男が現れる。
豹柄の半ズボンを履いたアフロにツノを生やした大男だ。
「お····鬼!? 」
サイリスは震え上がる。前世で自分を死に追いやったも同然の節分の鬼が、異世界にまで現れたのだから。
「貴様ァ! 俺のサイリスを泣かせる奴は、骨も残らず消してやる!」
「あ~、あんま怒んなよ、こちとら企業の豆まきに連続参加して疲れ溜まってんだわ」
企業? 豆まき? 訳の解らない言葉を話す大男に竜魔賢王を含む会場は首を傾げるばかりだ。
「素敵な髪型ですね。少し触らせていただいても?」
「可愛い娘ちゃん発見! 寧ろ触ってくれ~!」
「貴様! 余のキミアに触れるな!」
グラディオスを無視してキミアは鬼のアフロに触ると同時に魔法で記憶を読み取る。
節分と言う、異世界の文化····豆をまいて鬼を追い払う儀式。
「鬼さん····お可哀想。何故、鬼と言うだけで虐げられねばならぬのでしょう?」
「キミアちゃん! そうなのよ! 分かるかい? たまには鬼が内でも良いじゃねーかよ~!」
完全に主役の座を奪われた竜魔賢王はカンカンだ。
「そんなに死にたきゃ、殺してやるよ! 死ね! 羽虫ども───」
「あら、そんなに力まないで? 今夜は『内も外もみんな仲良し』……そういうルールなんですもの」
キミアが指を鳴らした瞬間、会場の生徒達の手元には、異常な密度で乾燥した豆の詰まった金色の臼が出現した。
「さあ皆様、福は内! 鬼も内!」
キミアの号令と共に、数千を越える豆が会場の生徒達により投げ込まれる。
「こんなもの······ダイズ? ラッカセイ派? なんだ······何の事だ! 羽ムシドモ! 恵方巻キ······ふーどろす······カケケケケケケケケ! オニオニオニオニオニオニ!」
「······まっ······魔王様? 」
壊れてしまった竜魔賢王に怯えるサイリス。
しばらくすると竜魔賢王は精神を崩壊し廃人となる。ヨダレを滴しながらぐったりと、床に倒れる。
「い······いや、嫌ァアアアア! 魔王様ァ!」
キミアの魔法は対象の精神を壊す。キミアが読み取った鬼の記憶、未知の概念である『豆まき』を食らった竜魔賢王の心は永遠に砕け散る。
廃人と化した竜魔賢王の傍らで、ガタガタと震えるサイリス。その前に、キミアが優雅な足取りで歩み寄る。
「ひっ、来ないで······! お願い! 助けて!」
会場の生徒達は憎しみの目でサイリスを睨む。たかが痴話喧嘩で自分達を滅ぼそうとしたのだから、当たり前の話だ。
「鬼も、福も、あなたも、私も。みんな同じ箱の中。逃げ場なんて、世界中のどこにもありませんよ?」
キミアは懐から、一粒の赤黒く光る「豆」を取り出した。
「これは『心の豆』。これを食べれば、あなたの罪も、強欲な魂も、すべて浄化されてます······」
「待て! キミア、この罪人を許すのか!?」
グラディオスと生徒達は猛反対だ。
「鬼も内、福も内、罪を憎んで人を憎まずです」
「皆が······内と言う訳か······すまん、キミア。余が間違っていたようだ」
生徒達は心底、呆れた視線だ。
だが、次期国王の決断だと受け入れる。
「ありがとう······ございます······! 私······心を入れ替えますわ······」
サイリスは豆を一口で飲み込む。
「グバァア!」
サイリスは水鉄砲のように吐血し死亡した。
豆には毒が入っていたのだ。
「まぁ、私は許すとは言ってないけどね」
サイリスの吐血の返り血を浴び、中央で独り優雅に佇むキミア。
その姿を見つめるグラディオスの瞳は、畏怖ではなく、ねっとりとした狂信的な情熱で潤んでいた。
「ああ······キミア、君はなんて慈悲深く······美しいんだ······!」
グラディオスは震える足で歩み寄り、サイリスの死体のすぐ横でキミアの前に膝をついた。
「おーい、ワシわーい?」
すっかりと忘れられた鬼がキミア達に呼び掛ける。
キミアは竜魔賢王とサイリスの高い魔力を持つ二人を生け贄に、鬼の元の世界へのゲートを繋ぎ帰還させた。
「ああ……っ! ゾクゾクする……! 愛しているよ、キミア! 豆になっても、君を愛し抜くと誓おう!」
「あら、グラディオス様。そんなに急がなくても、あなたが役立たずになったら、いつでも美味しいお豆さんにして差し上げますよ?」
二人の狂った愛の誓いと、ギャラリーの「鬼は内! 福も内!」という不気味な合唱が、いつまでも鳴り響いていた。
床に落ちた豆は皆で食べたとさ。
その後、キミアは王太子妃として君臨。王国では毎年、豆を食いながら踊り狂う、狂気の「節分」が国教レベルの文化として定着したという。
fin
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現代·東京の飲み屋街
バレンタイン当日。チョコを一つも貰えなかった村橋と言うサラリーマンが、隣に座る異世界から帰還した鬼と酒を酌み交わしている。
「なあ鬼さん……俺、女運ねーのかな?去年の節分パーティーで鬼役やって過労死した子が出てからずっとこんな感じで······」
「バカヤロー!バレンタインデーなんかなぁ! チョコ売るための口実だってんだよ! 豆食え豆! 酒飲んで忘れちまえ!」
「だよなぁ!? てやんでえ! べらぼうめ! バレンタインデーが何だ! 日本男児なら豆食え! 豆! ありがと! 元気出たよ! 鬼さん!」
「おうよ! 豆は畑の肉よ! そうと分かりゃあ、豆のチョコ買いに行くぞ! 」
「はい! 今夜は寝かせませんよー!」
ホワイトデーに期待やね。
村橋······甲府出身の次男坊。身長183cm、イケメン、甲子園出場経験あり、都内一流私大卒、前世のサイリスに惚れられてた。
鬼·····商業高校卒で公務員。女子だらけの環境にいたため、トラウマ気味。




