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無理の無いV生活  作者: 織田璃空


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01.配信事故を起こしました。

「――ふぅ……炭酸水、おいしぃ……」


 配信――動画配信サイトでのライブ配信を終え、僕は用意していた炭酸水を飲む。それまで口にしていたお酒と比べて透明感ある飲み心地にしばし放心し、SNSで配信の感想とかを見ようかと所謂『エゴサ』ってやつをしてみる。


「へぇ……なるほど……参考になるなぁ……」


 検索で『#久遠ながら飲み』で引っかかるポストを眺めていると、単純に楽しかった、面白かったという感想と共に「あれはないな」みたいな苦言、お小言みたいなものも見かける。その中でも「イキリすぎ」みたいな感想が結構多い。……まあ、そういうキャラ付けでVTuberをやっているので「ですよね」みたいな感想である。


 そう、僕はVTuberだ。『常夢とこゆめカンパニー』という事務所で大空おおぞら久遠くおんという名前で活動している。ビジュアルはアニメっぽいツンツン気味の茶髪で「それ、役目果たしてる?」と疑問に思いそうな小さな丸いサングラスを着けたイケイケ系のお兄さんだ。なお、髪型と髪色以外は中の人こと、僕を参考にデザインされている。こんなにイケメンじゃないけどね? あと本名は佐藤太郎だ。うん、同じ名前の人が沢山居そう。

 活動スタイルとしては主にゲームをしながらお酒を飲んで、という感じ。毒舌までいかないけど、ちょっとお口悪い系でやらせてもらってます。うん。加減が難しくて大変だけど、色々あってそういうスタイルで行くことにしたので頑張ってる。


「あぁ……あれはちょっと言いすぎかぁ……気を付けよっと――」


 感想を見ながら独り言を漏らしつつ、炭酸水を飲んでいるとスマホに着信。相手は同期のVTuberで幼なじみでもある女の子だった。


「もしもし? どうしたの?」

『配信! 切れてない!』


 挨拶もなく、勢いよくそう言ってきた相手の言葉がしばらく理解出来なかった。それからサーッと、血の気が引くとはこういうことなんだろうなぁ……という感覚を味わった後、「し、失礼しました……」とだけマイクに向かって喋り、配信を切った。

 今度こそ配信が終了していることを確認し、放置していたスマホを手に取り「ありがと……」とこちらが力なく言えば「致命的なことやらかす前で良かったよ……」とホッとされてしまう。


「でも、どうしよう……久遠が実は酒よりも炭酸水が好きだってバレちゃった……」

『いや、気にするのはそこじゃないんだけど……』


 いや、わかってはいるけど。やってしまった『やらかし』に、ちょっと現実逃避してしまった。


『高木さんに連絡しないとね……』

「そうだね……ありがとう、気が付いてくれて助かったよ」

『まあ、たまたま見ていたからね』

「そっか、たまたま、ね」

『そうよ、たまたまね』


 そんなことないくせに、とは言わない。彼女なりの優しさとか、まあ色々あるのだと思う。


「じゃあ、怒られてくるね……骨は拾ってね?」

『なんで死ぬ覚悟なのよ……でも、まあしっかり怒られなさいな』

「うん、それじゃ――」

『はいはい、またね――』


 通話を終え、思い気持ちで高木さん――マネージャーに連絡する。


「あ、お疲れさまです。実は、そのぉ――」


――死ぬほどではなかったけれども、やっぱりしっかり怒られた。



◇ ◆ ◇



 配信事故の翌日、事務所に行ってあらためて怒られた後、社長を交えて今後の対策を検討した結果――今、僕は事務所の配信ブースにいる。


――大空久遠謝罪会見


 そう名付けられたタイトルのライブ配信には、開始前だというのに結構な数のリスナーが待機していた。十八時と、会社や学校を終えて配信を見られるリスナーが少なくないというのも大きいのかもしれないが。

 配信を前に、僕は昨日の件についてエゴサした。あまりしない方が良いとは言われるエゴサだが、やはり気になってしまうので。――で、見つかったのは以下の通り。


・素だとちょっと幼い感じなのワロタ

・前からちょっと根が真面目そうだと思っていたけど、マジだった

・前からちょっと言われてたけど、宝城大地っぽくね?


 これ以外にも色々反応はあったわけだが、個人的にも事務所的にも深刻なのは三番目の反応だ。――宝城大地、それはすでに存在しないVTuberの名前であり……


――僕の、いわゆる『前世』ってやつなのだ。


――宝城大地、如月ドリームプロジェクト所属。


 それは、今は亡き事務所で活動していたVTuberであり、僕がほぼ素に近い感じで活動していたVTuberである。大空久遠の一人称は『俺』だけど、宝城大地の一人称は『僕』だ。容姿は……ちょっと童顔な男の子、って感じでお姉様方に可愛がって貰っていた。――そんな宝城大地が活動を終えることになったのは、事務所の解散が原因ではあるのだが……そのきっかけを作ったのは、僕だった。

 如月ドリームプロジェクトは……所属タレントの人気に胡座をかき、その終盤は酷い状況で……何度タレント側から是正を求めても改善されることはなく、最終的に僕と、当時タレント部門のプロジェクトマネージャーを務めていた現・常夢カンパニー社長が外部の公的機関等に協力を仰ぎ――結果、如月ドリームプロジェクトは当時の運営会社社長が存続不可能と判断し、解散となった。

 それからしばらく経って――これからどうしようかと思っていた僕を拾ってくれた社長と共に、僕は常夢カンパニーの立ち上げに関わり、所属タレントの一期生としてデビューした。その際に宝城大地との差別化を図るべきだと考え、最終的に僕の決断によりイキリ系飲酒VTuberである大空久遠が誕生したのだ。


・事務所ぶっこわしたやつが、他の事務所でデビューしてたのかよ

・いやいや、あれは事務所が悪いでしょ


 今回の配信事故よりも、大空久遠=宝城大地というのが注目されつつあった。中には切り抜き動画で比較をする動画投稿者もいたりして、色々な一致から大空久遠は宝城大地が転生した姿、ということで確定となってしまっているみたいだ。……まあ、事実ではあるのだけれどもね?


「はぁ……」

「大丈夫?」


 そう言って、ブースのドアを開けて入ってきたのは配信事故に気が付かせてくれた幼なじみで同期の、そして大空久遠のママ=キャラクターデザイナーであるKotohaこと、小清水琴葉。赤色の、お洒落な横長フレーム……って言えば伝わるのかな? そんな眼鏡をかけたセミロングの黒髪女性。一般的に言って美人だと思う。うん。一般的にね?


「大丈夫に見える?」

「タロがこんなになってるの、如月が潰れた時と受験前くらいだね」

「絶望じゃん」

「ウケる」

「他人事だなぁ……」

「他人事ですもの」

「ママなのに?」

「私は久遠のママであって、タロのママじゃないからね」


 クスクスと口元を抑えながら笑う琴葉。ご両親がとても素晴らしい方々なので、育ちが良い。


「まあ、今日はちゃんと見守っているから」

「うい……」

「……終わったら、牛丼食べに行こ」

「うん!」

「ガキンチョ……(ぼそっ」

「ん……?」


 最後に何か言った気がするけど、とても失礼なことを言われた気がするけど、琴葉が「何でも無い」と言うので気にしないことにする。ガキじゃないやい(聞こえてる)。





「――えーっと、どうも、こんばんは……」


 苦笑しながら挨拶をする。謝罪会見で苦笑している奴がいるか、という感じではあるけれども、もう今日はタイトルとは違ってゆるく事情説明と今後について話すことに事務所として決めているので、ゆるくやっていく。ちなみに事務所命令ではなく、僕が社長の提案に乗った形だ。「無理は続かないからね」ってね。うん。無理ってほどではなかったけど、まあボロは出ちゃったしね。


:笑っとる場合か

:謝罪はよ

:事務所クラッシャーさん、ちーっす

:ほんとに大地きゅんなんですか?


 コメントがまあ、結構な速度で流れていく。それにも苦笑しつつ、僕は初手炭酸水で喉を潤して――咽せた。


「げほっ――!」


:助からない

:おじいちゃんかな?

:誤嚥性肺炎には気を付けるんじゃぞ?


「ご、ごめんなさい。落ち着こうと思って炭酸水飲んだら勢い余りました……」


:炭酸水ってこういう時の水分補給に向いてる…?

:普通の水かお茶とかの方が良い気が

:でもお茶はトイレ近くなっちゃうからなぁ…


 うん、お茶は好きだけど利尿作用が気になっちゃうからね。普通の水でも良いんだけど……喉がスッとするから炭酸水を昔から好んでる。咽せたけど。


:大地きゅんも、炭酸水すきだったな…


 あぁ……宝城大地のファンだった人が結構いるみたいだ。あんな終わり方になって、僕には罪悪感がある。いつか来たであろう別れではあるけれども、あんな形で、突然というのは個人的に思うことが多々ある。あのままにしてはおけないと動いた結果、事務所解散という最悪の結末で終わったことは……僕の中の『痛み』だ。


:っつーか、常夢って如月や他でやってたVTuberの転生者、結構いるでしょ

:公言しないまでも匂わせているというか、言われても強く否定しない人はいるね


 そう、常夢には如月に所属していた一部のタレント、そして他の事務所で活動していたタレントが『転生』、デザインと名前を変えて所属している。純粋に常夢で初めてデビューした人も多いのだけれども、この事務所を作った社長の「夢と希望を持って走り出したタレントが夢と希望を見失わないように」という方針に共感してくれた人達が常夢で活動したいと集まってくれたのだ。そのおかげで、まだまだ若い事務所だけど順調に成長出来ている。


「――こほん。えーっと、まずは何から話そうかな……」


:久遠がなんかイキってないの、すげー違和感…

:なんか、新しい扉開きそう…

:薄い本が厚くなりそうだな

:メッセージは消去されました


 一部、何か目覚めそうな人達とスタッフさんに処理された人達は置いておいて。「まずはごめんなさい、でしょ?」というコメントを拾い、「昨夜は放送事故を起こしてしまい、申し訳ございませんでした」と謝罪した。


「――で、その謝罪に続いて、だけど……まあ、こうして喋り方を変えているから違和感を覚える人がいると思うんだけど……」


 そこまで言ってから、一度深呼吸をする。


「えぇと、賛否両論あるかと思うんだけど……大空久遠、キャラ変します」


:な、なんだってー?!

:路線変更するのか

:今この喋り方ということは、今後はこれでいくってこと?

:メッセージは消去されました

:メッセージは消去されました


「あ、はい。こんな感じでやっていきます。これまでの『僕』が好きだった方には受け入れにくいかと思いますが、新しい『僕』も好きになってくれたら嬉しいです」


 これは、苦渋の選択ではある。今までの『イキリ系』でやることを選択しても、リスナーの頭にチラつくのは「炭酸水おいすぃー!(誇張)」な『僕』で、『キャラクター』として既に崩壊してしまっているわけで。それならいっそ、のびのびと(やっていなかったわけではないが)素に近い状態で活動する方が良いだろう、というのが今回の決断となる。


:メッセージは消去されました

:メッセージは消去されました

:まあ、引退とかじゃないならOKよ

:やっぱり大地きゅんだよね?

:前世とか他のVの名前出すとか、マナー違反よ

:メッセージは消去されました


 う~ん……予想していなかったわけじゃないけど、そこそこコメント欄が悪い方に賑やかだ。ライン越えなコメントはスタッフさんが迅速に処理してくれているけど、微妙に対処に困るコメントは残っている。消したら消したで荒れそうだし、難しいということは事前に打ち合わせで出ていたけどね……ほんと、難しい。

 と、難しいとか困ったとか言っている場合ではないので。予定通り話を進めていく。


「で――ちょっと頑張っていたのがバレて恥ずかしいので、ママに頼んでイメチェンしてもらうことになりました」


 衣装替え……とは違うんだけど、新ビジュアルに変わることを伝えると、今度は良い方向にコメント欄が賑わい出す。


:新ビジュ、ここで??

:まさかの配信事故から新衣装か…

:メッセージは消去されました

:大人になるんだね、ちょっとショタみ感じる声音だけど

:合法ショタ?

:メッセージは消去されました

:合法ショタとは…?


「あ、あはは……まあ、どんな感じになるのかは、お楽しみにということで。Kotohaママに頑張って貰っているので」


Kotoha:まったく、ウチの子ったら困ったもんだわ

:Kotohaママ?!

:これ、謝罪会見じゃなくて授業参観…?

:メッセージは消去されました

:変わらずKotohaママのデザインなら嬉しい


「うん、僕のママはKotohaママだからね。再スタートするにしても、やっぱりKotohaママにお願いするよもちろん」


Kotoha:泣いて頼み込んでくるから、仕方なくね


「ママぁ?!」





――そうして、謝罪会見とは名ばかりの方針転換の告知配信は高評価と低評価が5:5な割合で付く微妙なものになったものの、とりあえず無事に終了した。



◇ ◆ ◇



「お、おぉ……?」


――数日後、琴葉から見せられた新ビジュアル案に、僕はこのママの子で良かったのだろうかと、少しばかり悩むことになる。

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