第三章
この物語は、誰かと誰かが「少しだけ近づく」それだけの話です。
大きな出来事も、派手な言葉もありません。
でも、誰かがそばにいることがどれほど心を支えるのかを、静かに描けたらと思っています。
もし、ひとりでいる時間にこの物語を読んでくれる人がいたら、その時間に、そっと寄り添えますように。
ある日、いつものようにあの階段へ向かう飯田。だがいつもと違う、いつもならそこにいるはずの彼の姿がない。飯田は階段に腰を下ろし、ひとりでお弁当を食べ始めた。最近では感じなくなっていたが、久しぶりに"寂しさ"や"孤独"を感じた気がした。
お弁当を食べ終わり、教室へ戻る途中。廊下の向かいに西村のクラスの担任がいた。飯田はふと、あの担任に西村のことを聞いてみようと思った。
「あの、先生のクラスの西村くんって今日……」
「あぁ、西村なら今日は欠席だぞ?」
「休み?何かあったんですか?」
「あぁなんか、家族が体調を崩したみたいでな。病院に行ったりしなきゃいけないとのことだ」
(家族……妹の陽菜ちゃん?それとも親御さん?どちらにせよ、心配……)
そんな不安な表情を浮かべる私を見て、
「…本当はダメなんだけどな」
そう言って、先生は周りを見回してから『飯田なら大丈夫だろ』と住所をメモしてくれた。
どうする?今まで誰かの家に行ったことなんてない。自分が行っていいのか?自分が行くべきなのか?今までにない不安が津波のように押し寄せてくる。でも——
「はい、行ってみます」
行ってあげなきゃ。
担任の先生から住所を聞き、西村くんの家に行くことにした。私にとって、初めて仲良くしてくれた人だから。西村くんの家は、私の家からそんな遠くない場所にあった。
私は、玄関の前まで来た。けど……やっぱり怖い、心臓の鼓動が骨を伝わって聞こえてくるのがわかる。
「ふぅ……」
私はインターホンのボタンへ手を伸ばし、そっと押した。インターホンの音が鳴り、扉の奥から聞こえてくる足音が段々と私の方に近づいてくる。扉が開くと中からは西村くんが出てきた。
「あれ、飯田さん?どうしたの?」
「あ、えっと……。先生に住所聞いて、心配で…来た」
「あぁ今日休んだからか」
「あの、大丈夫?」
「あぁ大丈夫、ちょっと陽菜が熱出しちゃったけど、病院にも連れてったから心配しないで」
「よかった……」
飯田は西村の言葉を聞いてホッとした。すると飯田が『あっそうだ、これ』と言ってカバンの中からプリントを取り出した。
「もしかして今日のプリント?」
「うん、担任の先生がついでにって」
西村はプリントを受け取ると、もじもじしている飯田の姿が目に入った。
「あぁ……、とりあえず中入る?」
「え?あっいやそんな……」
「いいよ、立ち話もなんだし」
そう言うので、飯田は少しだけお邪魔することにした。
「お邪魔します……」
部屋の中はとても綺麗で、清潔感が溢れていた。
「とりあえず、そこ座ってて」
そう言われ、私はキッチンの前のテーブルの椅子に座った。すると彼は冷蔵庫からお茶を取り出し、ふたつのコップに注いだ。
「はい、どうぞ」
そして彼も椅子に腰を下ろし、コップに入ったお茶を飲んだ。飯田は緊張して何を話せば良いかわからず、そわそわしていた。しかしこのまま静かなのもきついので、思いついたことを話した。
「あ、そういえば陽菜ちゃんは?」
「あぁ、陽菜ならそっちの部屋で寝てるよ。さっきお粥食べて、それで眠くなったみたい」
「ご両親は?」
「…あぁ、いやふたり共忙しいからね。だからまぁ、俺が看病とかしてる」
やっぱり、この人は優しいな。誰かのために……いろいろできて…。
「あ…じゃあ私そろそろ帰ろうかな」
「あぁそう?じゃあ気をつけてね」
私が玄関から出ると、西村くんは手を振って私を見送ってくれた。私の姿が見えなくなるまで、ずっとそこにいてくれた。誰かに手を振ってもらったのなんて、いつぶりだろ……。
——飯田の姿が見えなくなってから、西村はようやく手を下ろした。
西村が『はぁ………』と息を吐く。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
第三章では、「心配すること」「行くか迷うこと」「それでも行くこと」その小さな選択を大切に書きました。
何も起きない一日でも、誰かを思う気持ちは、確かに残るのだと思います。
また次の章で、このふたりの時間を一緒に見守ってもらえたら嬉しいです。




