第008章 〈アンダーガーデン〉
2075/4/2 p.m.3:41 男子寮廊下
舞との戦闘後、なんやかんやでその日の授業は終わり、悠真は寮への帰路に就いた。男子寮の廊下を歩いていると、角から二人の男子生徒が現れた。
「よう、お前が悠真か?ずいぶん派手にやられたみたいじゃないか。」
「まぁ舞さんは強いですからね。仕方ありませんよ。」
「伊上さんに柳田さん!?」
初日の攻撃避け訓練で好成績を残した男子二人、伊上始と柳田史郎に止められた。
「うお、名前覚えてたか。まぁそんなことはどうでもよくてな、お前をある組織に勧誘しに来たんだ。」
「あなたは舞さんに負けたとはいえ、とっさの判断力と瞬発力は相当あるようなのでね。」
「組織……って、どんなところなんですか?」
悠真が眉をひそめると、始はニヤリと笑い、廊下の窓から差し込む夕陽に照らされて影を落とした。
「『アンダーガーデン』って知ってるか?」
「……アンダーガーデン?」
「学校が表立っては言わねぇけど、優秀な生徒を早期に鍛えるための“育成委員会”みたいなもんだ。問題解決班でもあり、雑務処理班でもあり、実力派の遊び場でもある」
史郎が淡々と補足する。
「正式名称は『特別実働補助委員会』。でも、長くて堅苦しいからみんなそうは呼んでいません。地下温室みたいな場所だから、アンダーガーデンって呼んでいるんです」
「地下……温室?」
悠真にはピンと来ない言葉だったが、二人の雰囲気は妙に本気だった。
史郎は、悠真の顔をじっと見つめる。
「君はこの学校に“ただの生徒”でいる気はないんでしょう、違いますか?」
「…………」
図星だった。
自分の中の「不安」と「焦燥感」は、舞との戦闘でさらに増幅していた。
このままでは、何も守れない。
何も掴めない。
伊上が軽く肩を叩く。
「入るか入らねぇかは自由だ。でも__お前、強くなりたいんだろ?」
その言葉に、胸の奥の何かがかすかに反応した。
「……案内しますよ。場所は本校舎の地下六階、楽しみにしててください」
史郎が懐から小さな金属プレートを取り出す。
中央に校章と、不自然な植物の根のエンブレムが刻まれていた。
「そんなものまで……どうして俺を?」
始と史郎は短く視線を交わし、
「舞を相手にあそこまで喰らいつける一年は、そうそういない。まぁほかにも数人勧誘したけどな。」
「それと……あなたがときどき見せる表情が気になったのでね。」
史郎の言葉に、悠真の胸が不快にざわつく。
(見られていた……?)
「まぁ細けぇ話は後でいい。ついてこい」
二人は軽い足取りで廊下の奥へ消えていった。
残された悠真は金属プレートを手に、しばし動けずにいた。
(アンダーガーデン……か)
2075/4/2 p.m.4:10 本校舎地下一階
生徒が許可証なしに入れる限界、地下一階へ行くと、始はごく普通の壁に見える場所に金属プレートをかざすと、そこに金属プレートと同じ根のエンブレムが浮かび上がった
[認証確認 ―― 特別実働補助委員会構成員]
低い電子音とともに、扉が静かに開く。
中から流れ込んできたのは、冷たい空気と……植物の湿った気配。
部屋の中に入ると、始が何やら操作をすると、部屋ごと昇降し始めた。
[地下六階、特別実働補助委員会本部につきました]
そこは温室というより遺跡と研究施設を掛け合わせたような不気味な空間だった。
天井はガラス張りで、太陽光ではないが、自然な光が薄く降り注いでいる。
地面には人工土と石畳が混じり、そこかしこに奇妙な植物が生えていた。
背の低い樹木や草が通路沿いに並び、静寂の中でわずかに揺れている。
「……すげぇ……」
思わず漏れた言葉に、史郎が静かに頷いた。
「すごいでしょう、ここは訓練だけでなく、異能の暴走を緩和するための緩衝施設でもあります。生徒が制御不能になったとき、運び込んで抑制したりもします。」
物騒なことを言う。
「まぁビビるよな。でも大丈夫だ。最初に見るのは安全区画だしな。」
始は楽しげに前を歩きながら手を振る。
そうして通路の先へ進むと、広いホールにたどり着いた。
ホールには十人ほど上級生がいた。皆、動きやすい黒い制服に身を包み、卓越した佇まいと緊張感をまとっている。
その中央――
ひときわ存在感のある女性が座っていた。
黒髪をひとつ結びにし、鋭い瞳と落ち着いた気配を放つ長身。
けはいからして恐らく三年。
優しい雰囲気ではないが、不思議と威圧的でもない。
「紹介します。アンダーガーデンの現リーダー__桐谷紗耶さんです」
柳田が囁くと、紗耶は少しだけ顎を引いた。
「一年の新入り、悠真くんね。」
悠真は喉が乾くのを感じた。
(なんで名前を……)
「あなたのことは聞いているわ。舞との戦闘記録も」
一瞬だけ、彼女の眼差しが悠真の全身をスキャンするように走った。
そして、微かな笑みを見せる。
「ずいぶんやるようね。いい炎を持ってる。」
始が横で笑う。
「な?オレらが見込んだだけのことはあるだろ。」
「始、先輩には敬語を使ったほうがいいですよ。特に上のランクの者には。」
「はいはい、史郎サン。」
紗耶は指を鳴らし、ホール奥の扉を指した。
「では、始めましょう。アンダーガーデンに入る者は、全員適正を測ってもらうわ。」
「適正?」
「ここならその人の全部『見える』のよ。隠しても無駄、それらに応じて役割を決めるわ。」
悠真の胸の奥がざわついた。
自分の心を見透かされるような不安。
紗耶は悠真の前を通り過ぎ、静かに告げた。
「ついてきなさい。――〈根の檻〉で、あなたの力を測るわ」
「あ、俺たちはまだやることあるから行ってくれ、悠真さん」
そう言うと始と史郎は別の上級生のところへ行った。
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〈組織紹介〉「特別実働補助委員会」
能力訓練学校の地下に本部を持つ組織、構成員は全校生徒600人程のうち30人程度で、校長も支援をしている。各学年でも上位に位置する生徒が所属しているが、一部の強い生徒は縛られることを嫌がるため所属していない。




