第024章 〈襲撃・Ⅳ〉
2075/4/8 a.m.3:52 訓練学校地上
結晶鳥の光線の威力は凄まじかった。
悠真は最初こそ火炎螺旋で相殺できたが、体力も尽きかけ、光線を一本通してしまう。
「しまった!」
閃光が氷の鷹を貫く。
翼に穴が空き、氷塊が砕け散る。
「しがみついてろ!」
二人はなんとかバランスを崩した氷の鷹にしがみつき、結晶鳥が穿った男子寮の外壁の穴へと飛び込んだ。
――着地。
床を転がり、ようやく停止する。
周囲に敵影はない。
二人は緊張の糸が切れたのかそのまま地面にへたり込んだ。
「悠真、あの黒い騎士のような奴は何だったんだ?」
「あれは、俺の先輩のような先生のような人だ。まだ確信は持てないけど…」
「そうか、まぁお前を鍛えたっていうなら納得だな。」
そのとき、
「あ!おい、戻ってきたぞ!」
廊下の奥から教師たちが駆け寄ってくる。
「先生!」
教師の一人が素早く周囲を確認する。
「無事か!? 敵はどうした?」
「今のところは無事です。結晶鳥は、ある人が食い止めています。」
報告を聞いた教師は、すぐに状況説明に入った。
「男子寮、女子寮ともに確認できる限り眠っていた生徒は一階に集めた。ガスから逃れた生徒は現在、未確認者の捜索を手伝っている」
「確認できていない者は?」
教師は苦い顔をする。
「――71人足りない。」
空気が凍る。その人数は、クラス三つに相当した。
「隅々まで探したが見つからない。おそらく……影に引きずり込まれた」
「先生、まだ探していない場所はありますか?」
「学生が通常入れない場所ぐらいだ」
「たしか人工林は申請が無ければ5時以降入れませんでしたよね?」
「ああ、そうだ。たしかに、今日は申請もなかったし人工林はまだ探していない。」
「分かりました。探してきます。」
「まて、君たちだけじゃ危険だ。」
「俺たちもついていきますよ、先生。」
その声は、いつの間にか背後に立っていた伊上始のものだった。
横には柳田史郎もいる。
「始君に史郎君。まぁCランク四人ならとりあえずなにかあっても逃げられるだろう。」
「うし、じゃぁ臨時06小隊、結成だ!」
2075/4/8 a.m.3:55 学校の人工林
臨時06小隊は人工林へと向かった。
夜明け前の人工林は、不気味なほど静まり返っている。
「……静かすぎないですか?」
史郎が低く呟く。
風は吹いているのに、葉擦れの音がしない。
悠真は足を止めた。
地面に何かを引きずったような跡がある。
「これは、引きずった跡?」
「生徒か?」
四人は跡に沿って森の中へ進む。
「……止まれ」
始の声が低くなる。
一歩踏み出した瞬間、靴の裏がぬかるみに沈む。
しかし、それは土ではなかった。
赤黒く変色した地面、グチャリと不快な感覚がこびりつく。
周囲の木々の幹には、深い切り傷が無数に刻まれている。
そしてその中央に――
原形を留めていない、鉄臭い「何か」が散乱していた。
制服の切れ端。
学生証の破片。
破壊されたスマート端末。
人だったものが、そこにあった。
「……」
誰も言葉を発せない。
史郎が顔を背ける。
始の拳が震える。
悠真の視界が、わずかに揺れる。
数は八。
だがそれは、数えられる状態のものだけだった。
木の上にも、幹にも、地面にも。
それはまるで何かを発散するかのようにぐちゃぐちゃにされている。
「おい、こいつまだ生きてるぞ!」
ピンクの髪が乱れ、四肢がもげ、全身に深い傷を負っているが、まだ呼吸がある生徒を見つけた。
「意識は!?」
史郎が膝をつき確認する。
微かに、その生徒の唇が動いた。
「……あ……う…」
その瞬間。
カチ……カチ……と、硬質な音が森に響く。
四人の動きが止まる。
全身ボロボロの装甲。
緑と黒が混ざった異形の外骨格。
割れた頭部から覗く片目が、ぎょろりと動く。
「あぁあ?いいなぁ…ちょうど殺したりてなかったところだ…」
それは志島明後にやられたはずのバッタ人間だった。
「なんだ!?こいつは!」
驚く悠真に始が答える。
「明後先生が倒したはずのバッタ野郎だ!弱っているが推定Aランク!」
「んぁ、こいつ生きてたのか。まぁ殺すか。」
バッタ人間が鎌を瀕死の生徒に振り下ろす。
「待て!」
悠真が即座に炎でその攻撃を受け止める。
「逃げないのかぁ?…ガキども。」
悠真を見ていたバッタ人間の目の色が変わる。
バッタ人間は背中から蜘蛛の足を生やす。
「お前、逸脱変換者か。ちょうどいい、来てもらうぞ。」
蜘蛛の足の一本が、悠真が反応できないような速度で迫る。
「危ない!」
とっさに史郎が悠真を突き飛ばすが、蜘蛛の足は依然速く、悠真の左耳の一部をそぎ落とした。
「痛ってぇぇ!!」
「悠真!」
史郎が叫ぶ。
熱い痛みが左側頭部を焼き、視界が白く弾ける。
地面に転がった悠真の頬を、温かいものが伝う。
「……っ、くそ……」
逸脱変換者。
その言葉が、頭の奥で反響する。
バッタ人間の目が細められる。
「仕留めそこなったが、いい悲鳴だなぁ。さぁ、そいつを力に変えてみろよ!できるならな!」
「ふざけんな!」
始が変身し、骨剣を振るう。
白い軌跡が闇を裂く。
しかし、バッタ人間は背中の蜘蛛脚で地面を弾き、軽々と跳躍する。
「遅ぇなァ、せいぜいCランクか。」
次の瞬間、上空から鎌が振り下ろされる。
始は骨剣で受けるが、衝撃で膝が沈む。
「ぐっ……!」
「骨の!いったん下がれ!」
白斗は能力を発動させ、氷の鷹と熊を一体ずつ召喚する。
「わかった!」
始はなんとか骨剣で鎌を弾き、後ろへ下がる。
氷の鷹が空へ舞い上がる。
冷気が一帯を包み、熊が地面を踏み鳴らす。
「押さえ込め!」
白斗の号令と同時に、熊が突進。
巨体がバッタ人間へ体当たりを仕掛ける。
ドンッ――!
外骨格と氷が激突し、鈍い衝撃音が森に響く。
「ほぉ?」
バッタ人間は蜘蛛脚を地面に突き刺し、衝撃を受け流す。
そのまま横薙ぎに鎌を振るう。
氷の熊の肩が砕け、破片が飛び散る。
「くっ……!」
白斗の額に汗が浮かぶ。
召喚獣へのダメージは、そのまま精神的負荷になる。
上空から氷の鷹が急降下。
「氷鳥衝突!」
氷の鷹が最高速度でバッタ人間に衝突する。
「がぁ……うぜぇ鳥だなぁ。」
しかし、外骨格の一部が砕けただけだった。
「もういいや、一気に殺すよぉ。『キャスト・オフ』」
その言葉と同時にバッタ人間の雰囲気が一変する。
外骨格が弾け、内部から緑髪の女が現れる。
「速攻で首根っこ搔っ切って殺してあげるよぉ。」
「まずい!おそらく速度が今までの数倍上昇した!」
史郎の言葉が終わらぬうちに、バッタ女は始め後ろに回り込み始の心臓へ鎌を突き刺す。
「ごはぁ!!!」
「まず一人、あんたが一番堅そうだけど、所詮はCランクか。」
鎌が抜かれると同時に、始の変身が解け、倒れる。
「つぎはお前だよぉ、逸脱変換者ァ。」
その鎌は、次に悠真へ向かう。
(死ぬ!)
しかし、寸前で止まる。
「!?ま!まさか!今は何時だ!??時間切れなのか!!」
バッタ女が突然慌てだす。
「すこし、おいたが過ぎますね。」
最初から存在していたかのように、そこにいたのは、
「「校長先生!!」」
「こんばんは、君たち。ケガした生徒を運んでいきなさい。この無礼者は私が片付けておきますよ。」
その声は穏やかでありながら、確かな怒気を孕んでいた。
「は、はい!」
史郎と白斗が即座に動く。
「始!動けるか!?」
「耳をやられただけだ。動ける。」
かすれた声。
史郎は安堵しつつ、止血と応急処置を開始する。始と白斗は瀕死の生徒を抱え上げその場から逃げた。
校長と、バッタ女。
森の空気が、重く沈む。
「時間切れ、とはどういう意味ですか?」
校長は微笑んだまま問う。
バッタ女は舌打ちする。
「あんたが出てきたからにはもう時間切れだろうがぁ。」
校長の眼が細まる。
「ずいぶんと嫌われていますね。まぁ、無理もないでしょう。」
言葉と同時に校長の手のひらにはバッタ女の頭があった。
「….....」
バッタ女は何かを言おうとしているが、声帯がない彼女にはもはや無理だった。
「こっちも、破壊しておきますかね。」
バッタ女の肉体がまるで千年の時を経験したかのように崩れ落ちた。
「さて、彼女を止めないといけませんね。」




