第015章 〈暴走と異常空間・Ⅱ〉
2075/4/3 p.m.4:28 能力訓練学校近域の市街地
戦闘後には死体も、血もない。死を示すものは、何一つ残っていなかった。
だからこそ、悠真の胸に残る感覚は、消えなかった。
「……異常空間は、どうして消えたんだ。」
ふと、始が口にする。
史郎は一瞬だけ言葉を止め、考える素振りを見せた。
「わかりません、ただ、暴走者が弾けた途端に消失しました。」
「暴走者の能力の一部ってこと?」
舞が聞く。
「いいえ、おそらく他の者の能力でしょう。」
悠真が、地面を見つめたまま呟く。
「なぁ……」
「?」
「助けられた可能性は、あったのか?」
誰も答えられなかった。
悠真は拳を強く握りしめる。
(もし、別の方法を選んでいたら。)
[アンダーガーデン本部より通達、第06小隊、帰還せよ。当該任務は成功として処理するわ。]
端末から淡々とした声が聞こえてくる。
「……成功、か」
舞が小さく息を吐く。
「記録上は、ですがね」
史郎は否定しなかった。
転移装置が起動し、淡い光が地面に広がる。
悠真は最後まで何も残っていない“そこ”を見つめていた。
-2075/4/3 p.m.4:29 アンダーガーデン本部-
転移の光が消えると、無機質な床の感触が足裏に戻ってきた。
市街地の匂いも、熱も、すでにない。
「……帰ってきたか。」
始が短く呟く。
誰もそれに返事をしなかった。
通路の照明はいつも通り白く、静かで、異常など何も起きていないかのようだった。
その静けさが、かえって悠真の胸を締めつける。
「お疲れ様、06小隊諸君。」
沙耶さんが出迎える。
「ごめんね、今回の件、暴走者の死は事故として処理するわ。」
沙耶はそう言って、端末を操作する。
その指の動きは迷いがなく、感情の揺れも見えなかった。
「事故……ですか。」
「ええ、出現が急で説明が遅れたけど、近頃同じような異常空間からの暴走者出現時間が多発していたわ。暴走者にDランクがせいぜいの警察じゃ太刀打ちできないから、仕方なくあなたたちを送った。」
「俺達が行くしかなかったのか。」
悠真の声は低かった。
「ええ、アンダーガーデンは生徒の育成が目的とは言え、学校周辺で重篤な被害が生じる場合、出動する必要があるわ。」
淡々とした肯定。
「感情を排せば、今回の判断は合理的。暴走者以外の被害者はおらず、周辺の建物にもほとんど被害が無い。上出来よ。」
室内に、重たい沈黙が落ちる。
悠真は、ゆっくりと顔を上げる。
「……合理的でも、助けを求めていた人がを助けられなかった事実は消えません。」
沙耶は、じっと悠真を見る。
しばらくして、小さく息を吐いた。
「そうね。」
その声には、言い知れない感情が混じっていた。
-2075/4/3 p.m.5:■■ 志島明後自室-
「失礼します、志島先生。」
沙耶は志島明後の自室へ来ていた。
「言われたとおりに悠真を監視していましたが、少し奇妙に感じました。」
「ほう、具体的にはどのように?」
明後の問いかけに対し、沙耶は答える。
「後悔しているというよりは反省しているように見えました。」
「それはいいことなんじゃないのか?次に生かす意思がある。」
「いえ、それだけならよかったのですが、なんだか自身の行動の非のみを考えていて、今回の被害者の生死に関しては、そこまでこだわっているようには感じられませんでした。」
志島明後は、沙耶の報告を聞きながら、机に肘をついた。
「……なるほど。」
口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「それは冷酷という意味かな?」
「いいえ。」
沙耶は首を横に振る。
「共感が欠けている、というより、『判断』の軸が、最初から別の場所にあるように感じました。」
明後は、ゆっくりと背もたれに身を預け、続きを促す。
「私の能力で分かったことですが、彼は死んだ男を見てないように感じます。見ていたのは、自分が何を選んだかだけです。」
一瞬、部屋に沈黙が落ちる。
壁際のモニターには、先ほどの任務ログが静止画として映し出されていた。弾ける直前、わずかに正気を取り戻した男の顔。
明後はそれを見つめながら言う。
「普通の人間なら、こう考える。助けを求められたのに、救えなかった、殺してしまった。」
視線を沙耶に戻す。
「だが、あいつは違う、他の選択肢はあったか、最適解ではなかったのではないか。」
「それって危険じゃ…」
明後の声から、軽さが消える。
「ああ、危険だ。でも懐かしいね。」
沙耶の眉がわずかに動いた。
「懐かしい、ですか?」
明後は立ち上がり、窓の外を見る。
夕暮れに沈む訓練学校の敷地。
振り返り、断言する。
「彼の父親も最善を常に求め続けていた人だったよ。」
沙耶は、思わず言葉を失った。
「……悠真さんの、父親?」
明後は小さく頷く。
「そうだ。そして俺の相棒、『神岐悠吾』、まぁあいつの話はいい、別に面白くもないしな。時間も遅いし、もう帰ったほうがいいぜ。」
明後は沙耶を部屋から出るように言った。まるで過去を振り払うかのように。
沙耶が去った後、誰もいない部屋で明後は一人つぶやく。
「ほんと、あんたにそっくりだよ。」




