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『ある日、世界から「言葉」が消えた。恩師の失踪を追う私は、自分が半世紀前の「被験体」だったと知る』  作者: 伝福 翠人


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9/10

最後のコード

「――私よ!」


私の叫びが、制御室の冷たい空気を切り裂いた。


ハルが、一瞬、驚愕に目を見開く。彼が私という「抗体」をシステムに接続しようとしたのは、あくまで医療スキャナ(玉座)を通して「解析」するため。私が、コンソールの中枢マイクポートに直接アクセスするなど、想定外だったのだ。


「ふざけるな! そのポートは、旧時代の遺物だ! それで何ができる!」


ハルが私を突き飛ばそうと手を伸ばす。


だが、遅かった。


私の指が、旧式のマイクポートを起動させた瞬間、コンソール全体が激しく明滅した。


『警告:生体認証ガ一致シマセン』


『警告:管理者ハルノ権限ヲ無効化シマス』


「馬鹿な……! なぜだ!」


私にも理由はわかっていた。


この「ゼロ地点」タワーは、調律局が最新鋭の技術で建造した。だが、その心臓部である『沈黙のコード』のOSは、半世紀前の「バベル・プロジェクト」のものを流用している。


そして、その古いOSの「管理者アドミン」権限は、ハルではなく……このコードに対する唯一の「カウンターコード」を持つ、私に設定されていたのだ。


ミナミ教授が、いつか私がここに来ることを見越して、仕込んでいた最後の「罠」だった。


『認証:アキ(被験体D)。……ようこそ、管理者。最終ログを開示シマス』


コンソールのメインスクリーンに、ハルが映し出していたカウントダウンや世界地図が押しやられ、一つのテキストファイルが開かれた。


それは、失踪直前にミナミ教授が遺した、私宛ての「遺言」だった。


『アキ君へ。もし君がこれを読んでいるなら、私は失敗し、君は最後の希望として「ゼロ地点」にたどり着いたのだろう』


画面に映る恩師の言葉に、涙が滲んだ。


『時間が無い、単刀直入に言う。コードを「破壊」してはならない』


「……え?」


『コードは、バベル・プロジェクトが生み出した最悪の「毒」だ。だが、毒は、使い方次第で「薬」にもなる。ハルは、その毒で世界を支配しようとしている。カイトは、おそらく毒ごとシステムを「破壊」しようとするだろう。……二人とも、間違っている』


『アキ君。君の「声(抗体)」は、コードを無力化するものではない。君の脳波(声)は、コードの「毒性」を中和し、全く別のものに「調和ハーモナイズ」させる、世界で唯一の「試薬」なのだ』


そうだ。私は、幼い頃、あのノイズを「音楽」として聞いていた。


毒を、薬として受け入れていた。


『ハルは、コードでラピュータ(拒絶反応)を起こさせ、人々を支配しようとしている。だが、君が「調和コード」を流せば、それは「支配」のシグナルではなくなる』


教授の言葉が、私の心臓を掴む。


『それは、ラピュータで閉ざされた人々の言語野を「修復リブート」する、最強の「治療薬」となる。世界を救え、アキ。それが、こんな地獄を掘り起こしてしまった、私の……最後の願いだ』


ログは、そこで途切れていた。


「……ふざけるな……ふざけるなァ!」


ハルの絶叫が響いた。彼は、システムから権限をロックアウトされ、コンソールに拳を叩きつけていた。


「治療だと!? 調和だと!? 甘っちょろい!! 人類は、支配されなければ救われないんだ! ミナミ教授の妄言に、世界を巻き込むな!」


『00:05:00』


カウントダウンは、残り5分。


カイトの陽動によるものか、タワーの揺れが、いよいよ激しくなってきた。


「アキさん! あんたが何をしようと無駄だ!」


ハルは、目を血走らせて私を睨んだ。「ブロードキャストは、もう止められない! あんたが何をしようと、僕が設定した『毒(プランB)』が世界に流れる! それだけが真実だ!」


「……いいえ」


私は、マイクポートの前に立った。


「毒は、流させない」


「何をする気だ!?」


「教授は言ったわ。毒は『薬』になると」


私は、ハルを真っ直ぐに見据えた。


「あなたは、毒で世界を沈黙させようとした。私は、この毒を『薬』に変えて、世界に届ける」


「……馬鹿な……そんなことが……」


『00:01:00』


残り、1分。


私は、全ての雑念を払い、目を閉じた。


幼いあの日、白い部屋で聞いた、あの「音楽」を思い出す。


ミナミ教授が、私だけが聞けると、そう言ってくれた、あの「音」を。


あれは、ノイズじゃない。


あれは、言葉が生まれる前の、最初の「声」。


私は、マイクに向かって、息を吸い込んだ。


『00:00:10』


ハルが、私を止めようと、最後の力を振り絞って飛びかかってくる。


『00:00:05』


もう、間に合わない。


私は、歌った。


それは、特定の言語ではない。


半世紀前、私の脳だけが紡ぐことのできた、あの「カウンターコード」そのものの「音」を。


『00:00:01』


『00:00:00』


――ブロードキャスト開始。


制御室が、閃光に包まれた。


ハルが設定した「沈黙のコード(Plan B)」の濁流(赤黒いデータ)が、アンテナに向かって放たれようとする。


そこへ、私の「声(調和コード)」の奔流(青白い光)が、激突した。


コンソールが、悲鳴を上げる。


二つのコードが、タワーの中枢で、激しくせめぎ合う。


赤黒いデータが、私の青い光に、中和され、上書きされていく。


「……あ……あぁ……」


ハルが、その場に膝から崩れ落ちた。


彼が「毒」として放とうとしたシグナルが、私の「声」によって、全く別のもの――澄んだ「薬」のシグナルへと変換されていくのを、彼はなすすべもなく見つめていた。


「……嘘だ……僕の、完璧な……調律が……」


全世界に向けて発信されたのは、ハルの「沈黙のコード」ではなかった。


それは、ミナミ教授が夢見、私が紡いだ、言語野を「修復リブート」する、「調和ハーモニーのコード」だった。


タワーの揺れが、止まっていた。


陽動を終えたカイトが、ボロボロの姿で制御室の入り口に立っているのが、霞む視界の端に見えた。


私は、全てを出し切り、コンソールに倒れ込むように、意識を手放した。

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