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『ある日、世界から「言葉」が消えた。恩師の失踪を追う私は、自分が半世紀前の「被験体」だったと知る』  作者: 伝福 翠人


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追跡者

非常階段の重い鉄の扉を蹴立てるように開き、外の冷たい雨の中に転がり出た。警報が鳴り響いているかもしれないが、降りしきる雨音に紛れてよく聞こえない。


カイトの追跡を振り切るため、私は人混みを目指した。大学のキャンパスを抜け、最寄りの地下鉄駅に滑り込む。ラッシュアワーを過ぎた車内は、ラピュータのせいか、以前よりも乗客がまばらで、誰もがスマートフォンか電子タブレットの画面に沈黙していた。


幸い、私には隠れ家と呼べる場所があった。


都心の、それも最も古い雑居ビルの一角。学生時代に共同で借りていた、今は誰も使っていない小さな個人研究室だ。電力とネットワーク回線だけは、今も契約を生かしてある。


湿ったコンクリートの匂いがする階段を駆け上がり、錆びたドアの旧式なシリンダー錠を開ける。


部屋に飛び込むなり、私は内側から鍵とチェーンをかけ、窓のブラインドを降ろした。


カイトが私の職員IDを追跡できるなら、この場所も時間の問題かもしれない。


だが、カイトの所属する「調律局」がどれほどの権限を持っているか不明だが、ここの賃貸契約は完全に偽名だ。少しは時間が稼げるはずだ。


私は濡れたコートを脱ぎ捨て、すぐに持参したノートPCを起動した。


ミナミ教授が遺したデータチップをリーダー経由で接続する。


『Project LAPUTA : "Silent Code" Ver 0.9』


ロックされたファイル群は、私の貧弱なPCでは歯が立たない。


だが、あの警告テキストと、断片的に読み取れるログを見るだけで、恐ろしい仮説が組み上がっていく。


「……これは、言語データじゃない。音響パターンだ。特定の周波数と周期を持つ、指向性の『音』……」


あの患者が反応した、ノイズ。


カイトの焦りよう。


ミナミ教授の失踪。


「まさか……ラピュータは、病気じゃない……?」


これは、意図的に作られた「何か」によって引き起こされている、人為的な災害……?


「沈黙のコード」とは、ラピュータを引き起こすための、音響兵器か何かの設計図だというのか。


その仮説が頭をよぎった瞬間、


ドン!


雑居ビルの古びたドアが、外から強烈な力で蹴破られた。


チェーンが甲高い音を立ててちぎれ飛ぶ。


カイト……!?


いや、違う。


ドアを突き破って入ってきたのは、カイトのような制服ではなく、黒い戦闘服に身を包んだ、屈強な男たちだった。ガスマスクで顔を隠し、その手には私が見たこともない自動小銃が握られている。


「……っ!」


私は咄嗟にデータチップをPCから引き抜き、強く握りしめた。


「動くな!」


男の一人が、私に銃口を向ける。


「チップを渡せ」


その声は、ガスマスクのせいで、くぐもって聞こえた。


カイトとは、明らかに別の組織だ。


絶体絶命だった。私が抵抗する間もなく、男たちが私に掴みかかろうと――


した、その時。


研究室の窓ガラスが、外から割れた。


銃声。


私を拘束しようとした男たちの体が、火花のようなものを散らせて硬直し、床に崩れ落ちた。


「……え?」


窓枠を乗り越え、軽やかに部屋に飛び込んできた人影があった。


あの、大学の研究室で私を助けた、黒ずくめの青年だった。


「無事か!?」


彼は、特殊な拳銃(電撃銃か何かだろう)を構え、倒れた男たちに素早くトドメを刺していく。


「あんた……一体……」


「話は後だ! こいつら、本物の**『調律局』の実働部隊だ!** カイトの部署とは違う、もっとヤバい連中だ!」


青年は、私の腕を掴む。


「とにかく、逃げるぞ! ミナミ先生から、あんたを託されてる!」


「先生から!?」


「俺はハル。教授の助手だ」


ハルと名乗る青年は、私を引っ張って、再び窓から外へ飛び出した。


「教授は、調律局に追われている。そして、あんたが持ってる、そのチップこそが、教授が命懸けで守ろうとした『希望』だ」


希望。


私は、それが「音響兵器」の設計図かもしれないという恐怖を胸に、ハルの手を握り返した。


雑居ビルの裏路地を、二つの組織から追われる身となって、私たちは走り出した。

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