始まりの話
ドラマ主演の話が舞い込んできたのは、半年前のことだった。
今まで脇役ばかりの自分には願っても無い話だった。
渡された台本は内容もさることながらト書きも素晴らしく、僕はすぐにその作品に参加をしたいと願った。
こっそり聞いた話ではキャスティングが難航し、何ヶ所か回り回ってここへ来たらしい。
年齢に幅のある役で、演じることの難しさが敬遠された理由だそうだ。
僕は主人公の青年に惹かれた。
今まで演じたことの無い純粋な青年が、1人の少女に一途に恋を貫く15年の物語。
少女を演じる女優は当初から決まっていた。
演技派で知られる彼女は僕より4才年下だ。
作家が彼女を当て書きしたと言われていて、w主演と言われながら実は彼女ありきのドラマだった。
初めて台本読みの日は春の終わりで、空がやたら青くて、日差しだけは強かった。
白い半袖とシアーのジャケットを着た僕は、テレビ局の第3会議室へ向かう。
すでに正面の席には何人かに囲まれている女性の姿があった。
水色の清楚なワンピースを着た彼女は、僕に気づくと立ち上がり近づいてきた。
差し出された手の動き、これまで何回か主演を演じた彼女の所作は緊張で怖ばっている僕よりずっと大人びて見えた。
挨拶を交わし、僕たちは席に座る。
彼女が出演した映画やドラマは事前知識として見ていた。
好みのタイプでは無いことは分かっていたし、それは仕事をする上で好都合だとさえ思っていた。
しかし、実際の彼女は画面を通りして見る以上に、いたって普通の女性だった。
言葉は悪いが、そこら辺にいそうな子だった。
背は低く、香るような色気とも無縁だし、美女でもなかった。
周りの女優たちが薔薇だとしたら、彼女はたんぽぽに分類されるに違いない。
僕は台本を読んでいたから、この話は初恋の甘さや儚さが散りばめられていることを知っている。
はたして、彼女と演じることが出来るのか不安しかなかった。