第九章:勇者召喚
王女として目覚め、戦い、陰謀に巻き込まれ――俺の異世界生活は、落ち着く暇もなく続いていた。
「……何が"姫様"だよ。俺はこんなことをするために生きてきたんじゃねぇ」
深夜の城の庭園で、俺はため息混じりに呟いた。
異世界に召喚されてから、ろくに自由もなく、王族としての役割を押し付けられ、しまいには命まで狙われる始末。
いっそこのまま逃げ出してしまおうか――そんな考えがよぎる。
だが、その瞬間、城の中からけたたましい鐘の音が響き渡った。
「……なんだ?」
不吉な予感がする。
俺はすぐに城の方へ駆け出した。
「勇者の召喚が成功しました!」
城の大広間に駆け込むと、興奮した声が飛び交っていた。
「勇者……?」
中央には、まばゆい魔法陣が浮かび、その光が収まると、一人の少年の姿が現れた。
「……え?」
俺は言葉を失った。
「……ここは……?」
光の中から現れたその少年は、見間違えるはずもない顔だった。
「――蒼真?」
俺の声に反応したかのように、彼がゆっくりと顔を上げる。そして、俺の姿を捉えた瞬間――
「え……? 蓮……?」
彼の瞳が驚きに揺れた。
橘蒼真――俺の幼馴染であり、最大のライバル。
剣道全国大会で幾度となく刃を交え、互いに切磋琢磨してきた、唯一の"対等な存在"だった。
その蒼真が、俺の目の前にいる。
「な、なんでお前がここに……?」
蒼真は目を見開き、俺をまじまじと見つめている。
「……その前に、何だよその格好。ドレス? 髪、長くなってるし……お前、まさか……」
俺は歯を食いしばりながら、視線を逸らした。
「……説明は後だ。お前こそ、なんでここにいる?」
「召喚されたみたいだ」
蒼真は落ち着いた声で答えたが、その表情にはまだ困惑が浮かんでいる。
「ここって……異世界、だよな?」
「……ああ」
「俺が……勇者……?」
蒼真が呟くと、周囲の貴族たちが歓声を上げた。
「勇者殿! どうか、この国をお救いください!」
「勇者……?」
蒼真が眉をひそめる。
「どういうことだよ、蓮?」
「……だから、それは俺にも説明させろって」
この異世界で、勇者が召喚される意味。
それはつまり――世界を救うために戦う、最も重要な存在。
「まさか、俺がそんな役割を背負わされるとはな……」
蒼真は溜息をつきながら、俺をじっと見つめた。
「……それより、お前」
「……なんだよ」
「その身体、どうした?」
蒼真の問いに、俺は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……まぁ、色々あったんだよ」
「お前が言う"色々"が、相当ヤバいことくらいは分かるぞ」
蒼真はジト目で俺を見つめる。
「説明しろ、蓮。お前、まさか女になったとか……」
「……なったよ」
俺が渋々答えると、蒼真は固まった。
「……は?」
「だから、俺は転生して、王女になったんだよ。今の名前は、レイシア・フォン・アルザード。覚えとけ」
「……嘘だろ」
「嘘だったら、俺がこんな格好してるわけねぇだろ!」
俺がドレスの裾をバッと広げて見せると、蒼真は絶句した。
「……マジかよ……」
呆然とする蒼真を見て、俺は何とも言えない気持ちになった。
「まぁ……お前なら、そういう反応するよな」
「お前がそういうことになってるのに、俺だけ普通でいられるわけないだろ……」
蒼真はまだ信じられないといった様子だったが、やがて真剣な顔になる。
「……とにかく、蓮」
「ん?」
「お前は元に戻るつもりなのか?」
その問いに、俺は少しだけ沈黙した。
「……分からねぇよ」
それが、俺の正直な気持ちだった。
元の世界に戻れるのか、この身体を元に戻せるのか、それすらも分からない。
「だけど、俺は……この世界で生きるしかねぇんだよ」
そう答えると、蒼真は少し考え込んだ後、真剣な表情で言った。
「だったら……俺がお前を守る」
「……は?」
思わず耳を疑った。
「お前は王女だろ? そして、俺は勇者として召喚された。だったら、俺がこの世界でお前を守る」
「……おいおい、俺は護られる立場じゃねぇぞ?」
「でも、お前の身体はもう男じゃない」
蒼真の言葉に、俺はグッと拳を握る。
「……クソッ、そういう言い方すんなよ……!」
「それに……俺は、"蓮"のことを見捨てるつもりはないからな」
蒼真の言葉が、胸に深く突き刺さる。
「……勝手にしろ」
俺はそっぽを向いて、そう答えた。
蒼真が異世界に召喚され、勇者になった。
そして、俺を守ると言った。
――これから、どうなるんだろうな。
俺は心の中で、ぼんやりとそう呟いた。