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神ナキ世界のカタリ神  作者: 不如意
二章 青春を持て余した神々の悪戯
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2




 かくして、ホームルームは終わりを迎えた。


 俺は高校生になっていた。


 神楽野高校二年三組、黒伊春比古十七歳、只今青春真只中。


 ほんと、どうしてこうなった?



「頭が痛ぇな……」



 黒板の前に突っ立ったまま、俺は眉間を抑えた。

 身体に馴染まない学ラン、身体に馴染むはずもない教室の空気感、政親考案の黒伊春比古とかいう当座凌ぎの名前も耳馴染みが悪くて気色が悪い。着心地も居心地も聞き心地も悪いとかいう反吐がでるほどの三重苦。先生、気分が悪いので保健室行ってきてもいいですか、つーか早退してもいいですか、ほんと、お願いしますって……。


「……おいっ、お前はいつまで呆けてんだよ姫乃っ」


「ふぇっ……」


 俺は俺と肩を並べたまま同じく突っ立っていた姫乃に向き直った。


「ふぇ、じゃねぇよ。ふぇ、じゃ。お前らのせいで俺は今日から目出度く高校生だ。どうしてくれるんだどう落とし前つけてくれるんだ、まったくよぉっ!」


「……こ、こうこう、せい?」


 姫乃は口をぽっかりと開けて、夢でも見ているような顔つきで俺の顔を見返してくる。

駄目だ、制服着て集合した朝からテンションはおかしかったが、学校へついて教室へついて自己紹介をして、どうやら遂には頭そのものがおかしくなってしまったらしい。さっきの俺よりよっぽどキマッテいやがるぜコイツは……。


「はぁ……。」


 仕方なし、俺は一人で気持ちを引き締めて、それから改めて教室へと向き直ってみた。


 濃緑の黒板を背に俺が向かい合う教室では、並んだ学校机に座ったクラスメイトたちの顔が、ものの見事に俺らのほうを向いて並んでいる。しかし一方で、そんなクラスメイト諸君は距離でも測るように俺と姫乃へと微妙な視線を向けてくるのみで微動だにしない。

 こいつら、あけっぴろげな今風の若者のノリで迎えてきたかと思えば、今度は村社会の老害みたいに忍んで出方を窺いやがって、こういうところはさすが、都会幻想渦巻く地方都市住みの田舎っ子、って感じだな。

 眼を飛ばして凄んでやる必要もなければ、日和って愛想を振る舞う理由もなし、かと言え目を逸らすってのも違うわけで……、俺は教室の中で目の向けどころに困り果てた。

 そうして目線を教室の中でさ迷わせていると、クラスのなかで唯一、真っすぐに俺へと視線を向けてきている奴と目が合わさる。そいつはもちろん、髙橋皐月である。

おや、その髙橋皐月が席から立ち上がり、おもむろに俺の方へと歩いてくるではないか。


「げ。」


 俺は本能、というより経験則によってすぐさま危険を察知した。が、そんな俺が止める間も逃げる間もなく、髙橋皐月は俺の真ん前へとやって来て……




「――ごっ、御入学っ、おめでとうございますっ! 神さまっ!」




 クラスメイト御一同の御前で、恭しくも頭を下げてきやがったのだった。



「おまっ……」



 俺は慌てて周りを見回した。


 教室中のクラスメイト達が、教室前の俺たちへと妙な視線を向けてきている。唖然呆然、驚愕、訝しみ、それに思考停止も若干名。一人一人のその目の色は異なれど、つまるところ俺と髙橋皐月は、滅茶苦茶注目されてしまっているということである。

 俺が棒のように立ちすくむなか、髙橋皐月はその身に集めた大注目を気にするそぶりも見せず朗らかな笑みを浮かべている。いったいどういう神経してるんだこいつはッ!


「ちょっと来いっ!」


 俺は周りに気取られぬよう密かに髙橋皐月のセーラー服の袖を引っ掴んで、逃げるように教室から廊下へと足を急がせる。


「な、ななっ、なんでしょうかっ⁉ えっ、もしかしてわたし、神さまに何かご無礼なことでもいたしましたでしょうかッ……」


「いいから来いッ!」


 放心状態の姫乃を教室に置き去りに、髙橋皐月を引っ張って廊下をずんずん進んでいく。そのまま比較的人けの少なかった廊下突き当りの行き止まりまでやってきたところで、俺はようやく、引っ掴んでいた髙橋皐月の制服の袖を放してやった。


 そして、すぐにその純粋100%の瞳に睨みをきかせてやりながら、こう言ってやる。




「髙橋皐月お前は馬鹿なのか? 馬鹿野郎なのか? 大馬鹿野郎だったなそういえばッ‼ 学校で人のこと神様なんて呼びながら頭下げてくる奴があるかッ‼ この大馬鹿野郎ッ‼」




「ふぇっ……」




 髙橋皐月は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で俺を見る。こいつまで「ふぇっ」である。


「えっ、えぇっと……。あの、神さま、そうはおっしゃられましてもですね、その……、神さまのことを神さまとお呼びするのは当たり前のことですし、神さまに頭をお下げするのも、神さまに対する最低限の礼節と言いますか……」


「知るかそんなもんッ‼ お前と出会ってから此の方もう何度も何度も言ってるが、もう限界だッ。さすがに他人の目につくところでまでそんな喋り方関わり合い方されちゃぁたまったもんじゃねぇ。もう二度と俺のことを〝神さま〟なんてクソこそばゆい呼び方で呼ぶなッ‼ 頭も下げるんじゃねぇッ‼ 断固ッ、これだけは絶ッ対に譲らないからなッ!」


 腕を組み、年相応の男女の背丈の差が生み出すぶんの高所から睥睨してやりながら、俺は、きっぱりと啖呵を切ってやった。


「そっ、そんなぁっ……。それでは、神さまは、わたしにどうしろとおっしっゃられるんですかっ?」


「呼ぶときは春比古でいい。それと、喋るときは最低でも、使っていいのは丁寧語までだ。ですます調がギリギリの妥協点、友達口調というかタメ口がハナマル合格点だ。……あとそれから、これを機に、学校はもちろん学校以外でも、俺のことを神のように敬うのは金輪際禁止とする。」


「゛えぇっ……‼ ……で、ですがやっぱりっ」


「ですが、じゃなく、でも、と言え。いいか、よく聞けよく考えろ? お前の厄介事を引き受けてやったのは誰だ? 俺の言うことも少しは聞いて欲しいもんだがな。」


「それはっ……」


 さしもの髙橋皐月も、これには口を閉ざして黙らざるを得なくなったようだった。


「…………わ、わかりました……」


 未だ不満げな顔のままではあるが、髙橋皐月はおずおずと一呼吸だけ間を置くと、それから、小さく口を開く。


「……は、はるひこ、くん?」


 上目に俺の目を真っすぐ見つめ、髙橋皐月は微かに首を傾げながら、そう発した。


「……よろしい。大変よくできました。」


 合格。


 これで、少しはこいつに対する苦手意識もなくなるってもんだろう。それになにより、周りから変人扱いというか、変態扱いというか、女子に頭下げさせるヤバイ奴扱いされずに済む。一安心と胸をなでおろし、俺はまずまずの満足感に納得の表情を浮かべた。


 ひと悶着の決着に、口角を上げたそんなとき―― 


「――で、ですがっ! ……じゃなくって、でもっ! それならわたしのこともっ、学校で、髙橋皐月って、フルネームで呼ぶのはおかしいと思いますっ!」


「あ?」


 まさかの展開に、目を瞬いた俺だった。


 だがしかし、なるほど、まぁ、たしかに……。別段拒否する理由もない。


「……じゃぁ、髙橋で。これからよろしくな、髙橋。」


 素直にそう呼んでやった俺だった、のだが。


「いいえ、苗字じゃだめですっ! 髙橋さんはクラスにもう一人いますし、学年で言えば四人もいますっ。それに髙橋先生だっていらっしゃるんです。ぜひここは、皐月、でお願いしますっ! ……そうじゃないと、神さまのお願いも聞けませんから!」


 いや、めんどくせ……。


 まるで食べ物を運ぶリスがごとく、その内側に不満の種が詰め込まれているらしい頬をぷくりと膨らませ、こちらを見つめてくる髙橋皐月。そんな髙橋皐月の前で、調理される前のアンコウのように口を開け、双眸を細めた俺。


 ……つか、そうじゃないと、って……。こいつ、俺が言ったそばから本当に神のように敬うこと止めてね? 神に対して交換条件提示するとか、こいつ無礼だな?


 なんて、まぁそんなことはいいとして、だ。こういう時に恥ずかしがって言いよどんだり口ごもったりするほうがより恥ずかしい、というのは俺の幾許かの人生経験が耳打ちしてくるところなので、俺はあくまでも素っ気なく言ってのけてやることにする。


「あっそ、じゃ、皐月で。これからよろしくな、皐月。」


「はいっ! これからよろしくお願いしますっ、――はるひこくんっ!」


 果たして、髙橋皐月改め皐月は、膨らんでいた頬を弛ませて、ちょっと見たことねぇぞ、ってぐらいの純真すぎる笑顔を、眩しく俺に見せつけてきたのだった――


「ったく……」


 こういうときに少しくらい鼻白んでくれればいいものを、こいつはなんの躊躇いもなく無邪気に素直に受け取ってしまいやがるので、むしろこっちが鼻白んでしまうというか、鼻持ちならない気持ちにもなってくるというか…………。


 髙橋皐月。まったく本当に、厄介な奴である。


 さて、さて、さて、さて、気持ちを切り替えよう。気分を入れ替えよう。

 とりあえずポジティブに捉えれば、学校には潜入できたのだ。いつまでもネガティブに囚われていないで、さっそくミッションスタートといこうではないか。とりあえず、教室に置いてきた姫乃の様子を見に行って、使えそうならひっ連れて、使えなさそうなら捨て置いて、どちらにせよ、髙橋皐月に案内させて件の一年生総員と接触を果たすのだ。


 手始めに、俺は姫乃の様子を見に教室へと戻ることにした。


 教室の手前まで戻ってくると、開け放たれたままの引き戸の内側からは、なにやら生徒達の騒がしい声が漏れ聞こえてくる。高校の朝の教室なんてこんなものか、なんて呆れつつ、俺はそのままなんの気なしに教室の中へと入っていく。


 さて姫乃は、思いながら教室の中を見渡した俺は、そこで、ぴたりと足を止めることになった。なぜか? 教室に足を踏み入れた俺が目の当たりにすることになったのが、死角からジャブを食らわせられたような、そんな、まったく想定外の光景だったからである。


「――黒伊くんとはどういうきっかけでつき合い始めたのっ⁉」


「ふぇっ……、いや、あのっ、そのっ、つ、つき合い始めたっていうかっ、付き合いが始まったきっかけは、知り合いの人からの紹介で……」


「そうなんだぁ~~っ‼ 黒伊くんってどんな人っ? もう付き合ってから五年以上も経つんでしょっ? それに色んな意味でうまくいってるみたいだしっ? ねぇねぇっ、もっと話きかせてよっ!」


「うぇっ、あのっ、えっとっ、そのっ……」


 ついさっきまで遠巻きに俺と姫乃の様子を窺っていただけであったはずのクラスメイトたちが、姫乃のもとにわんさか群がっていた。どうやら田舎っ子たちは、姫乃が教室に一人になったのを好機と見て、すかさず殺到したということなのだろう……。

 

 と、姫乃を取り囲んでいたガキどもの目が、不意に、突っ立ていた俺の顔を捉えた。


 あ、やっべ……。なんて思ったときには遅すぎだった。


 落ちた桜の花びらを巻き込み渦巻く春のつむじ風がごとく、クラスメイトたちは渦を成して俺のことを捕え、引き込み、その渦の内側へと舞い躍らせたのだ。たちまちのうちに引きずり込まれ、為す術もなく十数人に取り囲まれてしまった俺は、声もあげられないまま、気がつけば教室の奥にいた姫乃の元まで連行されていた。


「これからよろしくね黒伊くん! 色々話聞かせてもらいたいんだけどいいかなっ?」


 落ち着いてる暇なんてなかった。右前にいる女子から即座に声が飛んできた。


「よっ、よろしくっ、い、色々って、別に面白いことなんて話せないけども……」


 俺は顔をひきつらせながらなんとか愛想笑いで受け応える。


「なぁっ、オマエのことなんて呼べばいいっ⁉ 黒伊? 春比古? あだ名とかある⁉」


 思考を整理する暇もなかった。今度は左前にいる男子からも言葉が飛んでくる。


「よっ、呼びかたっ? いや、何でもいいというか……、それ全部あだ名というか……」


 俺は所在なく宙に浮かせていた両手をわなわなさせながらも答える。


「――ていうかどこの高校から転校してきたのっ?」


「――なに部に入るとか決めてる?」


「――姫川さんのこと愛してますかぁッ⁉」


 質問質問質問質問質問ッ‼ 


 俺の回答も待たず、質問は立て続けに飛んでくる。俺はもうタコ殴りにされるように、そんな質問の応酬に打ちのめされることしかできない。

 なんだなんだなんなんだこの状況は、一体全体どういうことなんだッ‼

 ちらりとすぐ隣にいる姫乃に目をやる。姫乃はぐるぐると目を回して混乱中。おいッ‼


「ねぇ黒伊くんっ! せっかくなんだからさっ、姫川さんとの話きかせてよっ!」


「い、いや、俺には用がっ、だからっ……っておいっ、おいっ! …………おい……」


 黙殺。

 俺の主張は、クラスメイト達による空騒ぎの中にかき消されていった。

 人の波に揉まれ、本題は流され、しかし俺自身はそんな渦中の直中に残されたままぐるぐるぐるぐると渦巻いているというか渦巻かされているというか、洗濯機で回される洗濯物の気分がわかるほど四方八方から揉みくちゃにされている。転校生への洗礼。にしてももっと優しく洗ってください? 手洗い推奨ドライコース向けシルク生地系デリケートメンタルな俺ですよ? 人にも品質表示タグとかつけれないもんですかね。




「あぁ……。」




もう誰が何をどう言っているのかも分からないなかで、キンコンカンコン無情な鐘の音それだけが、俺の耳へと唯一確かに響き渡ってきたのだった――。







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