ep1 台無しの休日
揺らめく炎、立ち上る黒煙、崩れる落ちる建物だったもの、壊れた生活空間、逃げ惑う人の声、阿鼻叫喚。
かつては王国一の研究所であったローデン王立研究所は、もう面影すら残ってない。研究に命かけてるバカしかいなかった騒がしい場所が嘘だったみたいだ。
国の威信をかけ長年にわたり成果を出してきたこの場所を、この世の地獄に変えた存在がゆらりと炎の中から立ち上がる。背丈は二メートルほど。恐ろしく筋肉がついているわけでもなく、体から触手が生えているわけでもないが、どこか人と離れた存在感の真っ黒な怪物は、ゆっくりと全身の関節を動かしている。
ぱっと見ただけで人間ではないとわかるのに、頭に乗っかっているのは趣味の悪い眼鏡の残骸。その滑稽さが、一層いびつさを際立たせる。
「馬鹿な奴だ。」
おそらく自我を失った、かつて人間だったものに吐き捨てる。まともに拳を交えずとも、炎越しに対峙しただけで分かる彼我の力の差。いくつか修羅場をくぐってきた自分の本能が声をからして叫んでいる、「今すぐ逃げろ」と。こんな厄介そうなことに巻き込まれてる運の悪さと、逃げることが許されない俺の立場を恨みつつ、戦闘の覚悟を決める。人生ってのはどうしようもないもんだ。
「アーシェラ。」
自分の契約精霊を呼び出し、体に魔力をまとわせる。心臓の音がうるさい。瞬きが出来ない。死ぬかもしれない恐怖によるものなのか、今からやることにためらいを感じているのか。自分でもわからないまま無理やりに体を動かす。人間、最初の一歩を踏み出せば何とか流れに乗って行けるもんだ。
防御魔法を三重にかけ、遠距離魔法を敵に打ち込む。
瞬間、腹部に強烈な衝撃を感じた。何が起こったのか全く分からない。自分の攻撃は当たったのか、はじかれたのか、自分が受けた衝撃の正体は何なのか。わかっているのは、何かが自分にあたり、十数メートル吹き飛ばされたということだけ。魔法が直撃したのか、奴が何か物体を投げつけてきたのか、皆目見当もつかない。
となると、攻撃を考えるのは後だ。まずは敵の攻撃のからくりと手札を見極める必要がある。
「アーシェラ、俺は何をされた?」
「おそらく、お前自身の魔法が跳ね返った。」
「根拠は?」
「魔力場が出来てる。それも相当強いやつだ。」
適当こくなって思ったけど、よく見ると確かに敵の周りに強烈な魔力場が出来ている。どうやら間違いじゃないらしい。
おっと説明してなかったね。魔力場っていうのは、魔力が高密度で存在している空間だと思ってくれ。この空間の中では、一定以下の魔法は無効化されるし、魔法によっては反射される、最強クラスの防壁だ。
一見無敵に見えるこの魔力場だが、多くの存在に欠点があるように攻略法がある。敵の魔力場を散らすほどの魔力を込めた攻撃をするというのが一つ。もう一個は敵の魔力切れを狙う方法だ。魔力場の維持には膨大な魔力が必要だからな。目の前の敵がいくらやばい奴でも維持できないときはきっとくる。
まあ、問題なのは、どちらも俺じゃ無理そうということだ。ぶっちゃけ敵の魔力を上回ることは不可能、魔力切れに関しても、俺程度だと30分の時間稼ぎすら難しい。魔力場に魔法が跳ね返されている状況から察してほしい。
どうすっぺかと考えてると、光さえ吸い込みそうなほど真っ黒な体が、こっちを向いた。化け物が真っ黒な右腕をゆっくりと挙げる。緩慢でぎこちない動きであったのに、奴の右腕に集まる魔力量に戦慄し、俺は全く身動きが取れなかった。嫌な予感がした瞬間に、横にあった実験棟の一部が直径3mほどの光の球に包まれ、消えた。
多分、俺にあてようとした魔法がずれて横の研究室を消し飛ばしたんだろう。しかも爆発系の魔法じゃない。刃物で切り取ったようななめらかな断面だ。
奴の手が動いた瞬間に横っ飛びして受け身をとる。今さっきまで俺がいた場所に巨大ながれきが突き刺さっている。ゆうに100キロはありそうな巨大ながれきだ。誰からのプレゼントなんて言わなくてもわかるよな?
しかも魔法を使わないで投げやがった。純粋な腕力も人間の域を軽く超えているっぽいな。
立て続けに投げられるがれきをよけながら、距離を取り、こちらもがれきをアーシェラに飛ばさせる。魔力を含まないがれきは、魔力場に突入してもはじかれることなく敵に直撃する。
もし、敵が並みの生物であればひるむか、負傷するだろうが・・・・やはり、何か固いものにあたるような鈍い音がしただけで、そのゆっくりとした動きを止めることはできない。
しかし、収穫はあった。先ほどの光の球の情報だ。あれは高速移動中のものには当てられないか、現段階では連発することが出来ない、のどちらかだ。よかったよかった。あんな物騒な魔法を連発されたら、この国が終わるとこだった。
さて、敵の手の内はだんだんわかってきたが、これからどうしよう。魔法が効かない以上、近接戦を仕掛けるのが定石だが、俺レベルの魔力量じゃ、魔力場の中に存在することすらできそうにない。(わからない人のために解説しとくと、自分の周りにある魔力密度が高すぎて、俺の体内に透圧的な理由で急激に入り込もうとするんだ、濃度差が駆動力となってね。それに体の組織が耐えきれなくなり、壊れるってわけ。)
一か八か突っ込んでみてもいいけど、それは最終手段に取っておきたいしなぁ。いや、そもそも終盤で魔力が残っているのか?普通「くっ、魔力が切れちまった。俺もここが墓場か・・・」的なことになる可能性のほうが高いのではなかろうか。となると、やるなら万全な体制の今か?いやでも、死ぬ確率の方が圧倒的に高いしなあ・・・・畜生、力がないっていうのはとるべき選択肢が大きく制限されちまう。なんで神様は俺にはやべえ能力をくれなかったんだ。俺だって耳からビーム出したり、膝から水出したりしたかったよ。
「ライアン、来るぞ。さっきの光球だ。」
アーシェラの言う通り、またあいつが魔力を集め始めた。今度は左手だ。しかもさっきよりチャージが早い。接近戦を挑むのは保留にしといて、とりあえず物陰に隠れよう、ちょうど試したいこともあったし、このタイミングの消える光球は好都合だ。
「アーシェラ、幻影。」
幻影というのは、10秒間本体の動きをトレースする分身を作り出す魔法だ。これを物陰から出ると同時に俺とアーシェラの二人で同時に展開する。幻影は右に、俺たち本体は左に走り出す。これであいつがどうやって敵を認識しているのかがわかるはずだ。目で敵を確認しているのなら、時間が稼げるだろうし、本体を狙ってきた場合は魔力センサーみたいなものがあるというこっちゃ。仕事さぼるために幻影魔法覚えたかいがあったぜ。
本日二発目の消える光球は、俺たちの淡い期待をあざ笑うかのように一切の躊躇なく本体のほうに現れた。しかも先ほどより精度が上がっており、直撃は避けたものの、右耳を持ってかれた。強烈な痛みに思わず声が出る。ドバドバ流れる鮮血を見て、いっそいで止血魔法を使う。まあ、止血したところで、次は全身が消し飛ばされるんだろうけどね。
「くそが。」
「耳だけか?」
「多分な、脳みそは持ってかれてないっぽいわ。」
「そりゃ、よかった。ただでさえ弱いおつむがこれ以上なくなったら大変だからな。」
「ほざけ。」
とはいえ、軽口を叩けるような状況ではない。幻影魔法みたいな小細工が通用しない上に、直径3メートルとほぼよけられないレベルの消える光球、接近戦と魔法を拒む魔力場、遠距離物理攻撃は全く通用しない、かなり追い込まれてんな。
もうできることといえば、消える光球の射程外に逃げられることにかけていったん逃げ出すか、魔力場に突っ込んでみるか、どっちかしかなさそうやな。・・・・本当にそうか?まだ選択肢を絞りきるな。なんかわずかでもほかに可能性のある道は残されてないのか?こんなとこじゃまだ死ねないんだ俺は。幸い、あいつは何かに気を取られている。というか何を見てるんだ?
次の思考が定まる前に、目も眩むような閃光と耳をつんざく轟音があたり一帯を包んだ。我に返って振り返ると、輝く白い鎧に身を包み、白銀のマントをなびかせた王国騎士団が一斉に魔法を打っていた。胸に王家の紋章を付けていることから王国騎士とわかる。俺の貧相な魔法に比べてこちらの方々の魔法は、魔力場に消されはするものの、反転はされていないらしい、すごいね。
しかし、こんなど派手な魔法をぶっ放す準備をしていたのに全く気が付かなったとは。自分でも思った以上に戦闘に集中していたようだ。というか、思い出したかのように耳の傷が痛むんだが。泣きわめいていいかな。
近づいてきた一人の騎士に両の拳を胸の前で合わせて頭を下げる、軍隊式の敬礼をする。王国騎士は基本的に王家の命令のみに従う特権階級だからな。下手するとそこらの貴族より偉かったりする。
「状況は?」
「最悪です、敵は魔力場を展開しており、触れたものを消し去る光の球を使ってきます。」
兜の飾りの色が濃紺ということは、この人は王国騎士団副団長ということになる。この戦場に、王国でも五本の指に入るであろう騎士が来てくれたのは行幸だ。彼とその部下にまかしておけば大丈夫だろう。
説明しよう‼王国騎士団とは約300名の優秀な騎士のみで構成された王家直属の騎士団のこと。魔法と剣の腕はもちろん、貴族としての礼節や頭の良さまで試される、とんでもなく難しい試験を突破したもののみ入団を許可されるぞ‼ちなみに俺は、受験資格すら持ってない。ワロタ。
「接近戦を仕掛ける。エドとロブは右から、モリスとシルバは左から、私は正面から行く。配置に着け。」
さすがは王国騎士様だ、判断が早い。さて、俺は物陰から高みの見物と行きますか。どこに行けば応援を呼べるかもわからんし、戦闘に参加しても足引っ張るだけだしな。
設定の説明不足はお許しくださいませ