呆れるほど典型的なナンパ
「やぁやぁ、そこの美女♡そんな顔にポーカーフェイスと鋭利な剣は似合わないよ♡」
面倒なやつに絡まれた。
今話しかけて来たのは僕の同期のハインツ=フリードリヒ。ハインツは騎士名家の生まれであり、入隊試験では首席だった。しかし、そんな彼にも欠点がある。それは、ものすごく女癖が悪いこと。それに加えて顔もいいため、彼女とめぼしき人は百人いるとかいないとか。ついた異名は都一のナンパ師である。目に入った女子を手当たり次第にナンパしていくらしい。僕はこいつがとても怖い。
「?、、、君は、、、誰だっけ?ナンパをする前に先に名乗ってくれるかな。」
「この僕を知らないとは。教えてやろう。僕は騎士名家フリードリヒ家の長男ハインツ=フリードリヒだ」
「はぁ。フーゴの孫か。あいつからは考えられない性格だな。誰に似たんだか」
先輩は呆れたような声で答える。というかこいつの祖父まで知り合いなのか。
「ふぅ~ん。あのドールっていう変わり者の先輩か。そして今手合わせをしていたこいつは同期の落ちこぼれルドルフだな。お前らがつるんでいることは最近よく噂になってるからな。お前の自己紹介はいらない」
いや、『いらない』と言われるぐらいの自己紹介も持ち合わせていないし、そもそも同期は少ないので顔と名前を忘れることはない。先輩はそんなことよりもその前の言葉が気になっているようだった。
「後輩く、、、ルドルフが落ちこぼれ?私はそんなこと思ったことがないぞ。ルドルフは私には数々の才能を持っている金のたまごに見える。入隊時の成績がそのままその後の成績に関係することはない。伸びるも落ちるもその人次第だ。その様子だと君は入隊してからもこんなふうにナンパばかりして真面目に練習もしてないんだろう?今の君は確実にルドルフよりも弱い」
「はっwそんなことないに決まっているだろう?」
「いいや。わたしにはわかる。じゃあこうしよう。フリードリヒ家は先祖代々受け継がれている剣舞があるよね。ちょうどルドルフには剣舞を教えているところだったんだ。それぞれその剣舞で手合わせをするというのはどうだろうか?」
「ふん。いいだろう。お前もいいだろう?」
僕はもちろんいいのだが、、、展開についていけない。
「それじゃあ、はじめ!」
先輩の掛け声で同時に木刀で切りかかった。
カンッ、カンッと木刀が当たる音が周囲に響き渡る。
先輩の舞には到底及ばないとわかっている。まだまだ弱いとわかっている。いつもハインツには朝練の手合わせでも負けているのだから。それでも、今の僕はハインツに負ける気がしなかった。
その瞬間僕には世界がスローモーションに見えた。ハインツは僕の首元を突いてくる。いつもならここで負けていた。でも、今の僕は違っている。僕はハインツの突きを受け流し、お腹に一発木刀を振るう。
頭の上から、グハッ、っという声が聞こえた。数秒後、僕の目に写ったのはハインツが地面に叩きつけられて僕に木刀を首元に当てられている光景だった。
うん。自分でも何が起こっているのか全くわからなかった。こういうのを反射というのだろうか。
「ふぅ〜!ルドルフ!かっこ良かったぞ!」
「なんだよ、あいつ強いじゃないか」
いつの間にか闘技場の周りには人だかりができていた。しかも相当な数。午後は大きな仕事と訓練がない限りみんな休みなので余計に集まったらしい。
僕に負けたハインツは悔しそうな顔をしていると思ったが、彼は何が起こったのかわからず呆然と真ん中に座り込んでいた。うん。僕も何が起こったのかわからない。
ハインツに先輩が話しかける。
「これでわかっただろう?今のルドルフはお前より強い。というか、そもそも君の剣舞は完成していない。誰に教わったんだ?」
「お父様に。そのときには完璧って言われていたのですが」
「だろうな。今の舞をそのままフーゴに見せてもいいのだが、せっかくだから私が指摘してやろう。まず舞初めの手首の角度。君は開きすぎだ。もう少し閉めろ。そして軽く引け腰になっているところがあった。剣舞の基本は軸だ。軸がずれればそれだけ舞もきれいに見えないし、相手に崩されることも増える。実際、ルドルフから崩されたのもその一瞬の隙だったぞ」
そうだったのか。僕にはハインツの舞は完成しているように見えたが、先輩から見ればまだまだだったみたいだ。
そんなときハインツがドール先輩に土下座して言った。
「お願いします!ドール先輩、私にフリードリヒ家の剣舞の稽古をつけてください!」
「もちろんだ。まずはここを・・・」
自分の株も上げながら僕の株も上げてしまう先輩には今日も頭が上がらない。