剣舞の高み
「おい、見ろよwルドルフとドールが飯食ってるぜ」
早速噂になっている。たしかに珍しい。先輩がこうして大人しく食堂でランチを食べているのだから。
先輩が感情と味覚を失っていると知った後、僕はそれらを早く取り戻せるようにお手伝いをしていた。食堂では早速噂になっているようだが・・・
「ねぇ、後輩くん。なぜ皆はこっちを向いてヒソヒソ話しているの?」
「それは僕と先輩が一緒にランチを食べているのが珍しいからですよ」
「ふぅん。そんなもんかね。不思議だ」
「そんなもんですよ。それより味はしますか?まだ初日なので回復の兆しはないとは思いますけど」
「そうだね。味はしない。いつもどおりのパンって感じ。食感もおんなじ感じだと思う」
先輩の味覚と感情を取り返すにはもう少しの時間と苦労が必要なようだった。
ランチを食べ終えた後、僕は先輩と自分たちの部屋に戻った。幸い今日は午後からフリーだったので先輩とゆっくり話そうかと思っていた。ほとんど無表情なので何を思っているのかは分からないが。ふと先輩の方を振り返ると分厚くて古びた本を読んでいた。どう見ても最近発刊されたものではない。軽く見積もっても100年前だ。
「先輩何読んでるんですか?すっごく古そうな本ですけど・・・」
「ああこれ?先生からもらった唯一の本なんだ。確か題名は『ドルクヌス剣舞全集』だったと思う」
ドルクヌス剣舞全集は伝説の武人ドルクヌスが生涯をかけて書いた本である。しかも、この本は300年前の戦争で最後の一冊が燃えてしまったとかでもうこの世には存在しないと言われている本だった。まさかそんな本を先輩が持っているなんて。
「先輩、そんな本何処で手に入れたんですか?300年前の戦争で燃えたって聞いてたんですけど」
「確かにこの本は燃えていた。私が先生から譲ってもらっていなければね。この本は先生が私にくれた唯一の本だよ。先生には収集癖があっていろんな本を集めていたんだ。この本は発刊されてから1000年は経っているとおもうよ」
『ドルクヌス剣舞全集』は僕が騎士を目指し始めてからずっと探していた本だった。そんな伝説の本がこんなに近くにあったなんて。
「先輩ってその本の剣舞ってできるんですか?」
「私は先生に色んな国の剣舞を叩き込まれているからね。もちろんこの本の剣舞もできるよ」
僕はまたとないチャンスを掴んだと思った。
「先輩!僕にドルクヌスの剣舞を教えてください!」
「もちろんいいよ。厳しくいくからね」
ということで、僕は先輩からドルクヌスの剣舞を教えてもらうことになった。
「ねぇ、後輩くん。剣舞の基礎って何か分かる?」
「剣の構えと、気合いですかね」
「違うよ。ドルクヌスは剣舞で一番重要なのは呼吸だと明言しているんだ。なぜか分かるかい?」
「すぐにバテると動きに乱れが出るからですか?」
「それもあるが、一番の理由はずっと踊り続けるためだ。ドルクヌスの剣舞は章の数が多い。一つの演目で長い時は3時間舞っぱなしなんてこともある。しっかりとした呼吸じゃなきゃ途中でバテてヘロヘロになることが目に見えている。そんな舞かっこよくもないだろう?ということでまずは呼吸法からだ」
先輩とぼくは練習場のベンチに座って呼吸を始める。
「息を吸うときに下腹をへこませて、吐くときに膨らませるんだ」
たかが呼吸だと思っていたら、意外ときつい。これを意識しながら舞うとなるととても大変そうだ。先輩は息も上がっていなかった。
「はぁ、はぁ。先輩、すごいですね。僕はこんなに息が上がっているのに」
「まぁね。私は四六時中この呼吸法で呼吸しているからね」
僕はこの話をされてから改めて先輩を尊敬するのであった。
呼吸ができるようになってきたころ、先輩自ら剣舞を披露してくれた。
ドルクヌスの剣舞はどの国の王が見ても見とれてしまったほど美しいと言われている。かつてあの英雄の一番弟子が建国祭で披露したという記録も残っていた。先輩が踊ったのはその噂に恥じないような美しい舞だった。蝶のように飛んだかと思えば剣を針のように刺して海月のように着地する。この時僕は初めて先輩がきれいだと思った。
「よし。早速練習していこう。私はいまの剣舞だけを使うから、君はいつもの剣技を使って」
「えっ?先輩、剣舞を使って僕と手合わせをするんですか?いくら僕が弱いとはいえなめすぎですよ」
「いや、決してなめているわけではないよ。剣舞を極めればどれだけ利用できるかを見せたいんだ」
いくら強い剣士だといえど剣舞と剣技だ。僕が負けるわけがない!
負けた
しかも一瞬で。
なんで負けたのか分からなかったぐらいあっさりと負けた。
「なぜ私が君に勝ったと思う?」
「動きが速いから…ですかね?」
「いいや、違う。君はいままで習ってきた剣技で対抗しただろう。今君が習っている剣技は一つ一つの隙が大きくなるんだ。一度攻撃を防いだらその後すぐには攻撃ができないし、相手の攻撃を受け流すこともできない。それに対して剣舞は攻撃と防御の動きが流れるように繰り返される。しかも全部の動きが違ってるから知っている人しか読めない。隙も少なくなって反撃も抑えながら攻撃ができるんだ」
なるほど。僕は隙だらけだったということか。
「ここはもう少し手を上げて。そうそう。ここから左足を引き付けて素早く突く。うんいいね形になってきた」
さすが伝説の剣舞すごく難しい。今僕が踊っているこれもまだ完成にはほど遠いのだろう。僕はもう傷だらけだ。剣技が形になってきたところで先輩と何度も手合わせをしてその都度負けた。しかも先輩は僕が普段使っている剣技で。強い、強すぎる。
「今日の練習はこれくらいかな。だいぶ強くなってきたね。私も鼻が高いよ」
先輩に褒められた。こんな先輩でも褒められると嬉しいものである。
「やぁやぁ、そこの美女♡そんな顔にポーカーフェイスと鋭利な剣は似合わないよ♡」
面倒なやつに絡まれた。