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オリジナル短編集

虚偽の無自覚

作者: のなめ

「あー移動めんどくせー」


「それ。全校集会とかやる意味あんのかよ」


と、そんなことを言いながら渋々教室を出ていく生徒たち。


そんな彼もそれに続いて教室を出ていく。


「つか何やんの?」


「あれだろ。もうすぐこの学年でイベントがあるから、それの実行委員みたいなのを決めるんじゃね」


そう友達は教えてくれ、彼はなるほどと思う。


「やりたい奴だけで集まって勝手にやっとけって感じだよな」


そういった会話をしているうちに、集会場所の体育館へと到着した。


体育館では先生たちの指示のもと各々がクラスごとに整列し、体育座りをして待機していた。


「やべっ、俺ら最後じゃん!」


彼らは慌てて自分のクラスの列に入り、なんとか怒られずに済んだようだ。


「えー、全員揃ったようなので、これから学年集会を始めます。まず最初に始まりの言葉。滝沢さんお願いします」


司会の女子生徒に名前を呼ばれたその生徒は、目の前にいる100人近くの生徒に向かって言葉を発する。


「えー次に、今回のイベントに関する実行委員を決めたいのですが、どなたかやりたいという方はいませんか?」


「おいおいいるわけねーだろ......。でも誰も出なかったら先生ブチギレそうだよな」


「お前行っとけば?」


彼の発言にその隣にいた友達がニヤニヤしながら反応する。


「はあ?誰が行くかよあんなの」


心底嫌そうな表情を顔に浮かべ、彼は時間が過ぎるのを待つ。


「はい!私がやりたいです」


沈黙の中、とある女子生徒が挙手をして立候補する。


「......おいおいまたアイツかよ......。どんだけ目立ちたいんだ気持ち悪ぃーな」


見るとその女子は、いつも決まってこういうイベントや何かの行事の代表者みたいな役割を自ら率先して担う、見覚えのある生徒だった。


「目立ちたいというより、評価上げたいだけじゃね?」


「いやそんなんで評価上げようとしてもたかが知れてるし、絶対目立ちたいだけだろ......」


おまけにその女子生徒は成績もかなり良いため、もともとの評価が高い。故に、こんな所でわざわざ面倒なことをしてまでそれを稼ごうとは思わないだろう。


「つーかあいつ、小学生の時は俺とも普通に話してたのに、中学入ってから急に一軍みたいな奴らと絡みだしてさ。で、俺が男友達と話してる時も急にあいつがやってきて、その男友達と話し始めたり......」


「お前とは話さんの?」


「全く。というか目すら合わない」


「それ、単にお前があの子に嫌われてるだけじゃね?」


「だったら何で一軍みたいな奴らと急に絡むようになんだよ。絶対話が合ってるとは思えないけど」


「うーん、まあ確かに。そういうイケてるグループに絡んでお前みたいな陰キャとは関わらない。そうすることによって自分もイケてると思い込めるし、周りからもイケてる奴だと注目されて気持ち良いのかもな」


「ああ絶対そう。マジで気持ち悪いわ」


そして、このような経験は彼が高校生になった時にあった委員会の集まりでも起こった。


「おいおい......またあの人かよ」


ついこの前は全学年の前でスピーチを行い、今回は委員会の集まりでしっかり委員長に立候補している。彼は自分が委員長になりたいわけではなかったが、こういうのを見ると何故か無性に腹が立ってくる。それはその生徒が中学時代のあの女子生徒にどことなく雰囲気が似ていたからか、はたまた別の要因があるのかは分からない。しかしこの感情は、彼が中学時代にあの女子生徒に抱いていたものと非常に似ていることだけは確かだった。


それから大学生になり、彼はSNSを始めた。今までそれにあまり触れてこなかった彼は、人付き合いからそのアプリで互いにフォローし合うことも増えていった。そんな中――


「この人いつも幸せアピールみたいな投稿ばっかしてんな......」


目に入ったのは、何人かで飲み会をして皆楽しそうな表情を浮かべている一枚写真。


「あー......何でこんなにイライラするんだろ......。マジ承認欲求の塊すぎて吐き気するわ」


彼はスマホを置き、気分転換もかねて近くのコンビニへ向かった。


しかし彼は運が悪く、そこでもまた嫌なものを目にしてしまった。


「うわカップルかよ......」


カップルと思しき男女二人組は、イチャイチャしながら幸せそうに会話をしている。彼は一刻も早く視線をどこかへ移したいと思い、買い物に集中し頭を切り替えようとした。しかしそのように意識をしてしまう事でますます身体の感覚は過敏になり、その二人組の会話がかすかに耳に入ってきてしまう。


「......ったくうるせーな。誰も聞きたくねーよお前らの会話なんか......」


そんな彼の気持ちなんて当然知らず、そのカップルは楽しそうに会話を続けている。


「――でさ~、見てこれ!みんなで撮ったの!」


「へぇ~いいじゃん!え、でもなんか前こういうのに投稿してる人のこと批判してなかったっけ?」


「いやそうなんだけどさ~。食わず嫌いは良くないかなって!」


「なんだそれ、それでハマっちゃったの?」


「ん~、まあそんな感じ?やってみたらめっちゃ楽しかった」


あはは、といった笑い声と共にそのカップルは外へと出ていった。


「はぁー......。ま、俺には心底どうでもいい話だったけど」


その後、彼は無事買いたいものを買い、会計を済ませ家に戻った。


それから何日か経ち、彼は同じ学部の友達と大学から家に帰っていると、再びSNSで見たくもないものが目に入ってきてしまった。


「あークソッ......。マジでうぜーなこれ......」


「どうした?」


「ほら、こういう投稿あるだろ?この承認欲求のバケモノみたいなやつ。クソキモくね?」


彼は友達にスマホの画面を見せながら嫌そうにそう言った。


「あぁそう?俺は別に何とも思わんけど。承認欲求なんて誰にでもあるだろうし」


「まあそれはそうなんだけど......」


確かにその通りなのだが、こういった投稿を見るとどうしてもイライラしてしまう。


「なあ、お前もこういう投稿してみたら?」


「――は?」


そんな予想もしていなかった友達の発言に、彼は驚いてスマホを操作するのをやめ、つい友達の方を向いてしまう。


「いや、は?じゃなくてさ。やってみたら?」


友達は変わらず彼に提案してくる。


「......いやお前、俺がどれだけこういうの嫌ってるか今話したよな?こんな事死んでもやりたくねーよ」


何を分かりきったことを聞いてくるのかといった気持ちで彼は言う。


「ほんとにぃ?」


「はぁ......?」


疑いの目を向けてくる友達に、彼はますます困惑する。


「本当にやりたくないの?それは本心?」


「......ああ本心だよ。マジで全くこれっぽっちもやりたくない」


彼は親指と人差し指でその程度を表現した。


「ふーん......?」


友達の鋭い視線が彼を捕える。


「――嘘だな」


「え、ちょおま......」


「なんとなくだけど、お前がこういう投稿をあからさまに毛嫌いする理由はその承認欲求にありそうだな......。つまり、こういう投稿を見ることで嫌でも誰からも注目されていない自分を実感してしまうから......とか?」


「な!?そんなわけ......」


ない、とはなかなか言い出せない。そんな自分でもよく分からないものと誤魔化してきた心の奥深くを見透かされたような気分を味わい、背中に嫌な汗が滲む。


「楽になれよ。本当はやりたいんだろ?やって目立って、承認欲求を満たしたいんだろ?周囲から注目されて、気持ち良くなりたいんだろ?でもそうしないってことは、そこで変なプライドが邪魔をして手を付けられずにいるってことか」


「それは......」


彼の泳いだ目を、友達は捕らえて離さない。


「お前をそこまで縛ってるものってなんなんだ?」


そう聞かれ、彼は久しく忘れていた記憶を思い出す。それは中学生の頃に印象的だった、とある女子生徒の記憶。


「――なるほどね。つまりその女子生徒が、お前がこうなってしまった原因ってことか」


その女子生徒のこと、それから自分がその生徒に抱いていた印象や関係を話すと、友達は合点がいったかのようにうんうんと頷いた。


「まあ原因っつーか、なんか忘れられないっつーか.....」


そんな自分の考えがいまいちはっきりしない彼に、友達はいよいよ核心に迫った言葉を発した。


「でも実際思うんだろ?俺もあの女子生徒のように皆から注目されるような人生を送れたらなって。でもそれで行動を起こしたら、自分がその女子生徒に影響を受けていることを認めざるを得なくなる。そんな自分を相手にしなくなり今ではすっかりお前のことを忘れている女に、自分だけが一方的に影響を受け今の今まで忘れられないでいる事実。こんな情けなく虚しい話なんて受け入れたくないもんな」


「......」


――図星、というべきか。それくらい目の前の男は自分の心を奥深くまで見抜いていた。そして自分でも気付かない、言語化出来ないようなところも全て見透かし、それを突き付けてくる。


「......じゃあどうすりゃいいんだよ......」


「それはさっきも言っただろ?こういう投稿を自分にさせてやるんだよ。させてやるまでは苦しいだろうけど、させてやったら憑き物が落ちたみたいに心も軽くなるさ」


友達は先ほどの鋭い視線から思いやりのこもった表情に変わり、彼に励ましの言葉をかける。


「このモヤモヤした苦しさのような鬱憤を解消したいなら、いい加減本音を認めて根本を解決しろよ。それが出来ない限り、どれだけ気分転換しようが何しようが満足なんてできないぜ。だってお前の一番やりたい承認欲求を満たすことを、ずっとやらずにいるんだから」


「でも......情けなくねぇか?こんな俺やだよ......」


彼は視線を落とし弱々しく言う。


「今は情けなく思うかもしれない。でもそれをやって満たされたら、いつかきっとそんな情けない自分も自分であり、それでいいんだと認められる日が来るって」


彼はその言葉を聞きしばしの間沈黙していたが、やがてゆっくりと視線を友達に向けた。


「......本当に?」


「本当に」


「絶対?」


「絶対」


「......もしそうならなかったら?」


「ん?そうだな~......。パソコンのキーボードに納豆こぼす、でどうだ?」


友達はこれ以上ないくらいのドヤ顔でそう答える。


「は、なんだそれ」


「いや知らん」


二人は顔を見合わせ、自分たちの会話がなんだかおかしくなってしまい、つい笑ってしまう。


「ま、でもやりたいならやった方が良いよ。変なプライドとか捨ててさ!他人の目なんてどうでもいいじゃん。お前もその中学の女の子みたいに、エゴ丸出しで生きるのもいいかもな」


「まあ、そうかもな。なんだかそれもアリな気がしてきたわ」


「どう?少しは楽になったか?」


彼の目にわずかだが輝きが戻ったことを感じ取り、友達は言葉をかける。


「ああ。なんか色々とありが......」


「いや、お礼はその女の子にとっとけって」


「――え?何で?」


そう言い制してきた友達の意図が分からず、彼は頭にはてなを浮かべる。


「そりゃ、その女の子がお前に色々な感情や体験を与えてくれたんだからさ。こういうのがあるから人生は面白くなるんだぜ?」


そう、友達は晴れやかに笑って言っていた。

















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