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8. 冬の笑顔は心を溶かして

反省して子供達の相手に集中していると、少年部の稽古時間が終了した。竹刀を置いて再び整列し、解散。


やっと自分の稽古だ、と防具を着けていたら、指導員の丸木さんがやってきた。丸木さんはその名にふさわしく、全身が丸くぽっちゃりした感じで、いつもニコニコしている。


「涼太くん、すまないが柏木くんの稽古相手を頼めないかな?」


傍らに、漣が申し訳無さそうな顔をして立っている。


「えっと、漣は成人の部でも稽古するってことですか?」


「うん、本人もやる気があるみたいだし、できるだけ早く基本を覚えた方が、涼太君にとってもいい稽古相手になるんじゃないかと思うんだよ。」


「はあ、そういうことなら分かりました。」


「おう、本当に済まないね。じゃ、柏木君、涼太君の言うこと聞いてしっかり稽古するんだよ。」


そう言って、丸木さんはそそくさと去った。

体よく、初心者の指導を押し付けたってとこだろう。

あの人は見た目に反して、ちょっと腹黒いとこあるからな。


「ごめん、涼太。涼太の稽古時間を奪う形になって。」


シュンとした表情で漣が小声で謝る。


「うん?気にするなよ。相手が誰でも、稽古のしようはあるからな。」


「でも、僕、正真正銘の初心者だよ。さっきも教えてもらってばかりで···」


「だから、気にするなって。ほら、行くぞ。」


面防具を着け終わって、俺は体育館の片隅の方に漣を促した。中央では大人達が地稽古をするので、近くにいたらぶつかりそうになって危ない。


「切り返しの手順はもう覚えたか?」


「えーっと、まだ上手くはできないけど、手順だけなら···」


「じゅうぶんだ。俺は元立ちに専念するから、まずはゆっくり、竹刀の振り方と足の位置を気にしながら打ってきてくれ。」


「わ、分かった。」


「あと、打つときはしっかり声出して気合いを入れて。」


「うん、分かった!」


互いに中段に構え、鏡写しに立つ。

漣の緊張した様子が手に取るように分かる。姿勢はできてるけど、肩に力が入り過ぎている感じだな。

距離を測るように小刻みに揺らしていた竹刀の先端を、ふいっとやや右に振る。すると、漣は吸い込まれるように面を放ってきた。俺はやや後退しながら、それを受ける。


「メーン!」


ふむ、緊張してる割には、ちゃんと声が通ってるな。


立てた竹刀を漣が左右から打つ。ゆっくりでいいと言ったのに、ガチじゃねえかコイツ。後退しながら受け、次は前進しながら受ける。この時、立てた竹刀をタイミングよく打ちやすい位置にずらす。ちゃんと息を合わせないと掛かり手の調子も狂うから、実は元立ちの技量も試されているのだ。


実際の話、ある程度修行が進むと、この息を合わせることの大切さを実感できる。試合では特に呼吸の読み合いが勝敗の鍵を握るのだ。勢いだけで竹刀を振るヤツはまず勝てない。


最後にもう一度、面を打たせる。ここで本来なら攻守交代なのだが、そのまま続けさせる。最初は基本通りに竹刀を振ろうとするのだが、疲れてくると段々と手首の動きだけで振ってくる。そして、足の位置がおろそかになる。そのタイミングで一度中断して、振り方と足捌きをゆっくりと復習させる。


集団での稽古だと中々行き届かないところを、一つ一つ丁寧に確認しながら覚えさせる。中々に贅沢な時間だと言える。教えてるのが、同じ中学生の俺だという点を除けば。


ある程度の形ができてきたので、今度は攻守交代しながら行う。俺が掛かり手をする時はゆっくり軽く打って、元立ちの動き方を覚えてもらう。まだ駆け引きなんて知らない漣はリズム感だけで受けようとするから、ちゃんと相手の目を見て受けることを教える。


後はとにかく量を重ねる。打って打って打って、受けて受けて受けて、そこに気合いを乗せる。漣の目は真剣そのもの。いい気合いだ


結局、この日は切り返しの稽古だけに終始した。

同じことの繰り返しばかりで文句言われるかな、と思っていたが、面防具を外した漣の顔は思いの外晴れやかだった。


「スッキリしたって感じだな。」


「うん、身体をいっぱい動かしたからというのもあるけど、涼太と一緒に稽古できたのが嬉しくて。」


ちょっ、不意打ちはやめてくれ!

イケメンの突然のデレは同性でも心臓に悪い。

内心の動揺を必死に誤魔化す。


「お、同じ道場生なんだから、当たり前のことだろ。」


「いや、本当に。もっと、ずっと先のことだと思ってたんだよ。涼太が剣道上手いのは聞いてたからさ。僕も上手くなってからじゃないと、相手にされないかと思ってたんだ。」


「誰が言ったのか知らないけど、俺なんてそんな大層なもんじゃないぞ。俺より上手いやつなんて、それこそ天井知らずにいるしさ。」


これは謙遜でもなんでもなく、本当のことだ。同じくらいの年齢でも比べ物にならないくらい強い奴は大勢いる。本気で剣道で将来身を立てようと考えてる奴もいるしな。そういう奴らには、逆立ちしても勝てる気がしない。逆立ちで勝負しても勝てないだろう。


「でも、今日実際やってみて、やっぱり僕なんかと全然違うなって思ったよ。何かこう、目指す目標が見つかった喜びってやつ?それを実感してるんだよ。こんな体験は初めてだから、何だか感動しちゃって。」


だから、そういうセリフを頬を赤らめながら言うのは止めて!心臓がマジで止まるから!


「涼太って、もしかして兄弟はいる?」


「は?いや、いないぞ。」


「そうか···」


「なんだよ、その質問?」


「いや、小さい子の扱いも上手いし、後輩の面倒見もいいから、もしかして弟や妹がたくさんいる家の長男なのかなって思って。」


「なんだそれ。まあ、毎年大勢の子供が入って来るからな。単なる慣れだろ。そう言う漣は兄弟いるのか?」


「ううん、僕も一人っ子だよ。でも、涼太みたいな長男らしさは全然ないよね。」


「ん〜、そんなことないと思うぞ。沢山の習い事にもめげずに剣道までやろうとしてるんだ。長男だから我慢できたんだ。次男だったら耐えられなかったかも?」


「アッハハ、懐かしいなあ、そのネタ!」


「お、このネタ知ってるんだな。アニメなんて見なさそうなのに。」


「知ってるよ〜すっごく流行ったもんね。ああ、あのアニメ見てたから、武道に関心持った時に最初に剣道を選んだのかもしれないなあ。」


「そうなのか?そう言えば、あれが流行った時、入門者が急に増えてたな···」


「ハハハ、考えることはみんな同じだねえ。」


すっごくキラキラしてる漣の、意外にも俗物っぽい一面が見れて、俺はちょっと面白かった。


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