6. 冬はダラダラと過ごして
毎週土曜日に予定が入っていると、学校の体育会系の部活はまず諦めなければならない。じゃあ、文化会系はというと、ウチの学校にあるのは吹奏楽、美術、家庭科の3つだけ。そして、圧倒的に女子の比率が高い。
楽器演奏にはちょっと興味というか憧れがあるけど、吹奏楽部は土曜も部活があるらしいので断念。結局、帰宅部に所属することに。
そんなわけで、平日は割と時間があるのだが、ぼーっとしていても仕方ないので、学校帰りに市民体育館に寄って、無料で使える旧式のトレーニングマシーンを利用して身体を鍛えたりしている。ここはヌシのようなお年寄り連中がいつも占拠しているのだが、ちょっと話し相手になってやると、快く場所を空けてくれる。
「りょーちゃんは、まだ剣道やっとるね?」
「おう、やってるよー」
「そうかそうか、剣道はええぞう。ワシも若い頃はな、軍事訓練でな···」
とかなんとか始まる長い自分語りを聞き流しながら身体を動かす。同じ話を何回も聞いてるので、じいさんの代わりに語ってやることもできそうだ。
筋トレばかり毎日やってたら飽きるし疲労が溜まるので、竹刀袋を持って川沿いの公園をランニングをする日を挟む。むき出しのまま持ち歩いたら、警察に補導されるからな。
人がいない広い場所に来ると、竹刀を取り出して素振り練習。時には、相手を仮想して足さばきの練習も。誰かに見られたら、怪しまれること間違いない。
こんな練習が実際に役立つかなんて、自分でも分からない。
でも、何もしなかったら、役に立つかどうかを知る機会もないのだろう。特に目指してるものもないんだけどな。無駄かもしれない自主練を一通り終えて、折り返しのランニングを始めた。
そうして平日を過ごしていると、またすぐ土曜日がやってくる。
いつも通り一番に来て、体育館の鍵を開ける。
扉を全開放して換気を良くする。
そして、床にモップをかけようと用具入れを開けていると、誰かの声がした。
「やあ、りょーた。」
「あれ、漣か?今日はずいぶん早いな。どうしたんだ?」
「えっとね、習い事の日程を調整して、こっちに早く来れるようにしたんだ。」
「えっ、ピアノと合唱をか?そんな融通がきくものなのか?」
「うん、ピアノのレッスンを平日に回してもらってね。合唱は元々3時までだったから。」
「へぇ~、そんなことができるなら最初からすればよかったんじゃないか?」
「いや···その代わり、ピアノのレッスン時間が長くなってね。他の平日も習い事でいっぱいだったから、時間調整に悩んだよ。」
「えええ、他にも習い事あるのか!?ちなみに、何を?」
「月曜と木曜は塾、火曜はプールで水泳、水曜は英会話。金曜もピアノだったんだけど、この時間を倍にする代わりに土曜の時間を空けたんだ。あ、モップ掛け僕もやるよ。」
「はぁ···すげぇな。あ、モップはいいから、先に着替えろよ。今ならまだ誰も来てないし。」
「え、ああ···じゃあ、そうさせてもらうよ。直ぐ着替えるから、半分残しておいて。」
時間通りに稽古に参加できるのが余程嬉しいのか、漣は鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌で着替え始めた。いくら師範達が認めてるとは言え、やはり毎回遅刻してくることに本人にも後ろめたさがあったのだろうか。
剣道の着替えにはそれなりに時間がかかる。漣が着替え終わる前にモップ掛けが終わってしまったので、俺も着替えることにした。
「ごめんね···間に合わなくて。」
「いいって。いつも俺が勝手にやってることだから。」
これがちゃんとした道場なら、稽古前に全員で床を掃き清めるなんてこともするのだろうけど、借り物の体育館だもんな。俺も足裏で踏んで怪我するようなものが落ちてないかを確認してるだけで、モップ掛けはそのついでのようなもんだ。
そのことを伝えると、漣は不思議そうな顔をした。
「武道の道場って、もっと厳しいイメージがあったんだけど、ここってちょっと緩いというかアットホームな雰囲気だよね。稽古はしっかりしてるとは思うけど。」
「ああ、それは道場によりけりだな。道場主の性格や人間性に影響されるのかもな。」
大会で見かける他の団体では、パワハラ紛いな恫喝を大声でする大人の指導員もたまに見かける。いつもそうだとは限らないけど、あれが日常的ならかなり緊張感のある道場なんだろうな。
その点、ウチの道場主であるじいちゃん先生は優しいというか置き物状態で、稽古前の一言も正直何言ってるか分からないくらいボソボソと喋る。主に威厳を振りまいてるのは師範代の遠見先生だけど、この人も基本無口だ。
でも、他の大人達はこの2人をめっさ尊敬しているようで、大袈裟なくらい態度が恭しい。その様子を見てる子供達は本能的に上下関係を察するのか、ちゃんと敬意をもってじいちゃん先生に接するのである。じいちゃん先生はそんな子供達を目を細めて嬉しそうに眺める。その柔和な笑顔がこの道場の雰囲気を作っている、と俺は思っている。
「まあ、おかげで僕みたいな遅刻常習犯でも受け入れてもらえたわけだから、感謝しかないけどね。」
屈託のないイケメンスマイルで、さらっと自虐的なことを言うな。
「一つ聞いていいか?」
「えっ、な、なに?」
「そんなに沢山の習い事していて大変そうなのに、何で剣道までやろうと思ったんだ?」
「ああ、そっち···」
ホッと息を吐いて安心しているが、何を聞かれると思ったのだろうか。
「えっとね、本当は剣道じゃなくても、空手とか柔道とか、武道なら何でもよかったんだよ。何がどう違うのかもよく分かってなかったからね。僕、メンタルが弱いからさ。自分を変えなきゃって、何か必死だったんだ。」
「メンタルが弱い?とても、そんな風に見えないけどな。」
「いや、弱々だよ。テストの結果が悪かったり、何かミスしたりするとさ、自分の至らなさに腹が立って、自分のことが嫌いになって、それでしばらく落ち込んだりして···」
「ふ〜む、それと武道に何の関係が?」
「いや、だから、武道で精神を鍛えたらメンタルの弱さを克服できるかなって。」
「ん〜夢を壊すようだけど、多分、どの武道をやっても、漣の言うメンタルの克服はできないと思うぞ。」
「ええっ、本当に?なんで···」
「武道って一口に言うけどさ、そもそも道って何なのか。剣道にも道は付くけど、道を外せば武と剣。どちらも、人を傷つけるための手段だよ。そこに道を付ける意味は何なのか?それを自分で探すのが武道だったり剣道だったりするんだ。」
漣は真剣な顔で聞いていた。
「涼太···君すごいね。そんなこと考えたことなかった!」
「って、師範が前に言ってた。」
ガクッとずっこける漣。
「ちょっと、待って!さっきまでの僕の尊敬の念を返して!」
と文句言いながらも、アハハと笑う。
う〜ん、爽やかだぜ。さすがイケメン。
「まあ、俺が言いたいのはな、あんなお年寄りでもまだその道ってやつが何なのかを探してるんだよ。武道でメンタルの弱さを克服できるかどうか分からないのに、そんなに長い時間をかけてられないだろ?」
一転、真剣な表情になり、考え込む。
こうして見てると、本当に表情が豊かだな。
「うん、そうだね。涼太の言う通りだと思うよ。ちょっと安易に考えてたかもね。でも、最初の動機はともかく、今は剣道をやりたいんだ。他の習い事は全部、親に言われて始めたものばかりだけどさ。剣道は自分でやりたいと思ったんだよ。」
最後の方は言葉に熱が籠もっていた。
それで、じゅうぶんだと思った。
「おう、じゃ、剣道やろうぜ。あと、もう一つ言っておくとな。俺は他のことは門外漢だから分からないけど、ピアノとか水泳とか、そんなものにも道はあるんじゃないかって思うぞ。」
「ああ、例のアレだね。毎日ダラダラ続けるってやつ。」
「そう、それ。分かってんじゃん。」
「うん、その言葉を聞いて、心がすごく軽くなったんだ。この一週間は何をやっても新鮮で楽しかったよ。」
「それって、もう克服できたってことでいんじゃね?」
クスッと笑った顔は肯定してるが
「さあ、それはどうかなぁ。おっと、人が来始めたよ。」
「やべっ、まだ着替えてなかった。」
「モップは片付けておくよ。それくらいはやらせてくれるよね?」
「仕方ねえなあ。頼む!」
俺は慌てて準備を始めた。
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