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5. 冬の雨はいつの間にか上がり

成人の部の稽古が終わり、師範、指導員達と一緒に座礼をする。未成年で残っているのは俺と、学年が一つ下の遠見詩音だけだ。彼女は師範代の遠見さんの娘で、俺と同じく幼少の頃から道場に通っている。


まだ遊び感覚が抜けない幼少期だった俺達が稽古中に遊びふざけている中でも、彼女は親の目を気にしてか、独り真面目な態度を貫いていた。そのせいか、周囲とはあまり馴染んでなかった気がするが、中学に上がっても残ったのは彼女だけだった。


俺と目が合うと、形ばかりの礼をして無言で更衣室へ去っていく。愛想が良かった記憶はない。


稽古が終わった後も、大人達は円座になってしばらく話し合いを続ける。お互いの近況だったり、今後の大会出場についてだったりと、話したいことが色々あるのだろう。


まだ、しがない中学生に過ぎない俺は着替えたらサッサとお先に失礼する。来る時は一番乗りなんだから、それくらいは勘弁してほしい。


体育館の扉を出ると、何かがぼうっと光っていた。

柱にもたれながら、誰かがスマホを見ているようだ。

誰かと思ったら、先に帰ったはずの漣だった。

漣もこちらに気づいたのか目線が合う。


「お疲れ。まだ残ってたんだな。」


「あ、お疲れ様。迎えがまだ来ないから、ここで待ってたんだ。」


上着のポケットにスマホをしまいながら、漣は体を起こした。


「迎えって、親の車か何かか?」


「うん。来るときは電車なんだけどね、帰りは父さんが仕事帰りに拾ってくれるんだ。」


「へぇ、親父さん土曜も働いてるんだな。つか、電車で来てたのかよ。ここ、駅から結構距離あるぜ?」


普通でも徒歩で20分はかかるはずだ。剣道の道具一式を持って歩くには、まあまあ大変な距離だ。


「うん、だからコロ付きの鞄。毎回、旅行気分だよ。」


アハハと軽そうに笑っているが、それだって稽古前にはしんどいと思うぞ。にもかかわらず、毎週ちゃんと通って来ているなんて、意外と根性があるんだな。


「わざわざ遠くから来なくても、近くに剣道やってるとこくらいあるだろうに。何でこんなところに?」


「んーとね、近場でも探したんだけど、遅刻を許してくれる道場が他になかったんだよ。」


どうやら、消去法でここを選んだようだ。


「あ~、他にも何か習い事をやってるんだっけ。」


「うん、土曜日はね、ピアノと合唱をね。」


意外な単語が出てきて驚いた。


「随分、剣道とはほど遠いものをやってるんだな。」


「僕、私立の学校に通っているんだけど、そこが音楽にも力を入れていてね。幼稚園の頃に、親に学校内のピアノ教室に入れられたんだけど、併設されている合唱団にも半ば強制的にね。」


はぁと溜め息をつくところを見ると、本人的にはピアノと合唱は本意じゃないのか。イケメンだから、そういう表現の世界は似合ってそうなのにな。


「年末が近づくと発表会とかもあるから、練習量が増えて大変なんだ。」


そうか、まがりなりにも人前で見せるものなら、それなりに練習も必要だろう。


「そうか、大変そうだな。でも、ピアノはいいな。」


「真中くんも何か音楽を?」


「りょーた」


「え?」


「俺のことは涼太でいいよ。みんなそう呼んでるし。俺も漣って呼ぶから。」


「あ、う、うん。分かった。じゃあ、涼太も何か音楽を?」


「いや、全然。」


ガクっと肩を落とす漣。意外とノリがいい奴だ。


「俺は音楽は全然だけど、好きな時に好きな曲を弾けるというのはスゴイと思うし、正直羨ましいぞ。」


俺の言葉が意外だったのか、漣は目をパチクリさせた。


「そうか・・・そうだね。ありがとう。うん、もうちょっと頑張ってみようと思えてきたよ。」


「おう、無理しない程度に頑張れ。師範達もよく言ってるけどな、なんでも毎日ダラダラ続けるのが上達の秘訣らしぞ。きっと、ピアノもそうなんだろ。」


気を軽くさせるつもりで言ったのだか、逆に漣は考え込む様子になった。


「ダラダラ、か・・・そうだね。分かるような気がする。確かにそうだ。」


独り言のようにブツブツ言った。

少し眉根を寄せて真面目に考える表情もイケメンだ。

コイツ、きっと学校でモテまくっているんだろうな。

ピアノより羨ましいぞコノヤロ。


漣のポケットがブブッと鳴った。

素早くスマホを取り出して画面を見ると


「あ、ゴメン。父さん着いたみたいだから、もう行くよ。」


「おう、お疲れ。また、来週な。」


鞄を引きずりながら走り出した漣は途中で止まって振り返った。


「うん、ありがとう、その、りょーた!話せて嬉しかった!また、来週!」


外は暗いはずなのに、辺りを照らすほど眩しい漣の笑顔に、不覚にもドキッとした。


いつの間にか雨が止んでいたことに気づいたのは、うっかり傘を忘れてきたことを思い出してからだった。


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