4. 冬の寒さもイケメンには敵わないようで
柏木漣と俺は同じ学年だが学校が違うので、こいつのことを俺は殆ど知らない。
今年の秋に突然入会してきたのだが、他にも習い事があるので時間通りに通えない、ということは最初に理っていたらしい。それでも受け入れる我が道場の懐の深さもどうかと思うが、それはともかく、いつも少年部の稽古時間の途中に参加してくるのだ。
俺は俺で、稽古中はちびっこ達の面倒で忙しいし、少年部が終わったらすぐに自分の稽古をしなくちゃだし、同じ道場内なのに接点がほぼゼロだった。
少年部の稽古時間が終っても、あいつは指導者の1人に見てもらいながらしばらく居残り練習をしているが、成人の部が終わるまで残っていることはない。気がついたらいつも先に帰っている。
そんな調子なので、俺も特に関係を深めたいとは思わず、最初の頃は(今日もいるな)くらいにしか意識していなかった。
しかし、ある日、珍しく早い時間に来たことがあり、たくさんの子供達がいる中、着替え場所がなくて戸惑っている様子だった。
それを見て、ヤレヤレと思いながら俺は初めて話しかけた。
「おーい、もたもたしないで早く着替えろよ。せっかく早く来たんだから、準備運動も参加するだろ?」
初対面、ではないが、普段話しかけられたことがない人間に話しかけられたことに分かりやすく驚いた様子を見せながらも、頭を縦に振った。そして、僅かな隙間に荷物を下ろしたのだが、今度は周りをキョロキョロ見ている。
「どうした?何か気になるのか?」
「え、えっと、ここで着替えるのかな?」
「はぁ、何言ってるんだ?今日が初めてってわけでもないだろ。」
「うん、だけど···いっぱい人がいるから、ちょっと···」
「うん?人前で着替えるのが恥ずかしいのか?」
俺の質問にこいつ、いや漣は顔を真っ赤にして俯いた。
顔をマジマジと見たのは初めてだけど、結構、いやかなり整っているな。知らなかったら女子と間違えてもおかしくないかも。
しかし、人に見られると言っても、周りにいるのは低学年の子供とその保護者くらいなんだが。いくら美少年だからって、そんなに注目を集めてるわけが···
あ〜確かに。
一部のママさんたちがこっそりこちらの様子を伺っているな。まあ、珍しく早い時間帯に来てるから、というのもあるんだろうけど。
仕方がない。
俺は漣の前に背を向けて立って、言った。
「ほら、俺が壁になってやるから、さっさと着替えな。」
「え、え?そんな···」
「いいから、早く」
有無を言わせない口調で急かすと、背後でゴソゴソと着替える音がした。俺がジロジロ見るのもきっと嫌だろうから、蓮の方には向かないで周囲の目線を牽制していた。
しばらくして、終わったと声がした。
振り向くと胴着袴姿の漣が立っていた。
くっ···さすがイケメン。体格はほっそりとしているが、なんだか無駄に格好いい。
ママさんたちがこっそり見ようとするのもムリはないかもしれない。
しかし、急いで着替えたせいか、腰紐の結び方が少し変だ。いつも子供達を着替えさせているせいか、つい言葉より先に手が出てしまった。突然、腰紐を解かれた蓮はびっくりした様子だったが、俺が手際よく結び直すと理解したようで、ちょっと困ったような顔をしながら、
「ありがとう」
と小声で呟いた。
「ん、じゃあ、練習始めようか。」
それ以来、漣が道場に来て着替える時は、俺が壁役をやるのが暗黙の了解になった。
流石にもうママさんたちがジロジロ見ることはないと思うけど、多分、漣の性分の方の問題だと思うので、本人からは何も言われていないけど続けている。イヤなものはイヤなんだろうから、仕方がなかろうと俺は思う。
俺と漣の接点はそこだけだ。
着替え終わったら、それぞれの稽古に向かう。
漣は経験者ではなく全くの初心者だったので、幼少の頃からやっている俺とは練習メニューが違う。
ポンと肩に手が置かれた。
漣が申し訳無さそうに眉を下げながらも笑顔で
「いつもありがとう」
と、最初の頃より幾分大きな声で言った。
「ん」
相槌だけ打って早く行けと促す。
軽く会釈してから小走りで向う漣を目で追いながら、俺はそろそろ始まる成人部の稽古の前に身体を温めるべく、軽く素振りを始めた。